やがて我が身は剣となる。   作:烏羽 黒

141 / 162
  今回の一言
 偶にいるよね、人を嫌がらせることが趣味の悪魔的ニンゲン。

では、どうぞ


恥じらいとは一つではない

 

 チリンリンッ。小さな会話の声がこそりこそりと走り回る待合室兼商品陳列スペース。大抵の人はまず商品を眺めに行くものだけれど、私の場合は直接カウンターへ尋ねてしまう。その方が楽だし、何よりも妙な注目を集めなくて済む。長居はしたくないのだ、どこでも。

 

「……チッ」

 

「おい、嫉妬の対象かもしれんけど客だぞ。視界に入るなり早々舌打ちして、せめて私がわからなないところでしてください」

 

「安心してください()()()。今のは態とでございます。それと、お客様なら従業員と直接の関係を持つのはよろしくないのではないでしょうか?」

 

「陰で傍観することしかできない小心者が何を言っているのやら。それ、ご本人に直接言ってみては? 恐らく散々怒られた後三日間は『本当はそうかも……』と悩んで部屋に引きこもります」

 

 実際のところ正論だし、事実よろしくないことではあるだろうけど……だが悪くないのだ、彼女と話す時間は。『あのとき』はとてもつらかったけど、吹っ切れたし。彼女とはもう、前と変わらずにいられる。ずっと、変わらない関係だ。

 

「それで、アミッドさんは今休憩中ですか」

 

「えぇ、今は休憩しておられます。ですので今日はお引き取りを――」

 

「あぁじゃあ直接部屋に行きますわ。んじゃ、失礼しました」

 

「ちょっと、関係者以外立ち入り禁止ですよ!」

 

「大声出さないでください。それと、ある種関係者ですよ」

 

 まったく、常識的に考えて治療院や病院は静かにするべき場所だろうに。従業員がこうして叫ぶのは間違っているだろうが。私が常識を語ることは別に間違いではないはずだ。

 立ち入り禁止を悠々と通り、照明の乏しい廊下を進んで行くとすぐに見つかる目的の扉。

 静かに三度、手首を反す事も無く手の骨を戸にぶつける。でないと容易く木製の戸なんて壊れてしまうのだから。吹き飛んでオワリだ。

 

「どなたですか?」

 

 来客という事実が、彼女の声を躍らせる。心なしか嬉しさの滲む声が、ドア越しに伝わって来た。そうだ、彼女の部屋を訪れる人ってかなり少なかったな。

 

「アミッドさん、私ですよ」

 

 ゴドッ! ありゃま、多分痛いだろうなぁ……驚かせちゃったけど、許してくれるかなぁ。

 

「例の薬、一本でも良いので出来上がりましたか?」

 

 ごどごどと中から慌ただしい様子が伝わって来る。あの人、また部屋の中ぐちゃぐちゃにしているのか……? 製薬するとき、つい散らかしてしまうと言っていたが。あぁそうか、私が頼んだあの薬を作るのに散らかしたのね。手伝ってあげた方がいいのだろうか……?

 

「いや、もう遅いか」

 

「……何を言っているのですか? それより、さぁどうぞ、お入りください」

 

「えぇ、失礼します」

 

 あぁ、やっぱり整理されてる。何でものの一分も掛からずのここまで整えられるのか。それとも本当は然して散らかしていないのか。うーん、わからん。

 

「座ってください。薬をお渡しするのは後でです、少し付き合ってもらいますから」

 

「あははっ、何だか久々に感じます。お話ですよね、いいですよ」

 

「えぇ、私もこの時が待ち遠しかったです。紅茶でよろしいですか?」

 

「もちろんっ。ですが今日は甘めでお願いします。少し甘いものを欲しているのです」

 

 なんだか甘いものでも食べたいのは事実。今お菓子でも出されたのならば全部食べてしまえそうだ。健康によろしくないぞ、でも食べちゃう。

 間抜けなことを考えている間も、紅茶の注がれる音だけが部屋にゆらゆらと漂う。甘ったるい香りが鼻孔をくすぐり、目を瞑っているとそのうち、テーブルに求めていた香りの源がやってきた。

 うん、我慢できない。一気には啜ることなく、少しずつ喉へ流した。ただ熱いのではない、飲みやすく、それでいて冷えている訳でも無い。

 

「デートでしたね」

 

「っん~~!? ゴホッ、うっ―――っはぁ、き、気管に入る、というか入った……」

 

「あらあら図星でたか。でなければ誰となんて言ってもいないのにこの反応はあり得ませんものね」

 

(むごい)いことしますね……ごほん。お察しの通り、はい、その通りです。昨日のはデートですけど、私は何も悪い事なんてしてませんから、責められる謂れなんてありませんからね!」

 

 アイズとのデート中、ついでとばかりに薬をお願いしようと立ち寄ったのはやはり馬鹿だったか……だがそれ以外に行けそうな時間もなかった。仕方ないことが招いた結果だ、諦めよう。

 というか飲んでいる最中に切り出すとか、本当に容赦ないな。態となのも確実、やはりこの人性根から腐ってやがる……類は友を呼ぶというが、まさにこういうことか。

 

「薄々そうではないかと感づいてはいましたが……信じたくないものです、羨ましい」

 

 も、もしかして……私これから散々に罵られるのではないだろうか。そんな予感が強く私を震わしているのだが……今のうちに逃げた方が得策か? ここに来たのが無駄足となるけど……

 

「逃がしまんよ?」

 

「ですよねー」

 

 心読まれたらもう終わりだ、何もかも諦めるしかない。

 

 素直に従って二時間程つきあいました。罵られるだけの方が、マシだったです。はい。

 

 

   * * *

 

「あぁ、燃え尽きた……私の魂は、あとミノムシほど……」

 

 もう疲れたよ、肉体ではなく精神が。あの人本当に口が上手いよなぁ、羨ましいくらいに。あれだけ人の弱点を容赦なく的確に突ける能力、それはもはや凶器だ。もう、あの人を怒らせないようにしよう。

 目的は果たせたし、別段問題ないのだけれど……あっ、この後アキさんの所に行かなくちゃ。その前に『この薬』か、嫌だぁ、苦しいし気持ち悪いし、性転換の辛さをあの人は知らないんだ。こっぴどく言ってやろう、アミッドさんに倣えばできるはずだ、たぶん。

 

 とぼとぼ歩いていると視線がずきずきと刺さって来るが、気にしていられるほどの余力(ハート)が今の私には欠けている。卑しい目線も度々感じるが知るか、襲って来たら熱い拳を贈ってやるよ。

 

「……シオンさん!」

 

「……? 気のせいか、誰かが私を呼んでいる……あぁそうか、黄泉の神がとうとう――」

 

「な、何をおっしゃっているのでしょうか……? それより、大丈夫ですか。かなり疲弊されているように見えまして、声を掛けずにはいられず……」

 

 あっ、どうやら呼んでいたのは黄泉の神ではなく森の妖精だったようだ。よかったぁ、今なら誘われても気づけなかったからな。死と同義の場所へと行くのは現在お断り中だ。

 それで、だ……この人、ちゃっかり私の手を握っているけど、どういう事だろう。

 

「あの、本当に大丈夫ですか?」

 

「はははっ、大丈夫なわけ無いでしょう。弱点を見抜かれた上に散々責められる拷問をぶっ通し約二時間受けていましたからね。全く、あの人は本当に病んでいますよ。でも殺しちゃダメですよ、ほら、殺気抑えて。周りの人が怖がりますから、ね?」

 

 この人の琴線に触れる度合いが今一掴めん……そりゃ現【アストレア・ファミリア】の団員にとっては拷問といった類は見逃せないだろうけど、あの人を殺されちゃぁ困るのは何よりオラリオだ。

 

「って、ここ豊饒の女主人前でしたか。歩いても意外とすぐ着くものですね。気づかなかった」

 

「自分の歩いている場所が理解できないほどに……!? シオンさん、ぜひうちでお休みください。疲れを溜めるのはよろしくありません。ミア母さんにお願いして、多少は安くしてもらいますから……」

 

 そんなオイシイ話を持ち掛けられては、無視するわけにもいかんだろう。素直に手を引っ張られて、初めてここに来た時を思いだす。そう言えば私、初対面の時、この人にがっつり敵意向けてたっけ。今じゃあそんなのからっきしだけど。この通り、カウンター席に何事もなく案内されている。もっといえば、この人は私が謝礼代わりに贈った着物と(かんざし)を常時着用してくれている。使ってもらっているのは、正直嫌な気分はしない。

 

「紅茶でも構いませんか?」

 

「コーヒーでお願いします。さっき甘いモノはたらふく食べたので、次は苦いものが欲しいです」

 

「はい。ではブラックで」

 

 とことこ、もうすっかりと慣れた足取りで厨房へと姿を消すリューさん。あのうなじにかぶりつきたい……すっごく美味しい血が飲めそう。でもそれはダメなんだよなぁ……直接での吸血は禁止ってアマリリスに言われちゃったし。視界が半分紅く染まったけど、これは抑えなくては。

 じゅるりっ、音を立てて唾を呑みこむと、周りの奥様方から白い目で見られた。すみません、行儀悪くて。

 

「どうぞ」

 

「どうも……って二つ? あぁそう言うこと。サボって大丈夫なんですか」

 

「忙しい夜はともかく、今は問題ありません。まだ昼時にもなっていませんので、比較的落ち着いた時間帯となっています。これなら、ミア母さんも怒りはしないでしょう」

 

 確かに、騒がしい夜とは異なって今は落ち着いている。のんびりとした雰囲気の中ゆったりと安らげるような空間、といったところか。昼夜で様変わりするなぁ、メニューの価格も。

 私の隣に行儀よく腰を下ろすリューさん。随分と慣れているように見えて、ぎこちなさは欠片も無い。もしかして、着物着たことがあったのかな?

 

「あの、シオンさん……休憩のついでといっては何ですが、少しばかりお話に付き合ってはいただけませんか……?」

 

「それくらいなんともないですよ」

 

 なにか私を連れ込んだことには理由があるとは思ったが、悩み事だろうか。他に―――あ、もしかして。シルさんが言っていた『エルドラド・リゾート』とかか……?

 

「つい最近のことです。私はある人の頼み……いえ、もはや頼みではなく、私の一方的なお節介ですが、その対象となる人が賭博で掛け金の担保としてしまった娘を、助けようとしていまして」

 

「助ける? 何故。担保としたなら、どうしようもなくその人が馬鹿なだけでしょう」

 

「そう思うのも仕方ありません。ですがこれは、昔からある悪質な手口。担保とされたアンナ・クレーズさんは巷で噂の美貌の持ち主で、神から求婚されるほどだそうです。ですから不運にも狙われたのでしょう。そういった人を標的として、賭けの担保とさせ、インチキを用いて勝利……」

 

 なるほど、そういうことか。どちらにしろ、その娘の親は相当なクズだがな。インチキも見抜けないとは、勝負事にゃ向いとらん。早々に身を引けていればよかったものを。愚かなり。

 それにしても、単純なのに抗いがたい力がこの行為の主軸となっているのだろう。賭博は基本禁止されていないが、担保に人を掛けることは原則禁止されている。だが、担保を掛けるほど負け続けて借金をしたということはその人にとっても赤裸々な情報。ギルドになど申し出れない。たとえ娘が盗られても、告白すれば共倒れに終わるだけだ。だがこの場合、相手は治外法権の住人。必然的にこちらの一人負け。

 

「随分と厄介な。そんで、相手が『エルドラド・リゾート』とは面倒臭いことこの上ない。リューさん、正気ですか。いっちゃって、かなり馬鹿なことしようとしてますよ」

 

「……承知しています。シオンさんは理解が早いですね。こんな無謀、自分でも馬鹿だとは思います。ですが、私は明日の夜、計画を実行します。成し遂げなければならないのです。私の名に、アストレア様の名に誓って――」

 

 重いことを軽々と言ってくれる。

 招聘(しょうへい)状があれば確かに侵入は容易だろう。だがしかし、それだけだ。最大賭博場(クラン・カジノ)の警備は厳重、監視も十全……そんな中、たった一人で行くのは無謀も甚だしい。彼女だってそれを理解しているみたいだ。だから、こうして話を持ち掛けたのか。私に、手伝ってほしいとでも言うのだろうか。

 

「無理ですよ、そんな厄介事。これ以上目立ちたくありません」

 

 先立って宣言して、悠々とコーヒーに口をつける。うん、美味い。

 横目でリューさんを見ると、だが彼女ははたと首を傾げているだけで、何のことか理解していない。もしかして、的外れな予想をしていたのか、私……?

 

「あっ……あ、あの、流石に私もシオンさんに手伝ってもらおうなどと烏滸がましいことは思っていません。あまり迷惑はかけたくないので。ですが、少しばかり知恵を貸して欲しいと思いまして」

 

「なっ、なぁるほどねぇうんうんわかってたぁうんわかってた……! ち、知恵、そう知恵ですよね! どどどどうぞお聞きくださいっ……」

 

 ヤバイ、死にたい。公開処刑だ。会話が聞こえていたであろう近くの方々にくすくす笑われてるし……恥ずかしいことこの上ない。いや、あったわ前例が。つい数十分前まで。

 

「なんかそう考えると、もうどうでもよくなってきたなぁ……」

 

「シ、シオンさん? 目が、その、死んでいます……」

 

「あははっ、お気になさらず……」

 

 この人は別に狙ったわけでも仕掛けた訳でも無いから、私が一方的に恥をかいただけという……もう、どうしてやろうか。目が死ぬのも仕方ない、この遣る瀬無い気持ちのあたり場を探しているのだから。  

 さて、知恵と来たか。正直、私もミイシャさん同伴の下『エルドラド・リゾート』に突撃するというのが楽な気がして仕方ないのだが。お金あるし、カジノには多少興味あるし。

 

「『エルドラド・リゾート』に彼女の身柄があることは判明しましたが……その先、どのような待遇を受けているか。立場はどうか、実際に見つけられない可能性がある等々懸念は尽きず―――」

 

「あぁ、なるほど。この手口には前例があるようですが、その時はどうでしたか?」

 

「まちまちです。娼婦として売り払われることや、奴隷にされることなどがよく見られましたが、それも多種におよび、断定するのは難しいです」

 

 ふぅん、相変わらず人間ってのはクズばっかだな。他人事じゃないが、さて今回はどのようなことになっているかね。容姿の噂が事の発端だから、娼婦として売り払われる可能性は低い。相手が征服欲とかある面倒臭い人間だったら、もう奴隷にされて相当酷い目に遭っているだろうけど。

 いや、今境遇について深く考えたところで無駄だ。問題は救出方法と、対象の居場所。

 相手はカジノの経営側だ。恐らくカジノに対して素人であるアンナ・クレーズが従業員として表に出ていることはない。すると、ただ入って賭博(ゲーム)をしていたとしても巡り合えることは無いだろう。

 可能性として高いのは……オーナーの側付きか。でないと態々リスクを冒してまで彼女を攫った意味がない。だとしたら、オーナーとの直接対峙が最も有効。

 

 黙々とコーヒーを飲みながら考えている私に、リューさんはもじもじと落ち着かない様子でこちらを向いていた。早く意見が欲しいのだろうが、もうちょっと焦らしていたい気もする……流石にそこまでいじわるはしないけど。

 

「リューさん、特別待遇(VIP)というものは『エルドラド・リゾート』にも存在していますか」

 

「――! えぇ、恐らく。なるほど、そういう……」

 

 理解してもらえただろう。以前ミイシャさんと賭博についての話題が挙がった時に話したのだが、彼女によれば、

『勝って目立って且つ容姿が良ければ、特別待遇(VIP)なんて簡単なの。オーナーと少し話すことができればその後はチョロいの。男って大抵単純だからね~』

 らしい。何やってんだギルド職員と以前も思ったが、問題はそこではなくさらりといった特別待遇(VIP)についてだ。今回の件では非常に有益な情報、そして有効な手段。

 

「私の知人によれば、『勝って目立って且つ容姿が良ければ』容易く受けられるそうなので、とにかく勝ちまくることが良いでしょう。そこで多少金を使ってやれば、嫌でもオーナーの目に付きます。しかも相手は相当な女好きでしょう。リューさんくらいの美少女ならば然して時間もかからないでしょう」

 

「―――美少女と言ってもらえたのは嬉しいのですが……実は今回、女としてではなく、男として潜入することになっていまして」

 

「これまたどうして」

 

 心なしか照れるリューさんは、溜め息でも吐きそうな声で諦めたようにさらっと面白そうな―――こほん、重大なことを零す。確かに男装は似合いそうだが、女性としての格好の方が綺麗なのが事実。このままでいた方が有効だと思えるが……

 

招聘状(しょうへいじょう)により潜入するのですが、送られたのはマクシミリアン侯爵夫妻でして、つまりは夫婦を演じなければ不審がられるのです。夫人役としてシルが立候補しまして、消去法でこうなりました」

 

 なるほど、リューさん独りで行くわけじゃなかったのか。シルさんがあれほど興奮していたし、明らかに乗り気で、面白そうだからとかの理由で行ってしまいそうなのを納得できてしまうのがもうどうしようもない。

 リューさんも大変だ。心配はなによりも、シルさんの身の安全なのだろう。

 

「まっ、頑張ってください。私にはどうしようも無いことですしね。相手は法外な輩ばかりでしょうから、何をされても可笑しくありません。お気をつけて」

 

「えぇ、勿論です」

 

 ふぅ、と一息ついて、束の間にちびちび飲んでいたコーヒーを全て喉に流し込む。もうほどよい温かさで、喉が悲鳴を上げることも無い。苦みに混ざった深く芳しい香りが口いっぱいに広がって、余韻を楽しんでいるとリューさんがつんつんと、上着の裾を引いて来た。毎度思うがその一歩引いた感じの呼び方、恥ずかしいからもうやめてね? 

 

「まだ、居てくれますか……?」 

 

「―――――卑怯」

 

「はい?」

 

 これは不味い。『調教』された人間でなければコロッと堕ちてしまうだろう。このあざとカワイイ女め、こんな私でもドキッとしてしまったではないか。底知れぬ魔力を感じる。これが魅了の力か……! いや、エルフに魅了能力なんて無いのだけれど。

 

「『氷の零涙(アイス・ドロップ)』と『楓の落葉(メープル・フォール)』を甘さ弱め……それと加えて、ハーブティーもお願いします」

 

「あっ、は、はい、お承りしました。こちらはお持ちさせていただきます」

 

 切り替え速いな。さっさと飲みきったカップを持ち去っていったぞ。うん、真面目なことは大切なこと。勤勉に働くのは非常に好感が持てる。私は働きたくなどないが。 

 

 因みに、『氷の零涙(アイス・ドロップ)』とは、味と色の付いた甘い氷。レシピは知らないが、どういうものかという説明は誰でも簡単に済ませられる。雨上がりに葉から零れる瞬間の雫のような形をした、彩り鮮やかな舐めて楽しむ小さな氷だ。三つでお値段100ヴァリス。そして『楓の落葉(メープル・フォール)』というのは、(メープル)という非常に有名な木の特徴的な葉の形を模った『あんこ』なるものが入ったお菓子だ。こちらもレシピ不明。興味はあるけど営業秘密で聞けるわけがない。

 

「これで最後にしますかね……」

 

 休むと言っても、そこまで長居するわけにはいかない。やることはまだあるし、明日の夜までには済ませなければならないというリミットまでできたときた。逆に急がなきゃ不味い気がしてきたぞ……どうしよう、大丈夫かな。

 

「どうぞ、ハーブティーの方にはサービスで疲労回復に効果のある花の砂糖漬けを加えてあります。私はミア母さんに買い出しを頼まれてしまったので、そちらに向かいます。シオンさんはシオンさんで、ごゆっくりしていってください」

 

「そうですか。もちろん、サービスもされてしまえばゆっくりしていきますよ。それと……もしかしなくてもリューさん、その格好のまま行くつもりですか?」

 

「えぇ、シオンさんに頂いてから、気に入ってしまって……それに、ミア母さんにもこれを着ておくように言われていますから。私だけ、コレが制服になったようです」

 

 うん、なんといいますかごめんなさい。全面的に私が悪かったです、でも可愛いので許してください。前も良かったが今は更に素晴らしいのです。

 なんてあほなことを心中で叫んでいると、その内にリューさんはとぼとぼ行ってしまった。

 ゆっくりとは言ったけど、そこまでのんびりしていられないのが実際のところ。ごめんねリューさん、すぐに帰っちゃいます。

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。