今更ですが、ここからは一段と原作から乖離しますね。
では、どうぞ。
「み、みなさん! おはようございます! 団長のベル・クラネルです!」
「う、上擦ってるしっ……や、やばいわ、これぇ……」
笑いが止まらん、どうしよう、次私なのに。人前に立つことが苦手なのは同じだけど、ここまで酷いと、軽蔑を通り越して笑いに変わっちゃうわ……甲高い歓声上がってるけど、あれは多分容姿的なものだろうなぁ。良かったなベル、容姿に運があって。
「今回は、僕たちのような、まだできて間もないファミリアの入団選抜会にお越しいただきありがとうございます! 恐縮ですが、この大勢の中から約八名ほどを定員とし、選抜させていただきます。さきほども申し上げた通り、このファミリアはできたばかり、ファミリアの経営になれていません。たくさんの人と
正面玄関から門までも無駄に広い空間、そこを一望するベランダでベルは一礼し、挨拶代わりの説明を終える。瞬間、脱兎がホーム内へと飛び込んできた。
そんなベルを
「原稿通りでしたよ、よくぞできました」
「じゃ、じゃああとよろしく……」
「任されました」
ま、第一次試験は私ってことにくじ引きでなったし、普通にやりますけどね。
九時丁度に始めたこの『入団式』。はてさて、実力者は入ってくれるかなぁ。異分子の排除も済んでいることだし、心おきなくできる。
「やぁやぁ物好きの皆々様、ごきげんよう。一応副団長のシオンと申します。さて、待つのは時間の無駄しょうし、早速第一次試験を始めましょう。あ、そうそう。この試験は第三次までありますので、心しておいてください。別段難しくも辛くもないので」
団員全員が出した試験内容はいたって単純な案ばかりで、ぎゅっと凝縮したら三つになった。なぜそんなに簡単になったか、理由もまた単純。誰一人としてまともな入団試験というものを知らないから。
「内容は簡単、それぞれ指示に従い、身体能力テストを行ってもらいます。ですが安心してください、この時点で即落選ということはありません。やりたくなければ別に手を抜いてくれたって構いませんし、全力でそれぞれやってくれても構いません。ただ一つ理解して欲しいのは、
判断基準は試験官の独断と偏見その他諸々。だから細かい得点というのは存在しない、その方が楽だし、選びやすいからな。つまり私の場合気分次第。
「じゃあ、まずは全力跳躍! どれだけ飛んでも着地は気にするな! じゃあいくぞ、三、二、一!」
戸惑う人々の顔はまさに『はっ? こいつ何いってんの?』とでも告げていた。すごく視線が痛い、だがしかし、その雰囲気を一つにまとめる詩が紡がれた。
「【届かぬ星へと手を伸ばせ、辿り、至れ。祖たる神のそこにあらん】――【
その人は黒かった。髪も、服も、靴さえも。対比して栄える白肌に、黒髪を割ってのぞかせる笹状の耳。エルフ――私はそんな彼女に微かな見覚えがあった。
しゃがむ彼女がぱっと顔を上げ、瞬間に霞む。頭上高くへと次には存在していた。
「おー、よく飛ぶなぁ。気圧差で死なないと良いけど。おーい、他の人たちもちゃっちゃと飛ぶ! 単に飛ぶだけだぞーその程度もできんのか! あれだけ飛んでも――」
点となるほどまで小さくなった彼女は、だが次第に近づいて来る。恐らく、飛びきって落下途中なのだろう。そこに向かって私も飛んだ。あのままだと、流石に死んでしまう。
目を瞑り重力に従う彼女に操作した風をあてる。加速を止め、減速し、そして空中で止まったところを掴んであげる。感触に気付いたのか、安心したかのように一息ついて、目を開けた。
「――ま、しっかりつかんで受け止めますからね!」
唖然とこちらを見上げて口を半開きとする人々に向けて宣言する。絶対安心だと。
なにやらぎゃーぎゃー騒いでいる声が聞こえるが、とりあえず無視だ。どうせしょうもない理由で叫んでいるんだろうし。
「……君はやはり、凄いな。
「はっ、何と比較されてるんだか。オラリオに来たばかりの私と比較したのなら、それは明らかに違うでしょう。当たり前ですよ……お久しぶりです、黒エルフさん」
「そう言えば、あの時は君にそんな呼び方をされたな、名前を教えなかった私が悪いが」
声に威厳を感じるこのエルフ、とても若いように見えるが、実を言うと600超えたご高齢である。エルフでも老けるというのだが、どうやらこの人、成人してから――エルフの成人は八十歳――すぐに【ステイタス】を授かったらしく、成長が超緩慢だそう。
彼女は少し思案する様子を見せながら、私に身を任せていた。その間にさっさと地上へ下ろしてしまう。次誰が上へ吹っ飛ぶのかわかったものではない。
「待ってくれ」
「なんです? 全員分見ないと公正じゃないので、少ししか構えませんから、話なら早くしてくださいよ」
「回りくどい言い方も変わってないな……いや、君には私の名を告げておこうと思ってな」
すっと、彼女は薄紅色の唇を耳に寄せる。一瞬頬にキスされるかと思ったが、そんな地獄絵図はなかった。なんてしょうもない思考をぶち壊す、悪戯気な声が
――レイナ・イニティウム・アールヴ
何故だか、その『音』には聞き覚えがあった。染み込むように私に貼り付き、どうしたってそれは剥がれてくれない。関わっちゃいけないと本能が嘆く。だがそれに抗う理性。問題ないと、何も不利益は無いのだと、そう不必要に叫ぶ。
「面白いだろう? 忘れてくれたって構わない、君には無理だろうけどな」
なんて意味深な言葉を残して、彼女は私からすたすたと離れていく。
その背を掴み、追おうとしたまさにその時、凄まじい衝撃と風が地を這った。そして天を穿つ矢のようにまた一直線と跳ぶ幾つかの影。
「逸材だらけかよ、おい……」
感嘆を通り越して、もはや呆れていた。それほどまでに、ここには『異人』が集まっていたのだから。
なんていうか……うちは問題児の引き取り所じゃない。
「よっしゃ! 全員終わったな、遅いよふざけんな! 次は反射神経と動体視力――なに、簡単なこと。今からこの鉄球を飛ばします。それを目で追ってください。始めはゆっくり、段々と速度を上げますので、頑張ってくださいね。では、始め!」
因みにこの鉄球、近くの小物店で大量にあったモノを溶かして混ぜて固めただけである。驚くことに1000ヴァリスすらかかっていない。
ぷかぷかと空気中を揺蕩う鉄球、この試験の懸念点と言えば『瞬きしたらハイ終了』と『あぁどうしよう、そろそろ首痛いなぁ』である。なにせ頭上にあるものを目で追うだけの簡単なお仕事でも、限度を見るまで行うから、流石に辛いものがあるのだ。私だって首痛くなるだろうし。
五段階分の一段階、自在に操れるが速度は遅い。左手五本指で操作しながら、目線が向かうのは緩慢ながらも加速する鉄球を追う人々。
ティア伝授の物質操作術である。魔力消費も少なく、持ち上げられるものの体積・質量は個人の能力に依存するそうだ。私はまだまだ慣れておらず、せいぜい椅子や机を持ち上げられる程度だ。ティアクラスとなると人どころか家やなんなら切り離した地でさえも持ち上げられるらしい。考えるだけで怖い。
「よし、段階アップ」
左手四本指、速度は増すがより単調となる動き。この段階で精々常人が投げるボールくらいの速度しか出ない。一段階に付き二十秒ずつ。だいたいそれくらいやれば、本当に追うことができているのか否かが判断できる。ここから三段階目の亜音速、四段階目の超音速、そして最後の本気亜光速である。どう頑張ってもこのくらいの物質では超光速なんて不可能。むしろ、いち物体のくせに超高速なんてものが実現してしまった私や【
「―――ほぉ、十二人か」
絶対問題児だろうなぁ、嫌だなぁ、怖いなぁ。でも欲しいなぁ。
他の人が諦めている中で欠伸しながら見ていたやつも居たが、とりあえずお前ら動体視力どうなってるんだよ。一言授けるならば、お前ら人間じゃネェ!
さてさてということは、ここで私からの最終試験が突入するわけだ。
「おーい、暇しているお前等にいい知らせだ、次で私からのつまらん試験は終わるぞよかったな! ということで、一人一人私に本気で殴り掛かって――早い、お前は早すぎる。話は最後まで聞けドアホ!」
「きゃふん!? あいだー、いだぁ……」
ったく、こいつは考えることと動くことが等式として成り立っているのか……? しかも今の威力、良くて脳震盪、最悪の場合顔面吹き飛ぶレベルのものだったぞ。アブナイ、この子やっぱりアブナイ。
「はぁ。まぁ、今の勢いで構いませんので、とりあえず全力で殴り掛かって来てください。受け止められますので、どう頑張っても私を殺すことはできませんからご安心を。さぁ、やってこい!」
な、なんなんだこいつら……五回くらい死にかけた。嘘だろ、世界がこんなにも狭いとは思わなかったわ。見たことのない技、神話のどっかで見かけたことのあるような魔法やら武器やら……もう、なんで私、武器の使用許可しちゃったんだろ。もう嫌だ、これが最終試験で逆に私が助かった、これ以上持たん。
「よし、私からの試験は終了。次はちっこい奴と小煩い鍛冶師が試験官ですから、まぁ頑張ってねぇ」
「しーちゃんお疲れー!」
あいつぶっ飛ばしたろか……!? いらぬ衆目を集め、すっごく居たたまれない気持ちで逃げるように去ってしまいました。もうやめて、お願いだからその呼び方は止めて、恥ずかしい……
* * *
選抜会は驚くことに滞りなく進んだ。第二試験の『あなたの生活力はどのくらい!? 移動三択クイズ!』が意外と面白くてつい参加したくなったりしたが抑えることはできたし、邪魔はしていなかったはず。最終試験の『何でもアリ! 見破れトリック』もつい真剣に探してしまって、ベルに指摘されるまで受験者の気分でいたものだ。いやぁ、楽しかった。
終了も昼時の一時と丁度良い時間帯で、私が珍しくも無償で提供した軽食も満足してもらえたみたいだし、今回は成功と言っても責められはしないだろう。
だが、最後に残っていることがるのだ、私たち団員には。
「選定を行う」
「とりあえず二人は確定したよな」
「68番と116番だろ? 幼馴染君と、あの不思議なエルフ君。どっちもシオン君とは知り合いみたいだけど、すっごかったねぇ。合否があるなら全て満点合格じゃないか」
「偶然だ偶然、偶々あの人たちが異常なだけ」
そこは事実疑いようのない事である。
因みに、合格発表の形式は、ギルドを介した公然発表である。名前ではなく、受験番号を用いてだ。これである程度個人情報は守られるだろう。解散時、参加者全員に私が番号を配ったから、誰と何番が対応しているか、今なら克明に憶えている。
「正直なところ、リナリアは入れたくないんだが……まぁ、消去法でまずは絞ろう。とりあえず1~50の間は全部落選な」
「シオン、さすがに無慈悲すぎるんじゃない……?」
「別に一部を除けば悪いわけじゃない。ただちょっと周りが高すぎるだけで、決して悪いとは言っていないですよ、一言も。えぇ、周りが悪いんです。当人たちは悪くない」
「誰に言い訳してるんですか、貴方は……」
世間様にである。あいつらは怖い、何されるのかが全く分かったもんじゃない。個体としてそこに存在しているか否かも定かではない。恐らく個々人にとって一番の敵は世間なのだろう。はい、証明完了。一体に何のための証明なのか、無駄過ぎて判らん。
「まっ、どうせ印象に然程残っていない人たちです、切り捨てても害はない。ですがね……問題は50以降、なんだんだよあいつら! 人間なのか、絶対違うよな!?」
突然叫び出し、卓に勢いよく項垂れる彼にギョッと目を剥く一同。彼は今まで悩みに悩み続けていた、だが一向に決まらないのだ。観察力が人並み外れているゆえか、人の利点欠点を迷惑に把握できてしまう。得てして力を持つ者というのは問題を抱え、その問題を自覚しない。もしくは自覚しながらも興味を示さず、重要度を理解しないのだ。
派閥の団員選抜ということは即ち戦力追加を意味する。ヘスティア様が真にそれを理解しているのか正直わからないが、確かにそう考えるならば、彼ら彼女らは最高適正者だろう。そう、だからこそ疑問なのだ。
――何故、それほどの
第一、今日やってきた人のほぼ全てが無名のところが特に警戒すべき点だ。実力と名声は得てして相当する。たとえそれが悪評であろうと、噂のような曖昧さを帯びていようと。
一部種族的要素を除いたとしても、彼等は推量して一般基準に当てはめたとしたらLv.4以上の実力を発揮することは確実。だのに【ステイタス】の授かる
正直、危険分子がこれ以上このファミリアに流入されていいのか悩む。自然崩壊しちゃうんじゃないだろうか、このファミリア。
「はぁ……こんなに大変なのかよ。フィンさんスゲェ……」
ごつんと音を立てて額を突っ伏す彼は、とある最大派閥の一角を治める団長へ深い尊敬を覚えていた。
だがしかし、それを当の本人が聞いたら、必ずこう返しただろう。
――普通、こんなことにはならない……かな?
と。
不運なことに、このファミリアはある種恵まれているのである。
「シオン、がんばって! わたしにはわからないけど……シオンなら、できるはずだから。ね?」
言われなくても頑張りたいよ……ねぇ、ティアちゃん、選定魔法とか作ってくれない? 君たちは運命で選ばれた! とか言ってみたい。といっても、結局はそれも適当に選ばれた乱数によって決定されるんだけど。つまりは全て人工である。なにそれ人類最強説、もっと深めたいな。
「……リミットを決めよう、三時だ。それまでに決定して、今日中に発表します」
「何ですかその鬼スケジュール……」
「リリ、シオンはいつもこうだよ」
良く解っている、流石私の弟だな。長く一緒に居るだけはあるものだ。
皆若干呆れている様子を見せるが、私には待たせている人がいる。暇させるのはよろしくない。なんて勝手な思い込みだけど、私がそうしたいと思うのだからそれを突き通す。当たって砕けたら諦めろ、だ。
そこからは私の意見はあえて通さず、参考程度にする『討論会議』によって決定していった。そこで、合格となったのは八名ではなく九名という、早速前提を覆すことに。
まぁ、説明では『八名ほど』って言ったからね、一人二人いいよね、ズレても。
* * *
「ミイシャさん、これ、貼り出してもらえませんか」
「あ、シオン君。どうしたの、疲れてるみたいだけど……大丈夫? ってこれ、なに? 『前和数列』?」
「横に見るなよ縦にみろよ……確かに51と68の和は119ですけど。これ、選抜試験の合格者の受験番号をまとめた紙です。下記の日付にうちの派閥へ訪れれば、入団がその時点で確定する、という形で、結局入団者を集めることになりましてね」
「ふぅん、こんな面倒なことやってるんだ。大変だねぇ……わかった。これは見やすい位置に貼っておくね」
「ありがとうございます」
ふぅ、これで終わりだ、
用はそれだけだとすぐに踵を返した彼の手首が不意にぎゅっと掴まれる。
「あ、あぶない。またすぐ逃げられるとこだった……」
「逃げるなんて変な言い方やめてください。帰るだけです」
「いっつもすぐいなくなっちゃうからね。ねぇねぇ、少しくらい話しようよ~」
「悪いですけどこの後用事が……」
「この紙、いい場所を無償で貼ってあげようと思うんだけどなぁ」
良い場所、無償。なんて耳心地の良い言葉なんだろう。
質の悪いことにしかも、迷惑が掛かるのは私ではなく派閥である。なんと性格の悪い事か、即座に思いつくあたり、日常的にやっているこのなんだろう。こわいこわい。
「……はぁ、そこまでしますか」
「うん――ワタシタチ、オトモダチデショ?」
「怖いっ、そんなオトモダチなんて怖すぎるっ……」
まぁ、予定としていた会議の終了時刻である午後三時までは空白が占めているのは事実。その空き時間を埋めるように、彼女との会話に時間を割いたとしても誰にも文句は言われないだろう。むしろ代償を考えると褒められるべき行いである。私偉い、ちょーえらい。
場所はどうせいつもの個室だろう。鍵の種類で判るくらいになってしまった。私【ヘスティア・ファミリア】を辞めることになったらギルドに所属できるかもな。
だがしかし思うのだ、婚約者が存在する私と一応多分恐らく独身であるミイシャさんが密室内に二人っきりとなるのは些か世間的に不味いものがあるのではないだろうか。
気にし過ぎかねぇ、自意識過剰は止めよう。うん。