やがて我が身は剣となる。   作:烏羽 黒

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  今回の一言
 久々の三人称視点固定。

では、どうぞ



突然は突然に終わる

「いあぁあぁぁッァァッ―――!?」

 

 遥か上空から迫る大炎球に、叫び散らす人々が容易く焼けこげ、地に伏した。

 

「皆さん、急いで南西へ! 【ガネーシャ・ファミリア】が――うわぁぁっぁァっ!?」

 

 無尽蔵の如く迫る人の濁流に呑まれた、ギルドの制服を着る女性が遥か上空から連なって迫る氷柱に包まれ、容易く凍結しした。

 人の死も身近に感じぬ愚かな民間人の心を、恐怖で容易く浸食した。

 何もかもが容易く、軽く消えて逝った。

 恐怖に駆られ、周りなど考えず我先にと無秩序に逃げる本性を現す民間人。意味をなさない避難誘導を行うギルド職員や有志の冒険者たち。その顔にも一様に恐怖が刻まれ、だがしかし義務感と正義感が彼等彼女等を行動へと移させている。

 悲鳴、悲鳴、度重なる絶望と恐怖に満ちたあらん限りの絶叫。天高く上り、それは一人狂気に満ちた残忍極まる笑みを浮かべる銀髪紅眼の美少女へと届く。腹を抱えて、呵々(かか)大笑する彼女は全ての元凶。

 

「ちょっと貴女、こんなところで何をしているのかしら」

 

「なんだよ煩いなぁ……今せっかくいいところなんだから、一緒に観とけよ、神フレイア」

 

「そうもいかないわ、ここまでやられちゃ、ね」

 

 笑みを止め、不機嫌を隠すことなく振り向いた。美を集結したはずの銀髪の女神――フレイアは口元に微笑を浮かべながら、バベルの塔本来の最上階、屋上で対面する。 

 普段は寒くて碌に来ないはずの彼女も来ざるを得なかった。余計にいつもは着こまない彼女も、枯れ葉色をしたフード付きの厚手のコートまで態々着て、だ。それほどまでに重要だった。

 

「あなた……一体何をしたの。ここにいることも本来可笑しいし、何よりもその刀……気味が悪いわ」

 

「気味悪いとか言うな、可哀相だろ。それに、刀への侮辱は同時に剣士への侮辱も示す……そう言う風に、捉えてもいいのか?」

 

 下げられていた仄かに発光する大太刀の切先を向ける。首にじんわりと血の珠が浮かび、だが余裕に笑みを崩さない。ハッ、と鼻で笑って刃を引いた。それ以降は目もくれず、ただ眼下に広がる混沌の眺める。時折何かを呟いては、それに代わって下方から一際強い悲鳴が上がった。

 

「……これだけは聞かせなさい。そこにいるのは、一体何なの」

 

「……一人くらいには教えてやるか。見ての通り龍ですよ、今は神話上だけに存在するはずの、未知の存在。と言ってもまぁ、単なる紛い物、幻想だ。見た目真っ黒にしてどこぞの竜みたいにしてみたけど、効果抜群でやったかいがあったよ」

 

 刀をその『龍』へと向け、簡単に説明する。突拍子もないことを平然と述べる様に、思わず苦笑を漏らしたフレイヤ。彼女はそれに頓着しなかった。

 朝っぱらのはずなのに、闇に包まれるまさに暗黒期。

 

「死人は出ねぇよ、こりゃただのまやかしだからな。受ける感覚も全て幻、殺されたと感じてもただの思い込みで気絶しただけだ。あ、でもショック死はあり得るか。それは知ったこっちゃないけど」

 

「……でも、迷惑極まりないことに変わりはないわ。最後に言うけど、もう止めもらえないかしら」

 

「断る」

 

 間髪入れずの返答に、判っていたかのように肩を竦めた。だがすぐに真剣味を帯びると、ただ簡単に命ずる。それだけで、もう終われると確信しているから。

 

「そう―――オッタル、もういいわ」

 

 音はなかった、置き去りにする速度でぶつかり合って、彼女の方が退いたから。

 龍が急降下する、落ちながらも斬り合う彼女を追って。彼女の相手をしているのは無表情の猪人(ボアズ)、フレイヤの最大の従者であるオッタルだ。遅れをとることなく、斬り結びながら急降下し、ほぼ同時に受け身を互いに取らせず人だまりが割れた地面に衝突した。強烈な破壊音が放射状に広がり轟く。

 

「上等だ【猛者(おうじゃ)】! 今までの屈辱、倍返しにしてやるわ!」

 

「やれるものならその屈辱、味合わせてみろ。今は、本来の力で応じられよう」

 

 どれ程強固な構造をしていても無傷では済まなかった体を軋ませながら、発光する大太刀とただ鋭い大剣が世界を置き去りにして衝突しながら、互いに意気を交わし合う。

 余波で吹き飛ぶ人々など気に留めなかった。眼前の脅威に集中しないと己が死ぬと、言わずともわかったことだから。

 

「グルォォォォォォォッッ!?」

 

 何事かを呟いた彼女に伴い、龍が吠える。その(あぎと)がかみ殺さんとオッタルに迫り、抵抗されること無く噛み砕かれた―――かと思いきや、すぅと実体がないかのようにオッタルは平然とその口内から、歯をすり抜けて現れる。ハハッ、そうでなくちゃ。指示をした彼女はそう笑った。実体がないのはオッタルではない、龍だ。それを理解し、正面突破した。思い込みから生まれるモノならば、無いと思い込めば無くなるだろうという単純な発想で。

   

「北西、滞空、無差別破壊」

 

 役立たずと見込んで、彼女はそう端的に呟いた。それは命令であり、龍は従い飛んで行く。

 『狂乱』の能力、命名して『夢幻(むげん)狂想(きょうそう)』。大規模な空間支配と端的に言えて、幻覚と簡単に言える。範囲内のものの脳へ侵入して、直接投影していることで完全な幻想を生み出す。だがしかし、それは絡繰りをしれば容易く破れる簡単なもの。何もかもが容易くなる、それがこの能力の特徴だ。呪いの識別としては『願い』。大太刀に宿る()()()()()()()である。

 そして今、彼女は同時に『大罪』という呪いも使用していた。常時発動の『欲望の増幅』が主な効果となる。自らの【アビリティ】を生かすために取り入れた呪い。

 

「死なねぇといいなぁ! まだまだ『切り札』は残ってるぞ!」

 

「全て切ってみろ、正面から叩き潰そう」

 

「威勢のいいこったよ!」

 

 余裕を崩さないオッタル目掛け、容赦なく強襲する()()()()

 バシュッ、薄く鈍い音が噴き出した。それは腕が見られ無い肩から。

 くるんくるんっと、宙を細く白い腕が、鮮血に染まりながら舞った。

 

 

   * * *

 

「「―――ッ!?」」

 

 暗転した空への仰天のあまり、必殺の一突を放てた二人は引かざるを得なかった。頻りにあたりを見渡して、だがしかしそれ以上ができずに得物を支えにして膝をつく。

 満身創痍、まさにそれを体現していた。ボロボロの彼女たちは服装面でも身体面でもかなり際どい状態であった。いや、もう既にそれを通り越していた。きっちり着ていた服は互いに原型を留めていない。役割を果たさず、ただ小さな布が肌に貼り付いているだけの状態であった。隠すべき場所も隠せている訳では無い。それもこれも全て、二人の体を見れば一目瞭然だ。肌が裂かれ、肉が抉られ、骨がひしゃげていることが当たり前の様。内臓が穿たれ、体中を鮮やかな紅血(こうけつ)で化粧している。死にぞこないの形相で、だがまた互いを睨み合い、戦意は全く薄れてなどいなかった。

 

「……よく、がんばボゴッ……ね、ガハッダハッ……」

 

「……シオンの専属メイド、舐めないでよね……そっちこそ、早く死んでよ……」

 

 赤黒い髪の隙間から殺意を飛ばす少女が血を吐きながらも拭い捨て、何でもないかのように立ち上がろうとするが、重心はブレブレ、足はよろめく。焦点は朧気(おぼろげ)。とてもじゃないが戦える様子ではない。

 揺らめきながら銀に紅を被せた短髪の幼女は、鉾槍(ハルバード)を死力を尽くし殺しに来る少女にとっくに構えていて、まだ戦えるかのようだった。満身創痍の体がゆっくり治っていく。

 

「時間を与えたのは間違いだったね」

 

「ふざ、けドホッ……常識外、すぎる……」

 

 槍に縋りついている彼女は始めから知る由も無かったのだ。仕方あるまい、闇の中の闇の話であるのだから。自分が相手した幼い精霊は、ただの精霊でないことなど。

 始めは優勢、気づいたら互角となっており、今や圧倒的劣勢。厄介極まりない精霊術と見た目に寄らず使いこなされた鉾槍が少女を追い詰めたのだ。だが少女もただやられたわけでは無く、反撃はしていた。それもこれも今や水の泡となってしまっているが。

 止まることの無かった戦いで、だが精霊も必死だった。顔には今出していなくとも、かなり追い詰められていなのは事実。あと数十秒回復が遅かったら死んでいたほどだ。あの目まぐるしい戦いで、攻撃と防御に加え有効的な回復など不可能。攻撃で二役こなして何とか生き延びた形だ。

 

「どうするの、人間さん。止め、いる? それとも奇跡でも待ってみる?」

 

「へへっ、奇跡かぁ……そうだ、ね、うん……待つよ、奇跡」

 

「……そう」

 

 悲壮な顔を精霊は見て取った。本当に何となく、それだけで退く。

 背を向けることなく、精霊は後ろ跳びに去って行った。最後まで警戒していたその姿勢は正解で、か細く舌打ちした少女が槍を地面から引き抜く。槍の能力を利用した不意打ちを用意したのに、空振りに終わってしまった。

 本当にもう力の湧かない少女が、血だまりにべちゃっと倒れる。抜けた気力で空笑いを独り取り残された場所で浮かべた。

 騒がしさも遠のいていく。視界の暗濃度が次第に増していく。

 

「たす、けて、お姉ちゃんッ……!」  

 

 つっかえる声、悲しくてか痛くてか、もうわけもわからず暗闇から流れる『熱』。縋りつくように掴んだ槍を引き寄せて、最期になるかもしれない温もりを味わった。

 虚勢を張っても、どれだけ強くいようとしても、結局は幼い少女であった。

 何よりも後悔したその温もりに、優しく愛おしむように包まれ……ゆったり意識は去った。

 路上に独り、少女が残る。

 

――――否

 

 そこに実体が定かとなれない少女が、静かに寄り添っていた。

 

 

   * * *

 

「あの馬鹿……街で使うとか、ふざけてんのかよ……いっくら何でもやり過ぎだっつーの」

 

 頭をぼそぼそ掻きながら、久々に籠っていた自身の工房から出て様変わりした空に、呆れ全開の溜め息を吐く。真っ暗な(そら)、そこに滞空し西の方へと進む黒い龍。

 騒ぎだと気づいたのは連鎖する悲鳴。安眠を邪魔されたことに毒づくより前に、その気配に気づいて用意を瞬く間に済ませた。愛刀と呪符を持ち、封印符(ふういんふ)は特に多く用意してある。

 

「やっぱ驚くよなぁ、あんな見た目されちゃよ。ただの幻覚だから気にするこったねぇのに。それを言うのは酷な話か」

 

 傍から見たら変な人にしか思われないであろうぶつぶつ呟きながらの歩行。極めて平静を保ち、辺り一面の地獄絵図に(したが)うことはなかった。

 

「ったく、手間かけさせやがって……ちっとは礼でも貰えるといいが、どぉぅせ俺の功労なんぞもみ消されんだろうよっ」

 

 愚痴のように零しながら、高身長の男が隘路を滑走する。Lv.4の身体能力に加え、自らを強化しているからこそ可能な動きは、自らの器の域を超えている。

 だがしかし平然として、男は崩壊音依然轟く、破壊活動が活発な中央広場(セントラル・パーク)へとたどり着いた。抜き身の刃を、生まれたころから判別できた気配を頼りに全力で振るう。

 不可視の刃がその先に存在するかのように、振るった軌道にあたる地面が深々と抉られた。破壊活動中であった二人は大きく引かざるを得なくなり、だがしかし中断されたことに取り合うことなく、また破壊をおっぱじめようとした。やらせるかと言わんばかりに自分もその破壊活動に貢献したことは棚に上げて、同じ気配を追う。

 

「おっしゃぁ! 少し大人しくしやがれ!」

 

 警戒するように逃げ回る少女に向けて、男は何度も札を走らせた。尽くを回避される。

 だがしかし彼女は知れなかった、それは伏線であることなど。

 まんまとかかった少女、好機を見て発動する。

 

(バク)ッ!」

 

 片手の指を結んで突き出し、そう命じた次の瞬間。既に少女は縛められ、自由はない。

 地面から数多伸びる半透明な赤銅色の鎖が至る所に絡まり、抗うが難く、委ねるが易し。まさにそれを理解したかのように、必要以上の抵抗は止めた。

 ばらまかれた封印符による高等結界。皮肉なことに彼の家に代々伝わる様式を模倣したものだった。だがそれは役に立ち、今こうして彼女を抑えられている。

 

「やりすぎなんだよ」

 

「あぐっ」

 

 ぱんっ、軽くなった音は縛られる少女の額から。力無く、少女は崩れ落ちた。

 辺りが一気に明るさを取り戻す。木霊も既に止んで、龍も断末魔すら上げることなく夢幻の如く泡沫に失せた。朝の新鮮な陽射しが、荒れた土地に恩恵をもたらす。

 当たり前がある安心を、目の前の光景から得られた人々は。あまりに涙するものまでいた。

 

「どういうつもりだ、貴様」

 

「おっと、あんた【猛者(おうじゃ)】か。よくこんなバケモンと戦って生きていられるもんだよ」

 

 少女の刃を納めさせ、首根っこを掴み引っ張って行こうとした男を呼び止める男声。圧倒的威圧、自身の戦いを邪魔された獣の如き怒りを一身に浴びながら、男は振り向き飄々(ひょうひょう)と答えた。変わらず冷静なその様をみて、【猛者】と呼ばれた男――猪の獣人は動かない。

 

「わりぃな、これ以上暴れられるわけにゃいかんだろ。こいつ頭いいんだか悪いんだかはっきりしねぇが、馬鹿なことは確かだからな。自分の事なんぞ眼中に入れずやってやがる。本当ぁ戦わせることすら止させたいんだが、無理だろうからな。もっとやりてぇなら、ふさわしい場所でやれよ」  

  

 こんこん、と地面を突きながら、否、下に広がるダンジョンを示し、そう言った。

 少女の首根っこを掴み直して、半ば引きずりながらでも運んでいく。

 猪人(ボアズ)の男はただ無言で、なにも口を出さなかった。致命傷を負い、これ以上戦うのが元々困難であったからかも知れない。

 

 街は一転し明るさを取り戻した。個々人の心情など、露知らず。

 大剣を背に掛けた男は、転がる己が部位(パーツ)を拾って、忽然(こつぜん)と姿を消した。

 結局、あっけない終わりだった。少女のアソビは、度が過ぎていたのに。

 変わらずに、オラリオはまた動き出した。

 

  

 


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