やがて我が身は剣となる。   作:烏羽 黒

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  今回の一言
 赤髪(桃髪じゃなく)と青髪、どちらが好きですか?

では、どうぞ


我、女心を知らず

 

「いやぁ~目一杯遊んだ!」

 

 今日はもう寝よう。色々したし、アイズとの素晴らしき時間を脳内処理しなければ……そしてまた、夢の中でもアイズとデートしようそうしよう。まぁ、見る夢なんて、もう決まっているのだけれど。いつだって、変わらない。全ては遠い、過去のお話だ。進展も、衰退も無い、永遠と繰り返される夢。

 目を瞑り、壁に寄っ掛かるとどっと疲れが、主に精神的な形で襲ってきた。だがそこに、別の負荷がかかる。確認しなくても、何となく理解できた。 

 

「……遊んで疲れたからって、せめてわたしの夜ご飯くらいつくってよ、シオン」

 

「……いつからそこに?」

 

「ずっと。お腹空いたからシオンにつくってもらおうと思ってここに来てみたら、見事に(もぬけ)の殻だし、でも行く場所なんて心当たり無かったから」

 

「何か買おうとか思わなかったんですか……? お金なら渡していたはずですが」

 

「お金? あぁ、これ……使い方わかんなくて、そのままにしてた」

 

 すると、メイド服の懐から数枚の硬貨を取り出す。チャリンチャリンと鳴らすだけで、全く興味を示していない。枚数も、今まで渡してきた合計と変わりない。

 あちゃぁ、しくじった。そうだよ、元々地下に監禁されていたのだ。通貨の単位どころか、お金の存在すら知らないのは当たり前だろうに……買い物には付き合わせたけど、実際に支払いしたのは私だしなぁ。

 

「悪い、教え忘れてました。それは十ヴァリス硬貨。オラリオに流通する『ヴァリス』という通貨の一種でして、販売されているモノを入手するために使用するものです。最小の一ヴァリスが基で、十枚分の価値と等しいのがそれです。数字は魔法陣にも使用されますし、わかりますよね? ですが十進法の表記ですので、そこをお忘れなく」

 

「ふ~ん、そうなんだ。で、どうやって使うの?」

 

「いろいろありますけど……例えば、一つ30ヴァリスのじゃが丸くん塩味。基本屋台で買いましてね、味と個数を店員に申した後、対応分の価値だけ硬貨を渡します。これが代金です。大抵お金は代金として用います。解りましたか? はい、よろしい。では問題です。じゃが丸くん塩味を三つ買うとき、ティアはどうすればよいでしょうか」

 

 それに首を傾げるティア。彼女は実に頭がよく、賢い―――が、その分具体性のあることを追求する。精霊術を使う分、それも人並み以上だ。だからこういった抽象的なことを求められるとどうにも、瞬時に応えられない。

 

「計90ヴァリスだから、これを九つ出せばいい……?」

 

「はい、あと一歩でした。今の状況で出せる最適解は、その解答に加えて、じゃが丸くん塩味を三つ受け取る、でした。まぁ、本当は100ヴァリス硬貨を出して、更にお釣りと商品を受け取る、というものですが。教えてないことに対するいじわるは言いませんよ。因みにそれが百ヴァリス硬貨です」

 

「……わかったかもしれないし、分からなかったかもしれない」

 

「どっちだよ。ま、このあたりは意識的に覚えることでも無いですし、生活している内に感覚的に覚えましょう」

 

 納得してくれたのだろうか。戸惑いの様子を見せながらも頷くティア。説明下手はどうにか直したいものだ。

 この後一ヴァリスと五百ヴァリス、千ヴァリス硬貨があるのだが……大丈夫だろうか、私。復習しよう。日の出が描かれた一ヴァリス硬貨。剣と二対の狛犬が描かれた十ヴァリス硬貨。花が描かれた百ヴァリス硬貨。貴婦人が描かれた五百ヴァリス硬貨。騎士が描かれた千ヴァリス硬貨……裏面は全て、十字と四十五度ずらした小さな十字の描かれた八芒星。よし、通常分は問題なし。

 

「なに一人で考えてるの? わたしのお腹はそんな間もぐぅぐぅ悲鳴を上げているよ?」

 

「はいはい、わかりましたよ」

 

 私に問題はあっても、この子に問題は無かろう。そう言う思いを込めてぽんぽんと頭に手を乗っけると、どうしてか怒られた。わからん、気持ちが理解できん。

 ふぅと疲れを吐き出すと、一息に立ち上がって調理場へと向かった。つかず離れずティアも後ろに控え、だがつんつんと袖を引いて、小動物宛ら小首を傾げる。可愛いなおい。

 

「ねぇシオン、さっきわたしに投げたものって何?」

 

「え、何か投げました?」

 

「……ごめん、ベットに乗っていたわたしに、投げたものって何」

 

「あぁ、直撃してましたか。道理で鈍い音が……ごほん。あれは新しい服と、手入れ道具の補給分です。硬かったと思いますけど、怪我などはありませんか?」

 

「ないもん。でも、謝礼としてご飯を要求する」

 

「はいはい。仰せのままに、お姫様」

 

 あ、流石にここまでは知らないか。何かを引用したネタと言うものは、元ネタへの理解が無ければ面白くないのも当たり前というもの。うぅ、ティアの世間知らずはやはり早期解決の課題だな……

 

「ねぇ、今度シオンの新しい服見せてよ!」

 

「……恥ずかしいので、あまり自発的に着たくないです」

 

「何それ逆に気になる。後で覗いて……」

 

「ダメです。今後一切ご飯作らなくなりますよ」

 

「ごめんなさい猛省します……」

 

 はは、残念だったな。あれは全部女性用(レディース)だ。そう簡単に着るわけ無いだろうが。強いて挙げればアイズに要望されれば致し方なく着るといった感じだぞ。ファッションに関しては無頓着と思っていたアイズが意外にも私に選んだ服だし、大切にするつもりではあるけど。

 ん? あ、セアの時があるか。丁度明日明後日くらい……薬無くなっちゃって、今アミッドさんに造ってもらってるしな。アキさんのあの剣幕、ありゃ放っておくと人でも殺しそうだ。

 

 正直、面倒臭いけど。

 

 

   * * *

 

「……はい、書きました。個人証明書、所属証明書、契約証明書、税金納入証明書、都市貢献証明書、階級証明書、履歴証明書、経済証明書――――」

 

「あぁぁああぁぁぁぁっ!? 止めて止めて止めてぇぇェッッ!! 早口で並べないで、耳がいだいぃぃ!?」

 

「貴女でしょうがこれだけ書けって言ったのは! 馬鹿みたいな枚数出してよくも言えるなふざけんな! 同じ内容をどんだけ書いたかわかるぅ、ねぇ知ってる!? 書いている間(すこぶ)る不快だったぞ、思わず打っ遣ってやろうかと思ったわ!」 

 

「私は悪くないっ! 悪いのはこんなしち面倒臭いことを要求するギルドで、つまりはギルド長で、まっとうに仕事をする私はむしろ褒められるべきだと思うの!」

 

 くそっ、まともなこと言っているから何も反論できない……! 言いくるめられているようで癇に障る、ミイシャさんには負けたくない。

 私の眼前まで迫っていた顔を退けると、少しは正気を取り戻したか腰を椅子に落ち着かせる。周りの視線もある程度はそれでそっぽ向いた。まだ興味本位でこちらを向く輩はいるが、放っておくのが一番、一々構っていられない。

 

「はぁ、意地悪はどちらも同じでしたね。はい、計三十八枚。これで終わりですよね、不備なんて言い出しませんよね。これで通してもらえますか、不動産担当はあの狼人(ウェアウルフ)の人でしょう」

 

「あ、よく知ってるね。なに、知り合い?」

 

「前にも担当してもらいまして。ほれ、さっさと行ってください、私は待つのが嫌いな忙しない人なのですよ」

 

「知ってる。じゃ。呼んで来るね」

 

 とんとん、書類を整えると悠々そのまま去って行く。その様子には依然と変化ない。疲れた『社畜』の歩き方だ。ドンマイ、頑張れ我が友よ。あれ、友達だっけ? でも私ミイシャさん以外に友人居ないから友達とは言えないのだが……いいや、細かいことは。

 

「お久しぶりですね、【絶対なる変わり者(アブソリュート・サイコパス)】シオン・クラネルさん」

 

 長ったらしい挨拶を経て一礼するのは、些か前にも不動産の買い取り手続きをしてもらった狼人(ウェアウルフ)の女性。不動産担当であることはもう知っている。始めからこの人に担当してもらえれば楽だったのに、どうして態々ミイシャさんに回されたのだろうか。あ、そういえば。前担当してもらった時は都合二枚しか書類を書かなかったというのに、何故今回はあんな馬鹿みたいに書かされたんだ?

 

「またお買い物ですか、随分懐に余裕があるようですね」

 

「ふふっ、随分なことをおっしゃる。安心してください、今回も一括で構いませんので。良かったですねぇ、大金を見れるまたとない機会ですよ」

 

「今回で二度目となりますし、また次回がありそうですがね」

 

 お、やっぱり強気だ。見た目の凛々しさに沿って素晴らしいこと。驚かせると曝すあのアホ面と間抜けな声とはとてもじゃないが結び付けられないな。事実彼女はそういう人間だけど。

 

「今回は家を購入しようかと。まだ書く必要のある書類はありますか?」

 

「そうですね……あと二枚、書く必要がありそうです。ごめんなさいね、お手数おかけします」

 

 丁寧な応対であるため彼女怒りも引けるものだ。反比例してミイシャさんへの怒りは募るが。それは仕方ないよね、受付嬢らしからぬ態度を私にだけとるから。公私はしっかり分けましょう。

 

「はぁ、やっぱりですか。『確約書』と……あとなんです?」

 

「アンケートです、クラネル氏。家を購入するにあたって、決め手は何か、何を通じて知ったか等々、オラリオの不動産会社全てからアンケートをお願いされていまして。今後の参考にするそうです。ご協力、お願いいたしますね」

 

「それくらいなら」

 

 買う側の意見というのも商売で生きている人にとっては重要な声なのだろう。私は言ってしまって購入させてもらうという下の立場だ。この程度協力しないのはおかしなこと。本当のところ今日は時間が有り余っているし、少しくらい時間をとられたって何ら問題ない。

 

「先ずアンケートの方をお願いいたします。お茶でも用意しますので、ゆっくりで構いませんよ」

 

「あ、はい。ありがとうございます」

 

 うわぁ、何この人。ミイシャさんとは全然違う、超気が使える人じゃないですか。あの人ならとりあえず会話で時間を浪費させて、一秒でも仕事を減らしたいという給料泥棒的発想でサボることを選ぶ。ん? 比べる対象が悪いのか。エイナさんと比べてみよう……ダメダ、あの人は真面目過ぎる。 

 

 席を外し、用意でもしに行くのだろう。途中まで目で追った後、アンケートに目を通す。グリップ付きの下敷きが用意されているので書きやすいよう配慮してくれたのだろう。

 ざっと見てみると、要所だけを聞き出したい記述式アンケートのようだ。たまにあるあの選択式アンケートは忌まわしくて堪らない。何だ、あの極端な四択乃至二択は。そんなもので選べるわけないだろうが、せめてその他で記述を取り入れろよ。と、見つける度に心中叫んでしまう。

 一番腹立つのはアレだ。その他と書かれているのに記述がないアレ。何のためにその項目を設けた、と意図を掴めなくなる。本当に作った人の気が知れん。

 やはり家のことが中心で、知った経緯から決めてまで本当に聞かれている。そこはすらすらと書き進めることができた――が、何だこれは。突拍子も無いことで見逃していた。

 

「どうぞ」

  

「あ、どうも」

 

 ってロイヤルミルクティーじゃん……凄いな、適当に作ったあの時の記憶が蘇って来る。まぁまぁ美味しかったけど、手慣れているであろうこういう人が淹れると、どういう味になるのだろうか。

 

―――あれ、普通に美味い。

 

 なぜだろう、美味いけど普通だ。誰でもすんなり許せてしまうような感じ。あぁ、そっか。偶にいる味のどうこうで難癖をつけて来る奴等への対策か。なるほど、それを加味すると素晴らしい技術だ。

 

「何て考えている場合じゃなく――! あの……この項目、何ですか。途轍もない呆れを感じさせるのですが」

 

 疑問に感じてならず、書かないでおいた項目を見せると、頭痛でもしたのか、顳顬(こめかみ)に手を当て頭を振る。どうやら彼女も厭きれているらしい。そりゃそうだ。

 

「これ、完全に個人情報じゃないですか。スリーサイズまで聞いてますし……」

 

「あいつらっ……犯罪ギリギリだから前にも止めろっつったのに……」

 

「ほぅ」

 

 なんという事か。この人、上辺を取り繕うタイプの人か。いやぁ、見抜けなかった 

 こういうのを確か『ギャップ萌え』とか言ったな。凛々しく気高い存在で、上品な雰囲気を漂わせているのに、実は粗野な性格を取り繕っているだけだった。そんなところか? 

 今更だが、この人知り合いなんだ、不動産会社の人たちと。

 

「申し訳ございません、以前修正させたのですが……そこは無記入で構いませんので、他はご記入なさいましたか?」

 

「えぇ、とりあえず。それと、荒い口調もお似合いですよ。どうしてか貴女の紅髪とよく合っている。というか、あっちの方が様になってますね。妙なぎこちなさがありません」

 

「あたしゃこの口調が嫌いなんだよ……ですので、こうして意識してはいますが、どうしても偶に出てしまいまして。此方(こちら)からも申し上げさせていただきますと、クラネル氏。あまり気安くそういうことは言わない方がよろしいかと、不思議な誘惑があります」

 

「なんだそりゃ」 

 

 あ、そっぽ向かれちゃった。私、もしかしなくても無駄なこと言った? なら当たり前だよ、無駄なことは言わない方が良いに決まっている。そりゃ注意されるのも当然。でも誘惑って何? いや、不思議と言われたから彼女も理解していないのだろうけど。

 何とも言えぬ微妙な空気が気持ち悪く、ティーカップに手を付ける。ガラスの擦れる音ではたと気づいた彼女は、私の前に漸く『確約書』と差し出した。

 

「こ、こっちの記入もお願い……します」

 

「あ、いまの危なかったパターンですね。はい、また一括で。今出しますか?」

 

「……ん、んんっ。いいえ、今回に限っては特殊となります。書類提出と承諾の期間を加味して、大方二日後には公的にもあの敷地がクラネル氏の私有地となります。支払いが完遂されるまでは借金という形になりますので、お気をつけてください」

 

 お、今度は大丈夫だった。始めに喉を鳴らしたのが功を奏したのかな。

 些か嬉しそうな彼女は『確約書』の担当者指名記入欄に達筆な共通語(コイネー)を記していった。

 

「ローズ・カルトクラウド……!? ちょ、貴女……!」

 

「……存じ上げていましたか。迂闊です、人前でこの名を書かないようにはしていたのですが……」

 

 自分を嘲るかのような嗤いを見せる。もう諦めてしまったかのように、溜め息まで吐いた。それに私は若干呆けてしまう。何せ、『カルトクラウド』の一族と言ったら、今尚残る大貴族であり更に()()一族で有名だ。それは英雄譚の一章に残るほど、古代から変わりない事実である。現在でもカルトクラウド一家で有名な人と言えばオラリオで二人。五歳差の兄弟で、弟がLv.5、兄がLv.6。

 それだけでカルトクラウド家は十分著名なのだが、あと一つ、欠かせない理由があるのだ。

 

『男だけしか生まれない』

 

 正確には、『英雄』たりえる『雄』しか生まれないのだ。

 だから眼前に居るこの獣人は異常なのである。ありえないのである。

 

「……申し訳ございません、変に驚いて。人にはそれぞれ事情があるものですよね、深くは追及しませんとも。忘れる事はできませんが、言いふらすことはないのでご安心を。そ、それでは、また二日後に参りますので、そのときはぁ、そのときで……それでは、ご達者で!」

 

 あぁ、絶対今の、気づいちゃいけないことだったぁ……なんでこういうところだけ妙に鋭くなるんだか。自分で自分が理解できないよぅ。

 逃げるように立ち去っちゃったけど、大丈夫だったかな……ま、まぁ、二日後にはまた来ることになるし、その時にでもご機嫌伺い上手く忖度でもしてやろうじゃないの。多分無理だな、結果が知れてる。

 

 余計なことをしちゃう癖、治したいなぁ……   

 

 


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