やがて我が身は剣となる。   作:烏羽 黒

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  今回の一言
 なんか視点がごっちゃ混ぜになって来た……

では、どうぞ


こわれちゃった

「ちょ、シオンたん大丈夫なんか……!? 早速罠にはまっとるでぇ!?」

 

「問題なかろう。見てみろロキ、あの通り微塵も効いてないぞ。流石だな」

 

「うん、シオン頑張ってる」

 

「あはは……あれ、本当に頑張ってるのかな?」

 

 それぞれに違った想いをもって、だが皆一つの場所を見守るとある部屋。控えめなのだが華美という印象を抱くのは赤が主体となった内装をしているからか。赤は落ち着きを無くさせる色と言うが、今彼らが盛り上がっているのはだがそれだけが要因とはならないのだろう。

 衆目を集める先、何にも支えられていない、原理も原則も全くもって理解不能な滞空する鏡宛らのモノ。それには『ここではないどこか』を観ることのできるチカラがあった。

 それに映し出されているのは、茂る森で爆発に直撃したばかりの彼。砂塵が晴れた後に見えたのは、服をぱんぱんと払っている無傷のその人であった。気が済んだか、そのまま向かっていた方へ走り始める。

 

「アイツは出てねぇのか」

 

「……? あ、ベルは出てない。ベートさん、ベルが心配?」

 

「んなことじゃネェよ!」 

 

 何を隠そうとしたか相変わらず小さなことで怒鳴る狼人(ウェアウルフ)はベート。昨日続き今日と二日間無断欠席をされて市壁の上で相応の時間待たされた彼は、怒りと共に心配を心なしかしているという……しかもそれを直接的に聞けない年頃の彼です。

 

「ふぅん、アルゴノゥト君は出てないんだね。でさ、あの精霊ちゃん、一人でいるけど大丈夫なの? そんな強そうには見えなかったんだけど……」

 

「見た目に騙されない方が良いぞ、ティオナ。魔法・魔術ならば私を優に超えている」

 

「リヴェリアを!? す、凄いねあの子……」

 

 若干引き気味に身を捩らせる、想像に顔を蒼くした、長々としたソファに腰を(もたれ)れさせる褐色肌の溌溂(はつらつ)少女はティオナ。その最寄りに備わる二脚一卓のセット、片や優雅に座るのはリヴェリア。もう片や足が地に届かぬともふらつかせることのない、見た目とそぐわぬ落ち着きを払うフィン。

 

「団長、お飲み物ですよ♪」

 

「ありがとうティオネ。でも流石に6杯目は遠慮しておくよ」

 

「キャー! それはそれは、お気を煩わせてしまい申し訳ございません! ならばその紅茶はもったいないので私が……」

 

「いや、これはこれで頂くさ。せっかく淹れてもらったからね。でももう少し経ってからにさせてもらうよ」

 

 姑息な考えを働かせていたこれまた褐色肌の少女、黒の長髪をなびかせる彼女はフィンの後ろに控え機を窺っていたのだが華麗に躱されてがっくりと項垂れてしまっている彼女はティオナ。

 

「はぁ、やっぱりセアで出てないのかぁ……」

 

「アキ? なんか残念そうっすね。そんなにあの人が好きなんすか?」

 

「うん、ちょっと嵌っちゃって……って、でもでも、シオンのことを好きってわけじゃないよ? 確かに好ましい人ではあるけれど、あの人にはアイズさんが……」

 

「え、それってどういう事?」

 

「ううん、何でもないよリーネ。だからこれ以上聞かないで」

 

 と、今まさに気圧された、『鏡』を見ながらもちらちらと視線を移してしまっていた丸眼鏡の少女がリーネ。ニコッと外見以上に黒く微笑んでいるのがアキと愛称をもつアナキティ。そのアキと腐れ縁と言えるほど存外長い付き合いの、物理的に二歩ほど距離を取った平凡を体現したかのような少年はラウル。

 主要面々は勿論のこと一ヶ所に集まっていた。だが勿論のことここにいるのは彼等彼女等だけではない、下位団員は恐れ多いとその部屋にすら入れないでいたが、遠征に参加する程の団員はその場に普段と変わりなく入れていた。流石に、くつろげてるわけでは無かったのだが。

 

「あ、落ちた」

 

「落ちたね」

 

「あぁ、落ちたな」

 

 揃って口にする今まさに起きた馬鹿げた現象。そこに在ると推測できるレベルの落とし穴に、まるで突っ込むかのように向かい、やはり彼が落ちたのだ。あんまりなその光景に唖然とし、だが単細胞なものと呟く余裕のあったものは、それをただ口にした。

 

「―――あいつ、馬鹿なのか?」

 

 誰もが口にできなかったことを、軽々一匹狼の彼は口にした。

 無論、それは言えなかっただけで、皆――この映像を見ていた者全員が例外なく思った事であった。

 

   * * *

 

「あぁ、分かってても突っ込むってかなりイタイな……絶対馬鹿だと思われてるだろ。あぁくっそ、いっそ全部ぶっ壊してやろうか……!?」

 

 落とし穴の壁に刃を突き立てながら怒りを堪えて呟く。ティアよりご丁寧なことに感圧式と思われる爆弾が隠すことなく設置されている所為で下手に落ちることもできない。見つけたからには『逃げる』という選択肢が完全に無くなった訳だが……大丈夫かな、コレ。

 

「よーし、いくぞぉ……燃えるなよ、戦闘服(バトル・クロス)!」

 

 憂いの中心はそこにある。この服には一応そこいらのよりは耐熱性に優れているが、所詮布だ。爆発の規模にもよるが、服が燃えてあらぬ姿になりかねない。肉体の心配は全くないが、問題はやはり『後』のことだ。

 

「ッ~~~~~~!? 目が、目がぁ……」

 

 み、右眼に飛礫(つぶて)が……『耐久』なんて関係ない場所だから普通に痛い。っと、それよりも服は無事のようだ、若干焦げちゃったけど。

  

「あっちぃ……火傷したぁ。治るのはいいけど、痛みは消えないんだよな……」

 

(あるじ)、それこそまさに自業自得だと思う。縛めなんて破っちゃえばいいじゃん』

 

「いや、マジで何やらかすかわかったもんじゃないから。っと、よし。進みますかね」

 

 燃えた場所を斬り払って、煩わしい(すす)を飛ばしながらの独り言に、呆れと若干滲んでいる怒りの声が頭蓋のなかで響いた。こんな無茶無謀の馬鹿げたことを律儀に行っている私に対しての怒りだろうか。そんな心配ご無用なのだが、気にしているのは拠り所が無くなることなのだろう。ま、そっちも大丈夫なのだがな、支援さえ受けられれば。

 

「というわけで、頼みますよ」

 

『仕方ないなぁ』

 

 服の修復など私にはできないが、肉体の修繕ならば【鬼化】というアマリリスの能力に強く影響されたちからよって可能だ。しかも今回はたとえ致死性のある攻撃を受けたところで、『狂乱』の能も利用してしまえばなにもかも水の泡にしてやれる。

 

「にしても、こんなに多くの罠……簡易的なものといはいえ、よく用意できたよなぁ……」

 

 動員数が全団員なのだから考えられなくもないが、陰湿な嫌がらせ並みにめんどくさい……爆発の所為でもう敵に位置は捕捉されてしまったかもしれないが、とりあえずはあの煙が昇っているところへ向かうという初志は果たさなくては。後に足跡をたどって追えるかもしれないしな、たとえ逃げられたとしても。

 そんな計画を立てながら、もう引っかかるのは御免と自然に伸びた所為でうねる木々を伝い進んで行く。途中途中ワイヤートラップを通過したが、その対処はなんのその。

 

「……焚き火か? いやでもどうして。意味なんてないはず」

 

 これが夜中ならばまだ納得できようが、十分に温かい今焚き始める意味などなく、不審に思っても可笑しくない。加えて言えばこんな燃えやすいものが集合した場所で火など使うな危なっかしい。何ならルール上で訴えてやりたいくらいだわ、もう遅いけど。

 

「足跡は――お、あっちか」

 

 見下ろし眺めていた木の上から飛び降り、葉の集まりが不自然なところへと降り立つ。また何かしらの罠かもしれんが、手がかりがある方に進むのが今のところは良い。ティアもあと十分と掛からず見つけてくれるに違いない。

 

「罠では……痕跡はないな」

 

 目に付くところで特に気になる部分はない。違和感と言えば『これ』自体がそうなのだが、意味を考えていてここから逃げたであろう人を見失うのは御免だ。

 

「こっちか、んじゃ、いきま―――――」

 

 あれ……なんだ、これ。

 しゃがみこんでいたので立ち上がったはまだいい。だがなぜ、視界が落ちていく? 段々、下がってって……

 ()()()()、地面まで落ちてしまった。何故か、体が自由に動かない。

 

「ッ!?!? まさ、か――毒!!」

 

 即効性か!? クソ、面倒なものを!! 

 無性に痛みを感じてゆったりしか動かせない手を、躍起に上げた視界へ持って行くと、心中で悪態を吐いてしまうほどの光景に目を剥いた。濁り淀んだもはや黒に近い紫色。何も着けていない左手がそれに(むしば)まれ、激痛をじんじんと発している。典型的な色と原因不明のこの症状、なによりもこうも容易く私を侵食していることがその証拠となろう。私は薬や毒に面白いくらい耐性がない。

 レッグホルスターに一応入れていた解毒剤も先程の二度あった爆発でおじゃんになった。今、対処できる確立した方法はない。可能性としては――

 

『悪い、できそうか!?』

 

『ゴメン(あるじ)、外についてはなんにもわかんないから対処遅れた! 完全解毒に結構時間かかるかも!』

 

『完全じゃなくていい――恐らくこの毒は接触性、しかも気体中にあるから厄介。体内までやられている可能性が高い。そっちを優先してくれ』

 

『わかった!』

 

 正直追い詰められた。漂っているであろう毒は恐らく致死性が高い。今この状態で襲われる可能性は半々、相手が自分たちが仕掛けた毒に対する対策を何かしら持っていたら最悪だ。

 何とか、背にある大太刀の柄を右手で握り、鯉口を切る程度に抜く。それだけで呪いは周り、痛みはある程度緩和された。半吸血鬼化とでも言える【鬼化】のスキルを一部行使し、肉体強化と治癒能力を得る。対価として眼球の色が変わってしまうが吸血鬼である証なのでこれはどうにもならん。

 

「ッゴ――あぁ、本気(マジ)ヤバイ、こりゃ舐めてらんねぇわ」

 

 もうふざけてなどいられない。さっさと決着つけねぇと冗談抜きで死ぬぞ……

 血反吐で汚れた口を強引に拭い、地面を思いっきり殴りつけて己が体ごと天高くへと吹き飛ばす。これで毒が蔓延しているところからは逃れられたはずだ。ついでに毒も吹き飛ばせていればいいが、この破壊で足りるか。

 だいたい30M……このまま滞空するべきか。

 

「【目覚めよ(テンペスト)】――【エアリアル】――【風よ来たれ(テンペスト)】」

 

 二重付与(エンチャント)ならば滞空も可能な程となる。移動ならば二重にする必要もないが、滞空は話が違うのだ。

 

「ったく、クソ(いて)ぇ……あいつら、ただじゃ殺さん。絶対苦しめてやんぞ」

 

 あとで治療院に行くこと確定だな、こりゃぁ。とことん怒られるだろうが仕方ない。

 ふぅ、一先ずは落ち着こう。300Mも上がれば比較的安全だろう。なに、滞空制限なんてものは存在しない。そもそも飛べる奴のことなんてギルドは想定していないのだから。

 

「こっからじゃやっぱり旗は見えないか……だがあやつらの性質(たち)から考えるとバラバラ、しかも見え難い場所―――あたりをつけるとしたら、あの密集地帯五ヶ所か」

 

 とりあえず近場から当たるべきだろう。絶対的に罠は仕掛けられているだろうし……。

 

(あるじ)――』

 

 ふとそこで、どことなく重苦しい彼女の声が聞こえた。不安をどうしてか煽られる。

 そういった負の懸念は、不思議なまでにあたることが多いと後に自覚して――

 

『――この毒、消せない』

 

『――マジかよおい』

 

『主、このままじゃ死んじゃう! お願い、どうにかして!』

 

 どうにかって言われても……こちとらお手上げ状態だぞ? 急いで戻ってティアに治して――あ、そういえば結界内にいるんだった……解除するわけにもいかんし、こりゃマジでやばいぞ。でも、

 

『死んでも生き返れるのでは……』

 

『欠損によるものなら、ね……でも、浸食されたら私もお手上げなの! お願い(あるじ)! これで死んだらもうどうにもならない!』 

 

「なるほど……じゃ、早期決着を目指すべきですかね」

 

「そんな暢気に言っている場合じゃ――!?」

 

 アマリリスの異様な焦りが伝わって来て逆に冷静になってしまった。別段、焦っても仕方ないことだし、意味の無いことを続けるのも単なる無駄だ。

 

『悪化を抑制することは可能ですか』

 

『今、その状態……でも、この毒強すぎる! 気づくのも遅れた所為で結構中までやられちゃってるの!! 本当に持たないんだよ!?』

 

『悪化が抑制できているならいいです―――少し、無茶しますよ』

 

 死ぬか負けるか――負けた方がマシだと普通は思うだろう。だが、負けてしまったその後の人生は殆ど死んだようなものとなるに違いない。ならば、第三の選択肢――無茶して生き延びて勝つ、だ。

 敵の降伏(リザイン)、もうそれを狙うしかない。ティアに頼るのも難しいし。

 

「一気に畳みかける、いや、全部ぶっ壊せば―――」

 

 あるいは、主要旗(しゅようき)の破壊、森を丸ごと燃やしてしまえば偶然にも燃やせる可能性は高い。私たちの旗は守られている。ならばその手段も取れよう、ティアに怒られてしまうかもしれないけど。 

 

「設計図通りに動いてくれよぉ、あの考えた時間は無駄じゃないことを信じるからな!」

 

 更に天高く昇って行く。背の大太刀をただ抜くのでなく、鞘ごと背の帯から取り外した。何も抜刀術で戦おうとかそう言う訳では無い。確かにそんな機能も付けたけど、今回使うのは別だ。 

 戦場すら小さく思える位置まで見渡せる高さ、そこまで昇って一旦刃を納めた。柄を持った状態でそこに地があるかのように鞘を空中で屹立(きつりつ)させた。

 

「【終末の炎(インフェルノ)】だと一度で区切れない……ちょうどいい、精霊術にするか」

 

 立つ華美な鞘、小さな紋様が刻まれる場所に人差し指を添える。ただそれだけで準備は完了してしまうのが、この鞘の恐ろしいところだ。それなのに威力は馬鹿にならない。

 

『アリア、風の維持、頼めますか』

 

『……無理しないって、約束してくれるなら』

 

『――解りました、無理はしません。無茶はしますけど、ね』

 

 それは、勝つために仕方のないことだ。だから、相手の犠牲も、勝つために仕方のないことだ。

 これは戦争、幾ら殺しても文句はない。これは争い、少しだけ縛りがある、大切なものの奪い合い。

 だから、無慈悲に行使されるこの破壊すら、許され難くとも認められてしまう。

 大切なものを守るためのものなのだから。

 

 系統は熱と光と風、属性は炎・雷三系統二属性の不安定な形のものだが、だからこそ今回は丁度良い。不安定は威力の塊だ、これはそれを纏めるためにあるもの。

 

「【聞き届けたまえ、我が願い、我が望み、我が小さき欲望。叶えたまえ、叶えさせたまえ、御身に在りし力を我に――】」

 

 精霊術、私に使えるものはその中のほんの極一部に過ぎない。しかも贋物(にせもの)をちょっと改造したようなもので、本来精霊術と呼ぶのすら烏滸がましい。だが、使えることには変わりない。

 

「【逃れることのない熱。(いつく)しむ優しさ、其の身其の肌に感じ取る逃れ難い温もり。忌み倦厭(けんえん)したそれらを無慈悲に包む劫火よ、いざ顕れん】」

 

 ティアは後に言った。「別にわたしから学ばなくても、創っちゃえばオリジナルができる」と。

 そんな簡単なものかと思ったが、想像を模倣するという簡単なお仕事であったのだ。彼女はこういったことに関しては誰よりも上をいく。考えすらもそうだった。

 

「【逃れることのない光。森羅万象の理を創りしその力。されど背きたる雷光を(ゆる)したまえ。万物万象を破り、矛盾を形成し破壊を是とする其の力よ、いざ顕れん】」

 

 莫大な魔力が消費されている。だが、自分でも驚くほど底が見えない。少しばかり魔力(マナ)を利用しているからかもしれないが、それでも、だ。

 形成されていく現象(モノ)が全て鞘へと収まっていく。爛々(らんらん)と煌びやかに発光する鞘――否、魔法石が今か今かと待ち望んでいた。

 

「【逃れることのない風。我が身に宿りし託され、受け継がれた力。破壊に行使する我の傲慢(ごんまん)を見五がしたまえ、我が母なるアリア様の力よ、いざ顕れん】」

 

 願いは届けた。叶えられるかは己が器、己が技量次第。

 一呼吸置き、今から無くなってしまうであろうその光景をとくと記憶に焼き付けた。せめて、壊してしまうのだから記憶にくらいは遺しておこうと思って。

 最後に、告げる。

 

「【集合せよ。我が御心に従いたまえ】―――【終焉の出立(ラストスタート)】」

 

 眩暈(めまい)がするほどの莫大な消費、それを全て受け止めた鞘はもう耐えきらないとばかりに戦慄いた。潮時だと、霞む視界の中思い出す痛みに苛まれて思い出す。

 

「ぶっ壊れやがれ」

 

 カチッ、とても些細な音だった。それは終焉が地へと堕とされる、始まりの音。

 鍔の近くにある、摘まめるだけの出っ張りを動かした音だった。鞘に刻まれた『刻印』の真価を発揮させるための。

 その能とは、圧縮と特化解放。鞘に刻まれた、縮小型の魔法・魔術・精霊術関係なく世界に干渉する力を吸収する魔法陣へ魔法を垂れ流し、更に内部で連結された圧縮用魔術刻印(まじゅつこくいん)でそれを圧縮。最後に引き金(トリガー)を引いて鞘の先端部分にその力を流し、圧縮を一気に元へ戻す力で開放する。力は逃げやすい方へ、つまりは外へ向かうという仕組み。その威力はただでは済まない。

 そう、それは―――

 

「ッ―――!?!? あっづ!? え、なに、予想以上何ですけど!! ナニコレヤバイ」

 

 数秒後、目も眩むほどの光と毒の痛みなんて吹き飛ばすほどの熱が、空高くに居る私まで届いた。それが示すことは地上の絶大な破壊。初めて撃ったのだから加減など知れるはずもなかった。

 これは……ティアまで死んだりしてないよな?

 そう思いながらふと目を開けると――

 

「――おいおい、ふざけんなよ」

 

 今のは正真正銘、私の全力攻撃だった。今までしてきた破壊活動の中でも最大級のモノ。

 なのに、なのにだ――何故、ああもくっきり無事なところがある。

 片方はまだわかる、あれはティアの結界だ。どうやら無事のようだが……とか言っている場合ではない。問題はその逆方向にも、同じように無事な部分があるということだ。

 

「――あの子か。まった余計なことを……」

 

 だが、これで相手の位置はつかめた。大半は死んでしまっただろうし、終了の合図が送られないということは主要旗は壊れていないということ。ならば、あそこにあると考えて間違えナシ。

 禿げた密林、開けたお陰で地に降り立っただけでも相手を見つけられた。

 

「よう、早速だが―――さっさと終わらせてもらうぞ」

 

「……ねぇしーちゃん。今、どんなこと思いながら撃ったの?」

 

「黙れよ、死にたくなきゃそこ退()け。さっさと終わらせたいんだよ」

 

「ううん、無理。答えてしーちゃん、今さ、こんなにたくさんの人を、殺そうとしてなかった? 考えられなかったわけじゃないよね? だってしーちゃんだもん。わかってて、やったの?」

 

 途中から意味を殆ど成していない、伝わるかもあやふやなのにどうしてか心まで響いた。

 その痛切な呼びかけ、怯えているかのように震える声。彼女はこんなにも狂って可笑しくなってしまった私を、知らなかったのだろうか。それでも心から愛している、大好きだなんて戯言を吐いていたのか、虫唾が走る。

 

「みんなを、殺そうとしたの?」

 

「だったら、どうした。あぁそうだと答えて絶望するか。いや違うと答えて希望を持つか。どっちだって関係なんだよ、結果が全てだ。だがな、教えてやるよ――私はお前らが死んだところで、何とも思わない」

 

「――ッ」

 

 怯えが完全な恐怖へと変貌した。ゆっくりと私が一歩一歩進んでいても彼女は動かなかったのに、それきり一歩の度に小さく後退る。否定するかのように、目を逸らしたい現実から逃れようとするかのように。

 ここまでのことが出来るのに、一体それ以上何を恐れているんだ。どうしたかは知りようもないが、一際大きな旗である主要旗の周りにいる人は確実に敵。恐らくは団員全員なんだろう。ふざけたことをしてくれる。余計な手間が一つ増えた。

 

「もう一度言う。退け」

 

「―――無理」

 

 彼我の距離は極限まで近づいていた。手を伸ばせば掴めそうなほどしか離れていないのに、どこか遠く感じるのかどうしてだろう。いや、知る必要なんてない。だってもうすぐに、終わってしまうから。

 嗚呼、やはり遅い。極限状態だからか、もう死にかけだから――関係ない、結果は変わらない。

 もう殺すつもりでかかってきたのだろう。だけど、殺意が圧倒的に足りない。本気で殺すつもりのないモノなんて、私には届かない。どう足掻いても、私は殺せない。  

 喉を穿つつもりか? やってみろ、刺さりすらしないさ。

 何もかも足りてないんだよ――穿つにはな、

 

「――ぁっ」

 

「こうやるんだよ」

 

 愛刀の刀身が全て喉を通り、(つば)で引っかかって止まる。残酷なまでに言い放って、不必要な傷を加えないように引き抜いた。もう声も出せないか、将又死んだか。どうでもいい。

 

「ハァッ!」

 

 今回の戦争で初めてだろうか。こんな荒々しい斬撃を放ったのは。いや、そもそも斬る機会が乏しかったのだから、今回の戦争なんて狭い括りではない。人生で初めてだろう、こんな汚い斬撃は。

 威力だけが不必要にあって、だからこそ恐ろしいまでに『強い』。

 炎が軌道上を辿っていく。先へ先へと破壊しながら一直線に進み、一瞬止まったもののそれ以降は滞る事すらなく、阻むものなしに標的を燃やし、破壊し尽くした。

 

「これで終わり……ハァ、さっさと、治さなきゃ、まず、いな……」

 

 ちょっとさっきからヤバかったけど、今はそれ以上にヤバイ――何がヤバイかっていうととにかくヤバイ。

 早く終戦の合図が欲しい。聞こえた瞬間に走り出して、今すぐにでも楽になりたい。

 あぁクッソ、勝ったところで死んじゃァ意味無いんだぞ――理想を理想で終わらせて堪るか。生きて帰ってやる、やりたいこと、やるべきことが残ってんだ。

 

 見計らったか、ふと遥か遠くに見えるところから迫る銀の影。今は、救いと等しい。

 だけど、まにあうかな――――――

 

 

 

 


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