やがて我が身は剣となる。   作:烏羽 黒

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  今回の一言
 今日この頃、他策を読み文才の無さを痛感する。

では、どうぞ


夜のピークは過ぎていく

「で、結局シオンたんはボッチが好きなんやな」

 

「確かに独りを嫌う理由はないのですが……現在はただ、ね? 向けられる視線が全て尊敬と畏怖と下心がない交ぜになって気持ち悪いから退避しただけでして……」

 

「シオン可愛いから、仕方ない」

 

「あのですね? 今は私たちしかいないので大丈夫ですけど、あまりというか絶対、言いふらさないでくださいね。マジで死ねます。なので今はセアとお呼び下さいな」

 

 私以上にそんな視線をアイズは感じているだろうに、よくも耐えられるものだ。とてもじゃないが感じたくない視線である。今は完全に身体と順応したわけでは無いから、『途絶』も使えないし。あれ便利なんだよなぁ……自分の感覚を切り離すっていう離れ業、だけど代償は半端ない。

 

「ねぇシオン、ひーるなんか履いてて辛くないの?」

 

回復魔法(ヒール)? あ、(ヒール)か。えぇ勿論、結構辛いですよ。ですけど、アイズに見せる姿に手を抜くわけにはいかないでしょう」

 

 アクセントの違いに一瞬困惑したが、目線と動詞で何とか理解を訂正する。靴擦れで皮が()けることなどないが、いつもと違い体重移動の感覚に、少しばかり神経を使ってしまうのだ。だが(さら)しておいた方が良いらしい。良く解らんが。 

 

「そ、っか。うん、悔しいくらい可愛い……」

 

「なっ、アイズたんが、可愛さで、嫉妬……?」

 

 驚くところそこかよ。今の、嫉妬では無い気がするのだが……やはり、性根が男の私では解らないものがあるのだろう。女性ならではの感性というものが。

 

「ま、それはおいといてや。シオンたん、ちょっと情報交換せえへん?」

 

「私、そんな聞くほどの情報を持ち合わせておりませんけど」

 

「ええでそれでも。うちが一方的に話すようになるだけや」

 

 目配せされたアイズが、バルコニーへ繋がるガラス戸を閉めた。外側から鍵はかけられない。幾つかあるうちの一つ、そのバルコニーは閉鎖状態、誰に情報が洩れることも無い。

 一気に、真剣な空気を帯びる。自然と警戒を強める私を抑えるかのように、そっと手と手が交わった。緩む警戒高まる鼓動強まる緊張。逆効果となっている感じが否めないが、それを言って損をする気など殊更なく、ただ私は愛しむように握った。

 

「いちゃつかれると本当どうにもならんなぁ……」

 

 (あき)れられた。だがどう思われようと、私は止める気は無い。

―――いや待て、何故こうも平然としている?

 いつもなら絶対に、神ロキはこういう場面がある時落ち着いてなどいないはずだ。怒るなり、突っかかるなり何かしら行動を起こす。一体どんな心境の変化が……

 

「な、シオンたん、アイズたんとの関係どうのは後々じっくり話すとして、」

 

「いやいや、何でその事を知っているのですか? リヴェリアさんが密告しましたか?」

 

 そういう事かよ。落ち着いている理由にも合点がつくわ。思わず間髪入れずに言い返してしまうほどだよ畜生。これは……本気でヤバイ状況になって来てないか?

 

「違うで、アイズたんから相談受けてなぁ、何でもシオンたんと恋人になったから、プ――――」

 

「――ロキ……それ以上は、ダメ」

 

「気になるところで止めますねぇ……」 

 

 手は離さず、だがすらっとした腕を伸ばして、首を一握りにしている。(うつむ)かれて顔は見えないが気配は妙な真剣さを感じ取らせ、非ッ常に気になりはするもののそれ以上の追及は止しておいた。

 流石に、絞められてた神ロキは解放してあげたが。

 

「ぐほっ、ぐへぇ……ア、アイズたん容赦ないなぁ……初心で可愛いんやけど。さ、さっさと先いこか。うちらな、最近港街(メレン)に行って来たんねん。食人花について探るためになぁ」

 

「メレン、ですか。確か郊外ですよね? 面倒な手続き等々お疲れ様です」

 

「いんや、ウラノスにちょっと言ったら即許可出たわ。シオンたんもこの方法使ったらええで」

 

 無理だろ。実質的現大神だぞ、面会すら難しいだろうが。

 それはともかく、メレンとはよく考えたものだ。以前フィンさんが言っていた通り、ダンジョン第二の穴を探しに行ったのだろう。確かにメレンにはダンジョン第二の穴がある。

海竜の封印(リヴァイアサン・シール)』といったか。海の覇王(リヴァイアサン)のドロップアイテムを利用して造った『蓋』で今は塞がれているが。

 だが、それは少し見当違いな気がする。そもそもダンジョン第二の穴、いや、穴とは言い切れないのだが、出入り口として捉えるのならば『人口迷宮(クノッソス)』だろう。驚くことにアレは十五階層ではなく、十八階層まで進出していて、正当な出入りには私も所持している『迷宮の鍵(ダイダロス・オーブ)』を必要とするのだが。

 

「んで、結局メレンでは暴れて、色々わかってな。アイズたんがまだカナヅチやったり、『穴』は都市内のどっかにある事が確定したり、闘国(テルスキュラ)とイシュタルが繋がっとったり。ま、大体は解決しとって、問題は更にその先のことにある。この中に問題がないわけやないんやけどな」

 

 というか、アイズって私と同じでカナヅチなんだ。その事が一番の驚きである。

 私の場合水上を走れるし、泳げないとしても水底を歩いて1・2時間は余裕。最悪水を吹き飛ばせばいいし、泳ぐ必要が無いから正直泳げなくても別にいいのだ。……負け惜しみではない、決して筋肉量的に浮けない訳では無いのだ。  

 

「あの、そもそもてるすきゅら? とは何ですか? イシュタルはあの淫乱女神のことだとはわかるのですが……」

 

「シオンたん、美の女神に対して手ひどいなぁ……何か(うらみ)みでもあるん? あ、テルスキュラはアマゾネスばっかがいる国やで。都市外なのにLv.6もいるんや! 驚くやろ? 方法は聞かんといてな、あんま気持ちいもんじゃない」

 

「どうせ殺し合いでしょう。分かり切ったことは聞きませんよ」

 

 都市外で力を伸ばす方法は、単にそれしかないだろう。ただの決闘でもLvが上がらない訳では無いのだが、それでは緊張感と、命を賭すという条件が成り立ち難い。結果殺し合いが手っ取り早く合理的で効率的な方法ではあるのだ。私ももう、慣れたものだ。『別世界』でのこととなるが。

 

「……おどれ、平然としとるな」

 

「人道的では無いですが、合理的で効率的。都市外では案外仕方のないことなのですよ。許し、見逃せるものではありませんが」

 

「そう、なの?」

 

「国レベルではね。ほら、お隣のラキアなんてまさにそれでしょう? 決闘は頻繁に行われているようです」

 

 ミイシャさん曰く、であるのだがな。

 少し怯えているかのように震えるアイズの手。ぎゅっと包み落ち着かせる。想像してしまったのだろう、アイズは残虐なものに弱そう、私とは違って。これでもまだ十六歳、仕方あるまい。ダンジョンでのモンスターはともかく、人と人とは別なのだろう。人も殺したことがないような顔をしている、数度はあるだろうが。私は数えきれないほどだ、趣味とすら言えるであろうレベルに差し迫っている。口が裂けても言えんが。

 

「で、話の続きは?」

 

「あぁ、んで、シオンたんにも伝えとこ思うてな。まず一つ、イシュタルには気を付けぇちゅうことや。多分やけど『隠し玉』をもっとる。あんま関わらんよう気ぃつけや。ま、シオンたんに限って歓楽街には行かんやろうけど」

 

「ま、娼婦どもには興味ありませんから」

 

「ぞっこんやなぁ……」

 

 私の性欲はアイズにしか機能しないはずだし、何よりするのだったらアイズとの方が絶対的に好い。ティアは……まぁいいか、どうでも。確かに気持ちよくない訳ではないわけでもなかったのだが、どうにも幼女だ、あぁ幼女だ。流石にこれ以上は不味い。以前のは不可抗力だ、どうにもならん。

 

「んで、ここが情報交換の決め所なんやけど、シオンたん。ダンジョン第二の穴って知らへん?」

 

「知らない、訳でも無くもないですが……」

 

「ほんまに!? 教えてねぇな!」

 

 糸目の為見えることはないが、爛々(らんらん)と輝かせていることが一目でわかる興奮の様で接近される、空いている片手で抑える前に、アイズが抑えてくれたのはありがたい。

 半歩引いて、嘘は吐かずに答える。

 

「『ダイダロス通り』。その中のどことは特定できませんが、最低でも二つはあるでしょうね」

 

「最低でも二つ……どういうこっちゃ、それ」

 

「考えてみてくださいよ、天界を滅亡寸前まで追い込んだ神でしょう? まず出るに一つ逃げるに一つ、最低二つは必要。片方から出てバレたとき、もし制圧されてももう片方から逃げ出せますから。更に、敵の目的は都市の破壊、たった一つじゃこの広大な都市を破壊するに送り込める兵力が足りなくなる。本当はもっとあるでしょうが、それは『ダイダロス通り』だけに納まっていないでしょうね。ですから絞り込むと、『ダイダロス通り』が一番当たりを引ける確率は高くなる」    

 

 これだけ聞いていると、ただの推測にしか思えないだろう。だがしっかりと根拠は持っている。『人口迷宮(クノッソス)』の立案者は彼の名工ダイダロス。彼はダイダロス通りの根本を造ったのだから、人口迷宮(クノッソス)との経路を設けていたとしても可笑しくはない。でないと公になることなく地下に最硬質金属(アダマンタイト)をふんだんに使った迷路など造りようがないしな。 

 

「大変ですねぇ……面倒なことに首を突っ込んでいるものです」

 

「それ、シオンたんも加わっとるで? ま、ほんまにあんがとな、耳が痛くなるような情報感謝するわ」

 

「うん、ありがとね、シオン」

 

「アイズの微笑みがあれば何でもお承りします……って、私安くね?」

 

「自分で言っといてそりゃないやろ……」

 

 アイズの笑顔一つで動く、悪くない対価だが、それだとアイズの笑顔が安く感じてしまうのは気のせいだろうか、もっと言って私ですら安くなっている気がする。可笑しい、それはオカシイ。

 ま、アイズにお願いされたらどんなお願いでも本当に聞いてしまいそうだが。

 

「そろそろベルの所にでも行って遊んできましょうかね」

 

「何する気や?」

 

「女であることを利用してちょっとばかり」

 

 振り向きそう答えながら、アイズを引く形でガラス戸を開ける。すると丁度よくか、落ち着いた音楽が会場を歩き始めた。曲名は知らないが、それがどういうものであるのかは判る。

 

「踊りねぇ……私には向かないかな」

 

「……そう、かな。シオンはいろんなことできちゃうから、踊りもできるんじゃ……」

 

「今はセアで。確かに、踊れない訳では無いですけど、何分剣舞ばかり舞っていたものですから。どうしても踊ることは立ち回りであり戦闘である。という認識が抜けず……」

 

「戦闘狂かいな……でもうち、セアたんの躍るとこ見たい」

 

「私も、かな」

 

 マジかよ……最悪刃傷沙汰になるぞ。背に大太刀もあるし、防げるほどの実力がなければ簡単に死ねる。もっと言えば、私の動きについて来れる人など滅多に見つけられない。

 いや、いない訳では無いのだが……具体的には今手を繋いでいる彼女こそが該当人物なのだが……

 ちろっ、視線を向ける。だが失礼ながら、アイズは踊りの無縁な気がしてならなかった。相手として全く不足ないのだが。というか、私ヒールだけど踊れるのかね……

 

「女と女で踊っても良いのでしょうかね……?」

 

「セアたんまさか……アイズたんと躍るん? うちは大賛成や!」

 

「え、え?」

 

 困惑するアイズ、神や人問わず、周りから視線を総集めにした。流石にこれで「はいごめんなさいやっぱり無理です」なんて言えようか。引くに引けず、さてどうしたものかと悩む必要はもうない。

 名残惜しくなど思わず手を放し、恭しくも一礼して、怯むことなく彼女に対の手を差し出した。少しばかりか鼓動が煩い、妙に周りの音が断たれているからかもしれない。

 

「私と、踊っていただけますか」

 

 長く感じるこの時、手に触れるのは風、鋭敏になる指先。そっと、熱が刺激し鼓膜を震わす。感極まって麻見田すら出そうだったのは口が裂けても言えない。案外、私も子供だな。

 

「はい、喜んで……ッ」

 

 指と指を絡ませて、赴く先はガラッと掻き分けられて向かいやすくなった中心地。自然と、歩みは進められた。

 ジャァーン! 和音が高らかに鳴り響き、一転した曲が強く弾みだす。私たちに合わせているかのような選曲に、周りは打ち合わせ後のような動きで引いていった。

 場に取り残される。いや、場を、支配できる。

 二人で一つの独壇場、それが始まる。

 

「悪いですけど、私は激しいですよ」

 

「うん、知ってる。でも、追い付くから」

 

「少しは、加減しますよ」

 

 ほっそりとした腰に手を添え、柔らかな手が肩を触れる。その間に交わされた会話に介入されることはない。終えた会話、間を開けず、滑り込むように始まった。

 金の瞳に、同じ瞳が映る。交差するだけで、呼吸さえ察せるかのような思い込み。だがそれが現実となっているかのように、全くのブレも淀みも無かった。

 

「先を読み、動きを察し、駆け引きを行う。それが私の舞です。いきますよ」

 

「うん―――」

 

 ぱっ、立ち位置が瞬時に替わった。忽然(こつぜん)と動きは活発化する。

 アイズもドレスでまぁまぁ動き難いだろう。私もそうだ、特にヒールは。少しは控えめになるが、もしかしたらそれでダンスとして許容される範囲になり、丁度よくなるかもしれない。

 音に合わせて舞うのは、普段しないことで少々難しいが、段々と掴めるだろう。比較的緩いペースの今、ピークに突入したころが、最中(さなか)と成り得るか。 

 ココッ、コンッ、ココンッ。

 軽やかに、しなやかに、軽い身体が思い通りに動き、アイズもどこか楽しそうに舞った。ついぞ手と手は触れ合っている、にも拘らず大きな動き。だが無駄はなく、極めて鋭かった。

 ワンピースとドレスが風に(あお)られる。動きを態と大きくして、せめても観客を楽しませようとはした。だがどうにも、そのセンスはないらしい。アイズと楽しむことしか眼中になかった。

 触れるものがない片手、だが私はそこに刀を握っている感覚を得る。手の形はまさに、そのようだった。アイズもまた同じく剣を握っているかのよう。度々、打ち合わせるかのように腕がしなる。

 制止する合間などない。長く長く舞い続ける。だが、その一秒一秒が、とても短く感じるのは逸り過ぎている所為か。関係ない、増分に楽しもう。当初の目的なんぞ知るか。

 まさに目まぐるしく、忙しないほどの動きで行われる。もう、戦闘の域まで至った舞。風が、一方唖然とした人々を揺さぶる。

 手をいきなり引き、だが転ぶこと無くアイズは流れに任せ近づく。背後に回って首に手を回した。完全に、殺すつもり、だがしかし殺気などない。難なくアイズは対応し、脇を通って重心を一突き、逃れられる。背後に回った彼女の手を放すことなく体を捩り半回転、つられ回るアイズは負けじと回りながら私の手を引き、『剣』を握った片手が迫る。『刀』でさばき、『(つば)』で腰骨を突いた、バランスを崩すアイズの足元へ足を突き出しながら体を前へ押し出し、『刀』でぱっと切り上げる。半身で(かわ)されたが、崩した態勢は戻らない。

 アップテンポから段々と、落ち着きを取り戻し始める曲。自然、勢いを弱めることとなった。追撃せず手首を(かえ)し、流れに乗るアイズは合わせ姿勢を執成す。つかさず反撃、突いてきた『剣』を最小の動きで躱し、『柄』で手を打ち力を抜かせる。緩くなった手を腕に絡めてアイズの足を若干浮かせると、踵を返して急反転、急な変化に驚いたアイズを差し置いて、ふっと、拘束を解いた。支えを失いアイズが飛ぶ。

 重心移動で体勢を立て直すアイズの落下点へと流れるように移動して、すっぅと両手を伸ばした。綺麗にアイズが納まり、勢いを利用し体を(よじ)る。

 コ、コンッ

 ジャ、ジャァーン――――

 同時になり、余韻が漂う中、静止した状態で暫く経つ。私が上、アイズが下。背を床へと向けるアイズに被さるように上にいる私は、彼女の瞳を同色の瞳に映し出す。重心と足の二点による三角関係で体勢を保ち、重心が落ちているアイズの背を支えることで、彼女もその態勢を保っていられた。

 残留が、消える。

 手を引いてアイズを起こし、高揚する胸を落ち着かせながら二人並んで立つ。

 目配せすると意見があった気がした。穏やかに、恭しく礼を全方向に行う。

 パンッ、パンッ、パパパッパチパチパチパチ――――

 盛大に喝采される。数々の飛び交う言葉に取り合うことなく、円と囲まれる場所から抜け出した。流石に、成れないことをして参ってしまった。楽しくて、嬉しくて、満ち足りたお陰かもしれない。

 

「お疲れさん」

 

「うん、セアもね。初めてだったけど……うん、楽しかった」

 

「それは良かった。言うまでもなく、私も同じですけど」

 

「そっか、うん、そうだね」

 

 まだ止まない拍手。気にせず去って行く。 

 気を利かせてウェイターが運んできたワイングラスを二人で取り、音のない乾杯。

 一息に(あお)った少な目のワインは、一層と美味しく感じられた。

 

「おい、しぃ……」

 

「……って、そう言えばアイズってお酒弱かったような……」

 

「……大丈夫、なのかな? 全然、酔わない。でも……」

 

 開いている拳が、胸にあてられる。ふと、目を瞑った。

 神秘的なアイズ、酔いでは無い何かで、体温が簡単にまたもや上がった。

 

「うん、そうかも……」

 

「……そうですか」

 

 何が、とは聞く気にならなかった。必要ない、そう思ったからかもしれない。

 不可解なのは確かだが、もうそれでもいいと思った。

  

「アイズ、慣れないことで疲れたでしょう。お休みになってくださいな」

 

「わかった、そうする」

 

 潮時かと踏み、この高揚がこれ以上高まらないために、冷めないために、一旦離れることを選択した。実際、いろいろ疲れていたからということもあろう。

 お互いに背を向けて、名残を振り払い、去りゆく。

 実に好い、だが泡沫のように(もろ)い一時は、簡単に過ぎ去った。   

  

    * * *    

 

「しーちゃん、何時になったら来るのかな……」

 

 大人びている、だが幼い少女は、虚空にふと呟いた。

 想い人も待ち焦がれ、屋根上から『その時』まで、ただ正門を傍観する。三角座りで(うずくま)り、ぎゅぅと鳴る空腹を告げる音に耐えながら、目線をただ正門に向けた。股で挟み、右肩で支える薄く布で包まれた棒状の物を抱いて、幻覚であっても温もりを得て寒さに耐える。

 

「私……やっぱり嫌われてるのかなぁ……」

 

 先走って今まで行ってきた数々の所業。迷惑でなことであったと今では良く解る。それを判らずしてなんやかんやとしていた幼き頃の自分が情けない。

 

「お姉ちゃん、私、どうしたらいいの……?」

 

 曇り黒く染まる空の、瞬く強い輝きの星へ投げかける。答えは、無い。

 当たり前だ、もうお姉ちゃんは――――

 

「死んだ人に願って、何になる」

 

「――ッ!? 誰ッ!?」

 

 嘘、ありえない。私が気づくことなく接近された!?

 ぱっと離れながら布の結び目を解き、何時でも対処できるように構えを取る。だがしかし、そこに人はいない。

 幻聴か、そうあのやけに聞き心地の良い声を疑った。

 

「良い反応速度だけど、まだ甘い」

 

「ッッ!?」

 

 訳が分からない、いつの間に私の後ろに回った!?

 なんなんだ……耳元で(ささや)かれるまで、全くその存在を捉えられない。

 飛び退いて、屋根の中央に立つ。間合いの外側に、独りでいる、明らかな実力者。じりじと今になって感じる()()の背に携えられた野太刀(のだち)の気配を隠せていたことと、私が捉えられない速度での移動。私より強く、普通に戦っても勝ち目がないことくらい瞬時に理解できた。

 見た目にそぐわない女性の姿を見て、呆れと共に唖然(あぜん)としてしまった。どう見たって、ワンピース、更にヒールだ。動きやすい服装であの行いならまだわかる、だが一体どうして、そんな服装で今の様なことが出来るのか。

 

「貴女……誰」

 

「そんな警戒しても肩透かしで終わりますよ。あ、私は一応セアと言います。直ぐに忘れて頂いても構いませんよ。それでですね、どうせ何故ここに来た、とか質問されそうなので早めに答えておきますと―――神アポロンが何を企んでいるのか、お聞きしたく」

 

「なっ……」  

  

 驚きの連続。図星を突かれたこともあれば、本当に「何故」と問いただしたくなるようなことに気づいているから。

 しーちゃんとるーちゃんを引き抜くことを知っているのは、アポロン様と団員、そして協力を仰いだファミリアの数人だ。その人たちの顔は覚えている、こんな嫉妬するくらい可愛い人はいなかった。

 

「お答えいただけませんかね」

 

「……何のことか、私にはさっぱりかな。大体、アポロン様が何を企てているかなんて、一団員に過ぎない私なんかが知るはずも――――」

 

「嘘吐け、お前は【アポロン・ファミリア】副団長、更に言えば企ての発端に近い人間のはずだ。知らない筈もないだろう。さっさと言えよ、出ないと最悪を見ることになるかもしれないぞ」

 

「……どういうことかな、それ」

 

 鬼気を一点に―――私だけに集中させられて死ぬほど辛い。汗が滴る、拭う余裕などなかった。頼りになる愛槍(あいそう)の握る力を増し、()()()()()()お陰で停まっていた呼吸も取り戻す。

 この人は危険だ。しーちゃんと一緒になるために、確実に邪魔になるだろう。ここで消せる? コンディションは万全ではなくともよい方だ、『能力』を使えば何とか……いや、開いても只者じゃない。そう簡単に勝てる訳がない……お姉ちゃん、どうすれば……あっ、

 

「……ねぇ、貴女、何故お姉ちゃんが死んだって、知ってるの?」

 

「おっと、そう来るか。どうもこうもただの勘なんだが……うーん、そうだなぁ。『シスコン』の貴女がお姉さんと一緒に居ない筈がない、だが一緒に居れないのが死んだと言う理由なら、お姉さんがいないことも、()()()()()()()()()も説明がつく、でしょ?」

 

 何から何まで、どこまで知っているのだこの人は。

 左半身を引いた半身の構えに、思わずなってしまう。このツギハギ同然の体はお姉ちゃんのお陰で動いており、私が生きているのもお姉ちゃんのお陰。その代償は、お姉ちゃんの死。だがこのことを知っているのは、ヒュアキントスと、アポロン様。今はこの二人だけのはずだ。二人が情報を漏らすはずがない。

 

「何処からそんなことを……」

 

「最近貴女を斬った人から、ちょっとばかり知れただけですよ。何分関りが深いもので、隠すことなく知れるものですから」

 

「何を……私を、斬った? そんな人一人しか……」

 

 何か、嫌な予感がいくつも浮上した。

 ふふふっ、嫌らしく微笑まれる。絶望と恐怖が私に鋭く襲いかかった。

 関りが深い、隠すことなく知れる……私を斬った人……

 この人は、しーちゃんと関りが深い、人……? いや、だ。この人と比べて私は何もかもが劣ってみえる。勝ち目なんて、一毛たりともない……

 

「ありゃ、意地が悪かったかな。ごめーんね? これじゃあ聞きようがないかな。はぁ、仕方ない。情報なしなのはかなり不利だなぁ……ま、何とかしよ」

 

「ぁ……待ってっ!」

 

「……何です? もう用済みですよ」

 

 面倒そうに、だが飛び降りようとしたところを留まって、律儀に聞き返してくる。

 鬱陶しいものを見るような目でさげすまれるが、知ったことではない。

 これだけは、訊かなくては。

 

「貴女は、しーちゃんの、何なの?」

 

「……一番近くて、一番遠い。大切だけど、どうでもいい。失敗とパラドクスから生まれて、二律背反で交わることのない、説明ができない、複雑な関係。そんな風に曖昧な、訳の分からない関係。こんなところでいいでしょうか?」

 

 返答は、出せなかった。だってそれは、私以上に悲しいじゃないか。

 視界にもう彼女はいない、だけど私は彼女のことを胸に刻んで、相変わらず鈍感な彼を想う。

 

 彼女は知る由も無かった。その言葉が別人であり本人の放ったコトバで、ただ事実を曖昧に述べただけだと言うことを。

  

 


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