やがて我が身は剣となる。   作:烏羽 黒

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  今回の一言
 この山さえ越えれば、後は好き放題できる……

では、どうぞ


初心者でも勝てます

 絢爛豪華な街並み、金を知らない人からしてみれば度肝を抜かれてしまうだろう。何なら気絶してしまう。オラリオでここ以上に常識外な場所なんて無いのだから。

 だが、シルにはその驚きがただ新鮮と思うだけで、それ以上も以下も無い。どこかズレていると言えば聞こえ悪く思えるが、裏を返せば何事も楽しめているといえる。そこがシルの凄いところ。

 

「貴方、そんなにじろじろ見られては、私も恥ずかしいわよ」

 

「別にじろじろと見ていたわけでは……それより、恥ずかしいのであればそれほど大胆なドレスを着る必要はなかったのでは……?」

 

「もぅ、リューは冗談とかからかいが全然わかってないんだから。でも、そんなにダメかな、このドレス。商人の人に内緒で準備してもらったんだけど……こんな扇まで用意してもらえたの!」

 

「シル。今日は遊びに来たのではありません」

 

「はーい」

 

 果たして、反省するのだろうか。いや、シルのことだ、そんなことはしない。結局最後まで楽しんで終わりだろう。全く、世話の焼ける人だ。

 

「それで、まずはどうするの?」

 

「シオンと考えた結果、VIPを得ることが効率的という結論に至りました。その為に勝負をして、勝ちます。ただ勝って、目立ちます」

 

 その後はここのオーナーに呼ばれる可能性が高い。目当ては勿論、シルとなるだろう。危険に曝してしまうのは気が引けるのだが、護ればよいだけのこと。

 

―――やはり、シオンさんに手伝ってもらえば、

 

「……それはいけない」

 

 彼に甘えてはならない。私が甘えられるほど、彼は安い人間ではないのだ。

 誘いはあった。助けてくれる気でいた彼に、少しばかり悦びを覚えてしまった自分が醜く思えて、即座に断ってしまったけど。

 

「ねぇ、リュー。さっきの作戦って、計画性皆無じゃない?」

 

「いえ、そんなことはありません。完璧です」

 

「んー? まぁ、いいや」

 

 羽振りが良い客と思わせることは重要なのである。それに、全てが計画通りに進むとは限らないのだ。誤算を加味して、下手に綿密に組まない方がいい。自分の計画が目の前で瓦解するのはかなり衝撃的で、相当に応えるのだ。

 

「ところでリュー、今どれくらい持ってるの?」

 

「はした金程度ですが、100万ヴァリスほどは。初期チップも含めても、一度ゲームに負けられる程度の保証しかありません。あそこに入るには、心もとない……」

 

 会場の最奥、静かに異質の気配を放つ扉。警備がその両脇についていて、見ている限りで、その戸が開かれたことがない。

 恐らくあそここそ、VIP専用の俗にいう貴賓室(ビップルーム)がアンナさんの拉致されている場所だろう。酷い待遇を受けていないことを願うばかりだ。

 

「じゃあ、頑張りましょう!」

 

「シル、遊びに来たわけではありませんからね?」

 

「何度も言われなくたってわかってますっ」

 

 本当にそうだと良いのだが……ここまで楽しそうにしていると、ふらっと何処かのテーブルへ座って、賭けでも始めてしまいそうな勢いだ。

 これでは、目を離す隙もあったものではない。

 

 

   * * *

 

第一等級(ゴールド)です」

 

 サッ、と音を立て取り出した金色のカード。入り口で誰何(すいか)を行う人物にそれを見せると、何の疑いも無く、丁寧に最敬礼が行われる。

 

「これはこれは。ご来場、誠に有り難く存じます。そちらのお方は」

 

「連れです。友人を連れてきました」

 

「どうも~友人です」

 

 間髪入れず答えたことに、軽い気持ちで合わせるのが銀髪の彼女。優しく微笑みかけると、ヘルムの奥に隠された動揺までもが見て取れる。なにせ、見てくれは良い二人だ。あくまで容姿のみ。

 

「――ッ、失礼いたしました。では、どうぞお楽しみください。チップの現金による換金は右手、特別換金は左手の方向にございます」

 

 それに二人は会釈程度の礼をして、足早にその場を離れる。それでも周りから刺さる解せない視線に晒されてばかりなのだけれど。

 

「ナイスごまかし。危なかったぁ」

 

「まぁ、あれくらいはね。それで、ないす、ってなに?」

 

「あ、そっか知らないのか。よくやった、とかそんな意味ですよ」

 

 暢気に会話しながら、彼女たちが向かうのは右手の方向だ。

 本来は初期チップを無料で貰える制度を、ゴールドカードを建前に利用しようとの考えであったが、『特別』なんていやらしい言葉を聞いた瞬間にその気持ちを正反対へと転換した。

 

「まぁ、態々現金持ってきましたしね」

 

「だね。あ、500万くらいでいいよ。あんまり換金しすぎると後々辛くなるから」

 

「ふぅん、そんなもんですか」

 

 なんて言えるのが持ち金2000万の小金持ちさんである。

 内心ミイシャはほくそ笑んだ。何せ、一度に賭ける金額を10万以下で戦ってきた彼女にとって、これは大金持ちへの好機だからである。それで第一等級(ゴールド)へと至れた努力は素晴らしいものだ。何故その情熱を仕事へ向けられないのか。

 

「ふぅん、ありますねぇ、いっぱい」

 

「うん、ここまでとは思わなかったなぁ……ね、ねっ、ポーカーやろ!」

 

「ぽーかー?」

 

「カードゲーム。セアさんならすぐに理解できると思うよ。お手本に一回やるから」

 

「ま、いいですよ。少しくらい遊んでも」

 

 彼女がここに来た目的は娯楽ではなく、支援である。身勝手なものだが。

 その為にも一早く対象の位置を把握しておきたいところだが、情報説明もされていないミイシャからしてみれば、遊びに来たとしか考えられないのだ。その割にゲームを知らないセアに、彼女は然程疑問を持っていないようだが。

 ひっぱられるがままに連れられて行くと、山のようにチップが詰まれたテーブルへと彼女は座った。ケースから数枚のチップを取り出す。ディーラーと思われる男性が少し嫌そうな顔をしたのだが、彼女たちが一つ微笑みかけてやればだんまりを決め込む。容姿を武器に使う美少女は恐ろしい。

 

「まずはチップを一枚出すの。参加費みたいに思ってね」

 

 彼女は説明しながらゲームを行うという不利な状況に立っているからこそ、下手に勝負はしない。控えめにして、最低限で終わらせるのだ。

 

「それで、こうして五枚トランプが配られるから、これで自分が勝負するかどうか決めるの。ビット。因みに誰かがビットしたら、それ以降の人はパスできないから、注意してね」

 

 パス、ビット、ビット、ビットと時計回りに宣言していく波に乗るように彼女はビットと宣言する。すると彼女はケースから数枚またチップを取り出す。あれで計10万ほど。

 

「これはコール。前に出した人と同じ分だけチップを提示するの。さらにを煽りたいならレイズって宣言して、前の人より多く出すの。ここで放棄するならドロップね。ありがと、皆さん」

 

 彼女はこのゲームに参加する人たちにそう礼を告げる。初心者(ビギナー)に説明していると気づいた彼らが、箸休めの遊戯とばかりにがらりと金額を落としたのだ。実に好い気遣い、なのだが彼女は露知らず。

 

「そしてここからがポーカーの始まり。ルールは簡単、相手より強い役を出せばいいだけ」

 

「はいはーい、質問。その役というのはどんなものがあるんですかー?」

 

「ふむ、それは口で説明するが面倒だから……あ、どうもすみません。これ見て」

 

 隣席の髭長おじさんから親切で貰った羊皮紙には、初心者に教えるためのカードの組み合わせが描かれていた。何故ベテランがこんなものを持ち歩いているのか不思議なのだが、セアは全く気にしない。

 

「……なるほど、下のほうが強いのね」

 

「その表記だとね」

 

「了解です、憶えました」

 

 あっけらかんと告げて、またまたぁと笑われてしまうが、彼女の瞬間記憶を侮ってはいけない。たった一瞬見ただけでも、その瞬間を意識して憶えていれば軽く半時間は鮮明でいられる。

 

「役を作る時、始めから強いものができることなんて滅多にないから、一度だけ手札を指定枚数分だけ交換することができるの。それがどうなるかは、廻って来たカード次第だけど。因みにこれがドロー」

 

 ミイシャはそう説明しながら、二枚のカードをバラすことなく伏せて滑らせる。お返しに二枚ディーラーの男がトランプを滑らせた。他の人もそうやって交換していたことから、所作のようなものなのだろう。

 

――どうやら全部交換することもできるらしい。

 

「さてさて、今出来上がった役を見て、この後どう宣言するか考えるの。ビット。今は出なかったけど、チェックっていうものもあって、基本パスみたいなものだから」

 

 ということは、以前の人がビットを宣言したら、パスもといチェックができない訳である。失敗しても降りられない訳だ。

 始めに宣言した人が『レイズ』といい、二枚チップを追加する。それ以降はビットが続き、同じように追加されていく一方だ。

 

「最高のビットに対して誰もレイズしなくなったら、その周は終了。ここから勝負、自分の役を見せるの」

 

「それで優劣を決めて、順位ごとにチップが振り分けられると」

 

「ちょっと違うかな。ここでは多分、一位に全額。そうですよね」

 

 ディーラーが一つ厳格に頷く。すると役の提示を求めた。

 左端の席に座るおじさんから順に、役を発表していく。

 スリーカード、フルハウス、ツーペア、ストレート。

 

「あら、負けちゃった」

 

「だね。こうやって勝負していくの。そんなに複雑じゃないでしょ?」

 

「そうですか? 結構複雑に見えますけど」

 

 主に心理戦が。今ここのテーブルを見る限りだとそれほど感じないが、他からひしひしと伝わってくるこの底冷えた熱は嫌でも感じるものだ。相当に黒いぞ、このゲーム。

 つまりは、私に向いている訳だ。

 

「やってみる?」

 

「えぇ」

 

 今ビットしたチップは全て持って行かれたけど、取り戻せばいいだけのこと。

 

「因みに、これはオープンなやつで、もっと難しいやつもあるけど、やる?」

 

「さ、流石に難しいでしょう……私、ここでいいです……」

 

 他の、というのは隣のテーブルで行われている少し異なったポーカーだ。見ているだけじゃ理解が及ばない妙に高度なことばかりやっているから頭が痛くなる。その割にはあからさまなインチキも見破っていないようだが、大丈夫か、あの人たち。

 まっ、自分のことを考えておこう。

 

 一枚ずつ、対戦者に配られていく。五枚滑らせた時点でゲームは始まった。

 全員がビットと宣言する。良い役でもできたんだろうかね。私も波に乗って出した金額約15万、これはもしかして、素人からふんだくろうという考えか。姑息な。

 

――でもこの世には、初心者特権(ビギナーズラック)というものがある。

 

「ふふっ、なるほど、こういうことね」

 

 いやぁ、運命の女神さまは私のことを大いに嫌っているらしい。

 何だよビギナーズラックって、スリーカードなんですけど。

 

 彼女の笑みを対戦者は何と捉えたか。良いものを見れたとほんわか笑む老人もおれば、上がった心拍数に冷静な判断もできずにいる若人もある。この戦いはどう傾くか。

 

「レイズじゃな」

 

「うげぇ」

 

 と、思わず声に出してしまう。はたと気づいて口を引き結んだが、どうやらマナー違反らしい。やっちった。ミイシャさんからの目線が冷たいよぅ……

 ここでチェックしたかったのだが、致し方ない。

 

――スリーカード、ワンペア、ツーペア、ノーペア

 

「す、スリーカード……」

 

 うっそーん。勝っちゃったよ、というかスリーカードでよくレイズしたなおい。 

 一人がチェックしていた中で、スリーカードが二人。

 ん、ちょっとまて、私が負け? え、でも、あぁ、んぅ――

 

―――あれ、どっちが勝ち?

 

「初戦勝利おめでとう。ほら、次もあるよ」

 

「え、え? ほんとに勝っちゃった?」

 

「あそっか、教えてなかったっけ。剣、果実、貨幣、聖杯、この四つの組み合わせは知っていると思うけど、道化師(ジョーカー)について言ってなかったもんね。ジョーカーは何にでも化ける。だから、剣の八が三つにジョーカー一枚でフォーペア。いい?」

 

「ほぅほぅなるほどね。先に言ってくださいよ」

 

 ジョーカーは外れカードかと思ったから最初に捨てちゃったわ。その後舞い戻ってきたわけだけど。あれ、もしかしなくてもビギナーズラッグはたらいてる?

 

「……これで何万くらい?」

 

「うーん、350万ってところ?」

 

「―――――」

 

 あぁ、なるほど。賭博中毒者が現れる理由がわかる気がする。こりゃ嵌るわ。

 勝つ喜びを知れば知るほど、喉が渇いてしまう。怖い怖い。

 

「よし、あと十回くらいやるわ」

 

――ストレート。600万獲得。

――ツーペア。180万獲得。

――ノーペア。-120万獲得。 

――ストレート・フラッシュ。800万獲得。

 

―――そして、

 

「ろ、ろいやるぅすとれーとふらっしゅぅ!?」

 

「あ、言っちゃった」

 

――20万、獲得。

 

 勝ちに勝ちに勝ち続けて、時々負けて損失して。馬鹿みたいに稀少(レア)な役を出したくせに声に出した所為で退かれちゃって。

 向いている向いてないじゃなく、私は賭けをしない方がいいのかもしれない。

 

「わ、私はこれで……あ、ありがとうございました」

 

 これ以上やるとド嵌りして大損失するか、負け続きで大損失するか、結果一つの決死行だ。そんなのご免なので、お礼を告げてさらりと去る。ミイシャさんがほくほくとして艶のある顔になっているが、この人変わらずお金大好き人間だな。

 

「……あ、見つけた」

 

 そうだそうだ忘れてた。私、リューさんを隠れて支援しに来たんだ。

 ミイシャさんに呼びかけ、自然と分けられる人垣に沿って進む先からは歓声と心地の良いカラカラカラ――という音が。

 

「なに、今度はルーレット? あぁ、セアさん先読みとか得意そうだし、いいんじゃない?」

 

「るーれっと? え、どうやって処刑台で賭け事を……」

 

「ち、違うから! 隠語じゃなくて普通のルーレット! 可愛い顔でさらっと怖いことを言わないでよ考えないでよ……」

 

 ルーレット。アマゾネス国家発祥の罪人執行装置のことを隠語でそう呼ぶのだ。因みに語源は、ぐるぐる高速回転している刃の中に人を投入してひき肉にすること。何なら食肉生成器(ミキサー)でいいじゃんとは思うが、人間の投入方法はこれまたえげつなく、(ろう)()状の投入機の内側には()(せん)式に段が形成されていて、そのさまが人間を玉にたとえられてルーレットのよう。ということからついた隠語だ。

 実に(おぞ)ましいことだが、これがかなりドギツイ。特にミンチされる時に刃が鈍いと痛くて痛くてしょうがない。スパッと切られた方がまだ痛くない。

 

「おっ、面白い人もいるじゃん」

 

「面白い人……? あ、()()()

 

 その呼び方に妙な違和感を覚えたが、それよりもベルで遊びた――こほん。ファミリアのことで大変なベルがどうして遊んでいるのか問い詰めなければならない。

 つんつん、肩に少し触れるだけで、ぶるりとベルは身を震わせた。

 何故か緊張感のある動きで、首を私の方へと向け目が合った瞬間、顔が真っ青に染まる。

 

「シ――あぐぃっ!? ぁ、足は、ヒールで足は……」

 

 叫びそうだった(すんで)の所に踏みつけるベルの爪先。ヒールが見事にめり込み、喘ぎを上げて苦しむベルに耳元で囁く。

 

「迂闊に叫ぶなよ馬鹿か。セアで通すこと、拒否権はない。またやったら今度は鳩尾(みぞおち)ね」

 

「ご、ごめんなさい……」

 

 何処か嬉しそうにベルは謝った、心なしか頬も紅い。将来有望だな。

 突然現れた謎の美少女と、変化に忙しい白兎君のこそこそ話に、周りは訝し気に眉根を寄せる。だが何事も無かったように、彼女は流れるような動作で参加を示す着席を行った。

 

――ケースから約1600万相当のチップを取り出す。

  

「ちょ、そんなに……どっから持ってきたのさ!?」

 

「そこで稼いだ。だから別にいいかなぁって、あと2000万くらいあるし」

 

「はぁっ?」

 

 そりゃぁ、ベルの金銭感覚からしてこんなの可笑しいことこの上ないだろう。なにせ、一ゲーム見ていたが、ベルはちまちまと賭けてばかりだ。  

 そんなの面白味が足りない。わかっているのなら、盛大にやらなくては。

 

「お手を拝借」

 

「ウェっィ!? や、やわらか……」

 

 さっきからベルがいちいち煩いものだ。必要なことなのだから黙っていて欲しい。

 こらこらシルさん、目が怖いですよ。ミイシャさんはそんな目で私を見るな憐れむな。

 

「じゃあ、ゲームをしましょう。私、黒の20。他に賭ける人は?」

 

「あ、じゃあ僕はここで……」

 

 ベルも私も、勘で己が指定する。線上(コーナ)数字四つ賭け、その中に黒の20。

 よし、勝ったわコレ。そう断定して私が投入した金額――

 

「――馬鹿なの?」

 

「一回やってみりゃわかりますよ」

 

 周りからは狂人を蔑むような目で馬鹿にされているけど、私は何一つ憂いも無ければ、負けるなんて欠片も思っていない。一点(ストレート)の36倍結果約5億6000万を得られる計算。

 これは普通、カジノ側から断られるタイプの客だ。下手に破産させるわけにいかないから。だが、ここは少し違う。ズレているのだ、この場合良い意味で。

 

「―――――」

 

 兎人(ヒュームバニー)のディーラーが回転盤(ホイール)を回し、(ボール)を鮮やかな手つきで転がす。あんまりな私の賭けが気になるのか、周りは固唾を呑んでこの結果を見守っている。

 

 手を握ったまま、私は目を瞑った。傾聴し、私は己の予測でも確信を固くした。

 ルーレット、ぱっと思い出せなかったが、これはよくやった覚えがある。小さい模擬的なものが実家にもあったはずだ。置いて来てしまったけれど。

 よくルールは理解している。そして、回転数によるボールの動き方も。

 

 コロンっ、

 

「フッ……」

 

「うそ、でしょぉ……」

 

 十人十色の反応を周りが挙げる中、私は一人ほくそ笑んでいた。

 以前ヘスティア様から聞いた【幸運】のレア・アビリティ。同じ眷族(ファミリア)、同じ仲間――何らかのつながりをベルと持つことにより発動すると推測しているもの。

 ただし、(セア)とベルに繋がりがあるかと言えば、薄い。だからこうして手を繋いだ。

 

「一儲け完了」

 

「ね、ねぇセアさん? それ、半分くらい分けてくれるとすっごくありがたいんだけど……」

 

 なんて早速金に目ざとい彼女が振って来るが、私は華麗に無視して、ベルの近くに佇む二人に対面する。驚きと敵対心の視線が向けられる中、()()()()()()へ――

 

「――ほい、支援金」

 

「……これは一体、どういった事でしょうか。無関係の私どもへ……」

 

 しらを切るつもりか、将又本当に気づいていないか。 

 気づいてもらえないのは別にいいが、受け取ってもらえないとかなり悲しくなる。というか自分が虚しくなる。

 

「リューさん、シルさん。頑張ってくださいね」

 

「――!? 貴女一体、」

 

 耳元をくすぐるように囁く。やはり、気づいてはもらえないか。でも、受け取ってはもらえたのだし良しとしよう。これで私の気分は晴れたものだ。以前

 

「しぃー、変装しているってことは、バレちゃ不味いのでしょう?」

 

「そこまで知って……」

 

 唇に人差し指を当てる。婦女子共がキャーキャー煩い。

 驚きに染まるリューさんとシルさんの顔は実に素晴らしい。今にも笑い出してしまいそうだけど、そんなこと市たら見た目が台無しとなるので堪える。公では抑えるのが主義だ。

 

「さてさて、ミイシャさん。他のゲームでも遊びましょうよ」

 

「おー! それでこそセアさん、太っ腹!」

 

「ぶん殴りますよ」

 

「あ、ごめんなさい調子乗りましたすみません……」

 

 この場から発せられる音は私とミイシャさんのヒールが奏でる硬質的な音のみ。それ以外、唖然として誰もう置かなかった。

 計5億5000万、それだけチップを頂いていく。ディーラーの娘が可哀相に見えるが、仕方ない。運が悪かったとしか言いようがないのだ。このカジノでの彼女の立場がどうなるかは知れないが、私か儲かればよい。それに、ここは今日で壊滅的被害を受ける予定だ。何人か職を移されたところで可笑しくない。   

 

「あ、ミイシャさんにはこれあげますよ。1億くらい」

 

「……あと、500万」

 

「はい?」

 

 現在の所持金約4億5000万、そこから更にと彼女は申している。1億でも充分なはずなのに何を強欲な……呆れ蔑み溜め息を吐いた私の視界に、ふと唐突に映ったのは彼女の陰る顔であった。

 ケースの持ち手を前で両手に持ち、深々と腰を曲げる。

 

「お願いします、セアさん。500万……いえ、300万でいいんです。どうか、どうかそれだけでも……お願いします」

 

「なっ……」

 

 鉄火場から外れた、獲得分配の為に訪れた一角。そこで彼女は、唇を噛み、手を震えさせて、恥辱なんてものを気にせず、誠心誠意私へと「お願い」している。

 その理由がすぐに思い至った。

 

 躍起になってお金を稼いでいるわけ。シオン(わたし)の欲しいものを買ってくれるとこのことだった。だが、私はそれほど高い物を欲した覚えはないし、自分で買えるであろう。

 

「……やっぱり、だめですよね」

 

「えぇ、300万や500万なんて切りが悪い。いっそのこと、全部貰ってください」

 

「――――ッ!?」

 

 驚愕。彼女の顔はそれ一色に染まり、さっきの暗くて、似つかわしくない落ち込んだ表情なんてどこにもない。

 

 そう、そうあるべきなんだ。

 

 悲しむ必要なんてない、悔しがる必要も。

 暗い顔をしないでくれ、叫んだって驚いたって何だって言い。それが、晴れやかならば。元気の籠る、彼女によく似合った笑顔であるならば尚良い。

 

「さ、流石に……悪いですよ、こんなになんて。目標の金額さえあれば……」

 

「じゃあ、100万だけ手元に残します。それ以外はどうぞ」

 

「で、でも!」

 

「いいから受け取れ! 此方人等(こちとら)金が多くて逆に処理に困るんだよ!」

 

「は、はい!」

 

 ふんぎりが付けられないでいた彼女に、大声を出して強引に言いくるめる。無理にしてしまうことは悪いが、こうでもしないといつまでたっても受け取ってもられないから。

 本のお礼代わりと思ってほしい。どうせ、私はこの100万から桁ひとつは上げられる。

 

「あ、あのぅ……」

 

「何ですか、返金は受け付けませんよ」

 

「いや、その……2000万の保証、もう、だいじょうぶです。私はこれで足りましたから。あの、ありがとうございます、本当に」

 

 なんて、彼女再度、感謝の意を述べて来る。別にそんなのが欲しくてやった訳では無い。

 お礼なんていらないのだ、むしろこちらが礼を尽くしたいまである。

 いろいろお世話になっているしな。

 

「気にしなくていいですよ、礼を言われるようなことでもない」

 

「ふふっ、シオン君みたいなことを言いますね。よく似てて、羨ましい」

 

 一瞬だけ、今度はまた別な、寂しそうな、そんな目をした。哀愁に満ちたそんな視線は嫌いだ、やめてくれ。でも、自覚はないらしい。フルフルと首を振って、もうそれきり元に戻る。

 

「じゃあ、遊びましょう。まだまだいっぱいあるんですよ!」

 

「そうですね、遊びましょうか」

 

 彼女に手を引かれて、たった100万のチップと1()8()0()0()()()()()が納まるケースをごとごと揺らす。

 ナニカ、踏ん切りがついたかのような、清々しい表情。実に快く、素晴らしい。

 

 事が起こるまで遊んで、その後すぐに撤退すればよいだろう。彼女にも今の気分を楽しんでもらいたいし、私だってここでもう少しばかり謳歌したい。

 

 刻一刻、ほんの少しずつ、彼女たちにまで変態()の手は迫っていた。 

 欲しないはずがないだろう、こんな美少女二人を。

 

「おい、あのお二人をどんな名目でもいい。招待しろ。絶対に女にする」

 

 下衆の極致へ至ったかのような気色悪いことこの上ない笑み。

 愛人という名目の誘拐被害者たちを己の周り囲み玩具(おもちゃ)とする糞男。

 それが今、向けてはならない人物へ、欲を示した。

 その瞬間、彼の人生は一つに決まったと言ってよいだろう。

 

 


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