ハーレムは好きだけどハーレムを書くのは好きじゃない。
では、どうぞ
デートとは一体何だろうか。
異性と認識する相手と共に出かけたりすることだろうか。好ましく思う相手と楽しい時を過ごす事なのだろうか。愛しき人と思い出を作る事だろうか。
未だ不確定な『デート』というもの。今回のコレは当てはまるのだろうか。
断じて否。誰がなんと言おうとこれはデートなのではない。決して違う。
これはただの案内であって、私に他意はない。強いて言えば彼女には『観察』という名目があるが、それと『デート』には何の関連性も持てないだろう。よって否と断定できる。たとえ集合が『西の花園』前ということであっても。
だが何故だ、どうしてこうなっている。
目の前にいるこの人は誰だ!?
「何意外そうな顔してるの? あ、もしかして、普段のイメージと違うから? よくいわれるんだよね、エイナにも驚かれちゃってさ。あの時は面白かったなぁ」
「いやいやいや……仕事中どんだけ適当なんだよ、受付嬢だろうが。それ以上に何で今日に限ってそんな風になってるんだよ、気合の入れ方可笑しいだろ」
「気合? そんなの入れてないって、ただの普段着」
「尚更可笑しい……!」
もうこの人、仕事中制服じゃなくて普段着でいればいいんじゃないかな……! 絶対そっちの方が人気出ると思うよ私。周りからも視線を集めているし、間違いはないと思う。
私だって流石に
「ほらほら、早く行こうよ。結構いっぱいあるんだから」
ふわりと淡いミントグリーンのスカートが舞い、普段隠されている彼女の足に目が引き寄せられる。意外と綺麗だなぁと失礼なことを思いながら、先へ行ってしまいそうな彼女の隣に並んで歩きだした。歩調を合わせるのはやはり慣れない。
「あの、ミイシャさん。何で集合場所をあそこにしたんです?」
「え、だって効率いいし。見て回る場所から近いから。あ、もしかして気にしてる? ごめんね、紛らわしい場所で」
「いえ、そういう事なら別にいいんですよ」
『西の花園』というのは、ちょっとした花畑だ。魔道具によりしっかりと管理されているため冬でも多種の美しい花が咲くらしい。季節によって味が異なり、観ていて飽きないそうな。だからこそだろう、よくデートスポットやその待ち合わせ場所として
「ところでさ、シオン君って彼女いるの? もしくは婚約者」
「これまた唐突な……」
移動は彼女の速度に合わせている分時間がそれなりにかかる。その長い間を埋めるにはやはり会話しかないのだが、生憎話のタネを持ち合わせていない。だからこそこうして話題を出してもらえるのはありがたいのだが……何かおかしくない?
「だって気になるし。こんなところに指輪嵌めてたら特に。でもイメージ湧かないんだよねぇ、シオン君が誰かといちゃついてるのって。ねぇねぇ、そこのところどうなの?」
「彼女は、もういませんね」
「何その意味深長な言い方。まるで昔なら居たみたいに……もしかして、振られた?」
「振られてない、怖いこと言わないでくださいよ……考えるだけで死にたくなる」
『ごめん、別れよう』なんてアイズに言われたら、私多分死ねる。もしくは死ぬ前に心折れて再起不能になる。できれば死ねると良いなぁ……いや、それ以前にアイズに振られないことを願おう。
「で、婚約者は?」
「黙秘」
「あー! 何それ気になる!!」
教えて教えて、と駄々こね始める彼女。その姿は始めの時とは大違いでいつも通り、見た目が豹変しても中身はやはり変わることがないらしい。この人、黙ってれば綺麗、という系統に分類される気がする。受付嬢に選ばれるくらいだし、元々それなりに容姿はいいのだけれど。
「もう、頑固だなぁ……はいはい、諦めます。あ、そろそろ一軒目」
「意外と近いですね」
待ち合わせ場所から歩いて5分程度、ホームとも近いな。人通りも然して多くない。
西側は基本住宅街、様々な家が立ち並んでいる。絶対数が多い分私の要求に合っている家もあるのだろう。ちょっとわくわくしてきたぞ……!
「お、もしかしてアレですか?」
「正解。いいでしょ、あの家。私も住んでみたいんだぁ。あ、因みにいうと、今から回る家全部、私が住みたいと思ってる家だから全部悪くないと思うよ」
なるほどね、そうでもないと流石の彼女も家屋の情報なんて仕入れていないだろう。不動産担当でもないんだし。いやぁ、助かった。
目先に在るのは周りから柵で仕切られた要求通りの独立家屋。太陽光を遮るものはなく、そのお陰か南側にはちょっとした庭がある。高さ的に二階建てか、広さも十分。石造りで地震には弱そうだけど、そこはティアに頼めば補強してくれるから問題なし。そして外見的には文句なし。あとは内装かねぇ。
「そもそも、あまり大きくない独立家屋っていうのが少ないんだよねぇ。独り暮らしにとって家が無駄にデッかくても意味無いでしょ? だからこういうのって凄いありがたいの。しかも庭までついてるし、これは外せないなって憶えたんだぁ」
「へぇ、んで、この家の内装って見れたりします?」
「あ、うん。バレなければ大丈夫だよ」
この人平気で言ってくるけど、かなりの問題発言だよね? 貴女仮にもギルド職員でしょうが。そんなんでいいのかよ本当に。
まぁ、誰も購入していないなら、ここにギルド職員もいるし入って問題ないかね。
そう思いながら取っ手を引くと薄々気づいていたが引っかかる。そりゃそうだよね。
「あっちゃー閉まってた? 仕方ない、次行こう次! って何やってるの?」
「――――――よし、開いた」
「はい? って、え!? どうやったの、見てただけだよね!?」
「ふっ、誰がいつ、鍵を開けるのには触らなければならない、なんて決めました?」
集中力と魔力干渉技術はいるが、それがあれば誰でもできる。鍵穴の隙間に魔力を流し込み、少しずつ膨張させていくと『ちょうどいい感じ』というものがわかるのだ。その状態を保ったままくいっと回せばいとも容易く鍵は開く。ガチッという音は非常に気持ちいい。
「入ってすぐ階段ねぇ、若干急だな……床の材質はさして悪くない、廊下に日は射さないか。家具についてはともかく、居間の方は……ふぅん、カウンターで分かれているけどキッチンから直接見えるのか。窓が格子付き、内側から見ると牢獄みたいだなぁ……広さはまぁ問題なしか。天井が心なしかもう少し高い方が良いけど許容範囲内。ライフラインは……あ、若干くたびれてるな。直せなくはないけど。寝室は……」
「ね、ねぇシオン君。私のこと忘れてない? 独り言垂れ流してるけど……」
「あ、忘れてました。ごめんなさいね」
真剣に選びたいからな、仕方あるまい。ならば女性であるミイシャさんの意見も取り入れた方が良いのだろうか? 率直に言う彼女ならば十二分に参考となるかもしれない。
「あの、ミイシャさん。女性から見てこの家ってどう評価します?」
「うーん、元々悪くないとは思ってたけど、内装ちょっと殺風景かなぁ。入ってみるのは初めてだったから今までわからなかったけど、ほら、結構隙間とかもある。外見には味があったけど、内装ってやっぱり大事だねぇ」
「ほう、つまり」
「却下」
「よし、次行きましょう」
切り捨て方が残酷だなぁ、この家建てた人が目の前に居たらがっくり膝をつくレベルの。鰾膠もない判断は今中々に頼もしい。
一軒目を数分で判断を下したとなると、他ももしかしたら然して時間を掛けないかもしれない。
証拠隠滅に、勿論鍵は閉めておく。抜かりはないぜ、へへへっ……犯罪者の気分だな。
「……ねぇ、今思ったんだけどさ。シオン君、驚きはもらえたんだけど、感想は貰えてない気がするの」
「唐突に何です? というか、なんの評価ですか」
「私の格好。普段着はオシャレしてない、っていう捉え方、女の子には通用しないの。ほら、どうなの?」
え、格好の感想ってそうやって求められるモノなの? 何それどこの常識、非常識が極まった私にはワカラナイかな。何故か遊ばれているように思えるが、まぁ彼女には一応私の手伝いをしてもらっているのだ、何か一つくらい言うことを聞いてやったって損はない。
例えば……そうだな、センスがいい、とか? ミントグリーンのスカートに対し、フリル付きの真っ白なブラウスのマッチングは良く映える。普段は制服で包み隠された脚・腕を曝け出されて、若々しさが存分に現わされているのは良いことだ。ブレスレットや小さな宝石のイヤリングまでしっかりと着けられていることも。そこまで高くはない薄紅のヒールを無理して穿いている訳じゃないのは歩き方を見れば良く解る。そして化粧を施しているというのは流石に見逃さない。下手を打たずに己を伸ばしている、というのが流石というべきか。なのだが……直接そいうのは、ちょっぴり恥ずかしいというか、面映ゆいというか……
段々と不機嫌そうに顔を顰めていくミイシャさん。流石に悪くなって、その場しのぎに口にする。
「そうですねぇ、ミイシャさんが可愛いことを知りました」
「ふぇ? あ、あぁあうん、あ、ありがと……」
何故か言葉を詰まらせながらお礼を言ってきたきり、私に背を向けて何も言ってこない。こんなもので良かったのだろうか、何だか納得できない私がいる。始めからしっかりと言っておくべきだったなぁ……
「ん、待って……シオン君、さっきの言い方だと、今まで私が可愛くなかったって言っているようにきこえるんだけど……」
「…………」
「ねえ、何で答えないの。ちょっとシオン君、私だって傷つくんだよ!? 可愛いって褒めてもらえたと思ったら、今まではそうじゃなかったって結構応えるんだよ!? ちょっと嬉しかったのに、頑張った甲斐があったって思ったのに!」
「頑張った?」
「ぅ……何でもない、行くよほら!」
黙り込んだり叫び出したり、緩急の激しい人だな全く……忙しくて追い付いていけるか心配だぞ。まぁ、大丈夫だろうけど。今日一日くらいだしな。
* * *
「ふぅ、廻った廻ったぁ……いやぁ、楽しかったねシオン君、ありがと」
「いえいえ、こちらこそ。お陰様で決まりました。ご協力感謝します」
「へぇ、それはよかった。今度遊びに行ってもいい?」
「準備を終えてからなら、遊びに来るくらい構いませんよ。どうぞいつでもいらしてくださいな」
そう言って笑い合う。茜色に照らされる彼女の顔はどこか達成感に満ちていた。
それもそうだろう、総数十八物件。それだけ見て回り、議論を交わしてきた。もっと言えば存外早く終わってしまったがために、意外と知らない場所廻りまでやったのだから。宛らデートのようだったが、決してそれを認めることはない。
「こんな場所、私結構長くオラリオいるんだけどなぁ、知らなかった」
「地図や情報で知れるものではありませんから。行って、見つけて、ようやく理解できるんです。こんな感じに、ね」
オラリオには無限と言っても過言では無い程のものがある。有形無形それぞれにしろ、その全てが一つとして同じものはない。誰かが知っていて、誰も知らなくて、それを誰かが見つけて――そうやって繰り返されていると新たな発見は無くなる、なんてことは起きない。だから、情報通の彼女ではあっても知り得ないこともあるのだ。
俗にいうところの冒険者墓地という場所は、地に埋まるのを含めても人の数が圧倒的に少ない。その周辺で、少し外れた場所となると、近づく人どころか、その存在を知る人すら少ないだろう。今私たちはそんな、静かに下草を揺らす丘でただ展望している。
壁の向こう側までは流石に見えないけど、オラリオの中には人口という名の自然で作り出された美しさがある。入り組んだ道、点々とする外灯。淡く光を映し出す泉や湖、揺れて映る夕日の影。どれも負けず劣らず主張し合って、素晴らしき景色を生み出している。
「さて、そろそろ帰りましょうか。送りますよ、今のミイシャさんなら夜道が危険です」
「喜んでお願いしたいけど、所々で余計なこと言うよねシオン君って。照れ隠しならもうちょっと他の方法ないの?」
「あまりふざけていると送る場所を書類の海へ変更しますよ?」
「ごめんなさいそれだけは勘弁して……!」
お互いふざけ過ぎかな、なんて思いながらもついやりたくなってしまう。彼女も私が本気で言っていないということを理解しているから平謝り程度だ。
「……ねぇシオン君、ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いい?」
「それ、今日で何度目ですか? まぁ、良いですよ」
そうやって切り出されて、今まで何度も見当違いな質問をされてきた。一時のおふざけのように自然と行われていたのだけれど、何故か今はそんな気はしない。でもそれを表情に出すのは何かが違う気がして、自然を努めて作り出した。夕日を見つめ、何もしてやらないことしか私にできることはない。
だが、彼女は言いよどむ。二の句を聴くことができない。
待っているだけで時が過ぎた。西日は薄れ、もう消えようとしている。
「――シオン君は……シオン君は、さ。私のこと、嫌い?」
「ふっ、なんですかそれっ……」
迷った末に出た言葉に、思わ噴き出し笑みが漏れる。ビクッと震える彼女のことを配慮なんてせずに、一息に告げた。
「バカですか貴女は、嫌いなわけ無いでしょう」
「そう、なんだ……ふぅん、そっか」
あからさまに肩の力を抜く。どれだけ緊張していたんだ。この程度のことを聞くのにどれだけ勇気振り絞ってんだよ。全く、この人を理解するのは難しい。
今言ったことに全くの嘘偽りはない。彼女のことは嫌いではないのだ。今日一日で良く解った、この人とは中々に話が合う。趣味の共通点もあったし、考えにも重なりがあった。所々性格も似ている。ここで自慢を加えるならば、私にはお金もあるし名声も力もある。
あぁつまりはだ、彼女は私に少なからずの興味を抱いたわけだ。ふっ、我ながら罪深いぜ……なんて言っている暇はなく、即座に対処しなければならない。彼女はかなり魅力的であることには変わりない。どれだけ極小の可能性であろうと、それは排除しなければならない。
そっと、右手で指輪を撫でる。
「でも、好きではないんでしょ」
手を打つ前に彼女が冷えた声で言い放った。
「はい、そうですよ」
「……わかってたんだけどなぁ、現実は無情だよ」
あまりにも冷酷だっただろう。だが、存外落ち着いた声だった。
宵に流れる風が責めるように頬を叩く。煩い、いいから失せていろ。
「……送りますよ」
「うん、お願い」
嫌で嫌で仕方ない。もう早く、この場から逃げていなくなりたい。
三角座りで蹲っていたミイシャさんが立ちあがり、パンパンと砂を払う。行こうかと笑いかけてくる彼女の手を取った。驚くのを差し置いて抱き上げる。
「アリア、ちょっと手伝ってください……」
小さく、聞こえているかは知れないけど、頼りになる精霊さんにお願いした。
そしてそのまま、天へと舞上がった。とっさにぎゅっと抱き着く彼女、だがその力も次第に緩まった。雲の上へと、その満点の星空が迎える空へとたどり着いて。
「どうです、綺麗でしょう。曇りの日に見る星空は」
無言のまま、こくりと彼女は
これはせめてもの謝礼だ。勘違いさせるようなことをしてしまったから。
人は簡単に恋に堕ちる。惚れるのは一瞬、消え薄れるのはだが長い。だからこうして、謝らなければならない。
「ごめんなさい、ミイシャさん。私、結構ひど――――」
「いい。もういいよ、気にしないで。それより、流石にこの高さは怖いかな」
そういわれてはたと気づく。普通の人間ならばこんな高さに来ることも無い、耐性なんてある訳ないし、えてして恐怖を感じないわけがない。
恐怖を少しでも薄れさせようとゆっくり降下する。雲を抜けると、すっかりと変わった街並みを一望できた。感嘆に声を漏らす彼女。これで、贖いは足りただろうか。
「ミイシャさん、家はどちらで?」
「あっち、ギルドの集合住宅」
指し示された先へと降下していく。夜風が今は心地よい。
衝撃も無く地へと足を付ける。コッココンッと後に足音が続いた。感覚に齟齬があるからかふらついてしまっている彼女を支える。するとそのまま、彼女は私に身を傾けて動かなくなった。
「ねぇ、シオン君」
もう本当に、何度目だろうか。その始まり方は。
「私とオトモダチになってよ」
「私、生まれてこの方疑問で仕方ないんですよ。どっからどこまでが友達なんです?」
「そうだねぇ……他人よりは関り深くて、恋人みたいに仲いいの。でも、誰よりも遠くなってしまう、損な存在。でもね、ただ一つだけの特権を持っているの」
優しく私を押して、自分の身を退く。外灯に照らし出される彼女の姿はいつになく幻想的。
いたずらっぽく笑みを浮かべでいる彼女。
「その特権っというのは?」
「ふふっ……大好きな人と、誰に責められることなくいられるっていう事」
精一杯に頑張ったのだろう。最後は上擦って、もう彼女はこちらを向いていない。
だから私も深入りしなかった。ただ一言告げて立ち去ろう。
「喜んで受け入れましょう。私たちは今日から、オトモダチです」
あぁ、私は何て、自分に甘いのだろうか。
切り捨てるのが怖いから、苦しみたくはないから。だから楽な方を選ぶ。
どうしようもないな、本当に。