ヴァリス金貨って絶対銅に金コーティングしている思うの。
では、どうぞ
「花は好きですか?」
「嫌いじゃないです、綺麗ですから」
なんて、彼女が花と戯れる様子を見つめながら、花園の中を歩く。これを独りで手入れしていたと考えると彼女の苦労が窺えるが、そんなの何でもないと実に楽しそうに――時折花々に話しかけるなど不思議な行動がみられるが――彼女は花の調子を確かめていく。
「私、花が大好きなんです。昔からずっと、私と遊んでくれたのは花だけで、オトモダチはお花だけ……市長の娘となんて誰も遊びたがらないのですよ……ですので、私は何故だか花と戯れる術をひたすらに蓄えていたわけです」
「自分で言ってて悲しくならないのかよ……」
「正直、振り返って憐れに思えてきました……」
何それ可哀想。村に住み始めたばかりに私かよ……幼く純粋な私の心にはダメージ大きかったなぁ。あれ以来人を全く信用しなくなった。誰が悪いかって主にベルが悪い。
ちょんちょん、石畳を跳ねるように伝って、また次の花へ――それは未だ開かない、どころか実りさえも訪れていない、赤子の花。
「この花、実は貴方様と同じ名を持っているのですよ」
「へぇ、『シオン』かぁ……私が買う家にその花があるなんて、面白い偶然ですね」
「ふふっ、そうですね」
彼は知らないだろう。そこには更なる偶然――まだ数日前に、植えたばかりであるということを。
若草を撫で、彼女は何かを吹っ切ったかのように立ち上がった。
「シオン様、ありがとうございました。これでもうお別れの決心、つきましたので」
「え、あ、そうですか。うーん……ならその決心、どっかに捨ててもらえます?」
「はい?」
振り返り、シオンに深々と礼をする彼女――ミリアは、彼がさらっと、なんの躊躇もない命令に、一瞬ぽけぇとアホ面を浮かべた。
空白の五秒。
理解の二秒。
「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ―――――――ッ!?」
後の、叫び十秒。
見た目に似つかわしくないその甲高い叫び声に、流石のシオンも驚いて耳を塞ぐ。誰よりも感覚が優れている彼からしてみれば、たったこれだけでもかなり厳しい攻撃なのだ。
「み、耳が……ぎーんって、ぼーってしてる……」
どうでもいいが、そうやって屈むことで顔を隠していると、本当に女性としか見えない。ポイントは恐らく髪と雰囲気、そして肌の白さだろう。条件が揃えばだれでも性別を偽れる。
悶えている彼を差し置き、一歩、二歩と後ずさることを自覚できるほどには彼女の気は確かとなっていた。だが彼女の思考はごちゃ混ぜ、正常とは言い難い。
「―――つまり、まだ、遊べる? お別れしなくていい……?」
「……あ、あー、あーあー。やっと治った。ん、あ、はい、そうです。というかむしろお別れしないでください。私が花の手入れなんてできるように見えますか?」
「シオン様なら容易くやってのけてしまいそうにみえます」
「え、あ、そう。ありがと、でも無理だから」
苦笑しながら立ち上がる彼。痛いほどキラキラとして純粋な目を向けられていて、若干居心地が悪そうだ。自分は尊敬されるほどの人間じゃない、なんて思い続けているからだろう。その実、何でもできるわけではなく、知っている極少ないことだけ。逆説的に、知識バカである彼は大抵の事ができてしまう。なにそれ結局有能の証明。
「……ありがとうございます。身も知れぬ人間にこんあことを許してくれて」
「いえいえ、何かやらかしたら相応の報いを与えればいいので。覚悟はしておいてくださいね」
「な、何されちゃうんだろ……凄いのかな、さっきのみたいかな……」
「あんた実は変態だろ」
「そんなことは――!? な、なくはない?」
はっきりしろよ……と突っ込めば追及が止まらなくなるだろうから、心中でとどめておこう。弱点を握った程度に思っておけば無駄ではない。手入れ師さんの弱み掴んで何になるんだか。
「あははっ。そんなことより、シオン様。今後ともよろしくお願いいたします、末永く、お関りのほどを」
「えぇ、お願いしますね」
清々しい風が二人を揺する。優しく、場を彩るかのような風のお陰で、爽やかな絵がそこに出来上がったようであった。
だがしかし、その雰囲気をぶち壊すほどの、邪な思考が残念にも存在していた。
―――シオン様と関りもてたぁ……! やったー、ラッキー!
憧憬に近づけたことに悦ぶ、一人の女性の心から生まれた叫びが。
* * *
彼は日よりせっかちである。証拠にまだ肌寒く、暗い中――彼は独り、そこにいた。
薄明りにぼんやりと輪郭ばかりが見て取れる闇の中、硬く作りの良い土の上。円形に周を囲まれた『アイギス』に毎朝彼は訪れ、刀を振るい、己を虐め鍛えている。
どうしてそこまでする必要があるのか。別に強制されている訳でも、やらなければいけない訳でも無い。ただ単に、彼は『取り憑かれている』のだ。自分を苦しめることに対して何の苦痛も無い、むしろ快楽を得ているというのが悲しい現状だ。やめさせてはならない、第一、無理してやめさせようとすれば、危うく自分が死にかねない。彼の周囲は常に危険なのだから。
「……一緒に、したい」
「いや、死ぬって、あれ本当に……下手に混ざらない方がいいって。見ているだけで充分」
言外に告げる、彼の洗練されている技。強さのみがそこに在る訳では無い。整えられた技には自然と美しさが備わるのだ。彼が行う鍛錬の内容から目を逸らせば、それだけでも見飽きることはない。
「ねぇ、シオンって、なんであんなに強いんだと思う?」
「……シオンだから?」
「代名詞じゃないんだから……」
唐突な質問に、首を傾げながらの答えは単純であった。一瞬驚きこそすれ、そこに疑問を彼女は持てなかったのだ。強さを求めていた少女には、強さを持つ理由を与えられなかった。強くなり、その先に何があるのかもしれずに、彼女はただ強くなって、悲願を成就したいだけだったのだ。
だから彼女は知れない、知ろうと思えない。人が強い訳を。
「異常異常って自分で言ってるけどさ、シオンこの前言ってたの。『鍛錬を始めたのは七歳ごろ』って。それって流石に変だと思うの。要するに、
「……ふぅーん。でも、それでいいとおもう。シオンが人間じゃなくても、いい」
「どうして?」
鋭い針がティアから飛んだ。
静かに彼女はその瞳に応えた。
「大好きだから……好きに、なっちゃったんだもん。仕方ないの」
「……そう」
――なんて羨ましい答え、嫉妬しちゃう。
ヘスティア様が『愛さえあれば何でもできる』なんて言っていたが、まさにそういう事なのか。愛さえあれば、そのひとである限り、そのひとに愛が向く限り、変わらない。
それでも危険は弁えてるのか、今彼に近づくような考えは止めている。
――気づいたら、彼の動きは止まっていた。
首を傾げる二人。その顔が、はっきりと見えるようになった。
市壁からひょっこり顔を出した新鮮な明かりにオラリオは朝を迎える。
「まったく……わざわざ、来なくても、良かったのに……」
いつの間にか現れたのは、既に鞘に納めていたシオンであった。途切れ途切れの言葉に、珍しくも顎から滴る大粒の汗を見せる。目に見えまでに疲労してい彼は、だがどこか清々しい。
「お疲れー。今日はもういいの?」
「まあ、二人が、いたので……ふぅー。さて、何故来たかは問いませんが、とりあえず帰りましょう」
こちとらつかれとんじゃー、ついでにいいうとすっごくお腹空いた。
早く帰りたいと歩き出すと後ろからついて来る二人。
鳥の鳴き声が聞こえる。まだ朝も早い、流石にオラリオとて、人の入れ替わりにあたるこの時間帯では活気も薄れるものか。丁度良い、急いでまた無駄に疲れるのも嫌だ。
「アイズ、悪いですけど今日はファミリアのほうで用事がありまして。家を留守にします。どこかに出かける予定とかはありますか?」
「……ない、からついて行っていい?」
「それはちょっと不味いです、流石に……」
他派閥の新規団員選抜会へ幹部クラスの人間が出席するというのは問題が多い。やって来るのは本当に入りたい人間だけじゃないのだ。成り上がりとでも思われいるだろう我が派閥、上から踏みつぶそうとする輩も数多存在することだろう。だからこそ、簡単に弱みを握られるわけにゃいかん。
「アイズさん、流石にだめだよ。ヘスティア様からも、シオン以外にはこれに関することを言っちゃいけないって厳命されたんだから。シオンの第一夫人でもだーめ」
「まだお嫁さんじゃないよ?」
「……あのさ、上げて落とすのやめてくれる? すっごく辛いんだわ」
天然で言っている所が特に。
だがしかし、どうしようもない。留守番なんてこれ以上ないほど暇だろうけど……鍵、渡すの、不安だなぁ。アイズの私服にポケットのような鍵を入れておける場所は無いし……どこかに置いてこられちゃぁ、色々困るのは私だけではない。
「じゃあ、私もホームに戻る。終わったら、迎えに来て」
「お、そういう事なら反対は無いです。うん、いいように決まった」
アイズにも『空気を読む』という人間特有の文化が理解できるようになってきたのかな。いや、もしかしたら元々できたのが今まで死んでいて、蘇ったのかもしれない。それなら尚素晴らしいことだ。
「う~んっ、決めた! 朝食には少し手を掛けましょう。多少時間はかかりますが、良いですか? 具体的には三十分くらいですけど……」
「わたしはそれでいいよ、シオンのご飯が食べられるなら。それに、いつももう少し後じゃん。時間あるからいいと思う」
「賛成。シオンの美味しいご飯、食べたい」
そう乗ってくれなくちゃ、こっちも作り甲斐がないってもの。珍しくやる気が湧いて出て来ているのだ。このやる気はしっかりと消費しよう。
私はやると決めたらやる人間だ。食材の調達なんぞそこいらで――あ、店閉まってる。仕方ない、『アイギス』の冷蔵庫から取って来るしかあるまい。調理場としては効率を見れば明らかにあっちの方がいいのだけれど、気分という面と、機能の確認という面で、今回は我が家のほうを選択する。
態々食材を運ぶという手間をかけてまでも、だ。わぁ、私ってなんて奉仕的で優しいのだろう。
まっ、これくらいはやって当たり前の領域なんだけどね。
* * *
心地よくも肌寒い風が吹く。晴天、刺さる程の日差しも体を温めはしない。
高みの見物とばかりに『
『あなたも随分人気者よね』
「人気者って言うか、単に目を付けられているっていうか。物は言いようだな。
それ以外の人は、恐らく何か揺れるものがあるだのと認識ているのだろうか。
がっつりとこちらに冷えた目を向ける、そこはかとなく獣人の少女。恐らくは世界一異端な種族という謂れを持つ『
そしてあっちの気配の薄い男、只人ではないのか確かだ。武器は確認できないが、何か隠し持っている。問題起こされちゃあ不味いな。恐らく他派閥の刺客だろうし、ティアに幻惑系の精霊術でも使ってもらって自然退場してもらおうか。
『ティア、正門近くの木蔭あたりにいる茶髪の短身男。不審なのでちょっと追い出して下さい。幻惑でもみせてなるべく気づかれないように』
『おぉ、これすごいね、やっぱり。魔力も何にも必要ない。あ、うん、補足したよ。確かに何となく嫌悪感を感じるから、追い出す』
「穏便じゃねぇ……」
ま、まぁいいさ。追い出してくれさえすればいいのだし、周囲に不審と思われなければ尚良いだけのこと。
さて、選定を続けるとしよう。
『それにしても趣味がいいわね、人を見た目で判断するなんて』
『私を悪く言いたいならはっきり言いやがれ。あくまで予選のトーナメントづくりみたいなものですよ。シードを選んで第一次定員四名の枠内に入りやすいようにしてあげる。私が目指すべきだと思うのはあくまで能力主義、ぎゃーぎゃー騒ぐのは二の次だ。だから、ああいう子でも歓迎する』
『あ、やっぱり来た』
「……まぁつまり、そこに私情は挟めない訳だ。残念ながら、リナリアもシード入りになるんだわなぁ」
今まさに正門に足を踏み込み、堂々と『結界』をぶち壊してくれたアンナ問題児も。どうしてあの子、ティアの術式構造が理解できるの? 私でさえ読み取るのが精一杯だぞ。その上、対抗術式でファンブルさせるなんて並大抵のことじゃ……もしかして、他に方法あるの? 私が面倒なことしているだけ?
『貴方やっと気づいたの? 無謀なことばかりして、こっちがどれだけたいっへんか。人に迷惑ばかりかけておいて、よくそう簡単に気づいてくれたわね。えぇそうよ、貴方が非効率すぎるのよ、逆になぜ今までそれで生きていられたか知りたいくらいだわっ』
『う、うわぁ。なんだかすっごく怒ってる。私何かしましたかね……』
女性のこと、特に精霊のことはよくわからない。難しいことを考えすぎるのは私の悪い癖だという。結果、相応のものが得られないからだ。逆説的に考えて、よく考えてもわからないこのことに関しては即ち難しいことにあたるのだろう。よし、考えるのやーめた。
「九時丁度に始めましょう。時間に適当な人間は嫌いです」
はてさて、これだけいたらかなり時間もかかるだろう、団員それぞれが考えてある内容にもよるが、どう頑張っても昼は過ぎるか……とすれば、『顔出し』を終えれば十二分に足りる軽食でも準備しようかねぇ。