どこかで労働中アポロンを出したい……
では、どうぞ
「ここをこれからボクたちのホームとする!」
唐突に告げたヘスティア様。大仰に手を広げる彼女の後ろにそびえるのは悪趣味極まりない絢爛豪華のマイナス面をとことん追求したかのようなだだっ広い
始めて見た時からこの場所は気に入らなかった。【アポロン・ファミリア】のホーム、否、現在は『元』をつけなければならない。勝利の対価、なんでもとか馬鹿ほざいた
「何笑ってるの? いつにもましていい顔しちゃって」
「はいはい、とりあえずくっつくな。んで、ヘスティア様、いきなり連れて来てそれだけ紹介。ってことも無いでしょうね。予定を削った分だけのことはあるのでしょう?」
「もちろんさっ! 君たちに紹介しておかなくちゃいけないものがあるんだ」
騒いでいた皆が真剣そのものに変わった表情に気を引き締め黙り込む。
ごそごそと懐を探る彼女がどこからか取り出した、少しお高いと一目でわかる紙。ばさっと広げて見せびらす彼女は些細だが胸を張った。少し自信があるのだろう。そこに書いてある『絵』に。
「【ヘスティア・ファミリア】のエンブレムさ!」
「か、神様ぁ……!」
「やるじゃねぇか」
そう言って歓びを浮かべる者、驚き手を打ち合わせる者。それぞれに異なる反応を見せる。くっつくティアは因みに困惑気だ。仕方あるまい。私よりオラリオの『常識』について詳しくないのだから。
「驚きです。ヘスティア様がこんなことを考えていたなんて……」
「確かに驚きですよ」
「お、シオン君まで驚いてくれるのかい!? そりゃボクも頑張った甲斐が……」
リリが漏らした感想に同感すると調子にのったヘスティア様が一層胸を張って自慢してくる。御託を蜿蜒と並べ始めそうな勢いの彼女の言葉を遮って、正直に言う。
「ヘスティア様って、絵、
「そっちかい!? というか失礼じゃないか!? ボクだって絵くらい描けるしそんな馬鹿にされることはないはずだけど!?」
「いえ、馬鹿になどしてません。褒めているんですよ、たぶん。ところで、意味とかってあります? どうせ申請なんてしてないでしょうし、
「物騒だなおい……」
呆れられても仕方ない。だって一応私はこのファミリアの所属だ。エンブレムなどという肩書が適当なものだったら、これからそれを象徴としなければならない私たちは一体何にやるせなさを向ければいいのだろう。変更だってそう簡単ではないのだから気にかける気持ちは理解していただきたい。
「シオン。見て判らないの?」
「あぁー、いや、判らない訳では無いのですが。私の理解って結構あやふやなところがあるので……説明、お願いします!」
「もぅ、仕方ないなぁ……」
なんでそんなに偉そうなの? 妙な上から目線は癇に障るのだが。そのドヤ顔止めろよ、馬鹿にされているみたいで本当に腹が立つ。
「やっぱり、抜くことがどうしてもできないものをいれさせてもらったよ。察しの通り、この兎はベル君」
指し示すのは、掌に乗っかる、ニードルラビットが縮小されて穏便になり、可愛らしくなったかのような兎。色を付けるならば白、目は赤だろうか。それは本当にベルらしい。少しげんなりとしているが、まぁ初代団長をなんとかしていれようとしたのだろう。いい妥当点だ、ヘスティア様にしては。
「そして背後に在るのが炎。ボクたちの神話で温かな炎と言えばボクのことを示すんだ。炉と竈の神なんて言われているくらいだぜ? だからこれをいれた」
ヘスティア様が司る
だが、問題は……
「この人が誰かなんて言わなくてもわかるけど、あぁそうだ、勿論シオン君だ」
「やっぱりそうですか!! 勿論じゃないですよ、何やってるんですか貴女は!? もっと他にあるでしょう、刀とか刀とか刀……刀があるじゃないですか!!」
「なんかそれだけ聞くともうシオンが剣だけの人間に思えてならないのはわたしだけ?」
「ティア様、安心してください、リリもです」
外野が煩いな……! 仕方ないじゃん、私にあるモノなんてそれくらいだぞ。
エンブレムとして大々的に描かれているのは、兎、炎、そしてどっからどうみても性別が女としか判定できない悪質な人物絵。ご丁寧に眼帯を巻いた『その人』の掌には兎、そして背後にはやんわりと炎が。比率的にも『その人』が圧倒的に大きく、一目見たら、『あっ、この人が中心か』なんて思われかねない。それは厄介だ。今後のことを考えると特に。
「だいたい何ですか、これが私ですって!? 私はこんな慈愛が籠っていそうな笑みを浮かべませんし、胸部装甲は硬いだけの真っ平らだ! こんなに膨らんでない! 悪質にもほどがあるだろう、嫌がらせですか、嫌がらせなんですよね!?」
「そ、そんなに怒らなくたっていいじゃないか! ボクだって頑張って描いたんだ、画力に難癖をつけるんだったらシオン君が描いておくれよ!」
「あぁいいだろうやってやろうじゃないですか! ティア、紙と―――!」
「はいどうぞ」
「さっすが超有能! どっかのアホ神とは桁違いですね!」
遠回しに言ったことをすぐに理解して襲い掛からんとする彼女を押さえ込むティア。ぎゃーぎゃー喚く彼女たちを放っておき、受け取った紙と下敷き、そして変わった形と材質の先端が細い
何この
「ふんっ、これでどうだ!」
そうこう考えながら描いている内に、
「―――シオン殿も、絵がお上手なのですね」
「思い浮かべたことを写しているだけですよ。んで、殆ど修正加えてませんけど、これなら私は構いません。これで女に見えるというのならばその人は貧乳好きと捉えましょう。諦めます、えぇ流石にそこは諦めますとも」
私もそこまで気にすることはない。これならば誤解する方が可笑しいという絵になっただろう。前の絵は誤解以前の問題でそうとしか解釈できないから悪いのだ。
「……シオンって、偶にすっごく狭量だよね」
「がめつく生きた方が利口ですよ。んで、どうしますか、ヘスティア様」
余計な口を挟むベルは放っておき、うぅ~と唸りながら考え込むヘスティア様に目を向ける。彼女にあるプライドは果たしてどれ程のものだろうか。小さいと良いな、なんて願望は口にしないでおく。
「……仕方ない、シオン君の案にボクは賛同するよ。悔しいけど、なんかあんまり納得できないけど!」
「はいはい。さて、他の方々は異論反論抗議質問口答え等々なにかありますか?」
「ごめん、ちょっと何言ってるかわかんない」
と言いつつも本当は理解しているのだろう。反対なんてなさそうに笑みを浮かべている。誰一人としてこの意見に反対するものはいなかったようだ。原案の時点で私以外が賛成派だったからあたりまえっちゃぁ当たり前かもしれないが。
「ではこれを、ヘスティア様が出しに行くということで。これなら私も反対無いですし。ただし、ヘスティア様。途中で変えたりなんて、しませんよね? 私、信じてますから」
「うぐっ……」
よし。眷族の信頼を裏切りたくない彼女にとって、これはかなりの
「はい、ではこれどうぞ。ではヘスティア様、皆さま、このホームへの引っ越しは各々済ませちゃいましょう。私はこんな悪趣味極まりないホームに住む気は無いので――」
「悪趣味なのは百も承知さ。だからここは改装するから安心しておくれ。そこでだけど、このホームに色んな施設を加えたいんだ。幸い、お金は一杯あるしね」
「へぇ。因みに、おいくら?」
「ふふっ、せしめたのは1億ちょっとさ」
「「「「いちっ!?」」」」
「なんだ、それだけか」
「「「「それだけ!?」」」」
金銭感覚が可笑しくなっていない人からしてみれば1億はすさまじい額なのだろう。というか、ファミリア資産全部奪ったはずなのにそれだけとは、何割かギルドに盗られてないか? まぁ別に私が困るようなことはないのだが。
皆がその額に興奮して、もう形振り構わずにあれやこれやと欲望をぶつけ始める。この間に身を退いておこう、潮時だ。ティアは金額を理解できずに戸惑っているけれど、すぐに順応して何か一つくらい欲しいものを言い出す事だろう。問題は、それだけ設備を追加して後々のことを考えているかだが……ま、いくらでも稼げるし気にしなくてもいいか。
「さて、情報屋にでも聞きに行きましょうか」
こちらはこちらで、気にすることがあるのだから。そちらに集中したい。
* * *
やはりここの騒がしさは変わらないな。
そんなことを思いながら堂々と表口を通過する。気づかれたくないから潜めることは変わりないけど。でもそれをする必要がないくらいに今は人が少ない。この時間帯が一番楽だとミイシャさんから聞いた通り、ギルドへ訪れる人が最も少ない時間帯だ。受付も随分と
そんな中、ぐだぁーと突っ伏す彼女は非常に目立った。相変わらず外聞はそれほど気にしていない。なのに世渡りが上手いとはどういうことなのかさっぱりだ。
「受付嬢として、その状態はどうなんですかね」
「その声はシオン君……あは、はははははっ、誰のせいだと思ってるのさ……シオン君が色々やらかしてくれたおかげで給料五割増しになったはいいさ。でもね、仕事の量まで増やされるのはオカシイと思うの」
「あ、
「他人事だと思ってるでしょ!? ねぇそうなんだよね!! あ、そう言えばシオン君って、何でここにいるの? なんでここに存在しているの?」
あれ、何で私は存在を問われているの? いちゃダメだった、生きてちゃダメだった?
とぼけたところで何にもならないんだけどね。どぉせミイシャさんもおふざけなのだろう。そうでないと割と心に応える。
「ねぇミイシャさん、これは本当に口外して欲しくないことなんですけど……」
と切り出すと、即座に彼女は立ち上がった。それはもう目覚ましい変わりようで。
ささっと彼女のものと思われる鞄をとると、私に『ついて来い』と声に出さず告げて来る。何処で使うために覚えたんだよ、ハンドサインなんて。それも知っている私も私だけどさ……
やはり彼女は情報に目がない。私が提供してきた情報は嘘無く危険も無いからこそ彼女は今私のことを信用してくれているのだろう。だからこうしてすぐ個室に案内してくれる。防音はありがたい。
「失礼します……って言う必要も無いですかね」
「二人きりで誰も見てないから要らないって、そんなの」
その発言にいかがわしさを感じる私はおかしいのだろうか。いや、別にミイシャさんと変な交流をしようとは思いもしないのだけれど。
「さっ、座って」
ギルド本部には個室が三つある。その内の一つが、机を一つ挟んでソファがあるこぢんまりとした簡素な部屋だ。だが一番経費を掛けられており、防音に関して言えば最高クラスらしい。勿論のことミイシャさんから聞いたことだ。
「で、一体何を教えてくれるの!?」
「一気にテンション上がったな……でも残念ながら、今回はもらいに来たほうですので」
「ふぅ~ん、つまんないの。で、どんな情報が欲しいの?」
残念そうに声を上げるが、だからと言って交換条件として情報提供を要求してきたリはしない。彼女にはいろいろと恩を着せているから、少し気にして強く出れないのだろう。存分にそれを利用させてもらうだけだが。
「住居についての情報です。そこまで大きくはないけど二、三人は住める……設備も整った一軒家、できれば独立家屋であるといいですね。どうです、どこか思い当たります?」
「シオン君、新しくホームに引っ越すんじゃないの?」
「ミイシャさん、私の気持ち考えてくださいよ……あんな地獄に等しい中ずっといるより、安心安全の自宅で素晴らし日々を過ごせた方がいいにきまってるじゃないですか……」
「あ、うん。【ヘスティア・ファミリア】ってすっごく大変そうだもんね。気持ちは解らないでもないかも……」
嘘ではないが本当でもない。今ではそこにアイズと一緒に居られるという理由がくっいては離れない。なんなら一番の理由と言ってもいいほどになっている。流石に口外できないことなのだが。
「私、不動産担当じゃないんだけど……まぁ、知らない訳じゃないかな」
「さっすが情報大好きちゃん。そういう子が一人いると本当に助かりますよ。それで、どこです? 見に行きたいんですけど」
「口で説明するのってなかなか難しいと思うの、流石に」
ミイシャさんでも無理があるか。この人も情報をため込んではいるけどそれはあくまで自分の為、誰かに説明する前提ではないのだから仕方あるまい。
だがこれは困った。できれば早めに家を買いたいのだが……いや、変わると言っても所詮数日か? それくらいならアイズも待ってくれるだろうし、ホームに臨時の自室を設ければ少しくらい耐える必要はあるけれど私も待つことはできる。
「あの、ミイシャさん。ここ最近で、休日の日っていつですか?」
「え、なに、もしかしてデート!? いやでもシオン君、私ギルド職員だし……」
「違うから、なに勝手な妄想膨らませてんだ。案内ですよ案内。口頭で難しいのならば案内して欲しいんです。お願いできますか?」
「それはまぁ、別にいいけど……あ、でも仕事がぁぁ……ぁん? もしかして、これって有給使わずにサボるチャンス?」
何企んでんだオイ。こっちからお願いしておいて言うのは少しおかしいが、サボりの口実にするのは変じゃないですかね? というかどうしたらそっちの発想が浮かんでくるんだか。
冷めた目で見つめていると、ふと慌ただしく何処からともなくとり出した紙にこの部屋に備え付けられている羽ペンを使ってカリカリとなにやら長々と文を書き進めていく。意外と字が綺麗。
「よし、これで完了っと。シオン君、これが承諾されたら明日行けるかも」
「因みにどんな名目にしたんです?」
「要約すると、冒険者シオン・クラネルの生活実態調査。これにより強さの秘訣を知る、ということにしてみた。どぉせ参考にならないから適当に報告書かいて提出してもバレないだろうしいいかなって」
あれ、ギルドって意外と雑だったりするの? というか上司さんよ、報告書に目は通せよ。通すくらいはしておけよ、あの人本当にギルド長なのか疑問だわ。見た目もそうだけど。
「じゃ、シオン君。
「え、あ、はい」
なんか勝手に決められ、そのまま勢いで承諾しちゃったけど……まぁ大丈夫だろう。ただ案内してもらうだけだし、すぐ片が付く。デートでもないしな、断じて。
でもなぜだろう。何でこの人こんなにやる気満々の様相なの?