やがて我が身は剣となる。   作:烏羽 黒

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  今回の一言
 黒猫派か白猫派かって聞かれたら、白猫派かな。

では、どうぞ


ねぇ、どうしてそうなるの?

 あぁ、何だがすっごく久々に感じる。

 このじめぇっとした湿気る空気。漂う嗅ぎなれた生臭さ。不思議な感触の強固な地面。遠近あれど響いて来る産声、絶叫、断末魔――ダンジョンは、相変わらずだ。

 戦争遊戯(ウォーゲーム)だのなんだのがあった所為でこっちに来る暇もなかったし。稼ぎとしては十二分に得て、お金欲しさに来る必要も無いのだから。勿論、今も目的はお金ではない。

 

「お、あれかぁ……なるほど、如何にも稀少種。採取が面倒なのは当たり前か」

 

 二十二階層南西部。このあたりは植物が群生しており、マッピングされた範囲では区画がきっちりと分けられている。このあたりから圧倒的広さを誇るため、全てはマッピングされていないのだけれど。今いる第21区画は蔦類が群生し、飛行・滞空能力を得ているモンスターが留まることが多い。中の上程度の広さで、区画内には通路が五本、戦闘空間(ルーム)が三つある。その中で最大のルームには、天井付近にとあるモノが生まれるのだ。

 

「『妖精の宿り実』なんて幻想的な名前を付けるだけはあるな。確かに綺麗なもんだ、が……面倒臭いことには変わりない」

 

 魔石には大きさと純度に応じて使用限度が激しく左右されてくる。明かりに使う場合、一般的には一ヶ月ほどで交換することが推奨されている。街の外灯は純度が比較的高いものが用いられるが、それでも一年・二年での交換が年貢の納め時だそうだ。

 だがこの『妖精の宿り実』という内側から発行する稀少な実は、現在観測されている分で三十年と驚きの時間発光しつづけるのだ。だがこの実、完熟してしまうとその発光は何処かへ消えてしまい、酸味の強い疲労に効く『妖精の末路』なんて悲しい名前の実になってしまう。その上この実は完熟までの時間が短いのだ。だから完熟前の『妖精の宿り実』は稀少種に分類される。

 

「依頼は十個だったけど、沢山あるし……取れるだけとって、売っちゃいますか」

 

 私が深層でも十二階層のあの場所でもなく態々ここに来たのは、ダンジョンに行くついでにと探していた冒険者依頼(クエスト)。その中に興味を惹かれる報酬を見つけたからだ。少し変わった内容で、よくギルドが許したものだと感心している。

 

「ただ取るのじゃ、つまらないよなぁ……あ、そうだ」

 

 昆虫やらなんやらとわんさかいるお陰で十二分に単身(ソロ)攻略は難しいだろうが、私からして普通にやっても文字通り秒殺で終わってしまう。それじゃあつまらない。ハラハラドキドキなんてものもないダンジョン探索なんてダンジョン探索じゃない。だからちょっと遊ぶことにした。

 すぐ隣に垂れていた蔦を引っ張る。少し力を入れれば崩壊の前兆によく似た音と共に引っこ抜くことができ、実に10Mはあろうか。これを上手く使わなければ、天井に実る『妖精の宿り実』は採取できない。自分に課せるのは『跳躍禁止』という制限だ。

 

「制限時間は……十五分くらい? 流石にそれ以上かけちゃうと熟しちゃうかもしれんし」

 

 依頼主によれば、今あたりが熟す少し前の丁度良い時期らしい。周期を知らない私にとっては急ぐべきかもしれないけど、できなかったらそれまでで諦めればいい。

 

「よぉし、そりゃぁ!」

 

 鞭のような使い方をして枝を折れば、落ちて来たものを採取できる。考える分にはそれで終わるのだけれど、何分鞭なんて触れたことすらない。だから――

 

「あちゃぁ……」

 

 こうやって、実を壊してしまうこともある。何せ威力だけはすさまじい。試しにモンスターを狙い――外れたけど別の奴にあたって、しなった先端がぶちゅと気色悪い音を鳴らして両断した。虫ってさ、何であんなに見た目も中身も気持ち悪いの?

 

「まだまだぁ!」

 

 気を抜くことなく何度も何度も試し―――――

 十五分経過。

 

「た、たった二つ、だと……」

 

 才能って言うものが誰にでもあるというのなら、私には何もできないという才能があるのかもしれないな。

 その後は一瞬。手掴みすれば容易いことこの上ない。

 最終的に採取できた実は二十個。念のために五個増しにして後は放っておいた。

 因みに潰した数は採取した数より多かったりする。明らかな無駄だろ。

 

「さて、早速報告です」

 

 『妖精の宿り実』は外皮が硬い部類にあたる。熟すとこれが柔らかくなるのだが、今は多少適当に扱ってもうんともすんともしない程硬い。だが一応淡く熱は帯びているので、長時間触っていると肌が爛れるなどの危険があるらしい。まぁ袋に突っ込んでおけばいいだろう。入れている時間もどうせ短いことだし。

 

  * * *

 

「ミイシャさ……あ、エイナさん。丁度よかった、コレお願いします」

 

「ん? もしかしてもう終わらせちゃった!? 二十二階層深部だよね、どうしてこんなに早く……!」

 

「ふっ、今の私を舐めないでいただきたい……ただ往復するだけなら、最新層五十九階層まで八時間で済ませますよ」

 

 しっかりとドヤ顔で言い放つと、唖然と袋を落とす彼女がまさに予想通りに反応で面白い。腹を抱えて声を殺すのがやっとで、笑みが自然と漏れてしまう。

 今現在書類に埋もれて血走った目を紙へとぶつけるミイシャさんは流石に呼ぶのがめんど――ごほん、悪いかと思い、きょろきょろ見渡しているとすぐに目に入ったのが彼女だ。幸い受諾の報告もエイナさんが請け負ってくれたから、袋を渡すとすぐに理解してくれた。

 因みに余分の十個は、『アイギス』にて天井から吊るしているところだ。

 

「―――はっ。ご、ごめんね。あまりにも想像を超越していて理解が……」

 

「お気になさらず。さ、例の報酬を……」

 

「あ、うん。ちょっと待っててね」

 

 正気そを取り戻してそそくさと保管庫へ向かって行く。

 ギルドの保管庫、オラリオで上から三番目の規模を誇り、信頼度で言えばどこよりも勝る。一般人が利用できない所が一番の理由だ。なら何故あるか、簡単だ。冒険者依頼(クエスト)の報酬や、獲得物、超秘匿物などがギルド観衆の下でギルドが管理している。職員と、その同伴を得た人なら入ることが可能だ。

 因みにだが、エイナさんは入れて、ミイシャさんは許可がないらしい。なんというか、信頼の差が色濃く表れているよなぁ……

 

「お待たせ。はい、これが報酬。よくこんな不思議なものを欲しがったね?」

 

「にしし、これが欲しかったんですよぉ……あ、そうそう、『妖精の宿り実』は直射日光に弱いので保管には気を使ってください。それと、熱を若干ながらも帯びているので、可燃物、溶けやすいものを近くに置くのは推奨できません。そこは気を付けてくださいね」

 

「そうなの? ありがとね、教えてくれて。やっぱりシオン君って物知りだね」

 

「そんな感心されることでもありませんよ。少しばかり、記憶力が良いだけです」

 

 笑いかけながら(きびす)を返し、受け取った取っ手付きの中々にして大きく重い木箱を右手に提げる。

 そう、この木箱こそがその報酬だ。中身は知られていないだろう。不思議なことにこの報酬は暗号化された状態で提示されていたのだ。西方地域で遥か古代に使用された旧式暗号、幸いこれはベルでも解ける難易度のものだ。私レベルになれば見ただけで解けるもんよ……!

 

「ふふっ、早速開けようじゃないかぁ……ぐへへ」

 

 超音速で移動する。物を運ぶときはこの速度に限るよな。今日は少しばかり気が張って、出し過ぎた感が否めないのだけれど。

 今、ここには誰もいないだろう。ティアという懸念はあるが、彼女は今新ホームへの引っ越し手伝いで忙しいはずだ。そちらを放っておいて、私の下に飛び込んできたりはしないだろう。しない、はず。

 

「さぁ、果たして――」

 

 私の期待に沿ってくれるだろうが。

 中身について、正直私も詳しくは知れていない。だが、一つ言えることがあるのだ。

 『男の浪漫(ゆめ)、ここにあり』

 一体それがどんなものなのか、気になって気になって仕方なくなったのだ!

 

 カチッと音を立ててストッパーを外す。ごくり、唾を呑んだ。どうやら自分は予想以上に期待しているらしい。失望だけは御免だな。

 蓋を開くとその中には――――

 

「か、カッコいい……」

 

 一体これが何かは解らないが、一つだけそう断定できた。

 輝く漆黒のフォルム、堅牢というイメージを持たせる重厚感。入れ物(ケース)の大きさからある程度は判っていたが、やはり大きい。何種類か形状の異なるモノが入っているが、これは組み立てるのだろうか? ならば主体となるのはこの真ん中に置かれる一際大きなモノだろう。

 

「でも、ちょっと期待外れかな……」

 

 確かに異論はない。カッコいいは男の浪漫の内と言えよう。だがしかし、私が想像していたこととは大きく異なるものだ……残念だが、諦めて受け入れよう。これはこれで悪くないしな。

 とりあえず、やれるだけやろうか? たぶんこの挿されている紙に何かしら書かれているだろう。

 挿入されていた二つ折りの白い紙を開く。おそらく、依頼主からのメッセージだ、

 

『これを得た者へ。この手紙を読む君よ、まずは一言申し上げよう。残念だったな!』

 

 イラッ。

 

『どぉせ暗号解いて浪漫という言葉に引き寄せられて、夜のお供でも貰えると思ったんだろ! ざまぁ見ろ、スケベ野郎め。そう簡単にお宝を渡すわけ無かろうが!』

 

 ナンダコイツ、ケンカウッテルノカ?

 

『だが、どうしても我が(レディ)が『妖精の宿り実』を欲しいというもんで、冒険者依頼(クエスト)を出させてもらった。報酬はただカッコよかったので買っただけのこれだよ。使い道もわからん意味のない品だ。もう一度言おう、残念だったな!』

 

 クシャ、バリッ、ベリッ、ぱらぱらぱら―――

 私は今。猛烈に憤慨している、いっそのこと見るだけで人を殺せそうだ。

 だが抑えなくては、そう易々と人殺しになる訳にはいかない。人は基本殺さない主義だ。

 

「落ち付けぇ……これはこれでいいじゃないか、使い道がわからんと言っていたが、ならば解明すればいいだけのこと……! もしかしたら、凄いものかも知れないじゃないか……」

 

 そう言いながら、適当にはめ込んでいく。ニ十分もかけると「おぉ」と感嘆の声が上がる非常に心くすぐられるものが完成した。

 真ん中を二脚で支えられ、片方が床につき、もう片方は宙を向いている。中に浮いている方は先端のみが膨れており、その真中にものの見事な筒状の空洞がある。覗いてみたところ、孔ではないらしい。床についているほうは何かと厚く大きい。途中分岐して、床側に伸びている所はさっき分かったが手に馴染むような形をしていた。おそらく持ち手なのだろう。持ち手より伸びているこの部分は、正直用途に見当もつけられない。

 

「あとは……これ、か。覗くと拡大できるみたいだけど、意味無いなぁ。この『線と数字』も邪魔だし、距離表示なんていらんだろうが」

 

 全長1.5Mは優にあろうかというこの物体だが、更にこの無駄に長く重い拡大鏡も着けなければならないのだろうか。何とも不便なものだ。だが、二脚のこの状態で安定していることから、本来は持ち運ぶものではなく、どこかに置いたまま使用するものなのだろう。

 

「うーん、ミイシャさんなら……いや、あの人はダメだ。神フレイヤ、は殺されるな、うん。あっ、アスフィイさんならもしかして知ってたり……」

 

 どうやら、私のごく狭い友好関係ではこれを解明するのにあたれるのは一人くらいしかいないらしい。なんか悲しくなってくるな……どうして自虐なんてせねばいけないのだか。だいたい物知りな人の絶対数が少ないのだ、仕方あるまい。

 

「にしても、だ。これ何処に仕舞ったものか」

 

 新居を買ってから引っ越しするまでどれ程かかるかはわからないが、『あの家』になら十分こんな物も置けるし、用途が判明するまでそのままでも問題なかろう。だが今はその家がない。ホームに置いたらどぉせいじられるだろうし、ここに置いておくのも些か不安だ。

 

「……やはり、隠し場所と言ったら相場が決まっているからな」

 

 と言いながら、二脚を折りたたむ。これ、一度着けてしまったら後は一々外さずに、折りたたむだけでいいという。何とも素晴らしい設計だ。一体創ったのは誰なのやら。

 そう思いながら、すぅーとベットの()()滑り込ませる。備わっていたベットは組み立て式で、実は開くことができるのだ。開いた場所こそ収納スペースとして使えるだけの空間であり、こんな大層な物でもギリギリだか入るだろう。ベットの利点はこれだけだよな。

 

「うん、完璧な隠蔽だ」

 

 これなら誰にもばれまい。物は期待外れだったけど、悪くはないのだ。下手にバレて誰かに情報でも漏洩してみろ、考えるだけで面倒臭い。

 これはもう、早く買うしかないよなぁ……

 

 

   * * *

 

「や、やぁ、随分なご挨拶ですねこれは……」

 

 さて、とりあえず状況を整理しよう。今私は黒猫に上乗りされている。そして四肢を封じられている、結構な力で。そして宛ら般若のような顔が眼前にある。

 はい、整理終了。ヤバイどうしよう、ある意味対処に困る。

 用あって訪れ、そして門を通してもらえたまではいいが、その後すぐこうだ。便宜上お客という体で侵入していることあって、襲われても何もしようがない。抵抗することも無く押し倒されたわけだ。

 

「ロキから聞いた」

 

「何を?」

 

「――戦争遊戯前の神会(デナトゥス)のとき、セアの状態で、しかもお洒落して参加したんだよね」

 

「あーそれにはやむにやまれぬ事情と言いますか……色々大変なんですよ。で、それが?」

 

 ぎゅっと、手に地に押しつける力がました。い、いたい……

 何をそこまで怒っているのかと思ったのだが、次の瞬間私の眼前にあったのは、憤激というより、悔しさに歪んだかのような苦い顔であった。うっすらと目尻が光っているのは、それだけ感情的になっている証左だろう。

 

「なんで私にも見せてくれなかったの、このあんぽんたん!!」

 

「あ、あんぽん……たん!?」

 

 えー? 私は何が悲しくて、押し倒されたうえに罵倒を受けているのでしょうか。だれか、教えてくれません? それとも助けてくれませんかね。そろそろアイズが着ちゃいそうで怖いんですけど、色々な物を失っちゃう気がするんですけど。

 

「絶対可愛かったでしょ、綺麗だったでしょ!? 見たかったのに、観たかったのにぃ!」

 

「いだだだだ……ちょ、ちょっと、地味に痛いので、というかむしろくすぐったいので、そろそろ避けて頂けないと色々困るのですが……」

 

「約束してくれるなら避けてもいいけど」

 

「何をですか」

 

「明日の夜、神会(デナトゥス)に行った時の格好で私の部屋に来ること。もちろんセアの状態で。拒否権はないよ」

 

 何それ理不尽。冒険者の特権、自由の権利はどこにいったー! 

 どうしてそこまで『セア』に執着するんだか。はっきり言って異常だぞ。【ロキ・ファミリア】はちょっと可笑しな人たちの集まりなのか? もちろん例外なく。

 

「……なにやってるの、シオン」

 

「うげっ」

 

 あぁ、やっぱりきちゃった。いや、アイズに用があって来たわけで、きちゃったなんて言い方は適切とは思えないのだが……この状況を見られたのは不味い。なにせ私が何を言ったところで、「抵抗てきたでしょ、なんでしなかったの?」と『笑顔(まがお)』で言われるに違いないのだ。 

 とち狂ったか、機を計らったかのように抱き着いて来る黒猫。あのね、たしかに可愛いけど、柔らかいけど……時と場所と状況を考えろとはまさにこののことよ。なに、殺したいの?

 あぁ、段々アイズの目が絶対零度へと底冷えしていく……視線で人殺せるんじゃないかな、私の嫁。

 

「ねぇ、約束してくれるの、してくれるんだよね」

 

「はいはい、わかったわかった、わかりましたよ。だから退けてください、そして私を助けなさい」

 

「いいよ、後は自分で何とかしてね」

 

 と、何やら含みのあることを言う。確かに身体が締め上げられる抱擁を止め、立ち上がってよけてはくれたのだが、どこ行くの? ねぇちょっと、なんで逃げるように――というか実際逃げてるなあの猫……今度尻尾掴んでやろうか。確か猫人(キャットピープル)にとって最も屈辱的なことだったか。

 あの人、私の話聞いてたのか? 助けてくれよ、他の人たちも逃げないでさ…… 

 

「――――」

 

 止めて! 無言の圧力が一番怖いから! 前みたいな表情に戻ってるから! 

 あぁ、どう弁明しようか。これ以上機嫌を損ねてみろ、必死だろ。

 

「……あの、アイズ、デートいきません?」

 

「ふぇ? で、デート……い、いく。ちょっと待ってて……」

 

 よし、作戦成功。我が嫁は純粋無垢で可愛い子であった。いやぁ、騙すような真似をして心がイタイ。うん、私最低だな。逃げにデートを使うとは、彼氏の風上にも置けないな。

 あぁ、せっかく服選びに時間かけたのに、アキさんの所為で汚れちゃった……白じゃなくてよかったよ、迷って黒にした甲斐ありだ。フード付きのお気に入り、魔導士のようなミステリアス感を醸し出すローブ。ボタン留めで、武器(かたな)を下げていても引っかからない。腰の少し上で前から見ると足が出るがようにローブの裾がわかれているのだ。膝に迫ろうかという長さまである。ズボンもおそろいの黒、派手にデザインなんて施されていない。だがその代わり、機能性には長けているのだ。伸縮性抜群、戦闘でももってこい、私服としても問題なし。ばっちりではないか。

 

 さて、そんなしょうも無いことその他諸々考え続けて約半時……

 

「お、おまたせ」

 

 天使が風に乗って、ひらひらと舞い踊って来た。

 

 

 

 


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