やがて我が身は剣となる。   作:烏羽 黒

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  今回の一言
 前回の始めの方(文字数少ないので)追加させて戴きました! 

では、どうぞ


思惑

「――何をしに来た、と問うても別に可笑しくないですよね」

 

「――うん。しーちゃんからのお願いを、私が断るわけないでしょ?」

 

 無言のまま、僅かに引かれる服の裾。嫌悪が飛び交い、圧力だけのせめぎ合いが不可視の間で起こる。一言でその攻防をぶち壊し、それに気づく彼女が次いで言を返した。

 一層不機嫌になる、背後に控えるティア。視線で制し、また向き合った。

 

「これ、私からのプレゼント」

 

「手紙、いえ、招待状ですか」

 

 無駄に金をかけているであろう封筒。手渡されたそれを受け取った時の感触を確かめに裏返すと、封をしていたものは弓矢と太陽のエンブレム。どう見ても【アポロン・ファミリア】のエンブレムだ。それがこれを招待状であることを示している。

 腐れ外道団体の一員に幼馴染(おさななじ)みが居たとは、見損なうものだ。彼女も『引き抜き』の協力者であるのなら尚更。加担していたかどうかは知らんがな。

 

「待ってるからね♪」

 

「中身を見る前に言われても何についてか全く分からんわ。んで、どこで()()を知った」

 

 存外それだけで人を殺してしまいそうな眼光が彼女―――リナリアを射貫く。手を伸ばさなくても届くほど近づいていたリナリアが数歩、本能的にか後退(あとずさ)る。

 

「ちょ、ちょっとしーちゃん? そんな怖い目をされても、期待しちゃうだけだよ?」

 

「何にだよ全く……」

 

 (あき)れるほどのマゾヒストだと、今鮮明に思い出した。(ののし)られることで高揚し、冷徹に接することで悦び、(いじ)めることで最高だと身を抱いていた彼女は、だが不思議なことに適応される人に限りがあって、私とベル、そして彼女の姉である。……もう、私とベルだけであろうが。

 何を考えているかを知りたくないが何となくわかるほど、気色を火照らせはぁはぁ煩い。朝も早朝、夜風すら吹くこの頃の『アイギス』ではなく、真昼間でこんなことになったら本当にどうしてやったものか。

 

「あ、どうして知ったかだけど、情報はいろんなところから得られるから、気を付けてね、って警告を答えにさせてもらうね」

 

 要するに自力で集めた、ということか。面倒なことをするものだ、何故か、とまで無粋なことは聞かない。それはもう何年も前に愚問と化したことだから。

 一片の救いも無く、完膚(かんぷ)なきまでに叩き潰したはずの想いなのに。それが今、生きていることが正直不思議でたまらない。

 

「はぁ、もう帰ってください。正直、邪魔になるので」

 

「朝の鍛錬(トレーニング)なら手伝うけど?」

 

「いらん、さっさと帰れ」

 

 彼女がある程度相手になることは昨夜の反応速度から見当がつく。推定してLv.4は超えているだろうから、ティアとは潜在能力(ポテンシャル)面で比べるまでも無いのだが、その差を埋めるほどにティアには魔法ないし精霊術がある。今は見て学べることはティアの方が多いし、何よりこれ以上彼女の相手するのが面倒臭い。早々に立ち去ってくれた方が何かとよいのだ。最後に加えると他ファミリアである。

 

「ま、本当のことを言うと今日は帰るしかないんだけど。じゃあ、またね」

 

「はいはい、いったいった」

 

 しっしっと、失礼極まりないであろう方法で追い払おうとしたことに若干の不機嫌が(うかが)えたが、正直知ったこっちゃない。追跡者(ストーカー)のように()()追われるくらいなら冷たくあしらって飽きさせた方がまだましであろう。

 気分よさげに奇怪に笑いながら出ていく彼女を見送ることなく、内ポケットに招待状を適当にしまう。(かたき)でも見るかのような目で似た見つけていたティアはもうそこになく、眼前で屹立(きつりつ)しているのは戦闘準備万端の彼女であった。

 

「んじゃ、始めましょうか」

 

「今日こそは一撃でも中てる……」

 

 何やらと決意したティアが高らかに、呪文を紡ぎながら殺しに来る。 

 足元から伸びた土の槍を砕く音こそが、今朝の戦闘の始まりを示していた。

 

  

    * * *

 

「ヘスティア様、【アポロン・ファミリア】から宴の招待状です。行かないといけませんかね……?」

 

「当たり前だろう。君は自分が何をやらかしたのか自覚するべきだね。顔くらいは出してやらないとボクの立場がないってものさ。ボクだって本当は行きたくないんだ、あんな奴の宴なんか」

 

「ですよねぇ……」

 

 自分がしたことに悔いは全くないのだが、こうまでなると正直面倒。絶対リナリアに遭うのだから特に。彼女との接触は極力避けたいのだ。随分と前になるが、引き()がすのにどれ程苦労したかなど労するまでもなく思い出せてしまう。

 

「これ、ベル君にも渡されるのかなぁ……」

 

 本が好きな彼女が案外速読で、封を開けてから紙はくしゃくしゃと丸めるまで、そう時間を要さなかった。

 中身には確かに、宴への招待状だという旨が(つづ)られていた。だがほんの少しだけ変わっていて、ヘスティア様への愛と、眷族を招待しても良いと言うことも含まれていて、眷族が少ないからどうのこうのという馬鹿らしい名目で全員招待されたが……。

 

「あちらさんの狙いは元々ベルでしょうし、考えるまでも無いですね。私なんてどうせリナリア(あのおバカ)がついでくらいに引き抜こうとでも思っているのでしょう」

 

「それは許さんぞぉ! ボクの家族を渡してなんかやるかぁ!」

 

 空しく響く。いつも騒が――賑やかさ担当の二人が留守のここでは特に。今ベルは無事を報告にギルドへ、ティアは私からのちょっとした頼み事で出張っている。

 手を揚げ激しく怒っているが、どうにもそれに怖さも尊厳も感じられない。家族だナンダの言っても、それは本人の自由意志だ。まぁこんな実質貧困ファミリアに入る人など居ないだろうし、入った人は物好き以外の何でもないだろうから抜けることも無かろうが。

 

「はぁ、行きたくないなぁ……」

 

「む? 溜め息なんか吐いたら幸せが逃げちゃうぞ? 宴って言っても、シオン君がそこまで嫌がることではないんじゃないかい?」

 

 不思議そうに首を傾げられても逆にこちらが困る。それを理解しろというのはかなり酷なことであるのだが。

 ヘスティア様にはリナリアのことを詳しく話している訳では無い。だからその面倒臭さを知らないのだ。知れば引くほどのことだし、思い出したくも無いからいっていないのだが。

 

「……もしかして、幼馴染と会うのが嫌なのかい?」

 

「まさにその通りですよ……諸々の事情により本来関わりたくも無いです」

 

「でもシオン君が行かないと立場がなぁ……」

 

「そうなんですよねぇ……」 

 

 社交場のルールなんて誰が作ったのやら。もう少し弛緩(しかん)しても問題ないだろうに。

 今の時機(タイミング)で宴が開かれるのなんて昨日の一件と因果関係があるとしか思えない。ならば一応問題を起こしたのは私であるから、多少の責任は取らなくては―――まぁ勿論相手方にも相応の責任を要求するのだが。

 

「あっ、私であって私じゃない人が一人いるではありませんか」

 

「む? まさかそれって――――」

 

 きーめた。(いぶか)しむ目を向けられてももう揺らがない。すっぽかして我がファミリアの立場を落とすのは今は非常に良くない選択だから、こうするしかないのだ。 

 これなら、うん、悪くない。

 

「今のうちにドレスでも買っておきましょうかね」

 

「やっぱりか!?」

 

   * * *

 

「私が来た!」

 

「どんなテンションだよそりゃぁ……その顔、一体何考えてきやがった」

 

「無理難題を押し付けるためにですよ」

 

 珍しいことに嫌々なことをあからさまな顔で見せつける草薙さん。それほどまでに私は面白いことを思いついた子供のような表情をしていた。

 カウンター近くの椅子に座る彼に見えるように、ドンっとわざとらしく音を立てて一枚の羊皮紙をカウンターに叩きつける。手を避けるとそこには、文字列が並んでいた。

 

「……そうポンポン替えるもんじゃねぇんだがな」

 

「これは私であって私でない人が使う刀ですから、代替品と言う訳ではありませんよ。……この指示通りに頼めます? 明日(あす)受け取りに来ますから」 

 

 はぁ、溜め息を吐く。それはとりあえず、引き受けてはくれると言うことなのだろう。

 ただ彼は無情にも、こう言い放った。

 

「死んでも知らんぞ」

 

()()()()ってわかってるくせに」

 

「そりゃどうかな」

 

 文字列の並んだ紙を懐に仕舞って、音なくすぅと立ち上がる。   

 意味深な言葉を最後に残し、扉を開き外に親指を向けて『出てけ』と無言で告げる。

 逆らうことなく従うと、出た瞬間に扉は閉ざされ、札がひっくり返ると『閉店休業中』と極東特有の筆記体で書かれた文字が見られた。

 なんやかんやで、草薙さんはあの無理難題を達成してしまいそうだ。 

 

   * * *

 

「こんにちはー」

 

 薄暗い地下、北西のメインストリートのそこにあるちょっとマニアックなお店。

 好き好んで地下よりはしないだろうその場所に、今私は気安く踏み込む。

 

「おぉ? だれだぁ? 新客とはめずらしいなぁ」

 

「それはそれでどうなのやら……初めまして、魔術師(メイガス)さん」

   

 数歩分の距離を取って、名は知ってはいるものの気安くならないように呼びはしない。黒いローブを纏った白髪の老女は、どことなくあの黒影(こくえい)のような魔術師(メイガス)に似ているのだが、共通点については見当も無い。

 

「んで、唐突なのですけど、これを使って指定武装(オーダーメイド)を作ることは可能ですか」

 

「……これはたまげたねぇ」

 

 音なく置かれた布に包まれる塊。結び目が解かれ、露わとなるその中身は、(つや)めく光沢を微光ですら放つ、上等な魔法石。

 魔法石も取り扱うという情報を得ていたが、流石にこのレベルはそうしょっちゅうお目にかかるモノではあるまい。どういうものか判るからこそ、その驚きはなお大きい。

 

「おーい、何時までも茫然(ぼうぜん)自失でいられても困るのですけど」

 

「急くでない。老人との会話は、長続きすのが常、気長に待ちぃ」

 

 いかにもな感じでそう言ってはいるが、見た目相応に年老いているようにはどうにも見えん。口出しすることでは無かろうがな。

 見るまでもなさそうだが、機械的に鑑定を進めていく。暫く待ってやっとのことで結論を出したのか、ふぅと一息長々吐いた。

 

「何とかできそうではあるねぇ。して、どんな武装をご所望か」 

 

「これを基に、お願いしようと思っていました」

 

 取り出すのは、一枚の羊皮紙。文字を読める程度には明るいこの場所では、その神に描かれた設計図がはっきりと見えた。デザイン等まで書かれているのだが、唯一素材が大まかである。

 

「ほぅ……これなら、問題ないか」

 

「お金は後程お支払いいたします。要望と期待に応えてくれると思っていますからね」

 

「ひひひひっ、面白いことをいうなぁ」

 

 にやつき、自信たっぷりのしわくちゃな笑みを、私へ残す。

 それに心配などせず、私はその場を去ることにした。

 

  

   * * *

 

 服の擦れる音すら響かせず、ただ普通に走り、飛び、移動する。

 念のために彼我500Mの距離を保ち続けながら、視線で追わず魔力を『目』で追った。

 気づかれる可能性は限りなく低い。だが、その零ではない可能性への保険として、常に『転移』が実行可能な待機状態だ。

 

 

『いって』

 

 思念派が一時的に使い魔にした小動物たちと、鳥たちに伝わり、思い通りに動き出す。監視網をしっかりを気づき上げ、逃がさないようにした。

 

『何か重要なことが起きるか、特筆した情報を得られるまで監視』

 

 と告げられ、逆らうことなく従順に従っているのが今のわたしだ。

 

「……早速発見、でいいのかな?」

 

 それは『目』を通した光景である。彼女を追って行った先にあった、彼女のものと思わしき部屋。そこを小動物に探索させるとあら不思議、超精密な絵が幾枚もあった。その全てが、白髪と金髪の少女と黒髪の少女が描かれている。……いや、これは、まさかね。シオンっていうわけじゃあ……じゅるり。

 ごほんっ、気を取り直して。他に見つけた物といえば、折れた槍、また一枚の、だが別に人物が描かれた精巧な絵、何着もの服、数冊のノート、そして宝石付きのネックレスが丁寧に扱われていた。

 そこでぶちゅっと、目がつぶれる。少しの痛みを味わったが、これは使い魔が死んだ代償だ。つまりはばれて殺された。そりゃそうだろう、(ねずみ)なんて部屋に居たら驚いて焼き殺しかねない。

 

「シオンに報告しよっ」

 

 ぴょんっと走り出す。だがまだあるはずの情報を、探すことを放棄して。 

 


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