やがて我が身は剣となる。   作:烏羽 黒

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  今回の一言
 今回が短いのは次回の所為。

では、ぞうぞ


話の内容は話す前から考えようね

 

 無音の中にふと忍び込む風音。ひゅぅっと、だだっ広い正面玄関(エントランス・ホール)で遊ぶそよ風たちはそこに集まる人々に混ざって、せせら笑うようであった。「風を操りしお前が、何故そのような醜態をさらしているのか」と。

 彼は参三角座りで恥辱に耐えていた。耳まで赤く染め上げわななき、いつ爆発してしまうかもわからない中で。周りでしげしげと彼を『鑑賞』する人たちは欠片も悪意はなく、単なる興味。だからこそ性質が悪いのだ。侮辱もしなければ軽蔑もしない彼らの対応に、彼の精神はずりずり削られていく。悪意あればすぐ切り伏せればよい。だが無辜の人間を殺すほど彼は無情ではないのだ。

 

「……あはははっ、あははははっ」

 

 時折混じる彼の奇怪な笑い声。失笑、嘲笑――繰り返される自虐の数々。それもこれも全て、数分前に立てた瓦解音の所為だ。元を辿ればティアの所為。というか私、何で着替えなかったんだろう。うん、馬鹿だ。結局全部私が悪い。

 

「シオン君……」

 

「―――ッ、な、なんですか。馬鹿にするなら好きなだけすればいいじゃないですかっ。私だって、好きでこんな格好したわけではありませんしっ。頼まれたって本当は女装したくなんてないんです」

 

 無論、アイズは例外とさせてもらうが。デート中に『私用』に女物の服を買うくらいだぞ? 何のためかと言われれれば考えるまでも無かろう。むしろ言わせるな恥ずかしい。アイズに若干ソッチな気質があるのは否定しようのない事実だ。それを含めて受け入れるまでだよ。

 必死に弁明を並べる私に、沈黙を貫き続けて来た皆の中で代表でもするかのように声を発したヘスティア様が言葉を更に加える。

 

「安心してくれ、ボクたちはわかっているさ。でもさ、シオン君。しばらくぶりに帰って来て、このサマは流石にインパクトが強すぎて……悪いけど、ちょっと整理の時間をもらえるかい?」

 

「もういいですっ、お願いですからもうヤメテ! 私、帰ります! ティア、今日のことはただじゃ済ませませんから!」

 

「おいおい、待ってくれよシオン君。何処へ行こうって言うんだい? 帰るって……君の(ホーム)はここだろう?」

 

「あっ、そっか。言ってなかったっけ。私、一軒家を購入しまして、そこに住むことにしました」

 

「―――は?」

 

 その一致は感情までもが統一されており、聞いていていっそ清々しいくらいの呆れだった。まるで一人の声であるかのような揃い方は簡単に値するレベル。もはや示し合わせたとしか思えない。

 だがな、そんなに呆れたような目で見ないでおくれよ。私の思考能力を疑う前にまず自分の耳を疑ってくれ。でも、今までの嘗め回されるような視線よりは幾何(いくばく)かマシだな。

 

「ちょちょちょちょっ、ちょっと待ってくれシオン君。君が金持ちなのは承知しているけど、家を……!? じゃ、じゃあ、ホームには戻ってこないってことなのかい?」

 

「まっ、行事には戻ってきますよ。入団試験とか、宴会とか。呼んで下さればね。ただ、住む場所が異なるというだけ、入団していることには変わりありませんし、別にいいじゃないですか」

 

「……そういう、考えかい。シオン君、じゃあ少し、話をしよう。神室(しんしつ)へ来てくれ」

 

「拒否権はない、ってね。はいはい、わかりましたよ。じゃあ皆さん、また今度」

 

 結局、一言も交わさず別れることになった約二名には悪いことをしたな……早朝に無理やり起こされて、且つ自分には全く関係の無いことであったというやるせなさは無性にストレスを溜めさせる。あれは非常に堪らん、一発殴ってやるくらいが丁度良いと思う。

 心なしか沈んだ顔を見せるヘスティア様。彼女の心境なんて、私には知れない。でも彼女が抱く心境というのが、神ならでは、『親』ならではのものということは、なんとなく理解できた。

 

 

   * * *

 

 意外と広いな。流石は神室(しんしつ)、神が居座る場所。ホームの中でも一際豪華という言葉が似合う場所――のはずが、数日生活しただけでこれだけ汚くできるのはもはや才能と私は呆れを通り越して尊敬するレベルだな。すっごく片付けたくて仕方ないけど、今はそのような要件ではない。

 

「……今思っていることそのまま言ってあげましょうか?」

 

「逆に当ててあげるよ、汚い、とでも思っているんだろう。そうだよ悪いかいっ」

 

「いえ別に、ただ主神として怠惰の象徴たるのはどうかと思うだけで、別に」

 

「ダメだって言ってるようなものじゃないか……」

 

 なんて呆れに溜め息を吐きながら、物を掻き分けダブルベットを露わにするヘスティア様。ぽんぽんと埃が舞ったらちょっこりとそこに座る。スカートのまま床に座りたくはないし、さて手持ち無沙汰だどうしよう。まず着替えさせて欲しいけれど、どうせ無理だ。さっさと終わってほしいものだな、主神の前で罰ゲームの如き仕打ちを受け続けているようなものだぞこの状態。

 

「――――あの、さっさとしてくれます?」

 

 ぐっと口を引き結び、腕を組んで思案に(ふけ)る主神様に流石に待っていられなくなった。呼び出しておいて目の前でこの仕打ちはなかろう。

 だが彼女は尚も思案に落ち込む。いっそう深く、何を考えているかも知れずに。

 

「――なぁシオン君」

 

 と切り出したのは、()きして部屋にあった『迷宮伝説―想―第三章』という原本から創作した面白可笑しい本を半分ほど読みきった時だ。もうすっかりと女装に慣れてしまったくらい。

 

「君は一体、どこへ向かっているんだい?」

 

「質問の意図がよくわかりませんが……?」

 

「ごほんっ、まぁ、答えられ無いならいいよ。深読みのしすぎかなぁ……」

 

「はえ?」

 

 ぼそぼそと呟やいた彼女の声は、シオンに耳にあやふやと届く。彼は唯一、現実的なところがある。それは五感だ。普段そこだけは常人とさして変わらないのだ。ただ、少し敏感で且つ『スイッチ』の切り替えができるというだけのこと。  

 ヘスティアは切り替えたかのように己の頬を弾ませると、正面に仰々しく仁王立ちしている彼と目を合わせる。待つ姿勢を固める彼は、相変わらず義理堅い。ヘスティアが考えている間にもどこかへ行ってしまうことだって容易いはずだったのに。

 

「待たせたね、本題に入ろうか」

 

「閑話なんてありませんでしたけどね」

 

「茶々は良いから。ボクは思うんだよ、そろそろ真剣に検討すべきじゃないかって。シオン君は自由過ぎやしないかい? もうすこし制限したり、ファミリアに貢献すべきだと思うんだよ」

 

「いやいや、別にいいでしょう自由で。言った通り、重要な行事には参加しますから。うちはそこまで大それた派閥じゃない。規律だってあってないものでしょう。そこまで厳しくしたらギルドに張り出している入団募集の紙は嘘を書いていることになりますよ。何が『団員との絆を大切にし、自由を過ごせる派閥(ファミリア)』だぁ?」

 

 情報掲示板の貼り紙はどう見てもインチキ内容、うそっぱちの過大解釈を誘発させようとする意図が読み取れたそれはリリの(はかりごと)か。だが、この際それに関してうだうだ言う気は無い。向上精神は褒めこそすれ貶す意味が無いから。まぁ、都合よく利用させてもらうけど。

 

「シオン君、常識的に考えてみてくれ。ファミリアの初期団員が派閥内で頭角を現すのは当たり前で、リーダー的存在たるのはもはや当たり前のことなんだ。つまりは幹部。どう頑張ったって、幹部という存在はある程度縛られる。普通じゃないか」

 

「いえ、ギルドは結構緩かったですよ。最高責任者がカジノをほっつき歩いてました」

 

「ロイマン!? 何をやっているんだ……それはともかく、シオン君はロイマンを()(なら)う必要なんてないんだ。それに、『うちはうち、よそはよそ』っていうだろう?」

 

「それ、駄々をこねる子供を言いくるめる言葉です」

 

「現在がまさにその状況って気がするのはボクだけかい」

 

「えぇもちろん」

 

 それこそ当たり前、なんていうばかりに堂々(うなづ)く。正論と事実のぶつかり合いは結果どちらも不毛で終わるのが常だ。なんて悲しい現実なのだろう、どちらかが間違っているからこそ言い争いが成立するなんて。

 

「んで、まぁ聞いてやっても良いですよ。どうせ少しくらいは考えたのでしょう、対策とやらを」

 

「まぁね。意味無く考え込んでいたわけでは無いのさ」

 

 逆に聞きたい、意味無く考え込める方法を。面白そうだから教えてくれ。今後一切使えないよう封印してあげるから。

 

「だいたい、君は何故それほどまでにボクたちから離れようとするんだい? ティア君だっているじゃないか。ホームに居れば何も問題ないだろう。お金だって」

 

「いやいや、もう一括で払っちゃったから。あとは固定資産税云々は業者の方針で三ヶ月毎と決まっているし、別段金には困らんから」

 

 (そもそも)(ろん)自覚ないのかな、この人たちは。私に対し、どれっだけ迷惑をあたえ漏れなくストレスまで加えてくれるその心意気を向けるのはいい加減にしてほしいくらいなんだぞ。自分に問題があると自覚しないやつが一番問題なんだ。正論言ったところで何ら通じやしない。

 あっ、勿論私は自分の問題はしっかり把握している。直す気がないだけ。

 

「……な、なら別のことさ。君の自由過ぎる行動には心底困っているんだよ。ふらっとどこかに行っちゃうし、連絡なんて碌に通じやしない。あんまりにも不便じゃないか。それに今、ファミリアは残念ながら貧困だ。少しくらい貢献してくれていいんじゃないかい?」

 

「おい、忘れてんだろ。初期に決めた収入の1%を上納するうちの制度。私が楽するために進言しましたが、あれでも一応、100万近く。つまりは私がファミリア内で最大数上納するわけですよ。貢献どうのを私に言うのは筋違いでは?」

 

「うぐっ……」

 

 この神、もしかして自覚ないのだろうか。自分がお金のことばかり心配していると。そりゃつい最近まで貧困零細弱小ファミリアで先が不安な生活してきたけど、今や全くどうでもいいからな。直ぐに稼げるものって理解しちゃったし。

 

「もう見苦しい真似は止めてください。独立くらい許してくださいよ。自立する子を見守るのも親の役目ではないんですか」

 

『ぐふっ……』

 

『こらっ、今は黙るっ』

 

『ご、ごめんなさい……耳が痛いわ……』

 

 ヘスティア様に向けた言葉なのにも拘らず何故アリアが悶えているのだろう……あぁ、そうだよね。貴女見守るどころか放置しちゃったものね。そりゃ仕方ない。貴女が悪い。

 

「……ん、じゃあ『独り暮らし』は許そう。その点については賛成だし。でもシオン君、ボクの眷族であるということは忘れないでくれ」

 

「当たり前ですよ」

 

 何言ってるんだか。変わりもしないことを。

 その答えに満足したかのように「充分、充分」と頷き、元気よく跳ね上がった。すぐにすたすた走り出す。ドアまで一息に辿り着けば思い出したかのように振り返った。

 

「シオン君、ボクたちの間で今後少しずつ取り決めを作っていこうじゃないか。そのための第一歩、久々の【ステイタス】更新、してみないかい。みんな一緒にさっ」

 

「……まぁ、いいですけど」

 

 結局、この場では何一つ取り決めないのか。急いで決めて下手な手を打つのはヘスティア様だし、賢明な判断と言えるな。このままたらたら引き延ばしされて、ずっと決まらなきゃいいのに。

 

 

    * * *

 

「全員いるかー!」

 

「居るから煩い黙れ」

 

 なぜこんなにも元気でいられるのだか……気が滅入るばかりで、続けられると萎えるあまりに意気消沈してしまう。高音且つそんな声がよく反響してしまう狭苦しい部屋。嫌な顔をするのは私だけなんて、この人たちはもしかしたら結構な鈍感かもしれない。鈍感は果たして優れてよいものなのやら。

 

「なぁ、ヘスティア様。一つ疑問なんだが、【ステイタス】情報は共有するのか?」

 

「いやいや、常識的に考えてありえないから。厳密な数値、スキルや魔法の詳細情報その他諸々。誰に利用されるかもわからないモノですよ」

 

「アビリティなんかも大切です。ヴェルフ様、少しはお考え下さい」

 

「お、おう」

 

 尚、ティアは一連の会話に首を傾げるばかりである。だって精霊だもん。【ステイタス】なんて不必要だし、むしろ授ける側の人間と考えて間違いない。

 共有しないのならば何が為に集まったのかわからんが。

 

「じゃあ、一人一人部屋に入って来てくれ。あ、ティア君は大丈夫だよ?」

 

「はーい。シオンと一緒に居まーす」

 

 主張激しく手を大きく挙げて、神室前のソファア腰掛ける私にちょこんとさりげなく、然も当たり前のように座ったことには何も言わないでおこう。というか気にする気力がない。

 顔を上げてにたりと笑われると、もういいかな、ってむしろ許してしまう。抱きしめたいくらいに可愛いけど、流石にそれは不味いので自重、ジチョー。

 

「よし、じゃあこれを引いてくれ。平等にくじにしようじゃないか」

 

「私引くの最後で。どれがどれだかわかるので」

 

「うん、すっごく解りやすい」

 

 そりゃぁ、くじ棒の末端に神聖文字(ヒエログリフ)の彫りがあったら気づくわ。少し偽装してデザインに紛らわせようとしているが、甘い、安直、安易。みっつのあでアウト。 

 滝のように汗を流しているけど、もしかして他の決め事でも使おうと思っていたのかねぇ……ずるいな、この人たちが読めないことをいいことに。今度教えてやろうか」

 

 っと、心中で散々罵倒している中、黙々とくじは引かれ、残った一本は『三』という中途半端な値。足早に神室へと入っていくベルは『一』を引いた。運があるのやら無いのやら。

 

「……そういえば、これ、どれくらい待たされることになるのでしょうかね」

 

「あっ」

 

 あははははっ、暇だわコレ……

 

 

 

 


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