やがて我が身は剣となる。   作:烏羽 黒

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  今回の一言 
 やけに時間が掛かるようになってしまった……


引っ越しは転移で

 ごっ、ぼっ、どすっ。と三段重ねとなった、どこからともなく降り込んだ謎の箱。光子がちらちらその薄らぐらい部屋に舞っていた。

 数秒経つ。すると突然、そこには前触れなく、蒼白い光によって展開された陣が出現した。複雑かつ繊細で、いつまでも眺めていられるほど美しい。魔導士からしてみれば、卒倒してしまうレベルのものなのだが。価値を知らぬが幸ありて。不思議なことにそれを顕現した本人は異常を異常と理解できない。

 

『はい、これで繋がったから、シオンも普通に通行することができるよ』

 

『す、すげぇ』

 

 部屋にぼやけた声が反響する。元手を辿れはそれは不思議な魔法陣から発せられていた。そんな蒼白い光を掻き割って金色の、さらさらと揺れる細い毛が現れる。それだけでは収まらず、ひょっこりと頭一つ、首一つが出現した。

 

「おぉ、ちょっと怖い」

 

 事の発端である銀髪の精霊ちゃんは、眼前にある構図への正直な感想を零す。 

 それは宛ら(ギロチン)が下された後の断頭台、光にぼやかされて明瞭とまではいかないが、現物を見たことある彼女としては想像力で補正されてしまう。よって殆ど変わらない。むしろこの方がえぐい。

 

「ふう、確かに行けそうですね。よし、ティアは維持を頼みます。急いで出入りしても問題ありませんか?」

 

「うん。むしろ五分弱ってところが限界だから急いで」

 

「りょーかーい」

 

 因みに、限界を突破すると世界が滅びます、結果的に。時空断裂が維持できず、そこから連鎖的に壊れていくのです。こわいこわい、簡単に世界崩壊できちゃうティアちゃん怖い。

 せっせこせっせこ、丁重に運び入れる先はもう彼の所有物となったとあるお家、その一室。だだっ長い且つ広いその部屋が次第に狭く感じて来るほど、彼の私物で占領されゆく。対しホームにの彼の自室は簡素になってゆく一方だ。

  

「ちょ、そろそろ……限界近い」

 

「あ、あぁあと少しっ。あと二十秒!」

 

「がんばってみる……」

 

 最後の最期、あと少しというところで、ティアがか細く弱々しい悲鳴を上げた。絞り出したかのように警告し、たらたら搬入していた彼を急かす。 

 せっせこ持っては運び入れ降ろし、またそれを繰り返す。宛らスクアットの繰り返しだ。足腰強固でなければそれはもう五往復程度で音を上げていたことだろう。

 だが、一つの踏み込み――地でウン百M飛んでいた常識外の足腰には屁でもないらしい。ただ楽をしていただけで、何ら問題なく彼はすべて運び終えてしまった。

 

「あっ」

 

「……もしかして、あっちで閉じた方が良かった?」

 

「……はい」

 

「ご、ごめん」

 

 ティアに苦労を掛けた代償として、丁度よいのではないだろうか。なんでも楽をするなと、もしかしたらティアも無意識に思っているのかもしれない。

 一つ溜め息とともにがっくり項垂れる。ただ面倒が嫌いで、楽して生きたい性質なのだ。だが別に行動力が存在しない、というわけではなく、さっそく腰に刀を携えた。

 

「今日のことはこれくらいでチャラにしてあげますから、もうお願いなので下手に迷惑を掛けないでくださいね。あ、それと、何か問題があったら先程の転送先へ来てください。あそこにこれから住みますので―――あっそうそう、場所は他言無用ですよ?」

 

「ま、捲し立てないで……わかったけど」

 

「ならよし」

 

 なんて一言残して、颯爽と彼は去ってしまう。風のように自由で、気ままな、手に負えない問題児。その実はただの年相応の子供だ。やたらと体力・気力はあるし、好奇心と活動欲には忠実。

 

――さぁて、呼びに行こうかな。

 

 なんて考えが浮かべば即行動に移るのだから。

 

 

    * * *

 

 【ロキ・ファミリア】の朝は騒がしい―――

 陽が昇らぬうちから自己鍛錬に励む者が出す音から始まり、それぞれに起床。すると皆一様に向かう場所は結果食堂なのだ。食事番――一部の者は除外――によって献立通りの料理がカウンターへと並べられる。立食形式(ビュフェ)にはせず、おかわりは自由とて団員の最低限の健康管理はそこでなされていた。

 制限は朝六時から二時間。【ロキ・ファミリア】の所属であるならばそこに顔を出して食事することがもっぱら義務と言える。ただし例外は存在し、遠征や強制任務(ミッション)遂行中等のやむにやまれぬ事情があるのならば何の問題も無く欠席可能だ。

 

「……ねぇティオネ、今私が思っていること、正直にいっていい?」

 

「言うまでもなくわかってるわよ……アイズのことでしょう」

 

「最近ちょっと機嫌がよすぎるというか、ぼぉーとしてる時が多いなぁって思うんだよねぇ」

 

 隣り合って座り、小声でぼそぼそと会話するアマゾネス姉妹の目線は一点へ、ちびちび茄子(ナス)と格闘しているアイズへと注がれていた。

 実に可愛い、特に思い切って大きく一口入れたときに、ばたばたと手足を震わせ悶えるあたりが。それを見て誰もがほっこりと温かな心を持てる中、二人は疑問で仕方なかった。

 普段――ダンジョンで見るアイズや、昔から見て来た彼女のイメージからして、ソンナ行動をするはずがない。野菜が嫌いな彼女が、今まさに頑張っているという様がどうこうと言う訳では無く、単純にオカシイのだ。無感情で有名な彼女が、口をむっと引き結んで、味に悶えるところなんて。

 

 そんな彼女が、ぱっと何かに触発したかのように立ち上がり注目を集める。彼女の目が向かう先、そこは何もない壁――否、更にその先、正門。

 ぱっと、目に見えて雰囲気が変化する。近づきがたい鋭く砥がれた彼女の面影なんてそこから感じ取ることはできないだろう。ほんの少し緩くなった口角に気付けた者は一体どれほどか。

 

「どうしたアイズ、いきなり立ち上がるなど。食事中だぞ」

 

「……シオンが来た」

 

「なんだとっ!?」

 

 ガンッ、っと運んでいたお盆をテーブルに叩きつけるかの如き勢いで置くのはマナーに小うるさいリヴェリアだ。自分のマナーはどうしただなんて言える人間は存在しない。

 

「……こっち来る」

 

「な、何故判るんだ……?」

 

「見えるから」

 

 なんて発言に流石にうすら寒い感情を覚える一同。即答であったあたりが特に。彼女の顔が向く方向が、廊下を沿っていることを理解した人から、それが真実であったと思い知らされる。

 然も当たり前のようにやって来たシオン・クラネルを見て、もう食堂内では厨房から届く活気ある音以外全く反響しない静寂だへと様変わり。

 

「あれ、なに? 何かありました?」

 

 なんて質問に答えてくれる人は存在せず、心細いのかしゅんとしてしまう。その様はまるで、情緒豊かになったアイズのようである。 

 とぼとぼ前へ進みだせば、その先は自然と掻き分けられ、当然の帰結と言えようか、アイズの下へとたどり着く。

 

「おはよう、シオン」

 

「えぇ、おはようございます。で、今どういう状況? 揃って私のこと嫌いなの? 嫌いならそうはっきり言って欲しいです……二度と視界に入らないようにしますので」

 

 何なら私の記憶も消してあげるから。うちには多分ソンナコトもできちゃう逸材が存在するんですよぉ……もう、なんて万能なのかしら。一家に一人はほしいわっ。……秒も刻まず世界が滅ぶ。というかティアを誰かに渡す気なんてない。なんと不毛な自問自答……

 

「食事中でしたか。なら少し待たせて頂きます」

 

「すぐ食べ終わるから」

 

「急がなくてもいいですよ、むしろ落ち着いて食べてくださいな。せっかくの料理が勿体ない」

 

「わかった」

 

 どれにしろ結局、アイズはその味に悶えながら食すこととなり、もっぱら時間が掛かるのだけれど。

 アイズの正面に居座り、頬を緩ませながら、子を見守る母のような和やかな目をアイズへと向けるシオン。男だけど。

 

「……一体何しに来たんだ、お前は」

 

「アイズを迎えに。あ、そうそう。アイズ、用意はできていますか?」

 

「……みゃだ……んっ、やってなかった」

 

「ありゃ、そうでしたか。そういえば日時特定してなかったな……ごめんなさいね」

 

「気にしない」

 

 なんて単調な返しでも彼は嬉しそうに微笑む。すぐさまアイズはあと二つの茄子と格闘を再開し、それをシオンもまた何事もなかったように見守る。

 ちょんちょんと、弱々しく寂し気に服が引かれるのに、然程時間はかからなかった。

 

「……私を忘れていないか」

 

「忘れてませんよ~ただどうでもいいと思いまして。何しに来たんですか」

 

「食事だ食事! 私がここで食事することの何が可笑しい!?」

 

「なのに食事してないないあなたが可笑しい。っていうのが私の言い分」

 

 リヴェリアはシオンの隣に座り、お盆も自身の前に置いているにも拘らず、未だ手を全く付けていない。誰でも気になるだろう、普段ならさっさと済ませてしまうのだから特に。

 

「……ごちそうさまでした」

 

「苦戦していたようですが、もしかして野菜、苦手ですか?」

 

「……においが、少し」

 

「なるほど、臭いが無ければ食べられると」

 

 ふむふむ、これはお得な情報だ。今後作る時に、野菜の臭いには気をつけなければ。味のあるものなんでも大好き人間である私からしてそれほど気にならないことでも、繊細なアイズなら敏感に気になってしまうことがあるのだろう。人で料理の内容を区別することには慣れている。例えばベルは甘いものが苦手なことから、基本控えめにしたり、しつこくない程度にほのめかすレベルでとどめていたりする。そして最近気付いたことで、ティアはどうやら苦いものは苦手なのだが、ぴりっと痺れる程度の辛さを好んだりする。

 彼はそんな思案を、隣でぷるぷる震えて俯く元貴族様を居ないものと扱うように続けていた。だが悲しきかな、これは彼にとって正当なこと、優先順位があくまで下回ったに過ぎない。

 

「シオン、先に部屋、行ってて。鍵、開いてるから」

 

「閉めましょうよ流石に……アイズを狙う野獣なんてこの世にごまんと存在するんですよ」

 

「――? 倒せばいい」

 

「天然発想ここに極まれり……だめだこりゃ」

 

 呆れるシオンに終始アイズは首を傾げていたが、いつまでも立っていては邪魔になるとそそくさ配膳カウンターへ駆けて行く。シオンも彼女に続いて席を立とうとしたとき、また服が引かれた。先とは比べ物にならない、一層強い力で。

 

「……(ないがし)ろにしないでくれ。お前に、その……構ってもらえないと、なんだか、寂しいのだ……」

 

「ちょっと何言ってるのかわかんないです。いつも構ってないでしょう」

 

「そうだ! だから私はいつもお前を見てると寂しいし、息苦しいっ。どうしてお前はいつもいつも、アイズのことばかり……たまには私に目を向けてくれたっていいじゃないか」

 

「えぇ~んな理不尽な」

 

 なんて言い合いは、今やもう騒がしさを取り戻している食堂内ですら割合目立ってしまう。ひそひそとそこまで大きくない声は届かないが、なにかと物理的に近い二人に注目があるのは必然であった。

 

「リヴェリア、何やってるの?」

 

 なんて冷たい、無感情な目線に乗せられた声に二人は肩を跳ね上がらせた。珍しくがくがくと、さび付いた歯車のように振り返る。眼も口も全く笑っていないアイズに、引きつった悲鳴を上げたのはシオンだった。

 

「シオン、先行ってて。用意、お願い」

 

「ひゃっ、ひゃい」

 

 にべもない返事に彼は逆らう事なんてなく、むしろ逃げるかのようにその場から瞬間的に消えてしまう。まるでそこにいたのが幻想であるかのような掻き消え方に、驚くものは逆にごく少数であった。 

 なにせ、足元から這い寄って来るかのような()()に、意識は(いざな)われていたのだから。

 金髪の少女は、無言。ひたすらまっすぐに、見つめていた。

 

「……憐れんでいるのか」

 

 ふるふる、首を振って彼女は静かに否定する。

 

「……違う。リヴェリアは、もうちょっと正直になればいい、と、思う」

 

 口下手で、上手く伝えられない。シオンと話す時は慣れたように、自分でも驚くほど言葉が浮かんで来るのに、どうしてだろうか。

 

「正直? それでどうしろというのだ」

 

「そうしたら、全部解決。シオンも、あんなイライラしない」

 

 ちょっと違う……でもそう。シオンはイライラしてる、気づいていないみたいだけど。私には『わかる』、伝わって来る、全て。原因は、多分リヴェリアなんだと思う。そうでなければ、シオンが人を無視したり、雑にあしらったりしない。シオンが嫌なのは、曖昧で、中途半端なこと。今のリヴェリアはそう。

 

「……まさかお前に、こんなことを言われるとはな」

 

 ふっと、わらった。鼻を鳴らして、アイズに「もう構うな」とでも嘆くような背を向ける。でもどこまでも、その背はすらりと正されていた。まっすぐなのに、曲がっている。   

 

「……ふざけてるわけじゃないよ」

 

「そんなこと思っていない。ただ、お前の変わりようと、自分の――いや、何でもない。そんなことより。シオンが待っているだろう。早く行ってやればいい」

 

 その声はいつもと変わらず静かで、冷静。そう、いつもと変わらず、どこか一歩分、他と差があった。埋められない溝、躓くくらいの段差。その程度だから誰も気づけない。決定的なことであるともしらず。

 言葉を切り、アイズに向き直ることなく、ぶっきらぼうに突き放した。それを気にしないのか気づかないのか、アイズは何の反応も無く、すたすたと退いた。

 

「……全く、憐れだな」

 

 誰にも聞かれず消えた、その言葉に込められた思い。誰一人知らず。

 一つ、(わら)い飛ばす。それでも、こころに堕ちた(おり)に、どことない(わだかま)りを感じてならない。気持ち悪い。気持ち悪くて、もう気が狂ってしまうそうだ―――

 

 

   * * *

 

 戸を開けてみると、人形のように整えられた姿勢で正座し、珍しく寝息を立てている彼がいた。ゆったりと長いまつげが持ち上がり、正対する形で彼と目線を交わす。

 眠いはずなのに、そんな面影欠片も感じさせない。和やかに微笑み、軽く会釈程度に礼。どこかよそよそしくも感じるその仕草は、妙に様になっている所為か嫌悪感を覚えない。

 

「……ごめんなさいね、少々寝不足でして。それよりです、出ていた分の()はとりあえず種類ごとに纏めましたので、後はどうします? 運べる程度にまとまればいいのですが、のこりどれくらいでしょうか」

 

 少し横にずれて、部屋の奥を見るようにと促される。丁寧に纏められた小物類や、掛けておいた戦闘衣(バトル・クロス)……みえた限りをそこに集めた、ともいえる。

 

「……早いね。もうあとは少しだけだと思う」

 

 見える限り――さて、見えないモノはどこでしょう。

 シオンは気を使ってくれたのだろう。ぷらいばしーを気にしてくれた……のだけれど、結局ここにシオンが居たら、大差ない気がする。シオンは偶にちょっと抜けているのだ。そう言うところが、ちょっと可愛い。

 くすりっと笑ってしまうのも、シオンが可愛いのが悪いのだ。

 

「纏めたら、運べばいい?」

 

「あ、運ぶのは手伝います。私に見られたくないモノでしたら、段ボールを持ってきますのでそちらにまとめでください。割れ物があるようでしたら、報告してくださいね。比較的慎重に運びます」

 

「うん、わかった。じゃあ、その……」

 

 言いよどむアイズ。どういえばシオンを傷つけず、感づかせることができるのか。そんな器用な言葉を彼女は知らなかった。考えている内に、せっかちなシオンはもう戸のノブに手を掛ける。

 

「では、段ボール持ってくるので、その内にお願いしますね」

 

「っあ……うん」

 

 反射的に呼び止めようと手を伸ばしたが、その先で空を切る指先だけが視界にはあった。もう、近くにはいないことくらいすぐにわかった。

 いいなぁ、なんて羨みながら、自分がすべきことを為しにクローゼットの把手(とって)を引く。

 最近自然と増えたその中身の片付けは、少々時間が掛かりそうだ。

 

 

 

 


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