あぁどうしよう、アイズのことが好きすぎて爆発してしまいそうだ。
では、どうぞ
耳を立てても聞き逃してしまいそうなほど、ほんの微かな寝息。あまりにも浅くて、本当に呼吸しているのかと、生きているのかと心配になるのだが、確かにその息遣いを感じるし、安心させてくれる温もりが伝わって来る。
寝かしつけられているこの人はベットが本当は嫌いで、敷き布団に変えてあげて欲しいとお願いしたのだけれど、この治療院にはそれが無いらしく可哀相だがそのままだ。
シングルベットでちょっと狭いけれど、個室で誰も見ていないし、こうしてくっついていると彼も優しく私を包んでくれて何だか自分がこの人を独占できているような幸福感で満たされる。無意識なんだろうけど、それでもやはり嬉しいものは嬉しい。
「っん……」
喉を鳴らした弱々しい声が漏れる。どうやら、お目覚めみたいだ。
「――おはよう、シオン。お疲れ様」
「……アイ、ズ? え、は、へ? これは、どういう……」
「付き添い。何もすること無かったから。
「オイ。嬉しいけど何やってんだ……とりあえず、ベットから降りますよ」
もぞもぞと動いて、それぞれ逆方向に降りる。
自然と、腕を上げてんぅ~と伸びる。後ろから聞こえた声も私の声に重なって、振り向いた時に見た同じ体勢で伸びていた姿に、一緒になって笑みを浮かべた。
「……んで、本当は何しに? 今言ったことだけでは無いのでしょう?」
「……うん」
見抜かれてしまった。『さぷらいず』というものをやりたかったのだが、流石にシオンには通用しなかったか。バレてしまっては無駄に隠すのも仕方ない。不審が深まって、信用を無くすのも嫌だ。
ちょっと待ってと一言断り、近くに備わっていたテーブルの上に置いていた箱を手にとる。シオンに抱き着いた時指輪が嵌っていたのに気づいたのは本気で心臓が止まるかと思ったのだが、右手の人差し指だと気づいた時の安堵といったらもう計り知れない。
シオンみたいに手作りじゃなくて買ったものだけど。私が作って無骨なものになってしまったら、とてもシオンにあげることなんてできない。
だから最大限に、想いを詰めて――――
ただいつも通りに私を眺めるシオンの前に、それを持って立つ。いざこうなると、戦闘とは全然違う緊張に包まれて今にもオカシクなってしまいそうだ。シオンはこれを
いざ、言いだそうとシオンを見つめる。まっすぐで綺麗な若葉色の瞳。あたたかな眼差しに急かすような光はなく、お陰で変に上擦ったりすることはなかった。練習の甲斐ありだ。
「これ……シオンに渡したくて」
「――ありがとうございます、アイズ。これは今開けても?」
「うん。開けて、欲しい」
優しい笑みを浮かべて、判っていながら焦らすことを楽しむかのように聞いて来る。それに動揺もせず返してやると、驚いたような顔をしてくれたのは非常に愉快だ。滅多にないから面白い。
器用に蓋を留めるリボンを解いて、丁寧に箱の中身を覗く。解ってはいたのだろう、そんな顔をしていた。それでもなんでかな―――
「あれ、なんだこれ……ははっ、オイオイ、チョロすぎだろ私……」
自分でも今この状況に戸惑い、驚いているらしい。片手で箱を大切そうに握り、空いた指で目尻から止めどなく流れては滴り落ちるその雫を掬い取る。そして晴れやかに微笑んで、左手に握っていた贈り物を胸に抱いた。
しばしそのまま動かず感傷に浸っていたシオンは、ふと抱くのを止めて、蓋の下に込められている私の想いに指を通す。同じ、左手の薬指。
白金が傷一つ無く輝く。一応それなりの値段はしたのだ。シオンに見合うくらいの彫刻、そして拘りたかった宝石。でも派手な物は嫌いそうだから――と悩みに悩んでの決断は、お金はもう眼中にないからよいのだけれど実際貯金の殆どが飛んだ。
「受け取ってくれてありがと――大好きだよ、シオン」
そういいながら、愛おしみを籠めた手つきで指輪を撫でるシオン。小さい私では全てはできないけれど、背伸びして頑張って、シオンを胸に包み込んだ。それにシオンも答えて私を優しく包み返してくれた。
温かい、心地よい……あぁ、お父さんみたいに安心できて、お母さんみたいに私を包み込んで寂しさなんて忘れさせてくれる。やっぱり私は、この人と一緒に居たい。
「私も大好きです、愛しています……改めて言うと、小っ恥ずかしいのですけどね」
「うん。私もちょっと、恥ずかしい」
それでも、然して離れる理由もない今、悪くいないその感情でこの温もりを逃すのは惜しい。シオンは力なんて籠めずにいてくれるけど、私に身をそっと委ねていてこの状況を任せてくれる。いつまでも続いてしまうかもしれない。
「……アイズ」
「どうか、した?」
くぐもる声が
ちょっと悔しいけど、至高の触り心地を誇るシオンの髪の毛に指を掛け、すぅーと通しながら問い返すと――
「そろそろ、息がッ――」
「息? あ……ごめん、なさい。だいじょうぶ?」
「えぇ恐らく多分理性が保てているのなら大丈夫でしょうから安心してください……ふぅ、やっぱり胸は堪らないな、けしからん。これは人を殺しかねん……」
「何言ってるの? いやらしいよ、シオン」
もぅ、と離れてしまった事を名残惜しく思いながら、冷たい目でしゃがむシオンを見下ろす。反射的に胸を隠したしまった。普段の就寝時と変わらない薄着、上半身は一枚しか来ていない。全てを晒せる相手であることは非も無く認めよう。だがしかし、私にだって恥じらいはあるし想いもある。
「さて、アイズ。今まで聞かなかったのが不思議でたまりませんけど、どんな状況ですか、世間の方は。というかどれくらい私寝てました? カオスから舞い戻ってあまりにも至福過ぎる状況に色々忘れてましてね……」
カオス……はちょっと気になるけど、大抵シオンから聞くマイナスな話は洒落にならない。知らぬが仏、聞かぬが懸命……そう言うことにしておこう。
一つ頷くと、シオンはベットに腰を落ち着かせる。隣に私も腰を掛けて、同じ壁をただ見て、そのまま淡々と話していく。ベットにつく手が触れ合うほど近い。
「【ヘスティア・ファミリア】が
「ほぅ、一日……結構寝てたなぁ。瞬間的な吸血鬼化でも『生身』ではやはり負担が大きいか……仕方ない。情報提供ありがとうございます。お礼はできませんけど」
「なにそれ、変なの」
笑みを漏らす声が程なくして消える。こうやって笑えるのが普通となりつつあるのは、全部シオンのお陰。私のことを薄汚れた泥沼の
「あぁ~! どうしよっかなぁ、これから……」
唐突に、前触れもなくそんなことを叫んだのは、今はぐったり散々嫌いといったベットに身を投げるシオンだ。珍しく深々と溜め息までついている始末。疲れが残っているのだろうか、先々のことを考えて嫌になってしまったのだろうか……もしかして、私といることが、疲れとなっている?
それはイケナイ、休めてあげなくちゃ……でもシオンが悩んでいるように見えて、なんだか放っておけない。
「相談なら、してくれてもいいよ?」
「
独白って、私聞いちゃって大丈夫なのかな……とは思ったけれど、興味がないわけじゃない。その場を去る理由もなく同じように私までもがぐったりベットへ身を投げた。シオンの腕枕は少し硬い。でも、その硬さ含めてこの感触は好きだ。
「ホームは潰され、所有している鍛錬場に移ったものの大した防犯対策もできない。自分のモノを自分だけで管理することができなくなったし、なんなら増えたファミリアのことを考えると生活拠点とするのは非現実的。あちらさんから盗れる資産にもよるけど新設は非経済的な上に現状は暫く続くことになる。安心と安息の日々を過ごしたい私としては面倒人の多いあのファミリアで住食を共にするのは正直辛い。大半のことを押し付けられるし苦労するのは結局私になる……! あぁ、考えるだけでイライラしてきた。やっぱりそういう事踏まえると別居を構えたいんだよなぁ。金はあるし、後は物件。っていっても知識は皆無、選び方すら知らない始末だ。言うが易し行うは難しとはまさにこのこと。と御託を並べたところで現状何一つ変わらないんだが―――」
じょ、
だがそんな中でも私は聞き逃さなかった。『別居を構えたい』と確かに言ったことを。
つまりシオンは、ファミリアの人たちを離れて生活することを望んでいる。必然的に、独りとなる事と解釈可能だ。あの精霊の子が付いていくかもしれないけど、あの子は同士……そうしたくなる気持ちもわからなくも無いから、一緒に居るくらいなら許容する。
「――ねぇ、シオン」
「――ふぉ? どうしました、やっぱり気になりますか、最近リヴェリアさんの態度が可笑しいことに」
「え、そうなの? って、そうじゃなくて……! シオン、別居を構えたいって言ってたけどさ……」
危うく流れに乗せられて言いたいことを逃すところだった……そのことは後でしっかり聞くとして、チャンスを逃すわけにいかずシオンに「え、今なんて言いました?」と聞き返されることも無いように、面と向かって話せる体勢になる。どうしてかちょっと恥ずかしそうに眼を逸らされているのだけれど、声さえ聞いてもらえればそれでいい。
「その家に、私も住んでいい?」
「―――――今なんて?」
「なんで!? 今聞こえてた、絶対聞こえてたのに!」
ぼふ、ぼふとベットに手を叩きつける度にやわらかい音が鳴る。力が【ステイタス】の所為で強いから軋む音も聞こえたけど、そんなことは気にしていられないのだ。
聞き逃して欲しくないから、ちょっと恥ずかしくても上から覆いかぶさる形でいたのに! ちゃんと、逸らされてはいたけど目を見ていったのに!
「お、おぉ落ち着いて、落ち着いて下さいアイズ! わ、私が悪かったですから……ですから、その、色々とご褒美になりつつあるこの体勢はそろそろ理性を吹き飛ばすのに十分すぎる働きをしそうなんで離れて頂けると……」
「嫌なのッ?」
「いえむしろお願いしたいくらいの素晴らしさなのですが、私にも、心の準備というものが……それだけではなく、この体勢は色々と誤解を生むもので……流石にアイズが痴女認定されるのは私が我慢ならず……」
何を言っているんだこの鬼畜シオン! 私に恥じらいを与えて何が楽しいの!? というかさっきから所々で言っていることが理解できないの! 嬉しいならうれしいとはっきり言って欲しいし、嫌ならいやと突っぱねて欲しいのに、この
というか痴女とはどういうことだ、私は今までソンナことを言われそうな行動は二回くらいしか覚えがないのだけれど……
「あの、その……当たってますし、近いですし、それとくすぐったいです……」
そう言われてやっと意識した。髪がシオンの頬に触れ、スカートで上乗りになっている場所と言えば――
「少し、硬い……」
「止めてください言わないでください何でもしますからもう許して……!」
真っ赤変貌した顔を手で覆い隠すシオン。やっぱり、見た目と反して全然の男の子である。それに加えて、シオンって本当は私より年下だったっけ……全然見えない。ちょっと悔しい。
「あ、今何でもするって言ったよね」
「げっ……」
「ふふっ、可愛いなぁシオン、そんな顔しないで、悪いようにはしない」
「ア、アイズ? どうしちゃったんですか!? 可笑しい、可笑しいです! 何でそんなに愉しそうに笑っているんですか!? 怖いです、目が怖いですよ! 何する気ですか、何されちゃんですか私は!?!? ハァ、ハァ……!」
「だいじょうぶ。同棲しようって、お願いしたかっただけだから」
「は?」
鼻息荒くまでして、
だがふと突然、ばさっと飛び起きると―――
「お預けかよ畜生がぁァァぁぁァァぁぁァァぁぁァァぁッッ!?!?」
いつにない絶叫が、いっそ清々しいまでに響いたそうな。
* * *
時は少しばかり遡ろう。それは
「なんだ、なんなのだ……どうなっている!?」
「おいおいアポロン、何を怖気づいているんだい?」
それは不利を突き、形勢を大いに狂わせ有利な状況に気付いたら立っていた時のことだ。
ロリ巨乳こと現在有利な勢力側の主神、ヘスティアは堂々と挑発でもするかのように言い捨てているが、実際の所一番その状況に驚いているのは彼女である。なにせ、ただの一つも作戦についての説明をされていないのだから。
「なぁ、ヘスティア。どっから引っ張って来たのさ、あの可愛い子」
「ん? あぁ、シオン君が連れて来た。どっからなんてボクは知らないよ」
「それでいいのか!? ま、まぁ
「そんなのボクに聞かないでおくれ……お! ベルくーん! そっからだ、行けぇー頑張れ!」
どうやらこの神、自分本来の司るモノを忘れて眷族のことを然程気にしていないらしい。怠惰な幼女はただの恋する乙女だったようだ。年齢を気にしてはイケナイ。エイエンノジュウゴサイ。
「裏切り、私の、眷族が……」
「「「「ざまぁ」」」」
と、そろいもそろって馬鹿にするのはよくあることだ。
だがそれも程なくして鎮まった。横やりが入ってわけではない。別の人に興味を惹かれたからだ。
「あれ、シオン君の幼馴染の……本当の実力知らないからなぁ、どうなるんだろ」
そう呟く彼女、その想いはこの場のいた者の心境を代弁していた。
固唾をのんで見守る中、ふとその鏡が揺れた。物理的に揺れることなどあり得ないそれは、単に『映像』が揺れ動いただけ。水鏡に波が立つような揺れ。
「うそ、だろ……」
しんと沈黙を強いられた。何せ、絶句する以外にその状況に対する対応ができなかったのだから。
砂が巻き上がり遮られていた視界が晴れ、その先に見たもの――そして、それが起きる寸前に、僅かに確認したモノ―――
「人間が、空から降って来やがった……」
シオン・クラネルが空から急降下してくるその影は、捉えることができていた。
そして、今や地で仁王に立つ青年を見て、誰もがそのそこに連続性を見た。
「シオン君、少しは自重してくれよ……」
頭を抱える彼女が考えていたことは、後に起きるでろう神々からの訊問もといオハナシについて想像できてしまったからだ。
好奇心を持った神ほど面倒な存在はいない。それは誰もが知る共通認識だ。
そうやって頭を抱えている内に、目まぐるしく進む戦争は進む。
「――今、何が起きやがった」
隔絶した、場違いな声が思案投首で考える彼女の
はっと彼女は顔を上げた。だが鏡に映る光景に理解は及ばない。
「どっちだ、どっちが勝ったんだ!?」
取り乱して叫び、
オラリオが静まり返った。鏡の前にあるその光景、対象全員が倒れる奇怪な状況に。
【ヘスティア・ファミリア】大将ベル・クラネル。
【アポロン・ファミリア】大将リナリア・エル・ハイルド。
ベルは力尽きて崩れ落ち、リナリアはあり得ない量の土煙が舞い、そのすぐ直後に晴れるという不可思議な流れの中で倒れていた。どちらが先かなんて判断できない。
「ヘスティア、お前の勝ちだ」
一柱の神がその空気をぶち壊した。武神が放つその言葉は誰よりも説得力があった。
電光石火にその情報はオラリオを巡る。武神以外にもその状況を理解できた者が勝利者を伝えて回ったお陰で、勝敗を決す銅鑼が鳴らされるのも然して時間を掛けていない。
「ふふ、ふふふっ。あぁっはははははははっ!」
「へ、ヘスティア?」
壊れてしまったかのように笑いだす。勝利に酔う
「アポロン。君、覚悟はできているんだろうね。だから告げる! ファミリア解体、そして全資産の没収! まだまだ続くぞ、ファミリア新設禁止、ベル君に近づくこと禁止、最後に……」
今まで告げられたことですら残酷極まりない事なのだが、最後の一言が誰をも青ざめさせる。
彼女だって心では「そりゃ酷いぜ……」と思っているのだが、本当の当事者である彼らから、特に彼から言われた事であるのだ。
「シオン君からの勝利条件だ。年中無休十八時間肉体労働を命じる……!」
「……あの子、やっぱり根っからのサディストよね」
その伝令は一時間にしてオラリオ中を巡った。死ぬことのできない、寿命という概念が存在しない神にとって、その勧告はあまりにも酷いと、誰もが思った事だろう。
後にこのファミリアは、【