シオン(セア)をちょっと――裏物語で―――弄りたくなってきた。
では、どうぞ
胸が高鳴る、異様に『熱い』。春先の今、確かに気温は日に日に高くなるものの、それによるものでは断じてない。
大きく言えば興奮だ。今から向かっている場所への興味があり、そして緊張がある。更には眼前、座る神様の格好に思わず頬を赤らめてしまう。やっぱり、神々は人間離れして綺麗だ。
馬車に揺られながら、気晴らしに
手を伸ばし、ぎこちなくもなんとか、降りて来る神様へ手を貸すことに成功した。これも男児が行うエスコートの一つらしい。シオンなら知っていそうなこういう作法も、僕は勉強不足で何一つ知らない。そもそも、こんな大掛かりな宴に参加するのなんて初めてなのだ。
「ありがと、ベル君。ちゃんとエスコート出来てるじゃないか。上出来上出来」
「い、いぇっ……」
思わず委縮してしまう。隣にシオンが居たのなら、
ヘスティア様は何か知ったようだったが、『来ればわかるよ……』と一度言っただけで終わってしまった。それがどうも
場違いな感が非常に強い、周りには冒険者やら職人やらが続々と歩みを進めていて、立ち止まっているとやけに目立ってしまう。
「すまんなベル、ヘスティア。何から何まで」
「ありがとね、ベル……」
続き馬車から降りる二人。ナァーザさんとミアハ様が申し訳ないかのような表情でこちらへと近づく。
二人は何かと参加を渋っていたのだが、神様による鶴の一声が二人を参加へと導かせた。同じ貧困ファミリア同士仲が良い、二人が本来ある負担は僕たちが引き受けることで参加できるようになったのだ。『最悪シオン君からせしめようぜ!』とは神様の談だが、無理に近いことなど先刻承知であろう。
「ベル君ベル君!」
むすぅと、頬を膨らませた。
「……? ぁあ、ベル、そろそろいくとしよう。ヘスティアを早く連れたまえ」
「は、はいっ」
僕の様子に気づいたのか、ミアハ様が静かに急かしてくれたおかげで、何とか神様の手を取ることができた。感謝せねばならない。神様をこれ以上不機嫌にさせずに済んだ。
関ることすら一度も考えたことのない『夜の世界』。社交界に踏み入れる足を今度は
眩しい。というのがもっともらしい第一印象だろう。金銀が至る所に広がる。遠目から見た外見だけでも随分とお金をかけていることがわかるこの高級住宅街の一角、玄関ホールだけを見ても、それは素晴らしいの一言に尽きた。だがどうにも、僕の性に合わない。もっと物静かな方が田舎者として落ち着くのだが、ここは社交界、そんな僕の心情など一々気にしていられないし、権威を見せるためにもこういった装飾は必要なのだろう。全く理解はできないのだが。
歩みを進めながら、つい見渡してしまう。それがあまりよろしくないことだと知っていてもだ。
驚くほど高い天井に、吊るされているシャンデリア型魔石灯。純白のテーブルクロスを敷かれた長卓に並べられる高級感を醸し出す料理。バルコニーまで窓の奥に備わっている。どれも僕には初めてのものだ。委縮してしまうほどにここは慣れようがない。
だが周りにいる人たちはそんな様子がなく、すこし窮屈そうにするくらいでいたって普通に見えた。神々はこういった宴に何度も参加しているから慣れているであろうことは予想できるが、多くの
だがやはりか、『人』が少ない。ヒューマンは全種族の中でも最も劣る種族だ。恐らく同伴として就いている人たちはファミリアの中でもかなり格が上の人たち。ヒューマンが伸し上がることと言うのは、中々にして難しいのだ。言っちゃ悪いが、アイズさんやシオンが例外的な立ち位置となるだろう。
「あ、あの人って……」
「前から結構有名な人、チョー強い……それと、あっちの人も有名……でもそこにいる人はある意味有名、言い噂は聞かないから近寄らない方がいい……」
指で示さずに、目線で場所を示しながらやけに詳しいナァーザさんから色々と情報をもらう一方、足はそのまま進ませていると、ふと聞き慣れない声が神様を呼んだ。ついで慣れた声も
「タケの同伴は命君か。この前は助かったぜ、ありがとう」
「い、いぇ、自分は……その、は、はぃっ」
しどろもどろになっているのは、以前ちょっとしたいざこざがあったタケミカヅチ様に同伴する命さんだ。髪を纏め、気付けた烏色のドレスはとても綺麗なのだが……よかった、
紅の髪を後ろで纏めていて、何よりその右目を隠す眼帯が印象的の女性はヘファイストス様。誰もが知るあの【へファイストス・ファミリア】の主神兼永久現役社長であり、僕の
「―――おーい、オレも混ぜてくれよ! て、あれ? シオン君はいないのかい?」
「あ、ヘルメス」
少し突っかかりの覚える言葉が、近づく足音と共に発せられる。弾んでいる声、振り向いて想像していた
げっ、タケミカヅチ様が声に出して嫌そうな顔を浮かべる。その後に続いて僕の耳は「ヘルメス様、もっと声を下げてください……」という呆れを
タケミカヅチ様は何かと嫌っているようだが、ヘルメス様は明るい調子を崩さず懐にずかずかと踏み込んでいく。もしかしたらその性格こそが、タケミカヅチ様が嫌がる要因かもしれない。正直言うと、僕も少しだけ苦手であるが、表面上それは見せないようにしている。多分バレてない。
「―――ベル君も決まってるじゃないか! そしてもう一回聞くけど、シオン君はいないの?」
「来るとは言っていたのですけど……まだ見てなくて」
「来るとき一緒じゃなかったの?」
「馬車に乗った時シオンは――――――え?」
会話していたはずの声が、優男然としたものから全く違う、だが近々聞いた憶えのある声へ入れ替わったのに少し遅れて気付く。あまりにも自然すぎた瞬間だった。
眼前、ヘルメス様に向けていた視線を隣へと移す。僕より少し小さいくらいの身長の少女―――幼馴染のリナリアがそこには居た。
「久しぶり、るーちゃん」
「リ、リナリアさん……」
「もぅ、昔みたいにリアでいいのに。ちょっと見ないうちに年頃になって、恥ずかしくなっちゃった?」
「い、いや、その……」
本当だから何も言い返せない……
気づかぬうちに接近して自然に会話へ割り込んだリナリアさ―――リア……やっぱりだめ、リナリアさんが僕の横へと着いていた。つんつん、とじゃれるように肘打ちして弄られてしまう。いつもそうだ、同年代にも拘らず立場関係で上に立つことができない。
「こらー! ボ・ク・の! ベル君に何をするんだ!」
「やけにそこを強調するわね……」
呆れるヘファイストス様に、少しばかり同調してしまうのはさて置き、何故ここに彼女がいるのだろうか。……いや、愚問か。彼女は【アポロン・ファミリア】に所属している主催者側の人間である、ここにいることは何ら可笑しいことではない。だが、やけに自由過ぎやしないだろうか。縛られていないと言うか……そう言う立場なのかな?
「大丈夫ですよ、私の心はもう奪われたまま返されてませんから。あぁあ、しーちゃん来てないのかぁ……もう始まっちゃうのになぁ」
「え、そうなの?」
疑問を浮かべると、がっ、がっとヘルメス様が足蹴にされる。そちらに目を引き寄せられていると、知らぬ間に周囲がより一層と騒がしくなっていたことに気づいた。やはり宴、こう盛り上がってくれると何とか緊張も解れてきそうだ。
『諸君、今日はよく足を運んでくれた!』
高らかに、よく通る男声が響き亘った。大広間の奥に立つ男神様が発信源である。端麗な容姿、少し変わった威圧。それで神だとすぐにわかった。
シオンなら彼の神をこういうだろう。『
自身が司るモノで最も有名な太陽、それを反映したかのような
――――ふと向いた隣には、もう誰もいなかった。
全く違和感なくいなくなるのは怖いくらい凄い。知らないうちに僕なんかよりもずっと上、格が本当に違うのだろう。流石オラリオで生き延びているだけはある。だが不可解なのはやはり、あの頼りがいのあるお姉さんが居ないことか。もう失恋しちゃったけど、なんやかんやで五歳の僕初恋の相手だったのだが。まぁ合わない方が良いだろう、しどろもどろになって
『――多くの同族、そして愛する子供たちの顔を見れて、私自身喜ばしい限りだ。――今宵は新しき出会いに恵まれる。そんな予感がする』
何か僕にも予感がした。ちょっと嫌な感じの。その要因が今向けられた、あまり心地の良くない視線の所為でもあるかもしれない。
いや、気のせいか。
「神様、どうします?」
「うーん、アポロンとは一応話しておきたいけど、今は忙しそうだし……後にしよっか」
「はい、わかりました」
その通り、アポロン様の近くに集っていた神々が、続々とアポロン様へ話しかけている。あの調子だと社交辞令的に流していたとしてもかなり時間を要するだろう。宴の時間はまだある、ならば今の時間は少しくらい楽しむべきか。
「ぁ……」
「?」
ふと、会場が静まり返った。それは静寂と言えるまでの無音。
何かと分からず、だが視界内で唖然としている命さんを目線を追うと、その正体がわかった。
誰かと言うのを理解しながらも、息を
それ以外の時が止まってしまったかのように、周りは一切動かなかった。否、動くことすらできなかった。
不思議なまでにその動く存在は音がなく、だからこそこの空間にいる人々は、幻想でも見ているかのような気持ちに見舞われる。
『幻想』は、玄関から堂々と、一切の淀みない動作で入って来て、ただ歩いているだけ。
『幻想』は、背にその身長に迫る程の刀を携えていた。
『幻想』は、煌めく銀と、呑み込まれそうなほどの
『幻想』は、ただ普通に、僕へと向かって、歩いていた。
「ベ~ル。そんな
「――いでっ」
つんっ、と額を指一本で突かれただけで、あっけなく尻餅をついてしまうほど、気が抜けていたことをお尻の痛みで知る。
「遅れてごめんなさいね」
透き通った、いつまでも聴いていたいと思うほど美しく心地の良い声が、僕の
にこっ、優しい至上に思えてしまいそうなほど、美しい笑みが視界一杯に広がる。
僕の兄が―――いや、それは正しくない。僕の兄のもう一人の姿、テランセアさんがそこには居た。
* * *
「こんにちは」
「あ? 誰だお前」
「うーん、そうですねぇ……シオン・クラネルの代理人? とでも名乗りましょうか」
「どういうこった?」
首を傾げる男性。草薙さんが警戒心をあらわにしながら首を傾げる。私を見てその反応は無いだろうが、今の『私』ならば仕方ない。
アミッドさんから
「昨日依頼した、アレを受け取りに来たのですよ」
驚いた顔を浮かべる。だが一転しちょっと気まずそうな顔でわざとらしく喉を鳴らす、そして真剣味を帯びた顔で変なことを発した。
「……滅びてしまえ」
「フレイヤめ」
「いい加減にしろ」
「私は決して浮気などする気は無いっ……」
「判った、よぉーくわかった。お前シオンだろ」
「何故そこまでわかった……!?」
流石にそれには驚いた。今の私からシオン・クラネルの面影を感じることなど、言動と仕草くらいしか……あ、十分すぎるな。
因みに今のは合言葉だ。他の誰かに間違っても奪われないように、昨日渡した羊皮紙には合言葉を書いておいた。誰もこんな命知らずなことを言わんだろう。私だから言えることなのだ。
「おらよ、完成はしてっけど、あんま抜かねぇ方が良いぜ」
「……なるほど、これは予想以上だ」
封印が解放された刀―――いや、大太刀から発せられる尋常ならぬ気配が、重く強く、私へ圧し掛かる。
ぎゅっと、呪いを抑えるためだけに作られた
「マジでシオンだな、お前」
「さっきのは予想だったのですか……ま、別にもういいですけど。流石ですよね草薙さん、これほどのモノを打てるなんて。要望以上ですよ」
「そりゃ当たり前だ。俺を舐めんなよ」
清々しい笑みを浮かべて、謙遜する気など殊更ないらしい。
無償と言う契約だが、これくらいは代償にも入らないだろう。
「ありがと、草薙」
「なっ……」
びくんっと、肩を跳ね上げた。面白くてつい笑みが零れる。
ほくそ笑んでいる私を見て、何を思ったか、顔を真っ赤にした草薙さんは顔を体ごと背けて、手でしっしっと『帰れ』とでも言いたげにした。
「二十超えた大人が、かわいいこって」
「うっせ、さっさと失せろ」
何ともまぁ面白いこった。これは弄りがいがあるかもしれない。
「それじゃ」と一言残して、その場を去ることにした。
* * *
「これまたこんにちは」
「なにが『また』か。今まであったことなどなかろう」
実質的に初めてとなる開口。老婆がこの姿を見たこと無いのは当たり前のことである。
一々説明するのもしち面倒臭いから省かせてもらうとして、さっさと本題に入る。こんな陰気臭いところに長居していると、なんだか自分までそうなってしまいそうだから。
「早速ですけど、出来上がってます?」
「……何についてかわからんな」
「いい警戒心です。ですが今は不要なもの。昨日依頼したモノについてですよ」
「……お主、一体何者か」
不必要な誰何は商人しとして仕方ない事か。だがどう答えたものか。昨日の開口では名乗ってはいないし、共通点なんて言動と仕草しかないからどうにもこの人には伝わらないだろう。
この際もうどうでもいい。とりあえず目的さえ果たせれば。
「しがない剣士? という認識でいいですよ。んで、結局のところ、完成はしてるの、してないの?」
「うちに任されている依頼は現在たった一つ……そのことを言うのなら、完成しておるの」
「おぉ、お早い仕事で。じゃ、それっておいくら?」
「最重要の材料はそろってあったからの……せいぜい500万くらいかね」
意外と安いものだ。八桁覚悟していたが、まさか七桁で済むとはかなり良い
「じゃ……ほい500万。値段交渉も面倒だし、さっさとこれで買わせてくださいな」
「
「その依頼主から受け取ってと言われているとしたら?」
というのは今作った
ここで乗ってくれれば後は簡単なのだが……
「……なら良いの。それが誠かは定かではないが、まぁよい。お主があの依頼主の代理人だとしよう。合言葉なんぞ老いぼれには覚えられんわ」
「ははっ、そんな適当でいいのでしょうかね。ま、ありがたく」
ごっ、というに鈍い音を鳴らして、目先に依頼していたモノと布に包まれたナニカが置かれる。大層重そうなものだが、果たしてこれをどうやって一日で作ったのやら。完成していることに期待してはいたが、今日来たのは進行度を聞いて完成日を予測するため。これは願ったり叶ったり、という奴か。
「あまり荒く使わんでおくれ。リヴェリアみたいに短期間で何度も壊されたもんじゃない」
「あら、リヴェリアさんと知り合いでしたか。ですが安心していいですよ。多少暴れることはあるでしょうが、丁重には扱います」
「同じようなことをリヴェリアも言っとったか」
「面白い偶然ですね」
何の共通点を見出されているのやら。だがまぁ、考えていることは同じなのだろう。どちらもずる賢くて
背に携えていた大太刀を右手で抜き放ち、刹那すら刻むことなく左手に持つモノ―――鞘へと甲高い音を立てて納まった。
背に在る鞘を手に持ち、代わりに今刃の納まる鞘を背に携える。ずっしりとした重さは、どことなくしっくりくる感覚があった。
「ふぅ、それでは、失礼します」
「また来んじゃないよ」
「それは店の人としてどうなのやら……」
客を呼び込む気が無いと言うか、立地から考えてそうなのだが、面倒事がいかにも嫌そうだ。客を面倒と思う私は確実に商才がない。あの老婆も。
「ま、そんなことはどうでもいいでしょうかね」
宴が始まる所為かやけに街は騒がしい。横目で見やりながら、会場とは見当違いの方向へと進んで行った。