やがて我が身は剣となる。   作:烏羽 黒

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  今回の一言
 おっりきゃっらまたふえちゃったぁ~

では、どうぞ


悪くはないけど良くもないこと

 何か眩しいものが射し込んだ。そのせいかぼやけた視界に天使が映し出されていた。

 柔らかいものが額を触れている。とても優しい、でも慣れてないような不器用な手つきだ。悪くない、かもな。

 

「おーい、シオン。いい加減起きたら?」

 

「……なんで馬乗りになってんだよ。重くないけど避けろ」

 

「ならシオンも起きてよね、まだ議題2があるでしょ」

 

 ……そうだよ、なんで私アイズの膝枕で寝てるんだよ!? 会議中に寝ちゃってるんだよぉ!? 威厳も何も無いじゃんか。いや気持ちよかったし大分疲れも取れたけど。

 

「よく、眠れた?」

 

「とてもよく。ざっと一時間くらいですか、すみませんね、すぐに会議を再開しましょう」

 

 最近しっかりと睡眠をとっていないせいか、所々でぐったりと眠ってしまう。鍛錬は欠かせないから絶対に抜けないけど、睡眠は抜ける……なんて考えだからか。睡眠の重要性は十二分に理解しているのだが、どうしてもこういう現状になってしまったのだ。

 跳ね上がるように飛び起き、すぐ近くの椅子に素早く腰を下ろすと、二人もそれに続いた。やっぱりティアには高いかな……うん、今度専用の椅子でも作ってあげよう。

 

「では議題2、それぞれの振り当て、です」

 

「具体的には?」

 

「部屋・当番・管理。これを決めておいた方が楽、というだけですけど」

 

 実際、かなり重要なことである。残念ながら屋根裏含めこの家には三部屋しか自室として扱える場所がない。広さも使い勝手も心地も、全て大きく異なっている。因みに私の希望は二階のだだっ広いあの部屋。あそこくらいしか私物が納まらん。

 

「あ、そうだそうだ、忘れてた」

 

 決めるうえでこれは重要になるだろうと事前に用意していたもの――この家の図面である。態々不動産のところまで行ってきたわ。驚くことにここは地下一階もあるらしい。図面確認してなかったから知らなかったが……あれ、これどうやって見るの? どうしようわからん。階段どこでしょうか……?

 円卓の上に広げざっと見ていたはいいものの、三人とも首を傾けるばかりで進展はゼロである。つまり無意味、シオンの仕事は無為。なんとおバカさんなのでしょう。考え無しに行動するからこの人はこういうしょうもないことを起こす。

 

「……た、たぶんだけど、こことここ――あとここ? が私室として割り当てる場所。和室と屋根裏部屋と、なんか広い部屋。ここ、広い代わりに窓がないんですよ。因みに照明はかなり衰えていました。和室は狭い代わりに居心地がとっても良い。屋根裏部屋は天井若干低いですけど一面一人で使えます」

 

「ふーん、どこでもいいや」

 

「うん、私も」

 

「うっそーん」

 

 おいおいこの二人、所有欲とかないのかよ……? この流れからして『私ここがいい』って言っちゃいけないみたいじゃん。

 

「あ、じゃあ私ここで」

 

 まぁ言うけどさ。話進まなくなるし、まず流れとか知るか、面倒臭い。

 指し示したのは勿論二階の横に長い部屋。備え付けの照明がなくとも、私には『例の実』がたっくさんある。何度でも補充ができる且つ長持ちなのだから、あとは遮光用のしかけを作ってしまえば完全に超低燃費低コストも優良照明が完成だ。

 二人はその宣言に嫌な顔一つせず、何故だか一転してどちらの部屋にしようかと悩みだしていた。もしかすると、私が先に選択するように誘導されたのかもしれない。これはしてやられたな。

 

「わたしちっちゃくても低くてもいいからなぁ……アイズさんは?」

 

「畳……きもちよかった」

 

 何その示し方、可愛いなおい。ティアも驚いてる……アイズの可愛さはもはや同性までも惚れさせる。この()いつかアブナイソッチの方向にも目覚めたりしないよね。わたし、ちょっと心配です。

 でもちょっとその気質あるんだよなぁ……事実『セア』を襲っている訳だし。押し倒されてもう散々やられちゃってもう『お嫁に行くしかない』とか馬鹿みたいなこと考えてた。

 

「じゃあ、アイズは和室、ティアは屋根裏部屋と。物の入れ替えは後々一斉にやるとして、では次。当番についてです。具体的に言うと、まず決めたいのは掃除と『情報収集』です」

 

「私、掃除、苦手……」

 

「ごめん、わたしも……」

 

 なにも責めている訳でも無いのに、どこか気まずげに告白する二人。もちろんのことそんなのは百も承知だ、アイズとティアはまともな『生活』に慣れていない。

 だからこそ、こんな私に対しても不利益な制度を作るのだ。掃除≒面倒、だからな。

 

「二人とも、そのままでいいとは思わせませんからね。ふつう、掃除はできて当たり前、苦手もなにもありません。強いて得意があるくらいです。ですので、当番制にして掃除を習慣的に少しずつでも行うことで、二人には生活力をつけてもらいます。安心してください、始めの内は私が付きますから」

 

「……掃除できないのは恥ずかしいって、リヴェリアに言われてた」

 

「よし、あの人は相変わらずいいこと言う。そうなんですよ、世間一般では。なので、まずは小さいところから、だんだん広げていく。という形にしようと思います。始めは居間か自室から、ってところでしょうか。私が当番の時はざっと適当に汚れたところを掃除しようと思いますが」

 

「ひとまず賛成、やってみなくちゃわかんないもんね」

 

「うん」

 

 ふぅ、反対されたらどうしようかと思ってた。ひとまずでもいい、この二人には最低限掃除は身につけてほしかったんだ。私がいなくなってもできるように、なんて不吉なことは考えない。単純に『生活感』が欲しいということと、清潔に過ごしたいだけ。

 

「では、週一の掃除。私、アイズ、ティアの順で回しましょう。始め一ヶ月くらいは私が付き、何でも質問してくれて構いませんので、その都度不明点があれば気にせず言ってくださいね」

 

 二人は学習能力が常人以上に秀でている。一度質問され答えればそれで終了だ、もう覚えてしまい、二度聞かれることは無いだろう。その点全く心配ない。

 

「開始は明日。そこから七日の週おき、ということで。いいですね?」

 

 迷う余地もなく二人は(うなづ)く。もう私に一任されているように思えて来てしまった。まぁ、家主は私だし、立場的には悲しきことに一番上ということになっているのだろう。この二人、そのくらいのことも察せるようになったか、素晴らしい成長。私は嬉しいよ……

 

「次に『情報収集』についての説明ですが、そこまで難易度の高いことを要求している訳ではありません。ギルドを中心として、例えばファミリア内での情報――といっても限度は弁えてくださいよ? 別に個人情報が欲しいわけではなく、自分に降りかかるであろう火の粉を払いたいだけです。要するに『厄介事』に関する情報ですね。そのほかにも、やんごとなきものでもしょーもないものでも、できるだけ。()とこれに関しちゃ頻度としては問いませんが、誰かしら、週一でギルドには訪れることにしましょう」

 

「え、それシオンだけで良いんじゃない?」

 

「何事も経験ですよ、経験。始めはギルドにある『情報掲示板』だけで十分ですから」

 

 意外なことに、アレだけでも馬鹿にならない情報量がある。しかも無料、なんて家庭に優しいのでしょうか。二人には一応、情報収集の重要性を知ってもらいたいし、丁度良いところ。

 

「うーん、ならいっか。今度場所教えてね」

 

「私も」

 

「了解、じゃあ明後日にでも行きますかね」

 

 よし、デートがこの瞬間確立した。女性二人……嘘だ、デートじゃねぇ。傍から見たらただの三姉妹のお出かけや。何それ考えるだけで悲しい。

 

「さぁて、これで最後としましょう。管理職の振り当てです。私的に、必要だと思うのは庭と鍵の管理です」

 

 とはいいつつも、鍵をそこまで重要視する気は無い。なんなら折っちゃってもいいと考えているくらいだ。だって簡単に開けられるし、あったところで意味がないも同然。ティアは『ドアの鍵』という概念自体に然程興味を示さないし、アイズはまず鍵を閉める習慣が不思議にも無い。つきつめることろ、だからこそ、なのだが。だってそんな二人に任せて渡したら何が起きるかわからん。

 あれ、話し合うまでも無いじゃん。私の考え無しめ。示し合わせだけで十分。

 

「んで、庭なんだけど、見ての通り素人が手を出すことが(はばか)れるほど綺麗に手入れされています。なんでも不動産屋の方針だとか何とかで、専属の人が手入れしていたようですが……それが切られているのか確認しておけばよかったな……まぁいいや。ともあれ、念のためです念のため、庭の管理も基本私が。言うまでもありませんが、出入りは自由ですよ」

 

 さてさて、もはや話し合いでもなくなったところで、第一回『円卓会議』は打ち切るとしよう。たぶん二回目はない。だって話し合いにならないんだもん。一方的な意見の押しつけ、もはやただの命令である。私の語彙力どうなってんだ。ついでに会話力と指導力。

 

「それでは解散! 各自やりたいことをするように!」

 

「じゃあシオン手伝う」

 

「訂正! やるべきことをやれ! 主に私物の整理」

 

「はーい」

 

 ったく、嬉しいけど、自分のことも少しは考えてくれ……ティアの今後の課題は追加だ、自分のことを第一に。あーどうしよう、私、人にどうこう言える立場じゃない。

 自分以上の誰か、という存在がいることは、実に素晴らしいことだと思う。

 間違っていて、でも美しくて、なのに無様で、報われることのない。誰かを想い、いつだってその人を最もとするのはそういうことだ。結局、無意味。

 それでも、貫き続ける心情。それを向けられることを人は嬉しく思い、静かでいい表しようのない悲しさを覚えてしまう。護ることは、即ち失うこと、本質を無意識で理解してしまうから。

 

「アイズ、何かありましたら、二階の方ま伝えに来てください。何でも手伝いますよ」

 

「わかった、ありがとう」

 

 それでも『最もな誰か』に依存してしまった方が、楽なんだよ。

 身勝手で、最低だけれども――弱い人間は、そうでもしないと生きていられないんだ。

 

 自分で考えたことに気が滅入る。無駄に考えてしまう悪癖はさっさと無くしたいものだ。

 こんなこと頭の片隅に追いやって、部屋の整理に没頭しますかね。 

 自分のことを、これ以上嫌な奴だと思いたくないから。

 

 

   * * *

 

 よし、このくらいだろう。

 良い感じに整理できた。新たな家具の搬入にゃ苦労したけど、さっさとティアが自分の部屋の整理を終わらせてくれていたから助かった。本当に感謝ばかりである。

 そんなティアは今、無駄に広いベランダ前の空きスペースを利用して魔法陣とその隠蔽(いんぺい)用の偽装を作成してもらっている。防犯対策はこれでばっちり。因みに効果は即死性のものではなく、主に状態異常を引き起こすもの。加えて、物理的な束縛効果だ。何で縛るかというとアダマンタイト級の硬度になるというワイヤー状のものだ。正式名なんてない。この世には【耐異常】なんてものが存在するのだから、用心した方がよい。まぁ、精霊術を防げる人間なんてそういないだろうけど。

 

「……布団は今度買ってこようかな」 

 

 それだけのスペースは十分にある。本来ならスペースが余ってしまうのだろうけど、何分私物が多すぎて、広いはずの部屋が普通くらいに思えるほど狭くなったが、まだまだ余裕だ。心配なことと言えば床が抜けないかどうか。それが一番怖い。

 

――ドッタッタッ!

 

「シオン、早速引っかかった!」

 

「おいおいマジかよ……範囲広げたりしてないよな」

 

「ちゃんと敷地内だけにしたもん! 敷地内に入ったの! 初期段階で今縛ってる!」

 

「はいはい、向かうから……とりあえず付いて来て」

 

 引っ越し早々なんだよ……日も落ちていない今の時間帯に泥棒という可能性は低いが、それ以外に態々ここに侵入する人間なんているのか……? 

 いやまて……一人二人、可能性の内として候補に挙がる人間が……

 

 それはヤバイ。

 

 可能性は最悪を選ぶのが私だ。靴すら履いている時間が惜しいと裸足でベランダから飛び降りる。その奇行にティアは呆れていたが、渋々の様子で付いて来た。

 道を作るように並べられている石畳を五枚飛ばしで進む。表に出る前に視界に入った光景は、なんというか、その――――

 

「ん~んっ、んっ、ふめっ、ひゃふっ、ふんっぃ――」

 

 とっても目の毒になりそうな光景です。

 具体的に言うと、お祖父さんから貰った『漫画』なるもののとある一頁にこんな光景があったのをよく覚えている。そこでは公衆の面前で物凄いことされていたが、今回は周囲に人がいないこと幸いしてまだ()()は無事のようだ――いや、無事とは言えんな、こりゃ。

 純白のワンピースの裾がばさばさと、もがく女性の動きに合わせて揺れている。それでも中が見えないのはぎっちりと全身隈なく縛られているのからだろう。起動式にどんな変数設定をすればあんな気持ちの良い――こほん、確実に外敵を捕らえることができるのか不思議で仕方ないな。まだ若々しい腿や腕、女性としてのラインがくっきりわかるこんな状態、しかも口まで塞がれていると来たものだ。実にけしからん、私以外の男が見ていたらどうなったことやら。

 

「ティア、解除してあげて……」

 

「え、いいの?」

 

「いいですよ」

 

 緊縛され、身動きも取れないのに暴れることでさらに身が締められ苦しいだろう。つるし上げられているのだから尚更、自重によって痕でもついてしまっては申し訳ない。

 恐らく、彼女には罪が無いのだから。

 パチンッ! と気持ちよい音が鳴り、瞬間縛られていた女性が解放される。流石にそのまま硬い地面に落とすわけにもいかず、しっかりと下で受け止める。

 

「あっ……もうちょっと……」

 

「いまなんつった?」

 

「へ? い、いえ、ごごごごめんなさい! おねがい、食べないで~おいしくないから!」

 

「私がバケモノにでも見えるのか……」

 

 あたらずと雖も遠からず、見た目はせめて人間のつもりなんだけどな。

 いや、ちゃんと人間です、はい。そこだけは否定しないで……ッ。

 ぎゃーぎゃー喚かれるのも嫌だからと地面に足を着かせてあげると、脱兎の如き反応速度で私からとにかく逃げていく。

 

「ひゃひっ!? は、ぇ――――」

 

 が、突然何かに撃たれたかのように震えると、体を大きく逸らせた後にばたりっ。そこから動かなくなってしまった。頭から落ちたけど、腕が緩衝材となっているはずだから問題あるまい。

 

「……ごめん、シオン。内側からでも結界の作用ってあるの」

 

「早く言えよ、それ……因みに何の効果? なんか手とか痙攣してるけど、変な笑い漏れてるし」

 

「多分今のは絶頂と『(れん)()(つう)』? 女性用の対抗式(プログラム)が発動したから」

 

「お前何やってんだよ」

 

 あー、任せた私が馬鹿だった。変なところで遊び心とかいらないんだよ……こうした事故のときとかすっごく申し訳なくなるじゃん。 

 というか、今さらっと女性用対抗式(プログラム)とか口走ったが、つまりは他にも多種類あるわけだよな……変なところで優秀。とりあえず後で全部確認しないとな。私専用プログラムとか組まれていそうで怖い。

 

「―――シオン、なに、この人」

 

「あ~正直知らん。が、恐らく、庭の手入れを今までやってくれていた人ですよ。ほら、何となく庭とか自然豊かな場所に居そうな雰囲気醸し出していませんか?」

 

「ぜんぜん」

 

「絶頂でぶっ倒れてる人見て誰もそうは思えないでしょ、シオン……」

 

 うん、確かにそうだわ。無理があった。

 なんとなく、麦わら帽子被せて木漏れ日刺し込む木の下あたりに立ってもらえればわかると思う。そこで風にたなびかれながら帽子を押さえて振り向かれたら多分ぴったりなんじゃないだろうか。

 何を考えているんだ、しょーもない。

 

「ひとまず、放置するわけにもいかないですし、腕と脚軽く縛って居間の椅子にでも(くく)っておきましょうかね」

 

「鬼だ……この人鬼だよ」

 

「その通り、血を吸ったりするから気を付けろよぉ、ぐへへへ」

 

「ごめん、そういうの要らない」

 

「あ、ハイ」 

 

 普通に叱られた。年下から叱られるってなんというか新鮮、思わず言うこと聞いちゃう。多分あと二回くらいで慣れちゃって、生意気な……とか思い始めるんだろうなぁ。人間の心情って面倒。

 

「んじゃ、二人ともちょっと手伝って」

 

 

   * * *

 

 市の統治に精を出しているお父様。もう転生されてしまったでしょうお母様。

 お二人とも、お元気ですか。

 人生経験が豊富なお二人に、私は今、とても訊きたいことがあります。

  

 手と脚、足首が縛られ、更に手は椅子に繋がれています。周りには誰もいませんが、物音はするので人はいるのだと思います。たぶん、先程私のことを人生初の『お姫様抱っこ』を味合わせてくれたあの美人な方なのでしょう。正直そんな方にはとても今の気分を言いづらいのです。

 

 すっごくトイレに行きたい、と。

 

 どれ程経っているかはわかりませんが、物すっごく気持ちよくって、ほわんほわんとしたあの時、たぶん私はヤッチャッタのではないかと思います。証拠に今、下半身事情が凄いことになってます。だってアレだけ気持ちいいのは反則ですよ、抗えません。全身をビビッと通って、不規則に全身を不思議な痛みが襲った時は、もうどうなっちゃうかと(おぼろ)()な思考の中思ったものです。

 それ以降の記憶はありませんが、恐らく捕らえられたのではないかと思います。私はこれからどうなっちゃうのでしょうか……とほほ、泣き言云々(うんぬん)よりすごくトイレに行きたい今日この頃です。

 私はさて、どうするのが正しいのでしょう。

 

 ガチャッ、戸が開かれる。

 

 彼女は硬直し、目の前の光景を見ているばかりであった。そんな中、様々な方向(ベクトル)の思考回路が働き、多種の全く異なる考えが彼女の頭をショート寸前に追い込ませる。 

 片手に一刀、獣の牙の如き鋭さを一目で理解させられる、漆黒の刀。全身を同色のローブで包む高身長の、不思議な雰囲気を漂わせる謎の人物――否、その姿形から人かどうかすらも窺えない。

 

「……やはり目を覚ましていましたね。さて、質疑応答と参りましょう」

 

 これは不味いかもしれない。そろそろ堤防が決壊する……すぐに解放してもらはなければ、本当の本当に水溜りを作ってしまうかもしれない。

 股のすりすりと動かしてアピールしてみる。目を向けられたが、どうでもよいとばかりに頓着されない。もしくは本当に気づいていないのだろうか。身長からしても……たぶん男の人。

 

 い、言えない。絶対に無理、恥ずかしくて……でもちょっといいかも。

 

「貴女は誰ですか、大方見当は付いていますが」

 

 黒ローブで全身を包み身を隠す『彼』は、脅すように切先の峰で彼女の顎を上げる。垂れていた長髪により隠されていた顔が露わとなり、うるうる濡れた瞳が揺れ動く。何かに堪えるように強く引き結ばれた口、すご脇にあるぷにぷにと瑞々しい頬はほんのりと紅い。

 

「ミ、ミリア・ノヴァ・ストライク……二十三歳、独身です」

 

「そこまで言わなくていいから。というか上流階級の人間かよ……まじかぁ」

 

 そう思う一方、納得のいくところがいくつかある。 

 容姿の点が最たるものだろう。私のような特殊事例を除けば、これだけ艶のある茶髪を持ち続けられるのは基本的に相当なモノを使用している証拠だ。荒れの無い肌もケアができるだけの資金がある証拠。以前美容系の用具が販売されている店に寄ったことがあるが、値段には流石に目を剥いたものだ。

 因みにだが、『ストライク』の姓といえば超有力な経済家である。オラリオの西へ数キロのところにある、オラリオの下位互換的市を治めていたか。先日、ギルドの情報掲示板にその市長様が来訪して何やらやらかしたと書いてあったからよく知っている。確か工場三つくらい潰したんだったか? 違法製品製造していたらしい。

 

「さて、一応念のために聞きますけど、あなたがここに来た目的は?」

 

「ここ、って……どこかもわからないのですが……」

 

「後ろ向け、後ろ」

 

「……あっ、『サキちゃん』。ということは……なるほど」

 

 なんだそれ、とは彼女の視線を辿れば言うまでもない。こちらを向いて咲く黄色の花こそ『サキちゃん』なる名を持つ花なのだろう。絶対ちげぇ。

 

「私、この家の庭を去年から手入れしていまして。一週間に三回ほどの頻度で来てるんです」

 

「あぁ、やっぱり。そういうことかぁ……」

 

 やっちゃったなぁ……なんて天を仰ぎながら零す『彼』。唐突に、フードのぱっと外し、静かに漆黒の刃を納めた。軽い音が床と衝突して鳴る。そこにあるのは、今の今まで彼女を束縛していたはずのもの。

 

「もうちょっと……」

 

「は?」

 

「あ、いえ、何でもないです。それよりも……一つ、お願いがあるのですが」

 

 感覚を忘れていたが、ふっと、こうふ――ごほん。緊張が無くなった所為で、思い出したかのように下半身が猛烈に刺激される。『普通の感覚』が戻ったからだろう、非常に不味い。

 

「あ、トイレなら廊下の奥にありますよ。すっごく我慢してましたけど、漏らさないでくださいね」

 

「ひゃ……ひゃぃ、ありがとう、ごじゃ、ございます……」

 

 知らなかった。指摘されるのって、こんなに恥ずかしいんだ……

 私を解放して、もうどうでも良くなったのか、ドアを開けて彼――シオン・クラネル様は道を示してくれる。あぁ、凄く熱い。いろいろな意味で、私は昂っているらしい。

 まさか、こんなところで尊敬するお方に遇えるだなんて思いもしなかった。その興奮もあるだろうけど、一番は思い描いていた彼の性格と、このぞんざいな態度へのギャップが、非常に悪い意味で私を刺激してしまうのだ。

 自身の持つ悪癖に対する自覚はある。それに対して全く直す気は無いが、あまり人に見せたくはない。だって気持ち悪いだろう。窮地に陥ることが大好きだとか、ちょっとした痛みで『感じる』だとか、忌避されるのは当たり前だ。

 でもなんでだろう、この人は――全く、気にしていない。興味すらないように。

 こんな対応、初めてだなぁ……冷たくされるのもいいけど、こっちも悪くない。

 

 最奥の扉を試しに開いてみると、確かにトイレがあった。一安心してガチャリと鍵を閉める。

 程なくして、気づいた。

 

――トイレットペーパー、どこにあるの?

 

 


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