やがて我が身は剣となる。   作:烏羽 黒

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  今回の一言
 オリキャラを可愛いと思って仕舞うのは間違っているのだろうか。

では、どうぞ


ふと気づけば変わっている

「全部、持ってく訳にはいかない、かな」

 

 この部屋から全てが消え失せてしまったら、ここにあるはずの自分の居場所が消えてしまうから。それはちょっと悲しいし、名残惜しい。

 そう思うと、大きな踏ん切りなのかな、これは。

 【ロキ・ファミリア】に来て、考えてみればずっと住んでいたこの部屋。専ら飾りっけなんて無い、見まわすまでもなく簡素な場所だ。だがその中で唯一目に映える場所、机の上には『大切なもの』が置かれている。破損してしまったネックレスや、指輪のケース。

 

 くすりっ、知らず知らず笑みが零れた。

 

 思い出しちゃったからかな、シオンが見せた、あの驚きに染まる顔。笑いを堪えることに必死だったなぁ……バレちゃったら恥ずかしいから。

 さてと。切り替えて、シオンが戻ってくる前にある程度纏めなくてはならない。

 ここ最近、容量を圧迫するハンガーにかけられた何着もの衣服。戦闘服(バトル・クロス)の使い回しは止めて、今では毎日着るものを変えているのが影響しているのだろう。

 箪笥(たんす)の上に置いてある小物入れには、リヴェリアから貰ったアクセサリー類が保管してある。いつか使う日が来る。そのいつかなんて全く気にも留めていなかったはずなのに、容易くその意識は改変されてしまった。シオンとのお出かけには何かとお世話になっていたりする。

 

――これはそのまま運べるかな。

 

 問題は、ドアの関係上絶対に運び出せないであろう箪笥だ。その中には、たとえシオンにでも、むしろシオンにこそ見せられない恥ずかしいものがイロイロ入っている。あくまで気持ちの問題なのだけれど、そう言ったことを大切にしろと当のシオンに言われたのだ。

   

「でも、入れ物ないと……」

 

 詰め替えることもできない。これでは手持ち無沙汰だ、時間の無駄。

 他にできることはないかと見渡しても、見える限りはシオンが終わらせてしまっていた。机上が唯一手を付けられていない状態。流石のシオンも憚ったのだろう。ありがたい。片付けようとは思えないから。

 結局のところ、シオンが来てから出ないと何もできない訳である。 

 

「なら、どうしよっか……」

 

 やることがない中、ふと目に入ったのはまだ畳んでいない服。そして小物入れ。

 そこから思い至ったことなんて、ごく単純な、正しい女の子の思想であった。

 

 

   * * *

 

「アイズ。段ボール、持ってきましたよ」

 

「あっ、わ、わかった。ちょっと待って……」

 

 畳まれた、大小さまざまな多量の段ボールを抱える彼。慌ただしくなる部屋の中では、アイズが急ぎ、脱いだ服をクローゼットに放り込んでいるところであった。

 急いだせいか、将又本当にアブナイ状態だったのか、彼女は頬をほんのり上気させたまま戸を勢いよく開く。あと一歩で彼の鼻面に衝突するところだった。

 

「ど、どうかしました?」

 

「にゃっん……なんでもない」

 

「え、今噛んだの? ねぇねぇそうなの? 噛み方がもう可愛いからあと五回くらいやってもらえません?」

 

「ヤっ」

 

「ぁだっ、ごめんなさい調子乗りました」

 

 ふざけているシオンに一つドギツイ喝(ローキック)を喰らわせると、反射的か声を少し上げるだけで、全く痛みはなさそうであった。ただししっかりと反省はしたよう。

  

「入って」

 

「あ、そのまま保って。手が使えないので」

 

 戸を押さえ外に出ると、その隙間を縫ってシオンが部屋に横歩きで入っていく。まだ一度も目を合わせてくれないことに少し寂しい気分。自分はこんなに傲慢な女だったろうか。

 部屋の奥、何も置かれていない床に大小様々な段ボールを置き、せっせと組み立て始める。その手際がどうしてか達者しか見えない。ぱっ、ぱっ、を間を置かないほど短時間で二つ底のできた箱が出来上がる。それでもまだいくつも残っていた。

 

「ねぇシオン、そんなに、どこから持ってきたの?」

 

「全部ギルドから頂戴しました。市販で買うと案外高いのですが、ギルドに顔が利けばいくらもらったって無料。素晴らしいですよね」

 

「姑息……」

 

「それはあんまりじゃ……あん、まり……っは?」

 

 あんぐりと口を間抜けに開け、段ボールを手に取りながら硬直する、反論しようと振り返ったシオン。その体は微動だにせず、だが動いている場所があった。

 凄まじい勢いでアイズを隅々まで記憶に鮮烈に焼き付ける若葉色の右眼。

 

「……っ、素晴らしい。あぁ、私は何て幸せなんだ……」

 

「そ、そう? そんなにいい、かな……?」

 

「勿論ですよ! 謙遜なんてするに及びませんって、とっても可愛いですよ! 記憶に刻み付けても全く無駄だとは思えないほどです!」

 

「あ、ありがとう。うれしい、かも」

 

 照れ隠しか、肩にかかる髪先をこそばゆそうに弄る。そうやってもじもじする姿こそ彼の興奮を助長させるのだ。控えめに揺れる髪先、空色のカチューシャは彼女の髪を整えたままでいさせる。

 身を(よじ)れば優しく揺れる、淡い白色のレーススカート、紺のニーソックスとの間に白く眩ゆき絶対領域(ナマアシ)の瑞々しさには理性を刺激する程の不思議な力がある。くびれをより強調させる茶色の皮ベルトが締める、(しろ)(はなだ)の薄手シャツ。その上には強く目を引く漆黒のカーディガンが胸上のボタン一つ止められた状態で揺れる。その裾は腰まで届き、色の対比で良く引き立っていた。袖で少し隠れる白い手に、ふと輝いた指輪。逆に目に映えないその輝きに、彼は不思議な背徳感を覚えた。隠しているような、そんな疚しくも無いのに、そうと感じてしまう気持ち。

 

「……でも、恥ずかしい、な。そこまで見られたら、その……」

 

「あ、あぁあごめんなさい、つい……ハイ、自重します。さて、いつまでも夢へ旅立ってはいられません。現実へ回帰、まとめ作業を終わらせましょう」

 

「うん」

 

 いけないいけない、危うく理性決壊するところだった。どれここれも、アイズが特大の不意打ちを仕掛けたのが悪い。いや、むしろ良い。何言ってんだ……。

 箱に意識を向けず、せっせと組み立てて行く。アイズはアイズで、すでに組み立てた箱へと配置に悩みながら私物を仕舞って行った。その姿を見届けながら、ふと思案に陥る。 

 

――随分と、変わったなぁ。

 

 下着が見えないよう、正座になって黙々と片付けている。以前のように、三角座りとなって丸出しにし、且つ気にしないなんてことはない。女の子らしくなった、と言えばそうなのだろう。否、少し違う。少しずつ麻痺が解けてきた、といえば適切か。

 もっと言えば『服装美(ファッション)』だ。機能性重視型の私からして考えられない、その美しさを求めた服装。今までも確かにアイズの服装は中々可愛いものだったが、それは『他人』によって(もたら)されていた。だが今は違う、自分から選んだことは明白だ。一体どれほどの意識改革が起きたらこうなるのだろうか。別に否定している訳じゃないのだが。

 

「ねぇシオン、これ運ぶって言ってたけど、どうやって?」

 

「簡単ですよ。縛って纏めて走る、以上」

 

「……ばか?」

 

「良く解ってらっしゃる」

 

 見事に言い得ている。確かに社会性に欠けた行動だし、度が過ぎていると言えば主に身体能力面でそう言えるのだが、これが最もリーズナブルに済む方法なのだ。何せ(ヴァリス)一枚も掛かっちゃいない。

 呆れたようにアイズは溜め息を一つ吐く。だがその後に浮かべたのは、不思議な程に優しい、穏やかで自然な笑みであった。

 そんな些細なこと一つで、私が幸せを感じるのは間違っているのでしょうかね。

 

  

   * * *

 

「よっこいしょぉ……うわぁ、年取った気分。実質的に五十代くらいなんだよなぁ私、若いままでいたいよぅ。おじさんは嫌じゃ……」 

 

「もはやその発言自体がおっさんじゃないの? シオン」

 

「ぅお。いつの間に……」

 

「今の間に。連絡があれば来いって言ったよね。その連絡」

 

 大荷物の搬入を狭く感じてしまう入り口から行い、まさにその最後の一つである段ボール箱を置いて独り言を囁いた直後、音も気配もなく忍び寄るように現れたティアにびくりと跳ね上がって驚いてしまう。

 そんな反応を気にしない対応は非常にありがたい、恥ずかしいし。 

 ゆらゆらと和式メイド服((かり)())の裾を遊ばせるティアが、花々で彩られる庭に背を向けて楽し気に笑う。あー、着崩さずしっかり着れてるなー。 

 なんて馬鹿みたいな現実逃避をしたって、ティアの可愛さは変わってくれなかった。くそぅ、なんでこんなに可愛いんだよ……精霊だから、そうなのか……!? 

 

「明日の九時から、第一回目の入団試験をするんだって。各々、恩恵無しでも達成可能な試験項目を考えて、それにあった内容を一つ作れって言われた」

 

「ほぅ。たまには面白いこと思いつくじゃん」

 

 やはりあの人も神の内だな。入団試験という一種の遊戯に似たものへの妥協は一切しないらしい。だが不可解、よく私にもその項目とやらを考えさせようと思ったものだ。悲惨になることはもはや考えるまでもない。自分で断言できるぞ。

 

「で、シオン。それなに?」

 

「いじっちゃダメですからね、アイズの私物なんですから。あと、ここは一応土足禁止。次からは靴を脱いで上がってください、転移だとしても」

 

「ふーん、そっ」

 

 なにか気に入らないのか、そっけなく応え靴を脱ぐ。ぷいっと目を逸らして、いじけたように此方を向いてくれないのは何の意図が込められているのだろうか。

 

「入団試験の件、了承しました。何かしら考えておきます。そうそう、ここでくつろぐのは好きにしていただいて構いませんが、汚さないでくださいね。あと、緊急じゃなければ玄関から入ってくること。いいですか」

 

「はーい」

 

 一つ返事を最後に、ティアはソファへ身を投げ出して、まるで『私のことなんてどうだっていいんでしょ』とか主張するかのような仕草だ。

 もしかして、アイズと二人暮らしすることを(さと)って、自分が除外されたことにいじけているのだろうか。そりゃ含んでいないと言ったらうそになるが、除外したわけでは無い。それに……一応私だって、責任くらいはとるのだ。ただ、アイズに未了承の今、独断で許可するわけにはいかず……

 はぁ、言い訳なんて見苦しいなぁ。逃げているみたいじゃないか。

 ここはもう『当たってそのまま突き進め』だ。初志貫徹、自分の意志を砕いてなんかやるもんか。

 

「ティア」

 

「……なに」

 

「必要最低限のもの、ここに移動させておいてください。最低限というのは、生活に必要なもの、という意味ですから」

 

「ふんっ、どぅせシオンのでしょ。さっき全部運んだじゃん」

 

「……ティアのですよ」

 

「――ふぇ?」

 

 ソファに寝っ転がってだらだらし始めていたティアが、ぱっと跳び上がるように背を起こし、驚きに瞠った目が胡乱(うろん)()に私へと向けられる。何だか恥ずかしくて、その純粋な目と合わせられない。

 

「そ、それじゃあ……私は用事があるのでぇ……」

 

「う、うん」

 

 逃げるように彼は去って行く。その足取りは何故だか速い。玄関扉を開け刺し込んだ光、手で遮られたその先にある彼の頬。ちょっとばかり、紅い。薄紅の唇がぎゅっと結ばれていた。まるで恥ずかしさに耐えるように。

 

「……ん~~~~っ! ヤバイ、これはヤバイってぇ~~!! にふふっ、いひ、ひひひひっ……」

 

 彼が去っていった居間(リビングルーム)のソファー、その上のクッションがぎゅっと抱きしめられ、ばたばたとのたうち回る乙女の足で軋み、悲鳴を上げる。だがその悲鳴は、歓喜と至福に包まれた彼女が漏らす声に吹き飛ばされてしまう。今この場に他人がいたのならば、それはもうさぞかし目も向けられなかったことだろう。

 

「……あぁ、甘えちゃうなぁ。どれもこれもぜーんぶ、シオンが優しいのが悪いんだから」

 

 優しさを知れなかった少女が、初めて知った優しさが彼の声だった。次は手だった、次は料理だった。そして今は――彼その者、彼の全てが彼女にとっての優しさ。

 まだ自我が芽生えて間もない精霊。過酷であろうと、少しずれていようと、子供であることに変わりはない。

 そんな彼女が、優しさに甘えてしまうのは、間違ってなどいない。誰も責められない。

 

「大好き、シオン。わたしの大事な、ご主人様―――」

 

 たとえ自覚したこの想いが実らずとも、今の肩書きのままで近くに居られるのならば、わたしは今を選ぶ。ずっと一緒に居られるだけで幸せなんて、もう最高じゃないか。

 

 

   * * *

 

「ダメだ」

 

「嫌だ」

 

「だからダメだと言っているだろう……」

 

「嫌って、いってる……」

 

 一人の精霊が悶えているまさにそのとき、とある団長室では冷たいせめぎ合いが行われていた。そのお題―――『アイズ・ヴァレンシュタインがシオンと同居する。了承? 不承?』である。

 議論開始から三十分たってこの状態、実のところ開始十分から似たようなことの堂々巡りが続いていた。それだけ譲れない問題なのだ。もっといえばお互い頭カチカチで頑固、ということもある。

 残念なことに、その場にいるのは二人だけ。仲裁するものもいなければ、話題を纏め上げる人も存在しない。進展しない無為に等しい話し合いの中、不穏な空気をぶち壊す明るい声が響いた。

 

「こっんにっちはー」

 

「……ノックくらいしたらどうなんだ」

 

「え、しましたよ? ただ返事が無かったので、無言の承諾かなぁと」

 

 勿論嘘である。あの雰囲気の中ノックをしたら絶対に『後にしてくれ』とでも言われ用件も聞かず追い返されること必至だ。ならば前提条件を無くしてしまえば関係なかろう。あとは適当な理由を付け加えておけばよい。

 理解力の高いフィンさんは、私だと判れば問題なくいさせてくれるはずだから。

 なぜならば―――

 

「だが丁度よかった。今、君に関わることを話していたからね」

 

 ということだ。

 アイズと一緒に運べばよかった荷物を私一人で運んだのには、こうした理由があった。事前に話をつけてもらいたかったのだ。なにせ幹部たるアイズと暮らすのにもそれ相応の条件・許可が必要となるのだ。充たすにはあと一つ足りない。それが【ロキ・ファミリア】からの許諾である。

 

「早い話、別にいいじゃないですか。ほら、かわいい子には旅をさせよって素晴らしいことわざがあるでしょう?」

 

「残念ながらそれは適応されなくてね」

 

「何ですか! アイズが可愛くないと言っているんですか!? 一回アミッドさんにでも診療してもらうことを強く推奨しますっ、主に目と脳を!」

 

「違う、そう言う意味ではないさ。アイズが世間一般からして美人なことは疑いようのないことさ。ただ、僕たちはアイズを全く甘やかしてなんていない、ということだよ。この子は昔から厳しい環境に身を置いている」

 

「なぁんだ、うっかり斬っちゃうところでした」

 

 びっくりしたぁ、長い間近くに居たのに気付かないなんて……こいつ生きている意味あるの? 楽しいの? と思ってしまった。いやぁ、自分の異常っぷりには自分が一番驚く。いつかうっかり人を殺してしまうのではないだろうか。

 あとアイズ、そんなに焦らなくても、本当に斬ったりしないから。今は。

 

「ねぇフィンさん。ダメよダメよというのなら、その理由を話してくださいよ」

 

 どうやらうだうだ進んでいる交渉。さくっと済ませたい私からして、核心へとすぐ迫ろうとしてしまう。長ったらしいのは嫌いだ。 

 

「……そうだね、君が知りたいであろう根本的な理由は、ずばり『ファミリア格差』だよ」

 

「なんじゃそりゃ」

 

 二人そろって首を傾げるそのワードに、フィンは懇切丁寧に説明してくれた。別段彼は嫌がらせをしている訳ではない。単に『最も重要なこと』から逆算して必要なことをとっているに過ぎない。

 

――だからこそ、説得法はある。

 

 要はその必要なことから除外させる、もしくはそれに至らせる、という方法である。

 

「かなり深刻な問題さ。君は【ヘスティア・ファミリア】副団長、アイズはうちの幹部だ。他派閥の要人同士ですら不味いのだが……ランクが違う、それも大きく。上位と中堅ないし下級では予想以上に世間の風当たりも違ってくるのさ、良くも悪くもね」

 

「フィンさんの懸念はつまり、理不尽な差別がどちらにも起きかねない、ということですか」

 

「それだけじゃない。嫉妬なんてものも世間には数多存在してね、奇しくも君たちはその対象となるほどの存在だ。自覚はあるだろう? だから一重に、危険なんだよ」

 

「セキュリティは世界最高峰なんだけどなぁ……」

 

 家事を勉強中の最強精霊ティアちゃんである。あの子が家事完璧になったらもう私、怠けちゃう気がするの。戦闘狂に近しい私の戦闘力が落ちることは無いだろうけど、生活力が落ちる気がする。注意力とか体力とか――あれ、それ戦闘で補える……? 結局ティアちゃん居ても楽できるだけ? 最高じゃん。

 

「フィン……私は、気にしないよ?」

 

「個人の気持ちは関係ない。僕が見ているのは『ファミリア』の不利益だ」

 

 無情に切り捨てるアイズの意見。そればっかりはフィンさんが正しくて擁護のしようがない。だがアイズの一言は無駄ではなかった。

 

「おーけー理解。フィンさんはつまり『不利益』さえなければ良いわけだ」

 

「まぁ、その考えは間違っていないかな」

 

 勝った。

 

「じゃあ、アイズは私と同居したって問題ありませんよね」

 

「……ほぅ、考えがあるようだね、聞こうじゃないか」

 

 決め顔で自信ありげな様子をありありと表現する私に、相変わらず冷静な彼は()(ぜん)と返答を要求する。若干前のめりに両の肘を付いて。

 

「問題に挙げられる『不利益』の根本は、即ちファミリアへの『悪影響』。具体的には風評被害および物理被害的問題でしょうね。不利益つまりは損失は、それ以上の利益によって打ち消せる」

 

「つまり?」

 

 バサッとロングコートを翻し、肩幅に足を広げ半身に捻り片手を高々掲げる。オーバーアクションで掲げたその手を顔の前で人差し指を中心に広げる。

 無駄にカッコつけたその仕草、告げるのはだがなんてことないセリフ。

 

「我が強大なる力を利用する権利を与えよう!」

 

「シオンカッコいい……」

 

「ふっ、決まった」

 

「何が決まったんだい? 自己完結で終わらせないでくれ」

 

 決め顔でばっちり。私は今、モーレツに輝いている! なんてしょうもないことを思いながら自信たっぷりでいる私に水を差して冷ますようなフィンさんの厳しい一言。さっさと受け入れてしまえばいいものを、どうして深く追求しようとするのか。

 

「その『権利と力』について、もう少し詳しく教えてもらおうか」

 

「何を容易いことを。力は戦力として勿論のこと、知識力、情報収集力、人間関係の仲立ち等々、私が持てる限りの全ての力です。そして権利は、その力を利用することを許可する権限です。ただし、あくまで権限だ。悪用を目的として私に行使した瞬間、それを拒絶することは可能であることは前提。まぁ聡明な貴方のことです、大抵のことは善意の行動となるでしょうから、拒絶は無いと考えて問題ないでしょう」

 

「随分と上から目線だね」

 

「いえいえそんなことは。皆さんがどぉしてか私より低いもので……ほら、身長とか」

 

「ボクは小人族(パルゥム)の中でも高身長なんだけどね……?」

 

「あ、今ちょっと怒ったでしょ? ねぇねぇそうでしょ?」

 

 やっぱり少しはコンプレックスと感じてしまうのだろうか。種族的要素なのだから仕方ないと言えばそれで終わってしまう。が、フィンさんとしては何かと諦められないものがあるのだろう。

 

「因みに、許諾は?」

 

「……はぁ、どうせ君は折れないのだろう?」

 

「もちのろん♪」

 

「アイズもその気のようだし……仕方ない。とりあえずは一ヶ月だ。その期間内だけまぁ許そう。だがそのうちに問題が起きたらこれは見当事案とさせてもらう。くれぐれも、穏便で慎ましやかな生活を送ってくれたまえ」

 

 二人してその命令にはしかと頷いた。頑固で強き意思を持って。

 フィンはその様子にもはや溜め息しか出ない。呆れを通り越した、彼らへ向けるには似つかない感嘆の感情は感づかれることなく、悦びハイタッチで嬉しさを共有する二人は一時止まって向き直った。

 

「なんだい、改まって」

 

「いやぁ、思い返してみればかなり無茶苦茶なこと言っているなぁと。もはや支離滅裂な私の条件提示を呑んで下さってありがとうございました」

 

「いや、十分すぎる条件だったさ。君を存分にこき使えるのだから」

 

「あ、週休三日でお願いします」

 

「これまた中途半端な……」

 

「誰が毎日労働なんてしてやりますか。御免だね。あ、そうそう。『権利』が使いたくなったら、この住所までなるべく目立たないようにいらしてください。穏便に、を達成するにはそうするしかないのでね」

 

 有無を言わせぬ速度で告げ、最後に拒絶も了承もさせぬ勢いでアイズを連れて彼はそそくさ去ってしまった。団長室兼執務室に一人残されたフィンは、まるで暴風が吹き荒れた後に現れる静寂のように寂寥感が漂い始めた部屋の中で独り呟く。

 

「あの子も、変わってしまったな……」

 

 どこか彼の声は、遠くへ向かっているようだった。

 

 

   * * *

 

「ところでアイズ、言い忘れていたことがあるのですが……」

 

「どうか、した?」

 

「あー、そのぉ……」

 

 果たして、今言っても良いのだろうか。ここまで上機嫌だと落とすのも憚られる。だが引き伸ばしにして後にバレるのだと私へのダメージが強い。

 ……致し方あるまい。

 

「実は、同居するにあたって、ティアも一緒に住むことに……」

 

「――ばか」

 

「ガへっ……な、なんという強力な口撃(こうげき)なんだ……」

 

「でも、いいよ。ティアちゃん、シオンのこと大好きだもんね。好きな人と一緒に居たい気持ち、わかる」

 

 ぼそぼそ、目を逸らして頬を掻いた。なんだか直接的な言葉にされるとこそばゆくて、でも嬉しくて。アイズが好きと言ってくれたことだけじゃない。自分の感情、どころか人の感情まで理解できるようになっている。私にとっては本懐ものだ。

 

「でも、後でちゃんと、見返りはもらうから」

 

「ア、ハイ」

 

 でもさ、そんなところまで成長しなくていいんだよ?  

 

 

 

    

 

 


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