やがて我が身は剣となる。   作:烏羽 黒

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  今回の一言
 書きたい……のに時間がない。

では、どうぞ


第十一振り。彼はどこまで行っても常識外
曖昧な世界で


 

 淀みは澱のように、下へ下へと邁進していくにつれ濃くなっていった。

 だがそれは見えている訳でも、何かの手掛かりとなった訳でも無い。ただ『嫌な予感』というのだけがあったのだ。

 ずっと私に纏わり()くかのようで、私の柔い精神はずりずり摩耗されていく。それは顔色にも出たのだろう。見かねた二人が26階層での一時休憩(レスト)を提案してくれた。ちょうどよかったとか言ってくれるけど、当初の計画から考えたペースでは、全然そんなことはない。

 

「もぅ、ほんとにどうしたの?」

 

「――わかんない。なんか、気持ち悪いの」

 

「そっか。直ぐに治してよ、足手まといは邪魔だから」

 

「うん……わかってる」

 

 姉の言葉は正鵠(せいこく)を射て、ぶすりと音を立てて私の心臓を貫く。そんなこと分かり切っているのだ。そもそも、Lv.2になったばかりでしかない私がここにいるの事態も可笑しい。本来下層には私のような『弱者』は来てはならない場所なのだ。もしかしたらその恐怖で、今体調を崩しているのかと、本気で思ったものだ。

 休憩は案外長く設けられた。それが一概に私の所為だとわかっていても、それに甘えるしかなかった。だが一向に体調は改善されず、やせ我慢で笑みを無理に作り、自分は大丈夫だと伝えるしかなかった。

 当たり前なことに、ダンジョンは私の体調を加味することはない。いつも通りにモンスターを生み、私たちに(けしか)けるのだ。そうやって潜っていく間の戦闘には、支障なんて無かった。怖いまでにそれ以降は順調に進み、だが不信感をその時与えさせること無く段々を私たちは『誘われていく』のだ。

 

「―――!? 不味い―――!」

 

 それに反応できたのは、実力では完璧に他を引き離しているお姉ちゃんのみ。 

 後れを取った私たちが見た光景は、今まさにやって来た通路が、塞がれたという結果だけだ。

 前兆はダンジョンの軋みと揺れ、モンスターが生まれるという知らせ。身構えていたのに、警戒をしていたのに、袋小路という最悪の状況に追い込まれてしまった。 

 

「全員、怯むな! 攻撃部隊(アタッカー)が前に出て、この先へ移動する! 急げ、正面戦闘は消耗が大きい!」

 

 張り上げた声でヒュアキントスは状況にしどろもどろとなる皆に叱咤する。混乱が完全に無くなった訳では無かったが、それでも団長の言葉に従い皆陣形を組んで一直線に突貫していく。

 直ぐに道は開けた。道を知っているお姉ちゃんが、ヒュアキントスに指示を出される前に先頭で皆を導いてくれて、そこに留まることなく迂回路へと逸れて行く。異常事態(イレギュラー)に見舞われたのに、不思議なまでにその先は滞らず。

 

「―――何、何なの!? ねぇお姉ちゃん、どうなってるの!?」

 

「私から離れちゃ駄目よ。もう何が起こっても可笑しくない状況だし、このあたりだと自分一人で身を守れないでしょ」

 

 それはちょっと、癇に障った。

 でも事実だから受け止めるしかなかった。Lv面でみても、実力面で見ても、どうしたって相手になるようなモンスターはここに居ない。甘えて姉の近くにいるしかなかった。

 二人先頭で走って行く状況。一体、この異常事態(イレギュラー)から逃げればよいのだろうと、果てしないことに対する恐怖が、徐々に徐々に平静を蝕んでいく。

 

「――! 直ぐに片付けるよ、二人ともついて来て!」

 

 美麗に抜き放ち、一息に加速して現れたモンスターへと突貫していく姉に続く。独りなら無理だけど、協力すれば倒せなくはない。

 偶然か図らわれたか、危険極まりない十字路の中心での戦闘。仲間たちが背後から迫る中、またふざけたことに――

 

「三方向!? あぁもう、なんで今日に限って!」

 

「右を突破すれば安全区域(エリア)に行ける! そこまで私たちで先陣切るよ! 他は無理して倒さなくていいから!」

 

 隊列の先頭が参加したところでお姉ちゃんと一緒に右へと逸れる。この階層でも姉の実力ならばある程度ソロで突破できるのだが、今は本調子の私がそこへ加わることで敵なしと言えたか。

 あぁそうだ。ああしてモンスターを突破でき、安全区域(セーフ・ポイント)まで行けるはずなのに――

 

「なっ―――」

 

「ほんと何なのよ!」

 

 姉までが悪態をつくほどの、ダンジョンが剥いた牙。

 どうしてここまで、私たちが追い詰められるのだろうか。私たちが突貫した直後に生まれた亀裂(きれつ)、今度はふざけたことに天井崩落なんて生易しいものでは無い。陥没したのだ、足元が。

 モンスターを巻き込み、私たちも巻き添えにされて下へと落とされる。中層にもこんなことはあるが、それは穴が始めからあるのだ。こんな無理矢理の落下なんて、聞いたことがなかった。

 

「【繋ぎ止めよ。蜿蜒(えんえん)と離れぬように】――【人攫いの鎖(カテーナ)】!」

 

「うげぇ」

 

 姉の魔法で腹を縛られ引っ張られると奇妙な声を出してしまったが、そのお陰でぐちょっとなることはなかった。姉の手首に巻き付いている鎖が壁に刺さり、振り子の気分を暫し味わう。

 そうして辿り着いたのは未踏の、どことも知れぬ階層。周りにはじりじり寄って来る気を窺うモンスターの大群。四面楚歌(しめんそか)という教訓はこのようなことにならないために言い伝えられたのだろうか。暢気にそんなことを考えたっけ。

 

「――ねぇ、お姉ちゃん。私、死ぬのかな」

 

「死にたいなら私の居ない所で死んでもらるかな。私は、何があっても死にたくない。だから何を犠牲にしたって生きるつもり。だって、まだ伝えられてない。ちゃんと、言えてない」

 

「え、それって――」

 

 寂し気な、いつまでも強かったお姉ちゃんが、ほんの少し、その時だけ弱く見えた。

 (はかな)く、散って無くなってしまいそうなほど。

    

「行くよ! 生かしてあげるから!」

 

 そう(いまし)めるように叫んで、鎖を利用し切り抜けていく。この状態では満足に動くとこもできなかった私はただ、されるがままに運ばれるだけであった。ぎゅっと、槍を握りただ願い続ける。

 

「あっ、お姉ちゃん、あそこって――」

 

「――ナイス。あれは多分正規ルート。あそこからの道ならわかる。最短距離で逆走すれば合流できるかもしれない」

 

 水晶を光源として照らされるその道。洞窟迷路状となっているこの階層。幅が十二分に広いお陰で壁や天井に鎖を刺しモンスターから逃れられているのだが、いつ魔力が尽きるかも知れない私には不安で仕方なかった、不安を感じ取った姉が、安心させるようにぎゅっと引き寄せてくれた時の温度は、絶対に忘れられない。

 

「ここからは走るよ、付いて来て!」

 

「うん」

 

 出せる全力で姉を追いかけた。何も分からないところに放り出されて、頼れる存在がただ一人。見失わないよう躍起になって追いかけた。縋ってただ背に手を伸ばしていた。

 でもその手はいつまでも届くことがなくて、空振りのままで終わって。

 

 置いていかれたんだ。

 

 いや、正確にはそうではない。私がただ、動けなくなっただけだ。

 それはちょうど広々とした空間で、大轟音に目を引かれた後で―――

 

―――私の半分が、抉り取られた後であった。

 

「しっかりして、ねぇ!」

 

「ぉ、ねぇ――ゃん?」  

 

 おぼろげな視界の中に映っていたのは、必死の形相で呼びかける姉の姿。

 白濁と視界が埋もれていく中で、声だけは蜿蜒と引き伸ばされたかのように響いたんだ。

 自分が生き延びることを一番と言っていたのに、死にかけだと明らかな私を態々助けていたことも。その所為でどれだけ苦しんでいるかも。しかと私の耳に届いていた。

 ぷっつり切れた筈の視界。辛抱強く粘っていた聴覚もどこかへいってしまった。

 だからこそ、視界が戻った瞬間は、はっきりとわかった。眼前の景色も明瞭に理解させられた。

 

「――まっ、たく。起きるの遅いって」

 

 そういって、強がりの笑いを浮かべた姉は胸に通していた支えを失いがくりと私へ倒れて来る。

 驚くほどそれは容易く受け止められて、しっかりと()()()()()()()()()()()。 

 それが何故だかもう理解していた。

 紅く彩られた私の腕など悠々通れる孔。だくだくとボロボロの服を染めていく鮮血。

 現実を否定したくても、それを赦してくれない。

 

「ほら、早く……逃げなさい。せっかく、生かしてあげる、んだから」

 

「いや、いやだ! なんで、何でなのお姉ちゃん!? 生きたいんじゃないの!? 死にかけの私を助けたところでなにになるっていうの!?」

 

「現実、みなさい。だれが、死にかけだって……?」

 

「え?」

 

 弱りつつある姉の声に、してやった、とでも言わんばかりの意志が込められていて、一瞬硬直してしまうがはっと気づく。抱いていられた状況に。

 ありえないのだ。半分を抉られていたはずの私が、そもそもこうして生きていることすらも。

 

「お姉ちゃん、これって……!? お姉ちゃん?」

 

「あーごめん、もう、終りかも」

 

「終わり、って、え?」

 

 燐光のような、淡く儚げなものがふわふわと浮かんでは、消える。姉の理解不能な言葉に耳を傾けながら、その源を辿ると、同じくふんわりと光る膜で包まれつつあるものに至った。それが、姉。

 ゆったりと、だが着実に、姉は消えていた。何処かと知れぬ場所へ。

 

「安心して、私はずっと、近くに居てあげるから、護ってあげるから。だから、約束」

 

「待って、ねぇなに行ってるの、全然わかんない……! いかないで、護ってもらわなくていいから、行かないでよ、独りにしないでよ!」

 

「私が渡したアレ、生きてこれだけはちゃんと渡して、約束。そして、これはお願いなんだけどさ……あの子に、シオンに逢えると思うから、その時は私のこと、伝えて欲しいな」

 

「嫌だ! お姉ちゃんが逝っちゃったら、死んじゃったら、約束なんて意味無くなっちゃう! やめてよ、変な冗談は止してよ! 私のこと治したのお姉ちゃんなんでしょ!? なら自分にもそうして――」

 

 それに、今にも無くなる姉はまだ残る首を横に振った。姉が何をしたのか、なぜ無理だと否定したのか、すぐに知れた。

 消えてしまった姉が、逝った先。微かに違う熱の籠った、手に馴染む槍がそこにはあった。

 【等価交換(ギルティ)】、姉の最強にして最凶(さいきょう)のスキル。普段は便利で仕方ないコレも、度が過ぎると己を殺す。簡単だ、姉は私の消えた魂と体を修復した。その代償として己を失うしかなかった。でも、そこで頭を働かせたのだろう。槍に宿る温もりは、姉と同じ。護るとはそういう事だったのだろうか。

 でも、でも、それでも―――

 

「―――あぁァァッァッッ!?!? あぁ、ぁぁっ……!」

 

 全部、何もかもを一旦忘れたくて、吐き出したくて、こう叫ぶしかなかった。

 ただただ、何故泣いているのかも分からずに。

 どうして、嗚咽を堪えながら、こんな苦しい思いをしなければいけないのだ。

 

「全部、全部――っの、所為!」

 

 姉がいなくなった先には、ただただ、この状況を作り出した元凶。そうとは言い切れなかったのだけれど、堪らないおもいをぶつけるにはうってつけの奴だった。

 全体的に丸い、短足短腕の忌避感を存分に与えるそいつ。いつだって始めはあり、その最初がその時であった。比較的最近生まれた迷宮の孤王(モンスターレックス)、『魔人(ディアボロス)』。

   

「死んじゃえ、死んじゃえ―――死んじゃえぇぇぇぇ!」

 

 思うがままに、衝動にただ駆られて、姉が宿ったその槍で貫いた。

 何度も、何度も、何度も、何度も何度も何度も何度も――

 あぁ、そうして、終わったんだっけ。あっけなく、私に傷を残して、終わったんだ。

 

 

   * * *

 

「ナンダコノカオスハ」

 

「あ、ねぇちょっとシオン、どういう事よ!? この女との関係は切ったんじゃないの!?」 

 

「性懲りもない事言わないでくれるかな本当に!! 私とシオンの関係は切れた訳じゃないの、ただちょっと遠くなっちゃっただけ! それにまだシオンに『えんがちょ』なんてされてない!」

 

「そんなことはどうでもいいのさ! 聞き捨てならないのは(あるじ)が君のだって言った事なんだよ! 主は私の主だからつまり私のなのわかった!?」

 

「それこそ聞き捨てならんわドアホが」

 

「ごうふ」  

 

 目が覚めたら祝福賛辞が待っているかと思いきや惨事が待ってたってどういう事だよ。

 あの二人が居るからここが心の中の世界であることは確定なのだが、まぁた変なのが増えやがった。もう本当にカオスだよね、うん。

 

「いたぃぃ……」

 

「あぁ、やっぱり吸血鬼は硬いな。っと、それより言っておくけど、私は他の誰でもないアイズのものだから。そこははき違えないように。というかお前ら二人。それわかって言ってたろ」  

 

「ふんっ」

 

「全部主が悪い」

 

 一体何を根拠に言っているのだか。

 いやそれよりもだ。まずは説明があるべきだと思うのだ。大体ここに現れる奴には理由がある。そして原因もある。これ以上増えると心の世界に村ができちゃうから防止策として知っておくべきだろう。

 

「そう、お前が何故ここにいる!?」

 

「やっ、シオン。こうして顔合わせるのは何年ぶり? 待ち遠しくてたまらなかったよ~」

 

「実際は数日ぶりなんだけど、というか抱き着くな鬱陶しい」

 

 『しかけ』とやらで彼女とは数日前に対面している。首から下げるロケットと指輪がその何よりの証拠だ。なのに何年ぶりと聞くということは、彼女はあの時の『彼女』とは違う存在……

 

「あ、どうしてここに居るか気になる? 私としてはシオンがどうしてここに来れるのか聞きたいんだけど……そんなに私が気になるのなら、教えてあげる」

 

「なにその思わせぶりな言い方」

 

「期待しても損するだーけ。別に特別なことはしてないよ。ただ宿っていたあの子の槍からシオンの体に移動しただけ。私もう肉体を持つことが出来ないから、こうやって生きるしかないんだぁ。ある意味不老不死になっちゃったわけ」

 

「ふーん、そ。なんだそれだけ」

 

「あ、あれぇ? もうちょっとこう、さ、驚いてもいいんじゃないの? 『うわーすごい!』とか、『え、そんなことできたの!?』とかさ」

 

 いや別に私からして珍しい事でも無かいから。同じような方法で入って来たヤツは私の隣に居るし。というかいつになく積極的になったな。正直言うと、悪くない。

 

「あの、ルナ。ちょっと聞いてください。この二人とは自己紹介やら何やらとお好きにして構いませんが、一つだけ。この二人は私と共存している訳ですよ。いわば持ちつ持たれずというヤツです」

 

「あ、うん。それで?」

 

 とりあえず座って向かい合う。ただ自然の流れでそうなったことに背後の二人も従った。

 若干前のめりになって話を急いて来る彼女に、私は冷めた目で続ける。

 

「この世界で二番目くらいに綺麗な精霊さんは私に風を与えてくれます」

 

「き、綺麗? でも二番目、二番目……」

 

「そして、こっちの角が生えた巨乳の吸血鬼が私に純粋な力と吸血鬼の肉体を捧げてくれます」

 

「その言い方だと何かいやらしく聞こえるのは私だけ?」

 

「はいはいお前だけだよ。んでここでお前だ。さて一体、お前はこの世界に存在するうえで私に何を与えるのかな?」

 

「げっ……」

 

 不味い、どうしよう!? て顔に書いてある……あぁ、これ何もできないパターン。

 仕方ないけどさぁ、人間だし。この二人とは違うのは仕方にけど……何の代償も無しにここに居られるのは道理に反してないか? ナニカ私に負担があるのなら? そうなら何かしてもらわなければ割に合わない。等価交換だ等価交換。

 

「――癒してあげられる?」

 

「却下」

 

「――――何でも言うこと聞いてあげる?」

 

「出てけ」

 

「うぅぅ……あ! 私のスキルで色々してあげる! 対価がいるけど」

 

「断固拒否だ馬鹿が!! その対価は誰が払うんだオイ!」

 

 ほんっと何もできないんじゃないだろうな。対価なんて何払うかも確定していないのに、頼っていられるわけあるか。悪魔と契約するのと変わらん気がするぞ。 

 

「はぁ……ねぇシオン。もう別にいいんじゃないかしら。貴方からすれば本当はもうずっと前のことだろうけど、一緒に過ごした人なのよ? いさせてあげるだけならいいんじゃない?」

 

「……まぁ、いいでしょう。そのスキルとやらが役に立つときもあるかもしれませんし。で、そのスキルってなんです?」

 

「ありがとぉシオン! 私のスキルは【等価交換(ギルティ)】っていうもので、代償を払えば何でもできちゃうってもの。凄いでしょ?」

 

 マジかよ……なんだその誇らしげな顔は、無性に殴りたくなる。

 あぁ、また一段と変な力を扱えるようになってしまった……もうほんと、どうしよう。

 

 

 


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