のんびりゆったり、人生何でもそれが一番
では、どうぞ
この個室は少し変わった形状をしている。
機能性重視の所為か内側に狭く作られた構造上、椅子はともかくソファなんて二つも置けやしない。もともと一対数名の個人講習用に設置された場所……だからこうして向き合うのも当然だ。
それにしたって、位置関係というものはそれだけの要因で決めるべきじゃないと思う。
教卓を横に退けてしまい、床に座ったのは――全くの強制――勿論私である。その対面、透明なテーブルを挟んだソファに座るミイシャさんは普通に座っているだけであるのだが、格好が格好。腿をすりすり動かされたり、ちょっと位置直しなどをされてしまえば、必然的に
―――だがしかし。
何故だ、あと少し、ほんの少しなのに見えない。柔肌の擦れる動きまでしかと捉えられるのに、私に許されるのはその先を想像することのみだという。なんという鬼畜さ、だが思うのだ。こういう『プレイ』が存在するからこそ、人類というものは特殊に進化してきたのではないだろうか。
ふふっ、これは態となのだろう……例えば、私の集中力を削ぐため、とか。
「……ほらほらぁ、早く選びなよ」
「じゃあこっち」
「ぬぁぁぁぁぁ!? なんで、なんでわかるの!?」
「易いんだよ、
「くぅぅ……はぁ。でも、勝負は勝負だし、優先権はシオンでいいよ。いろいろ訊きたかったのになぁ……」
私は何の意味もなく勝負したりしない。
話の『優先権』に関するものだ。私たちの間で作った会話のルール、発問に対するものである。私が一定以上に介入されないように――しないようにするため。これは重要な個人情報の保護のためだ。都合の良い自己保身とも言い換えられる。
使い方は様々だ、相手に応答を強制させることもできれば、相手からの発問を遮り、
「さて、じゃあ私からの質問……とりあえず、見えやすい位置に貼ってくれましたよね」
「あ、うん。私、約束はちゃんと守る人なの。追加サービスで案内標識もつけておいた。一週間くらい置いておけばいいのかな?」
「それで結構。あとは受検者がどれだけ集まってくれるか。個性強いヤツラばかりだったからなぁ。絶対この先、内のファミリアは『悪名高き』なんて枕詞がつきますよ」
本当にありそうだからもうこれ以上考えたくもない。なにせ私が原因たる可能性が多くを占めているのがいつものことだ。どうしようもなく私は問題の種となり、促成剤となり、伐採者となる。嫌なサイクルだ、本当に。
自分でも矯正したいと強く願うのだがどうにもこうにも。なにせ私が要素の一つであっても、それは数多存在するうちのたった一つでしかない。私を幾ら変えたところで大きな改変は望めない訳だ。
「んでんで、一応念のため、ここは聞いておきたいのですが――周囲で最近、異常を感じたことはありませんか? それに関しちゃ些細なことで構いません。情報は役に立つ云々で判断できませんから」
「そうだねぇ……最近、最近、あ、そうだ。シオン君は知ってると思うけど、セアさんについてね。あんまりにも可愛いし強いしムカついたから、ちょっと調べちゃった♪」
「おい」
「でねでね、セアさんって不思議なことに、ギルド名簿に登録されてないの。冒険者でもなければ、どこのファミリアにも所属していない。でも『外部』っていう可能性はかなり薄い。少し前に、裏口から搬入するくらい大きい魔石を持ってきたの。あんなの、どう考えても階層主クラスでしょっていうレベルのね。それを倒すということは、相応の
すっごくどうでもいい情報を話し始めているミイシャにシオンはどうも止める口実が思いつかない。襤褸が出てしまうことを恐れているから、残酷で気味悪い現実を知らせたくないから。
その後も続く語りにシオンは口端を引きつらせながらも努めて無表情を貫いた。饒舌に話すミイシャはとても楽しそうで、自由に話させる分にはいいかなぁと、度々挟まれる不味い発言を右から左へ聞き流してはいたが頭から末まで話し切った。
「ふぅ、あと異常と言えば……」
よくここまで長く一人語りできるなぁと意識の半分で考えていたとき、ふと止まったセア語りから間を置かずに続き、彼女は唐突に私を前のめりにさせた。
「最近オラリオで『神隠し』が起きているの」
「極東の言い伝えにあるアレのことですか。そのくらいここじゃしょっちゅうなものと思うのですが、何故異常と?」
「酷いのに言い得て妙だね……」
ダンジョンという特殊環境が存在するこのオラリオでは失踪に類するものはあまりにも多く存在している。それが事故であれ人為であれ、その実関係なく。要するに、他人の失踪は日常のうちの一つでしかない。
だがミイシャの顔つきは日常のそれとは違うと語っていた。これは確かな異常なのだと、事件なのだと、不思議にも目を爛々と輝かせながら告げているのだ。一瞬程度の呆れなどすぐに忘れてしまったかのように。
「ギルドに最近、失踪者の捜索系
にたりと、楽し気に彼女は笑った。自分には全く関係ないことだと考えているのだろうか。なんとも危険で無謀な考え方だ。得てえしてそういう人間は自らを滅ぼしかねない失敗を犯す。例えば――彼女自身がその対象になったりと。まさか、まさかな。
「明らかな人為的事象ですね。原因不明の未解決、あぁ怖い。んで、被害者の共通点とかあったりするんですか」
「ない」
「なるほど無能か。それほど被害者は多くないでしょうに……」
「無理無理、数えただけで都合五十人以上。老若男女、多種族混合、身体的特徴も共通しているとは言い難い。かといって何か習慣的特徴や職業、寄せられた情報を基に色々探ってみたけど全然。で、面倒だから諦めちった、てへ♪」
うぜぇ、というか酷い。被害者との関係者が寄こしたのであろうその依頼。生半可な気持ちでは無いだろう、報酬を提示してまで、自分の身を削ってまでもその人を探し出そうとする。そのような気持ちは美しくて、なにより人にこそある優しさで――
――そんなの偽善さ、わかってるよな。
「………?」
あれ。今のは……私の思考?
今の逡巡はなんだ、自分の考えを疑うなんて私らしくもない。
「その情報、まぁ役に立ちました。というわけで、ここで切り上げましょう。時間も時間ですし」
「結局情報引き出されただけで終わりだよ、やっぱり。どうやったら情報収集目的以外で私と遊んでくれるの」
「そうですねぇ……例えばカフェでばったりとてあったりしたとき、とか」
「何それ運命的、すっごいいいじゃん。じゃあ、楽しみにしてるから、いつかのその時を」
にっこりと、まるで本心であるかのように思わせる笑みを浮かべられては、もしもそんな時が来たとすれば、本当に付き合うしかなくなるではないか。
オラリオという国は案外狭い。
「んじゃ、私はこれで失礼しますね。お仕事頑張ってください」
「はーい、頑張ります。あっ、ちょっと待って! 忘れてたぁ……これだけは訊きたかったの」
「なんです?」
あんまりにも必死の形相で、ドアに手を掛けていた私を引き留めるミイシャさんを、流石にどうでもよいと放ってはおけない。何されるかわかったものでは無いから。
「……いつか、二人だけで会える日はない、かな。場所はどこでもいいの」
「いつでもダンジョンなら会えると思いますけどね。そういうことじゃ、ないんでしょう。まっ、今後は暇になるでしょうし。いつでも好きな時に、私の家に訪れてくれれば何にだって付き合いますよ。なにせ私、暇人なもので」
「なにそれ、ふふっ。自由人すぎるってばぁ……ありがと、じゃあ、そのうち」
「えぇ。あ、何か手土産でもあれば尚良しです」
強欲、なんて言葉を投げられたが、気にすることなく払いのけるだけ。
無償で働くなんて偽善は持ち合わせていない。何事にも対価は必要、等価交換大事。
ふと思った。等価交換どうこう以前に、私は人と協力するような人間だっただろうか。いいや違う、明らかに昔とは。他なんて気にしなかった、どうでも良いと、道端の石一つ一つを踏みつぶし、蹴り飛ばし、将又飛び越え――自分にとって全く要らないものだと考え、それらに感心を持つことも、深くかかわりを持つこともなくなっていたのだから。
なのに今は何なのだろうか。昔の私が見たら鼻で笑われる自身がある。
それほどまでに今の私は平和ボケしていた、生易しい。甘い、なんて言い方が言い得て、実に不思議な気分だ。
――まぁ、人はいつだって変わるモノかねぇ。
私、神ですけど。あぁ間違った、神に近い人間ですけど。
停滞する神に、変化というものは