クラネルさんのおうちはとってもさわがしい。
では、どうぞ
ちょこん、すとん、すらぁー。そんな形で臨時と置いた丸形のテーブルを椅子に座り囲む三人、気配が薄いのにも拘らず、存在感をここぞとばかりに主張するのは天性のものと言えようか。
「では、『円卓会議』を始めたいと思う」
「えんたく……?」
「身分に関係なく話し合う場ってことですよ。因みに実際の円卓も用意してみました」
「ちっちゃいよ?」
「手近にあった円卓っていうとこれしかなかったもので」
ちょっとした遊び心にお金はかけていられない。第一、すぐに用意できるものでないといけなかったのだから仕方あるまい。椅子を探す方が苦労だったのは内緒のお話。
「それで、会議って……何について?」
「議題は二つありましてね、始めは楽に終わる方からで」
それに頷く二人。窓からのぞく美しい花畑を背景に彼女達を眺めると、額縁にも納まらない素晴らしき
いかんいかん、何の得にもならない思考は振り払って――
「――では、議題1。自己紹介と主張、相手に言っておきたいこと等々をとりあえず一人限度十分で。因みに、ルールとしては誰かが話している間は口出し無用、ということで」
「「――――わかった」」
おい、ナンダ今の間は。目配せで一体に何を通じ合ったんだ……?
もしかすると、踏み込んではいけない領域なのかもしれない。ティアの潜め笑いを見れば何か面倒なことを考えているのではないかと容易に予想がつくのだが……魔法は使わないよな?
「じゃあ、誰からにしましょうか」
「はーい、言い出しっぺのシオンからが良いと思いまーす」
「賛成」
「そこに意図があるのは見え透いてるがな」
「――――――」
「はいそこふたりー? どうして目を逸らすのかなぁ?」
隠そうという気があるのかすら怪しい二人は、器用に目だけをどうしてもシオンと合わせようとしない。珍しく、アイズの頬を冷や汗が伝った。
ちょっとばかりの圧を掛ける。それでも二人は崩れない、何か強固な絆でも結んだのだろうか。
――なら少し、流してみるべきか。
二人の関係は今や筆舌し難い難しいものだ。良し悪しで言うならば中間より若干悪いくらい。議題1だってその関係改善、ないし悪化防止のために設けたと言ってもいい。たとえ私に対し面倒且つ悪いことを考えていたとしても、それで二人が結託し、ある程度関係が良くなるのならば……
「まっ、いいか。私からやりますよ」
言い出しっぺというのは事実、ものの基準を決める役割が自動的に回って来るのが世の常だ。「~しよう」といえば「じゃあシオン――ね」と一番面倒で疲れる役を押し付けられる。あれ以来ただの一度も立案者になったことがない。なんであいつら決めさせたルールを態々破って新しいルールを所々で追加するの? バカなの、全部憶えて実行していたら矛盾のあまり動けなくなったったじゃん。
おっとイケナイイケナイ。過去の怨念は捨て去れ。
「名前出身地等々の単一解な自己紹介はさて置き……できることは一般的に家庭的能力と呼ばれるものの大半と、戦闘や自己修復、少々の工芸と……あと、ほとんど完璧な記憶です。ここには自信がありますね。一瞬見ただけでも意識して思い出せば最低一時間は鮮明でいられます。操れる得物は刀が中心です。野太刀や短剣、弓なんかも使ったりしましたが、やはりまだ下手なものです。あ、そうそう包丁の扱いは大得意ですよ」
「うぅ……」
どうしてか落ち込むアイズがとっても愛らしい。なんて言ったら確実に無言で拳が飛んで来るだろうから、そっと心中に留めておく。そうだもんね、料理苦手だったよね、ごめんね、配慮が足りずに。でももうちょっといじりたい、なんて思ってしまう私の弱き心を許しておくれ。なにで、なんてまったく考えていないけど。
「嫌いなものは虫以外特にありませんが……苦手なことは騒がしい人間の相手をすることです、ハイ」
どうしてアレほどまでに活力があるのだろうか。そう馬鹿みたいに遊ぶばかりではなく、勉強・鍛錬により己の研鑽を積んだほうが余程有意義な時間を過ごせると思うのだ。
更に言えばだ、あやつらは声が無駄に大きいのだが話に中身が無いという聞いていて頭が痛くなる会話ばかりするのだ。迷惑だからやめてくれ。
「それでは、自己紹介は適当なところで切るとして。私から宣言したいことをいくつか。まず、厳守して欲しいことが、家屋、および庭を壊すな、だ。あーんなに綺麗な花を荒らしたくないし、家だって直すのが面倒。よって『敷地内破壊禁止』を
口出しができないからか、二人は首肯して意思を告げてくれる。こればかりは切に願っていたことなのだ。気持ちを表すと、破約したら何かしらドギツイ無間地獄(一時間)の刑にしてやる、と本気で考えていたくらい。
「そして、とっても単純なことですが、家を散らかさず、清潔に過ごすこと。掃除を毎日行う必要はありません、だって、面倒ですし。なので綺麗に過ごすこと。あと最後に、金銭面についてです。収入はそれぞれまるっと自分個人のものとしましょう、ですが借金は作らないこと。ここ厳守。あ、そうそう、つまりは資金は自己管理、ということですからね。ティアは私からせびる分には構いませんが、限度は弁えてくださいよ。私の懐も底があるので。以上より、私からは終わりです」
それより多くをここで拘る気はない。多くを縛ったところで一番始めに面倒だと叫び出すのは私なのだから。なにそれ私チョー厄介。きをつけよーっよ。
「はい、質問
「ないから次いこう」
「うん」
「……今のはちょっと傷ついた」
ぼそっと零した、珍しい彼の弱音は奇しくも彼女二人は聞き逃す。口を尖らせ、ぷぃっと下を向いてしまった彼に、企みを働かせる二人の少女は気付かない。珍しく、してやったとほくそ笑んでいた。
「じゃあ、次はわたしね」
「いいですよ、べつにっ……」
「シオン、怒ってる」
「怒ってないもん」
「むつけてる?」
「ふんっ」
知ったもんか。もう聞くだけ聴いて、決めることは決めて――あとは部屋に引きこもってやる。やること全部やったら別に私の存在価値なんてありませんよねそうですよね。
「おっほん。シオンのメイドのティアです。一応【ヘスティア・ファミリア】所属で、アイズさんとは違うのかな。オラリオ……というより、世間には正直疎くて、常識って言うのが欠如してるせいでたまに迷惑かけちゃうかもしれないけど、頑張って迷惑かけないようにしたいです……あっ、できることは精霊術の利用と開発。家事は……料理は少しやったことあります、まだ、修行中です……いつかしっかりとできるように、日々精進しています」
えへへ、恥ずかしそうにそう照れる。可愛いから赦してあげようかな。
身を捩って位置を直し、照れ隠しのように笑う。頬をぼそぼそ掻くといつものように背を正し、
「戦闘は……この中では、一番弱いのかな。『魔法戦』って呼ばれる類のものは得意になると思うけど、武器は使えない訳じゃなくて……
ゴキゲンが直角に限りなく近い鋭角くらいになっているティアちゃんが発するバチバチッ、彼女の周辺を迸るそれが危険に思えて仕方ないのだが……何も口出ししてはならないルール上、悲しいことにどうにもならん。
この家木造部もあるからさ、燃えたりしないよね?
「こほん。さて、自己紹介はこのくらい。ここからわたしの主義主張ね」
にたり。一転して彼女は笑った。
気持ち悪いくらいに輝き晴れ晴れとした笑顔をシオンに向ける。何かうすら寒いものを覚えたのか二の腕を擦る彼に早速ドギツイ言葉の槍を一擲。
「シオン、寝ている時に突然刀抜くのやめてください、怖い」
「グハッ……」
「毎日ダサい服着るのやめて、もっと可愛いのにしなさい」
「ドフへっ……」
「寝言で嬉しそうにアイズさんへの愛情語るのやめて、気持ち悪い。あとムカつく。内容が気持ち悪くないのが一番腹立たしいから。わたしには欠片も言ってくれないのに、差別だよ差別」
「そりゃ私悪くないから!?」
「わたしの主張中! だまって聞きなさい!」
「は、はい……」
その言葉を最後に、彼は小さな机に額を突っ伏した。びく、びくんっと痙攣しているように肩を震わせ、時折不気味で力無いからっからの
小さな少女――しかも自分のメイドにここまで言われてしまっては、もうメンタルはぎったんぎったんだろう。酷く落ち込んでいる、やりすぎたかな……なんて事の発端が心配してしまうレベルだ。
だが、やると決めたからには――
「今言った以外には……あ、そうだ。わたし、シオンの第二夫人になりたい! こればっかりは言っておきたかった! うーん、あとはぁ……あ、アイズさん、わたしの前であんまりシオンといちゃいっちゃしないでね! 泣きたくなるから! 以上」
小っ恥ずかしいことを大声で宣言して、その自覚があるのか若干頬を上気させるティアの主張が終了し、シオンが設営した質問タイムへと移行する。
「……お前結婚できないけどな」
「――――――へ?」
「『オラリオ生活事案対策法』第一条【結婚に関する条文】二項。【都市内での結婚は原則両者十六歳以上とする】」
「わたし十六歳こえて、」
「第一号! ただし年齢規定は『オラリオ目録』に帰属するものとする。因みにだが、恐らく物好きが創ったのであろう件の目録には、【精霊の年齢規定は自我の成立から五年周期に一年とする】と不思議なことが書かれていたな。残念、つまり無理だ」
「いぃぃぃぃぃぃぃぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁだぁぁぁぁぁぁぁアッ!?」
今度はティアが机に突っ伏して悶える番であった。
『やられたらそれ以上をやりかえす』精神のシオンは愉悦感からとってもご機嫌。だがそんな彼ですら、ある一言に見舞われる。
「なら、私もシオンとまだ、結婚できない……」
「―――――」
ドダッ、鈍く重い音が床から響いた。ことんころんとイスが転がる音が続く。
彼の顔は、絶望と失望がない混ぜになったような変わった表情を成していた。先程よりも深く、ひどい痙攣で陸に上げられた魚のように憐れなほど。
「もう、終わった―――」
がくり、遺言のように一言残して、それきり動かなくなってしまった彼。
爆弾を落としたアイズは椅子から立ち上がり、倒れ伏したシオンの横に正座で付く。
「アイズ・ヴァレンシュタイン、シオンの将来のお嫁さん、です……主張は、これからも、一緒に居てね」
相手が気絶しているからこそ言えたのだろう。聴かれていない今ですら恥ずかしそうに髪先を弄った。もう片方の手では、倒れた彼の髪に指を通す。優しく、愛でるように撫でる。
あと一年くらいだろうか。シオンの誕生日を知らないけど、今が十五歳ということは知っている。私はもう十六歳を迎えているから、結婚できるのは来年か、今年か……
「ふふっ」
あぁ、考えるだけで楽しみだ。シオンは『今すぐにでも結婚したい』とでも言いたい勢いだったけど、もしかしてこれを知ってたから言わなかったのかな。ならこのダメージは何なのだろう。
現実から、目を逸らしてたのかな。もぅ、可愛いなぁ。看破されそうになっていた企ては、もう必要なくなってしまった、そう、まだ結婚できないならする意味の無いことだ。
でも――
「――安心してね、ちゃんと、結婚しよう」
今はまだできないだけだから、ね。