やがて我が身は剣となる。   作:烏羽 黒

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  今回の一言
 どんなふうに想像されるのか、私、気になります!

では、どうぞ


喜んでもらえて、何よりです

「あずきマシマシクリーム多め小豆クリーム味二つ、それと……淡い初恋の味っていうのください」

 

 妙に興味を惹き立たせる味までついでに購入してしまった……くっ、恐るべし経営戦略。

 だが、揚げたてほやほやのじゃが丸くんだ。味にはずれは無いだろう。

 

「はい、どうぞ。有名人にはサービスさ、今後とも御贔屓にね」

 

「あはははは……」

 

 やっぱり私って有名人扱いなのか……じゃが丸くん売りのおばちゃんにでさえ知られているなんて、影響強いなぁ。仕方のないことだけど。

 苦笑いを浮かべながら代金と交換して、ほくほくじゃが丸くんを裏路地へと持って行く。

 

「あ、じゃが丸くん……」

 

 そんなもの欲しそうな顔されたら、あげるしかないでしょぉぉ! いや、あげないという選択肢が端からなかったのだけれど。やっぱり可愛いなぁ、天使だよ本当に。

 私服姿を見たのはまだ片手の指の数ほどで足りるくらい。だからこうしてお洒落をしてくれると、非常に新鮮というだけではなく、醜い様々な欲求を満たせちゃうわけだ。独占欲なり、所有欲なり……あれ、別に醜くないような気がする。当たり前のことじゃん。

 

「……んぅっ。シオン、そっちの味は?」

 

 半分ほどじゃが丸くんを小口で食べ終えたアイズは、どうやら私が食べていた小豆クリームの乗っていないじゃが丸くんに気付いてしまった。紹介するのは些か恥じらいを感じるが、聞かれたのなら応えるまで。

 

「これですか? 淡い初恋の味という新発売の味です。昨日発売されたばかりで、お試しらしいですが……悪くないです。ベースじゃがいもはどうやら甘みの強いものを使用しているようですね、そして後からほんわかと刺激的な味がします。いやぁ、現実を物語っている……」

 

 そう言いながら食べていたじゃが丸くん見せる。ここが暗がりで若干判り難いが、潰されたじゃが丸くんに点々と混じる黒い小さな実。胡椒に近い香辛料で、優しく鼻を刺す辛さと香りはじゃが丸くんといいマッチングだ。 

 

「はむっ」

 

「あっ」

 

 ……いや、わかるよ。食欲をそそられる香りしているし、じゃが丸くん好きだもんね。

 でもさ、そんな可愛い食べ方しないでよ。『あざとカワイイ』から何も言えないじゃん。

 見せていた食べかけのじゃが丸くんに一生懸命かぶりつくアイズ、少し頬を赤らめ、そのまま上目遣いで見て来る。目が合うと、衣を噛む音を立ててアイズは少し身を退いた。もぐもぐと口を動かしながら。

 

「……初恋の味、ちょっと違う」

 

「そりゃ人それぞれですよ……というかアイズ、一言くらい言ってください。びっくりして口もつけられませんよ」

 

「関節キス、いや?」

 

「むしろ望むところですが」

 

 おっかしいな、うちの嫁は果たしてこんなに積極的だっただろうか。

 いや、でもね? たとえそれが彼女であれ嫁であれ親族であれ何であれ、味わって食べるものを関節キスしたとならば即ち関節キスを味わっていることにならないか? よくよく考えなくとも聞こえが気色悪くてならないのだが。結局食べるのだけれど。

 あぁ、美味だ……

 

「アイズ、ゴミは私が」

 

 食べ終わったころを見て、手を差し伸べながらいう。素直に渡してくれたゴミと合わせて持っていたゴミを投げ――燃やす。はい、処理完了。ちまちまと練習しているけど、この頃精霊術を無詠唱で使えるようになった。とはいってもほんの少しばかりの干渉で、戦闘には役に立たないレベルだけど。こうして日常生活には非常に便利で、不可解極まりない『異能力』なんてものにも感謝だな。   

 

「すごい……どうやったの?」

 

「ちょっとした精霊術ですよ。ティアに教わりました、普通使える物じゃないらしいですけど」

 

 驚き半分不審半分で小首を傾げるアイズが興味深々と聞いて来る。指先にボっと音を立てて炎を顕現させながら、あえて抽象的に答えた。そもそも私も然したる理解もない、説明には無理がある、

 そのまま、メインストリートから外れた道を進んで行く。目的地へ向かう分にはあえて大通りを通る遠回りをしたり、屋根を伝うという手もあったりするが、私たちが大通りへ行ったところで注目を集めて面倒なだけだし、屋根を伝うにしてもアイズは今スカートだ。捲れるに決まっている、そんなの許せん。

 一人勝手に納得し(うなづ)く私の袖がちょんちょんと引かれた。

 

「どうかしました?」

 

「……どこ、いくの?」

 

「あ、そう言えば言ってませんでしたね……ですが、これは聞かない方が良いかもしれませんよ。着いてからのお楽しみなんてどうです? あ、ダメ?」

 

「……可愛いから許す」

 

 素直に喜べばいいのかどうか複雑な気持ちになるな……そりゃぁ『セア』のときに可愛いとか美人だとか褒められたりして悪い気はしないけど、今は別個、女では無く男だ。可愛いよりかはカッコいいの方が嬉しい。

 だが自分の容姿が女よりであることは認めざるを得ない事実なんだよな。

 美形であることに不利益は無いのだが、度が過ぎるとこういうことが起きる。女性に近い容姿であると、自然と目もつけられるし、最悪疎まれ嫉妬されることもある。それが非常に面倒なのだ。

 だがどうしようもない。これが私の生まれ持った性質、いくら否定したところで変わるものでは無いのだ。

 それに、アイズが可愛いというのなら、少なからずアイズの役に立てているのだろう、この容姿も。ならそれでいいじゃないか。

 

「アイズ、メインストリートを通りますので、バレないように。私たちが下手に姿を現すと、それだけで大騒ぎになりますから。特に今のアイズは一段と可愛いですし」

 

「う、うん。ありがと……」

 

 ほら可愛い。『カメラ』があれば間違いなく私はこの瞬間を記録しているほどだ。天然でこれなのだから、絶対に衆目になんて曝したら不味い。彼我の差を弁えずに襲ってくる不定な輩が現れること間違いなしだ。実際以前にそう言うことがあった。

 アイズが落ち着くのを待つと、大丈夫と首を縦に振って伝えて来る。それにアイコンタクトで答えて、呼吸を合わせた―――――

 

――ここ

 

 同時と言っても過言でない時差で飛び出し、正面にあった裏路地へともぐりこむ。

 途中か細い悲鳴が聞こえたが、そこは心中謝罪だ。

 

「ふぅ、誰か吹き飛ばしてませんか?」

 

「うん、危なかったけど、大丈夫」

 

 それがさっきの悲鳴かな? おっちょこといなところもまたいい……

 って、そんなことを考えてアイズを待たせてはならない。切り替えなくては。

 

「行きましょうか」

 

「うん」

 

 といっても、西のメインストリートを抜けたらもう早い。この場所からなら然程遠くはないのだし、そこまで急ぐことも無いのだけれど、アイズは何が起こるのか気になってそわそわしているからな。興味や期待が丁度いい具合で薄れぬうちに見せてあげた方がいい。

 

「でも……慎重に進まないと、こういうことがあるんですよねぇ」

 

「誰かいるの?」

 

「えぇ、探ればわかりますよ」

 

 数秒すると、うん、と頷き返される。どうやら気づいてもらえたらしい。流石のアイズでも私のように年がら年中警戒している訳では無いようだ。

 少し聞き耳を立ててみる―――

 

「シオン?」

 

 だが、第一に聞こえてきた声は背後から――接近に、気づけなかった!? いや、違う。気づいてたが、見逃していたんだ。よく考えてみろ、その方向はメインストリート。いちいち識別なんて流石の私でもしていない。

 

「あはは……どうしてまた、私は気付けなかったんだか」

 

 よく見なくてもわかったであろう。今私が触れているこの壁は、明らかに『豊饒の女主人』の壁。道の選択を大きく間違えた訳だ。最短ルートだけを見た私が馬鹿だった。

 

「ど、どうもリューさん。それでは、失礼しま――――なんです?」

 

「―――」

 

 さて、私は何故私はこの人に、然もアイズに見せびらかすことを目的としているような手の握り方をされているのだろうか。そして無言の責めは止めてくれ、怖い――って、何で負けじとばかりにアイズはもう片方の手を掴むの? どういう意図、どうして火花を目線で散らしているの?

 

「あれ、シオンさん? どうして……え、ヴァレンシュタインさん……って、リュー! ねぇねぇリュー、吉報よ、いいお知らせがあるの!」

 

 忙しい人だな……一人一人で声のトーンをあからさまに変えるな。普通だった人が一番傷つくんだよ。というか何を興奮しているんだか。もしかして、さっきのあからさまな密談か? この人【フレイヤ・ファミリア】とどんな関係なんだろ……ちょっと面倒臭そうで聞くのは嫌だな。

 

「あ、あの、シル。今とても大事なことを話そうと……」

 

「そんなことよりよリュー!」

 

「そんなこと……」

 

「これよこれ、『大賭博場(カジノ)』からの招聘状(しょうへいじょう)。『エルドラド・リゾート』に行けるわ!」 

 

 可哀想(かわいそう)に、リューさん。大事な話とは何か知れないが、そんなこと扱いは流石に同情してしまう。それでも私の手を放してくれないのは執念じみたものを感じるが。

 というか、そんな危ういモノ得てどうするんだか。『エルドラド・リゾート』って言ったら、オラリオの『最大賭博場(グラン・カジノ)』。まさか遊びに、でもお金がないのでは……あそこは面白いくらいの法外さらしいからなぁ。今度行ってみようか、ミイシャさんでも連れて。あの人ギルド職員の癖にカジノなんか行ってるからなぁ……詳しくは知らんが、どうやらどこのカジノでも出入り自由らしい。そんなカードがあるんだとか。いくら貢いだのか本当に気になる。

 

「大変気になる事ですが、シル。今はそちらより、こちらです。シオンさん、どういうことか説明頂いても――」

 

「まぁまぁまぁ、そう怖い目をしないでくださいよ。ほら、腕の力を抜いて、肩の力を抜いて……それでは、こんどこそ失礼――って、アイズ? あの、ちょっと、動いてくれないと困るんですけど。手を無理やり放すのは嫌なので、付いて来てもらえないと困るんですけど」

 

「……説明なきゃ、やッ」

 

 え~何それ可愛いからもう一回やって……! ってバカなこと考えてる場合じゃない。せっかく放してくれたリューさんの手が今度はがっしり私の関節を腕によってキメているのだが。いや待って、何でくっついてるの? 度が過ぎませんか、というかそんなくっついていると、着物だったら(はだ)けちゃうんだが……ま、まって、アイズまでもくっつかないで! いだ、いだだだだ――――

 

「――両手に花、というヤツですね、シオンさん! リューファイトー!」

 

「綺麗な花には棘があるんです、暢気に傍観してないで助けてくださいよ! いろいろ不味いですって、私だけじゃなく! 特にリューさん、あと少しで見えちゃうから! あなたエルフでしょ、どうしてそんなにぐいぐい来れるんですか!?」

 

「私だってシオンさん以外にこんなことしません! ただ、私には、女には絶対に譲れない時と場合があるのです! シルにそう教わりました!」

 

「何余計なこと吹きこんでいるんですか貴女は!」

 

「てへっ」

 

「可愛ければ許されると思うなよぉぉぉぉぉ!」

 

 くそっ、小悪魔め。だが今、かなり不味い状況だ。ここは然してメインストリートから離れている訳では無い。私も馬鹿だ、今の様に大声を出してしまえば誰かしら寄って来るに違いない……早期撤退が望ましいのだが、これは本気で難しいぞ。無理に振り払う訳にもいかんし、どうしてやろうかこの始末。

 

「ねぇシオン、ちゃんと説明して」

 

「といわれましても、何のことだかさっぱりでしてね……!」

 

「私も説明を要求します。一体どれだけの女性を篭絡すれば気が納まるのですか! 一人や二人、まだ許容でいましょう……ですが、貴方という人は、貴方という人は!」

 

「篭絡なんて人聞きの悪い! 私はそんなこと一度たりともしてませんよ、どこかの淫乱女神とは違います! 私は、正当な関係があって、全くもって純粋な理由の下、目的地に向かっているだけです! 邪魔をしないでください!」

 

 私は誰も手なずけてなどいないぞ……

 二人が求めている説明の内容もそれぞれ違うように感じるし、本当にどうすれば……

  

「おい、お前たち……店の横でギャーギャー騒いでないで、さっさと仕事に戻れ!」

 

「「は、はいっ!」」

 

 と、何処からともなく響いてきた声に(かしこ)まる約二名。ふと顔を上げると、窓が半開きになっていた。あそこから叫んだのだろう、怖い怖い。女将さんや、でも助かった。

 

「今度こそ、さようなら!」

 

 不動の精神で一向に動こうとしないアイズを致し方なく持ち上げる。何この子、すっごく軽い。ちゃんとご飯食べているのかなぁ……心配になるぞ。

 勿論のこと、スカートへの配慮は忘れないのだが。だって下着丸見えは恥ずかしい。どうしてか、下着と言うものは隠すためにモノなのに、見られると恥ずかしいのだ。あの心理、一体どういうことなのだろう……

 しょうもないことを考えながら、ぴょんと跳び上がる。もうこれ以上、面倒事は御免だ。 

 

「ふぅ、飛ぶと一瞬ですね――アイズ、下ろしますよ」

 

「―――うぅ」

 

「え?」

 

「ごわ、がった……グズッ」

 

「え、は、ぇ……? えぇぇぇぇえぇぇッッ!?!?」

 

 ちょっと待てい! 何故だ、何故泣いている!? 私なにかした? 跳躍して急降下しただけだよ……!? 

 もしかしなくても、それが怖かった? 

 地に足を着かせてやると、体裁も気にせずにぎゅっと抱き着いて来て、子供のようにまた泣き出す。いや、見たままの子供なのだろう。私のように『生きた齢』と『実年齢』がかけ離れている方が奇異なのだ。彼女はある種、当たり前と言ってもいい状態のなのだろう。一応、実年齢上では私より一つ上なんだけどなぁ……

  

「ご、ごめんなさい、アイズ。まさか高いのが苦手だとは……」

 

 すると、ずりずり私の胸に額をこする。首を振ったのだろうか。

 だとして、何が怖かったのだろう。女性が高いところを苦手だと思うのは先日ミイシャさんで実証できたのだが、そういう訳ではないのか? 

     

「こごろの、準備……しで、ながった……だから、落ぢるの、ごわがったぁ……」

 

 な、なるほど。そうか、全面的に私が悪いな……ダンジョンでは高いところからの落下なんて当たり前だし、大丈夫かと思ったが、それも心の準備ができていたからこそ。何ら私が気にしないことでも、彼女にとっては別なのだろう。怖いものは怖い、そういうことだ。難しいなぁ、忖度って。

 

「よぉしよぉし、ごめんなさいね、怖い思いをさせちゃって。ですが、そのお詫びとでもいいので、とりあえず顔を上げて、後ろを向いてください」

 

「ぅ、うん……」

 

 涙を手で拭い、顔を上げる。だがまだ恐怖が抜けないのか、左手がぎゅっと握られていた。次第にその力が弱まる、小さく「ぁっ」と声を漏らした。

 

「綺麗でしょう?」

 

「……うん」

 

「ここが私たちの拠り所となる場所です」

 

「うん、そぅ、なんだ……っ? シオン、今、なんて……」

 

「ふふっ。私、ここに住もうかと思っていましてね。何分お金ばかりはありまして、余裕で購入できちゃうわけです」

 

 年季が丁度いい具合に入っているように見える白レンガの家。周囲にあるのは敷地内の庭のみで、わかりやすく小高い柵で隔たれている。家にあたる日を遮る高い建物などなく、射し日は居間をほどよく照らしてくれるのだ。

 柵には一つ縦長のアーチ状ゲートがあり、そこから一本道で玄関扉へと繋がっている。綺麗に削られた石畳が敷かれていて、道をつくるようにその両脇には花が植えられているのだ。元の家主が花好きで植えていたようだが、もう死んでしまったため、オラリオの法律に従い二ヶ月ほど前ギルドに譲渡されたそうな。物価を下げないために、花の手入れは継続中だそう。

 外見から見て判る二階建てで、屈めば入れる屋根裏も含めれば三階と言えようか。その屋根裏に備わる円い硝子窓は特徴的だ。目立つという面で見れば、カーテンを開ければ居間を丸見えとさせるほど大きな、横開きの縦長二枚窓の方だけれど……いや、一番はやはり南側にあるベランダかな。

 

「中に入ってみます?」

 

「……入れるの?」

 

「バレなければ」

 

「ふふっ、何それ、シオンらしい」

 

「おっと、それはどういう事ですかね」

 

 さっきの子供のように泣いていた顔はどこかへ吹き飛んでしまったようだ。今は晴れ晴れと、嬉しそうに、楽しそうに、私の願望でなければ、幸せそうにも見える。そんな、充実した顔を浮かべていた。

 

 コンコン、と遊ぶように石畳で足音を立てるアイズより先に玄関扉の黄土色ノブに手を掛ける。この家を購入すると決めた時点で、鍵の構造は頭に叩きこんだ。上下に二つある鍵を流れるような動作で開けられるほどに。

 だがアイズは、今そんな細かいことを気にしないほどご機嫌のようだ。

 

「外靴は脱ぐようです」

 

「そうなの?」

 

「えぇ、私は靴下で構いませんので、アイズはそのスリッパを使ってください。ちょと歩きにくいですけど」

 

「わかった」

 

 (こげ)茶色(ちゃいろ)をした外開き構造の玄関扉を通ると、少し狭いが靴置き場がある。普段から靴を履いている人間にとって少し不便に感じるが、それをひっくるめてこの家は素晴らしのだ。

 一組しかないスリッパをアイズに穿いてもらって、『加工木材床(フローリング)』の少しひんやりとした床を避けてもらう。目と髭と口が描かれていて、宛ら猫のようみ見える柄のスリッパ。

 奥行きは然してある訳でも無い。一階だけでもざっといって四室、廊下が短くなるのは自然だろう。

 向かってすぐ左にある、(すり)硝子(がらす)がはめ込まれた戸を横にスライドさせて開く。人ひとりが普通に通れる高さだ。そして先に見えるのは簡素簡潔な居間、天井から吊るされた魔石灯のデザインが一番のお気に入りだ。少し高い天井は、その魔石灯すらも私の頭にぶつけない。

 この居間は台所との隔たりがカウンターくらいしかなく、手近で移動も楽。更に言えば、カーテンを開けると庭を一望できる。窓は通れるほど大きく、石畳がそちらにも敷かれているので外に出ることも可能だ。実に合理的だと私は思う。しげしげと眺めるアイズも、何だか愉しそうにしているし。

 

「ねぇシオン、他は、どうなてっるの?」

 

「はいはい、見て回りましょうね」

 

 まだここの台所は設備が生きている。冷蔵庫と石窯が無いのが残念だけど、本来無いのが当たり前。本格的な料理をしたくなったら、『アイギス』の設備を使えばいいだけだ。冷蔵庫は後々購入しよう。

 早々にリビングを出ると、興奮気味のアイズが正面の戸に手を掛けた。この家の戸はだいたい横開きで、いつもの調子で取り付けられる縦長のノブを引っ張っても軋むだけだ。不思議そうな顔をする彼女の代りに戸を開ける。

 玄関から見て、廊下を挟み居間の横にあるのは面白いことに和室だ。何気に『押し入れ』というものまで備わっており、襖に描かれている柄は落ち着きがあって好ましい。アイズは察して、スリッパを脱いだ。ここは少し不憫(ふびん)だと思う。

 だがこの和室、『しょうじ』といった木組みに紙を張って作られたもののお陰で柔らかく光が抑えられて、朝にはその光で起きたらさぞかし心地よいだろう。つまり、この十畳空間で私は眠りたい。幸い布団を置けるだけの広さはある。欠点と言えばここにはどうしてか灯りがない。まぁ『妖精の宿り実』なんて便利なものもあるし、別に気にする事でもないが。

 

「あのーアイズさーん? 流石にちょっと、だらしないですよー?」

 

「畳で寝っ転がってみたかった……」

 

「あ、そうですか」

 

 でも、スカートで身を投げ出すように寝っ転がるのは良くないと思うんだ。

 でもなぁ、今日も白かぁ、純粋を表す白……悪くない。

 

「次、いこう」

 

「といっても、一階は後さらっと流した方がよさそうですがね」

 

 そうなのだ、あと一階にある部屋と言ったら、廊下の突き当り近く。ぽつんと造花が置かれているその手前には戸の位置を少しずらされて部屋が二つある。何を隠そうトイレと風呂だ。そう、隠す必要なんてない、何故なら出すのだからッ! 

 

「シオン、顔がちょっといやらしい」

 

「おっと失礼、つい妄想を」

 

 この二部屋は、例外的に外開きの戸である。部屋と言っていいかあやふやだが、まぁいいだろう。狭くはない、人ひとりが十分使えて不自由ないトイレが右にあり、一番奥側に備わっている。そして風呂は左側手前。戸が外開きで歩いている途中ぶつからないか心配になるが、避けられ無い程廊下は狭くない。風呂には脱衣所を経由して入れる。勿論鍵も閉められる。

 そう簡単に説明すると、流石のアイズでもそちらまでも見に行こうとしないらしい。私は行ったけどね。足を延ばして全身浸かれるだけのしっかりと浴槽があって、シャワーも使えた。だが少し水圧が弱かったかな?

 

「じゃ、二階行きましょう。特別何かある訳でも無いですけどね」

 

「いいの、それでも」

 

 二階に続く階段は、廊下の中間あたり、玄関から見て右側にある。そこまで急と言う訳でも、一段一段が高いと言う訳でも無い。手すりが片側にしかないのと、灯りが乏しいのが欠点として挙げられるくらいだ。一直線の階段ではなく、一段目はこちらを向いて、廊下からの侵入でも登りやすいように設計されている。数段上ることでまっすぐの階段へと早変わりし、ものの二十段もせずに登り切れる。

 二階は開放的空間だ。部屋と言ったら階段を登り切って正面にこの家の中で一番の広さを誇る部屋があるくらい。二階の三分の一ほどを占領する大きさで、寝室や書斎、物置として本来利用する場所だろう。だがそれ以外は全く何もないのだ。ただ綺麗な広々空間があるだけ。床の材質は相変わらずで、なぜこんなに空けたのかと気になるところだが、今後生活していく上でご自由に改造しろ、という事だろうか。

 

「ねぇシオン、あれって……」

 

「行って実際に見た方が解りやすいですよ」

 

 解放的空間をスリッパが脱げないように慎重に歩いていくアイズ。その後をゆっくり追う。向かう先にあるのは銀縁の窓―――を通ることで出れる、ベランダだ。

 鉢に植えられた植物から香る自然的な匂いが落ち着かせてくれるこのベランダには、他にもまだ物を置けるだけのスペースがあり、ただ一つ欲を言うならば屋根が欲しかったが、それも許容できるだけの良さがあるというものだ。   

 

「すっごく、いい……」

 

「ははっ、気に入ってくれたのなら何よりですよ。ついでに、屋根裏でも見てみますか?」

 

「うん」

 

 この家の設計において不思議なことはたくさんある。だからこそこんな素晴らしい外見・内装をしているのにまだ売れていないのだ。

 今までにも様々挙げられたが、特に奇怪なのがここ。

 

「はしご?」 

 

「えぇ、どうしてか屋上へは梯子を伝います」

 

 屋上と言えば物を置いたりすることが定番だろう。なのに梯子だ。何故ここをこうしたのかの理由を一番、設計者に訊いてみたい。

 

「……今日は、見ないでおく」

 

「ありゃ、これまたどうして」

 

「――――ばか」

 

「何故に私は罵倒されたのでしょうか……?」

 

 と疑問を口にしてみたり。でも思い出した、今アイズスカートじゃん、と。そしてまた思い出す、ミイシャさんにその所為で散々どやされたことを。あぁ、アレは酷かった。どうして女性はスカートなんて穿くのだろうかと本気で悩んだものだ。一重に「可愛いから」という理由だろうが。それは納得するほかない。

 

「んで、どうです、この家。住みたいですか?」

 

「うん……シオンが住むなら、もちろん」

 

「あら、嬉しいこと言ってくれちゃって」

 

 ただちょと言葉を交わしただけで笑い合えるって、説明できない歓びがある。こうしてずっと、笑っていてほしい人となら、尚更。やっぱり彼女には、笑顔が似合う。

 

「じゃ、私は今から早速、手続きに向かいます。一緒に行きますか?」

 

 靴を履いて外に出る。勿論鍵を閉め忘れない、バレたら不味いからな。

 待っていたアイズの横に並んで歩きながら、そう提案するとどうしてか、むすっとして顔を背けられた。吐血しそうなほどの絶望感に苛まれているところで、ぽつりと零される。 

 

「……シオン、忘れてる」

 

「ふぇ? な、なにをでしょうか……」

 

 全く心当たりのない私にアイズはどうやらご立腹のようだ。膨れているのは頬だけど。 

 何とも可愛らしい怒り方、まるで私が子ども扱いされているみたいだ。

 身長的には仕方のない上目遣いのお叱りは単なるご褒美でしかないのだが、ご機嫌斜めはよろしくない。

 

「シオンは、デートに誘ってきた。これじゃあ全然、デートじゃないもん」

 

「あ、はい」

 

 対応しようという気構えは一瞬で崩されてしまった。どっちが子供だよと言いたくなる。

 まぁ私も、デートと言う感じでは無かった気がしている。名目上デートだったのだから、それらしいことはするべきだろう。むしろしたい。

 少しくらい後になっても、この家は買えるだろう。だがアイズとのこのデートはたったの一度きりだ。それを逃してどうしろというのか。

 

「じゃ、存分に愉しみましょう!」

 

「もちのろん」

 

「誰から学んだ!?」

 

「ロキから」

 

「あの神……」

 

 これは、後々神ロキとはオハナシが必要な気がするな。 

 

 


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