リューさんかわぇぇ……
では、どうぞ
「粗品ですが、どうぞ。一応ベルを助けに来てくれましたから、そのお礼として」
「あ、あの……その、ありがとうございます……」
目を一向に合わそうとはしないが、差し出したものはしっかりと受け取る。胸に抱き、そそくさと去ってしまった。
気まずいものを感じたのだろう。私は全く感じていない……はずだ。前の別れが彼女にとって最悪だったからな、仕方あるまい。態度についてとやかく言う気などないのだから。
因みに私が渡したのは、極東発祥の着物である。いやぁ、ぴったりのサイズを探すのに二時間奮闘したことだ。因みにサイズは脳内から再生した彼女を目測したに過ぎない。
デザインはやはり緑を基調とさせてもらった。だがサイズと緑、という二つの条件が重なるものが、思った以上に少なく、本気で苦労した。いい運動になったぜ……久しぶりに走った後肩で息をした。
見つけたのは勿論緑が基調となっている着物。緑と言っても
そして
上階へと向かう彼女を見届ける前に、脇腹への軽い肘打ちを手で受ける。いたずらに顔をにたつかせるのはそれをしたシルさんだ。
「ベル、もういいのですか?」
「うん。まだいろいろあるけどね。シオンはどうするの? 二時間かけて探してみた結果がちょっと僕からでも可哀相に見えたんだけど……」
「いいのですよ。あれは所詮礼品です、ただリューさんはスタイルが良いので逆に合うものが少ないのですよ。なので探すのに労しただけです。それに、彼女はなんやかんやで着そうですから、どうせなら似合いそうな物の方が良いでしょう?」
うわぁ……とでも言いたげな目はやめて頂きたい。おかしなことは言ってないだろう。シルさんもそんな面白いものを見つけた女神のような目で見ないでいただきたい。
「あ、シオンさん。先程リューに渡した着物、着た姿とか興味ありません?」
「それほどないですけど」
というかよく中身が着物だと判ったな……簪を別箱で渡したので気づいたのか? やはりそう言うものにはめざといな。流石女性、いや、流石シルさんと言うべきか。
それにしてもリューさんの着物姿ねぇ……絶対に綺麗であろうが、態々見ようと思うほどでもない。だがどうせこの後は暇だ。夜まで予定がからっきしである。
「……あっ、ぼ、僕もう行くから」
と、何を居たたまれない気持ちになったのか、即立ち去ろうと
きゅるぅ、という、最近あまり耳にしなかった腹の音で。
「……あのー、提案ですけど、うちで昼食を摂って行ってはいかがでしょう?」
勿論ベルはそれに反対できず、私は
食事中は全く、シルさんの姿が見受けられなかった。勿論、上階にある今リューさんが居る部屋でなんやかんやとしているのだろう。ご愁傷様だ、ただどのように言いくるめられたのかは興味がある。
「ふぅ、久々にまともな昼食を摂った気がします」
「何食べていたのか知りたくなる言い方しないでよ……」
ふとそこで、大人しかった天井が煩く揺れる。見計らったかのようなタイミングだ。だがよくこんな短時間で終わったものだ。平均して一時間などざらだと聞いた憶えがあるのだが。
「ベルはどんなだと思います? 私は明るい木蔭に立たせたらとても栄えるようになっていると思います。あ、いつものことか」
「結構適当に言うね……うーん、でもリューさん綺麗だしなぁ、見てみたいなぁ……」
おや、我が弟はやはり健全な男の子であるようです。しっかり女性に興味を持っている。ただ一人に完全な一途である私とは大違いだ。
ことことこと、カウンターに座っている今、奥の方から聞こえてい来る。昼間は一般客でそれなりに賑わうここで、ぼちぼちと人が見当たるのだが、彼女はここへ出て来て羞恥で
「はーい、リューがやってきましたよー!」
よく通る大きな声で、シルさんがそう呼びかける。自然と注目が集まるのは、その前に立つ彼女。
しっかりと着こなした着物。うっすら膨れる胸元の片方には大きな花が咲いており、そこから主に下側に数輪咲いていて、進むに連れて段々を小さくなっていく。それは十分以上に、彼女という存在を引き出していた。自然を彷彿とさせるものが良く似合う。
襷は使われていなかった。だから旺盛的というよりは落ち着いた、という印象が与えられる。まさに彼女といえた。いつもと違い役割の無いカチューシャが外されていて、髪は簪を使い纏められていた。簪には小さめの向日葵が付いていて、だが目が引き寄せられるのはやはり少しはにかむ彼女本人。
「ど、どうです、か?」
来る前に立ちあがっていた私たちは、その彼女の目線は上目遣い以外の何でもなかった。唖然と硬直するベルを横目で見ながら、率直な感想を述べる。
「流石ですね、とても綺麗ですよ。ちょっと虐めたくなるくらい」
「い、虐める?」
「何でもないです忘れてください」
口が滑った……あまりにも己の心中を暴露してしまったようだ。歯止めは効かないものなのか? まぁいい。若干シルさんに引かれているけど気にしたら負けだ。
「えぃっ」
と、声がしたのは隣から。シルさんがちょこちょこ移動してマジの肘打ちを鳩尾に笑顔を消さぬまま打ち込んだのだ。後に続くのはかなり鈍い音。腹を押さえて蹲るほど
「で、着て見せて、その後どうするのです? そのまま仕事でもするのですか?」
「えっ……」
「うーん、それはいいかもしれませんけど、お母さんが―――はい、大丈夫だそうです」
適当にこの場を去るきっかけを作ろうとしたのだが、何故か違う方向に向かってしまった。
絶対
「え、ちょ、その……」
「まぁまぁリューさん諦めて。別に隠すほど粗末な見栄えではありませんよ? むしろ誇って見せびらかすべきです。そうすれば恐らく、給料上がりますよ?」
「そんなことを気にしている訳では……」
何を
「あ、そうだ。ベルさん、シオンさん、うちで今日夕食でもいかがでしょうか? ベルさんの帰還祝いという名目でも、リューの目の保養でもいいですから」
「シ、シル!? 何を言っているのですか‼」
声を上げて反抗するリューさんをシルさんは軽く無視する。それを含めて私とベルは、目を合わせて苦笑を交えた。ベルはまだ彼女に、言っていなかったらしい。
「ごめんなさいねシルさん、今日は夜に予定がありまして」
「――? それってまさか……」
「はい、仲間たちと――――――」
* * *
がやがやと、外は変わらず
「あのーアスフィさん? そろそろ私向かわないと遅れてしまいそうで、」
「駄目です。あと、あと少し……」
「それもう何回目ですか……三十二回中一度も勝ててないですよね?」
事前に決めた持ち時間が迫るのを砂時計が知らせ、
「チェックメイト。……私、もう行きますね」
「うぅぅ、何故、何故勝てないのですか……」
そりゃぁ賭けと予測の差だろう。というかもう引き留めないんだ。流石に諦めてくれたかねぇ……でないとそこはかとなく積もったフラストレーションが爆発しそうなのだが。
ベルは今、『
「失礼します」
【ヘルメス・ファミリア】
礼金を渡しに来たはいいものの、極秘であるはずの彼女らのホームに何故か招き入れられ、どうしてか執拗にルルネさんからアスフィさんとチェスをしてほしいと言われたのだ。今ではその理由がしみじみと判る。よく頑張った、そう言葉を贈りたい程に。
端的に言おう、メッチャ弱い。なのに負け嫌い。面倒極まりないこの二つが合わさったのがアスフィさんとのチェスである。まさかポーン全部無しで勝てるとは思わんかった。一番楽に勝てたのだが。
「早く向かわんと怒られるな……でもなぁ、ティアに晩飯作らないと」
少しと言うかかなり遅れてしまうだろうが、さっさと帰ってさっさと作ってさっさと向かうべきだ。片付けくらいならティアでもできるであろう。
「あ、シオンおかえり! お腹すいた!」
「はいはい、十分待ってください。あと今日私ベルたちと外で食べるので、食事を終えたら片付けは自分でお願いします」
手を動かしながら、そういえばヘスティア様もいたな、と姿を確認して思い出す。少し時間が増えてしまうが、まぁ仕方ない。ぼやかれるよりはついでに作った方がまだマシである。
移動自体は数瞬で終えるので、もうそこの時間を換算する必要はないに等しい。だから
* * *
「ねぇリュー、それ着ましょう!」
「な、何ですかシル!? ノックくらいしてください!」
彼から頂いた包装された礼品という
上階の部屋の一室。思いのあまりに普段ならあり得ない、ベットに飛び込む、という行為をしてしまうほど、我を忘れ、嬉しさに
「チャンスなのよリュー! 少しでもシオンさんを振り向かせるための!」
「な、な、ななななんあななぁァァッぁァ!?」
瞳を
「何故判ったのですか!? そんなこと一度も……!」
「ふふん、私を見くびらないでよねリュー。でもあれは、私じゃなくても気づけたかな? シオンさんにはちょっと……うん、気づいてもらえそうにないけど」
「気づいてもらわなくてもいいのです!」
この想いは出すべきものでは無い。彼は自身を
「……リュー、そろそろ正直になりなよ」
今までの調子から、一気に落ちた。いつにない冷ややかな射貫く目が、ずきりと胸を貫く。見透かした彼女には、もう私の
「自信が持てないなら、いいこと教えてあげる」
それには言われない圧迫感が
近づいて来る。嫌だ、初めて彼女にそう思った。
「ぁ……」
すぅと、長めの箱が奪われた。だがそれに抗うことは、何故かできない。
名残惜しく目だけを追わせ、ただ手は動かないでいる。
「これ、なんだかわかる?」
ぽかん。毒気を抜かれたように固まった。だってその言葉に圧など、微塵も存在しえなかったのだから。
「ふふっ、面白い顔。これね、結構高い簪なんだよ? しかもこの大きさだと……」
包装が速さの割に丁寧に
「その一! これは簪です! 簪には極東での伝統で男性が女性に渡す際、『添い遂げる』という意味を持つの! そしてここに着いてる向日葵! 咲き方から『私の目は貴女だけを見つめています』って意味もあるの! つまりどういうことか判る!?」
どことなく怒った様子の彼女に
それは絶叫を上げるほどのモノであった。ただ、私は声一つでない。
「いい、リュー。チャンスはあるの、だから逃しちゃ駄目。はいっ、だから今すぐ着替える」
「ふうぇ? き、着替える?」
「安心してリュー、すぐ終わるからぁ……」
何か嫌な予感が、ナニカを押しのけ警戒信号を発す。だがその前に私は捕らわれ、成す術無くあんなことやこんあことをされてしまった。
その間考えたことは、ひたすらに彼のこと。シルの説明と私の理解が正しければ、それはとても重大なことである。ただ、信じ難かった。そもそもとして、これを意図的にしているかが心配だったが。
まぁ、気にし過ぎか。そう勝手に信じ込む。いつでも、自分の都合がいいように。
* * *
「―――あの女みてぇな奴、どっかの人形姫みたいで、薄気味わりぃよなぁ!」
「―――そうか、とりあえず死ね」
バキッ、床に罅が入る。そこには一陣風が吹いた。酒場は何が起こったかの理解などできず、ただ巻き添えに数名が吹き飛ぶ。風が発生したのは、物体が
「はぁ、っていったものの、今は殺す気がないけどな」
次々に飛ばす、怒声と畏怖の罵倒。羽虫が鳴くようなその煩さに嫌気が差して、つい手が出た。断末魔に似た短い音だけを残し、あっけなく尽きる。
「あ、ベル。遅れてごめんなさいね。ティアたちの夕飯を作っていまして。
「う、うん。その、ありがと?」
「何故疑問形何だか」
というのは少し意地悪なこと。ベルが耐えがたいものを感じていたのは判っていた。入り難い空気を醸し出していたこの酒場の外でそれが止むのを待っていたら、聞き捨てならないことを並べる馬鹿どもがいたので、ちょっと害虫駆除をしただけである。単なる
蜂蜜酒と以前頼み損ねた例のアレを頼もうとして、やはりストップが掛けられた。だがそれは意外にも、ベルたちではなく愚物の中でもいかにも自意識過剰系な無言であった男だった。
止められ方は簡単、今は傾げた首の横、そこに在る拳。欠伸が出るような速度で放たれた、本当は避けることに意味もない拳だ。
「……これはどういう意味に捉えると、正しいのでしょうかね」
「我々の仲間を傷つけた、その報いだ。大人しく受けていろ」
「ほぅ? よく言うなぁLv.3。現状考えてからほざけ。報いと言うなら、貴方も受けますか? 私は私が気づく限り、
淡々と告げる。だがそれは酷く冷徹、凍えるような声音だった。怖気が空間を独走する。
「人形姫……オラリオでそれを示すのは、残念ながら彼女唯一人……気味が悪い、そうも言ったな」
一歩二歩、拳を無意識に引いて、更に
「さぁ、用意はいいかクソ野郎。しっかり歯ァ食い縛って死ぬなよ。それじゃあ、意味なんて無いからな」
気付いたら右手に刀が握られていた。そう、周りからは見えてしまうだろう。あまりにも自然で、あまりにも早すぎて、誰もその抜刀と見られ無かったから。
刹那も刻むことなく変化が起き、遅れてキンッ、甲高い金属音が響いた。