やがて我が身は剣となる。   作:烏羽 黒

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  今回の一言
 タイトルは問題だよ?

では、どうぞ


さて、所持金はいくら?

 

「【()(まと)え。我は()の力に負けぬと誓おう】――【憑炎(フランマ)】」

 

 拳に炎が纏わる。肌が焼け焦げ、(ただ)れることなどない。ただただ、経験から成る強迫観念が幻痛(げんつう)により苛み続ける。焼き付けられるような、血が沸かされるような、そんな。

 だが意志力で耐える。負けたら手に納まらず、魂までも焼かれるのだから。

 

「吹き飛べッ」

 

 大型モンスターがその通り、たった一撃の炎拳(えんけん)で吹き飛ぶ。内側に入り込んだ拳が爆ぜたかのように見えるその光景は、憑き纏う炎が膨れ上がり内側から破壊したから。生物と言うのは内側からの力にめっぽう弱いから非常に有効な攻撃。

 しかも、効果はそれだけに納まらない。

 膨れ上がった炎は拳の威力が向かう方向、そこへ共に流されていく。衝撃波が先に行き渡り地を割り、遅れて届いた炎が隙間なく埋め尽くした。足場を盗られたモンスターは成す術無く、焼失した。

 

「もう一撃ッ」

 

 引き絞った左拳。前撃で殺せなかった側にいる混乱するモンスターに向け、同じように吹き飛ばした。たった二撃で長い時間かけてため込んだモンスターは消し飛ばされる。  

 

「あぁ、集めるのめんどくせぇ……」

 

 苦労人に与えられるのは、戦闘経験それだけ。辛うじてドロップアイテムが残っていることがあるが、それも()()()()()まで来ると非常に難しい。

 五十五階層。といっても捉え方として五十一階層から八階層までは一緒くたに扱っても別に大丈夫なのだが。というか、そう考えた方が安全だったりする。 

 ダンジョンが迷宮(ダンジョン)と言われるようになったのには、ここが発見されたのが大きな理由らしい。迷路構造が蜿蜒(えんえん)と続いているため、迷路から派生し迷宮となったのだ。

 しかも、完全なマッピングが終えられていない。正規ルートすらあやふやなのだ。だから辿って来た道を把握してないと迷う、そして死ぬ。それに加え私がしているのは『トレイン』、またの名を怪物集合(キル・パレード)。集めている最中に殺される可能性も高い、そして集められたとしても下からの『狙撃』がモンスターを殺すこともしょっちゅう。非常に面倒極まりないことなのだが、このくらいはしないと精霊術のトレーニングなんてできっこない。

 

「うーん、持ち帰れればこれで大体200万か? 【ヘルメス・ファミリア】と【ロキ・ファミリア】に百万ずつで礼金としては十分足りるかねぇ……」

 

 ベルを助けてくれたお礼はまだしていない。協力してくれたのは【ヘルメス・ファミリア】【ロキ・ファミリア】【タケミカヅチ・ファミリア】の三組織。【タケミカヅチ・ファミリア】はベルたちが窮地に陥った原因となったようで、助けに来たことでお相子。礼金を出しては無駄に恩着せがましくなってしまう。

 

「レアドロップではないが、まぁ今日の所は止しといてやろうじゃないか。『白竜の血』もついでに換金すれば収入はかなり良い。といっても礼金の額を変える気はないけどな」

 

 かなり深いところまで潜ってしまったため、戻るのにも相応に時間を要する。流石にここまで来てしまうと、半日など容易にかかってしまうのだ。荷物のことを眼中に入れなくてはならず、気を使うことで速度が落ちる。

 

「……そう言えば、そろそろ自宅でも買おうかな」

 

 既に億単位で貯金はある。個人宅(マイホーム)くらい相応のものを一括払いで買えるだろう。そうだな……少し広いくらいの一軒家が、丁度よいか。

 

「暇だし、探してみようかな……」

 

 今後必要になってくれたらいいな、という願いを、その呟きに込め放つ。

 暢気(のんき)にそんなことを考えている場所は、実に場違いなダンジョン深層のことだった。

 

 

   * * *

 

「238万105ヴァリスだよ。また随分と凄い(もん)持ってくるようになって……」

 

「まぁまぁ、ちょっと深層行ってきただけなので、それくらい入手できますよ」

 

 すっかり顔を憶えられてしまった換金所のおっちゃんと、数言交わして代金を受け取る。始めは心底驚かれていたが、今では笑って受け流されてしまうほど、おっちゃんの常識性を削り取ってしまった。それはもう、Lv.2が深層に行っていることを不審に思われない程に。悪びれる気は全くない。

 

「あっ、シオン……君」

 

「いい加減その間はどうにかならないのかよ……おはようございます、エイナさん」

 

 立ち去ろうと入口へ向かうところで、背後から声。態とやっているとすら思える区切り方で呼ぶのは、彼女しかいない。声でもそれは判別できた。

  

「休憩中ですか?」

 

「ううん、出勤したばかりなの。それに私の受付担当は九時から、今はその準備なの」

 

「一時間前出勤……超真面目、いっそ怖い」 

 

 若干引くレベルだぞこれは……公務員なのだから九時五時でいいじゃん。いや別に公務員にそんな一時間前出勤ルールがあるかどうかは知らないが、ミーシャさんを見ていると違う気がする。

 ……あの人が自由過ぎるだけか。彼女は自由行動が過ぎるからな、アホみたいに早いときから居たり、逆に超遅刻で出勤することもある。なぜそれで首にならないか不思議でたまらん。

 

「私でも怒るからね?」

 

 私へ彼女がこやかに微笑むのは、大概怒っている時であると決まっている。 

 端正な顔を首で傾け、静かぁに見つめられるのは、言うに言われないプレッシャーがあるものだ。エルフは皆、無言の圧力が得意技なのだろうか? あ、エイナさんハーフエルフだった。

 

「で、どうかしましたか? 暇つぶしの世間話程度なら付き合いますよ?」

 

「それもいいけど……ねぇ、ベル君って、大丈夫だったの?」

 

 軽口めいた私の発言を返したのは、一転した真剣味を帯びる表情から出される心配の言葉。自身の弟のようだと可愛がっている―――とミイシャさんから聞いた―――ベルのことだ。

 

「あぁ、そのことなら、今日中にはわかると思いますよ。ただその状態で仕事に入ると物凄くもどかしくなると思うので、これだけ言わせてもらいます。ベルは普通に、生きてますよ」

 

 生死の確認だけできれば、少しは気が納まるだろう。後に訪れるであろうベルと他のことについては話してもらいたい。その方が彼女的にも実に好い結果を生むだろうから。

 一息大きく、長々と吐いた。それは積もりに積もった不安が漸く吹き飛んだからか。無駄に心配性で気負ってしまうところは美徳なのだが、明らかに人生損する性である。

 

「では、私はこれで」

 

「うん、ありがとね、教えてくれて」

 

 ざっと疲れたような顔を浮かべているのは、気が抜けすぎているからか。仕事が大丈夫か心配になるものだ。

 まぁ私が気にしても意味の無いことで、後はベルに託そうか。

 外に出た瞬間脇目も振らず、走り出す。目的地は定めているが。

 

 滞りなく一瞬で着いたのは、潔癖感のある白を見せつける治療院。やはり()()を取引するのならば、ここが一番(もう)かる。

 

 チリンッ、軽快にドア上の鈴が奏でる音で、多少なりと目が集まる。

 

「シオン?」

 

 一番に声を掛けられた。平静を保っているように見える【ディアン・ケヒトファミリア】で主神より崇められる()()()の少女。銀髪に紫眼(しがん)を持つ白肌の医者であり治療師だ。

 

「どうもアミッドさん、先日はお世話になりました」

 

「あっ……こ、こちらこそ、ありがとうございました……」

 

「話がかみ合ってねぇ……」

 

 もじもじとしている珍しい姿を見ながら、若干の(あき)れに苦笑を浮かべる。だが時それほど要さずして彼女は元に戻り、よく見る営業時の顔を浮かべた。

 慌てる彼女はそこにない。

 

「シオン、今日は何をしに来たのでしょうか?」

 

 若干の期待をちらつかせるのは何を思うてのことかなどもう知っている。その期待に応えるかは別として、私は本来の目的を果たすため、レッグホルスターに触れた。

 

「では、これで」

 

 そう言いながら、取り出した試験管。その中身をゆらゆらと揺らす。やはり御用達の【万能者(ペルセウス)】製試験管。中に入れたものの鮮度を最低でも一週間は保つ優れものの試験官だ。上級冒険者がよく持ち歩くもので、値段はそれなり。深層突入時などに回復薬(ポーション)等の効力を保つために態々入れ替えて持って行くこともあるらしい。私は完全に採取物保存用として購入したのだが。

 

「これと言われても何につい――――」

 

 若干嘆息したように(かぶり)を振ったが、途切れ一転。詰め寄り半開きの口をわなわなと震わせながら、試験管を握る手を気にせず包み込む。

 面白くてつい漏らしそうになる笑みを堪えて、意地悪気にいう。

 

「これなーんだ」 

 

「―――――来てください」

 

「うおっと」

 

 手を掴まれたまま、ぎゅっと引っ張られるのに抗わず連れられる。向かう場所など決まっている、彼女の部屋だ。

 鍵を刺し込み、回し、開錠、部屋への突入。そこまでの一切が淀みなかったのは少しばかり感心した。

 

「座って」

 

「ありゃ端的。どれだけ焦ってるんだか」

 

 椅子を引かれてそれだけ告げられる。急いでいると言うのは目に見えて判るのだが、それでも紅茶と茶菓子を用意する。そこは譲れないもてなしの精神なのだろうか。客をもてなさないから分からん。

 だが一つ言えば、今出された紅茶はしっかり茶葉から抽出されていて、しかも美味い。どこぞのハイエルフなんかとは大違いだ。

 

「シオン話をしましょうすぐしましょう」

 

「そんな急かさなくとも私は逃げませんよ……一旦落ち着いて、何を話したいのかは解っていますけど、何です?」

 

「その『白竜の血』についてです。買い取らせてください」

 

「言ったな? じゃあ5億」

 

「うぐっ」

 

 自身の失言と私の目的に気づいて盛大に仰け反る。興奮した怒濤(どとう)の勢いはそれで納まり、冷静は私だけではなく彼女にも訪れる。 

 

「……せめて1億で」

 

「初っ端それかよ……でもなぁ、これ相当に苦労してるんだよなぁ……ほら、知ってるでしょう、『白竜の血』の入手方法。いやぁ、大変だったなぁ……3億5000万」

 

 大仰な物言いに加えてあえて値段は大幅に下げる。相場で1億は到達しないのだが、私としては2億は欲しい。交渉力は彼女の方が上だが、何とか張り合って見せよう。

 今は私が有利な状況。だがこのまま引っ張ていくことは不可能だ、早期決着が望ましい。

 

「シオン、それが『白竜の血』であることは確かなので、一つ言わせていただきますと、それを加工できるのは私だけです。コストパフォーマンスから考えても私が買い取ることが最善。他で売っても良い収入は期待できないでしょう。ですのでどうです? 1億5000万程で」

 

 さてどう破ろうか。この自信と優位性。自分が優位であることに思い直して、余裕の表情を出して来やがった。めんどくせぇ……

 まぁ、逆手に利用してやるだけだが。

 

「でしょうね。これはアミッドさんにしか加工できないでしょう、使い道とされているあの薬を作るのなら、ね」

 

「……何が言いたいのですか?」

 

 さて、攻めといこうじゃないか。

 

「『白竜の血』は加工方法としてアレが有名です。ですがどうでしょう、必ず使い道がそれだけとは限りますか? それは違う。例えばです、私がここへ来る前に【万能者(ペルセウス)】と遇っていて、商談を持ちかけられていたのを後回しにしているとしたら? 彼女なら、別の使い道を見出せるかもしれない」

 

「なっ……」

 

 絶句した。まさかこんな返しが来るとは思わなかったのだろう。今彼女は可能性について審議している(はず)だ。ありもしない遇ったという可能性と、ただの騙欺(ブラフ)である可能性。

 全てが嘘ではない。アスフィさんならば何とかして作り出すことが可能であろう。嘘はただ、彼女と遇った事だけ、だがこれは非常に低い可能性だ。だからこそ、彼女は迷う。慎重すぎる彼女は。

 

「さてどうしたものか。私、売るのなら高い方が良いのですよねぇ、当たり前ですけど。でしてね、アスフィさんには一応2億円以上で買い取ると言われているのですよ。私はアミッドさんがそれよりも高額で買い取ってくれると信じて、一旦お断りさせていただいたのですが……どうやらあちらの方がよさそうですね……」

 

 はぁ、一息吐く。わざとらしく、大仰に。それにびくんっと震えるのはアミッドさん。彼女は理解してる、この『白竜の血』で莫大な利益を得られて、それが人を助けるのに役立つことが。

 悩み、悩み、悩むだろう。だから追い込む。

 

「アミッドさん、この『血』は結果的に莫大な利益を得られるでしょう。それ程の品です。ですから、私は貴女に売りたい。売りたい、売りたいのですが……私もお金が欲しい。あるに越したことはありませんからね……だから、ね?」

 

 静かに冷徹で変わらない笑みを口元で作り、返答を急かす。だが彼女はその催促には従わず、黙り込んだままひたすらに時が過ぎた。催促する気も無くなり紅茶を口にし始めたころ、漸く口を開いた。

 

「……3億で、お願いできませんか」

 

「あと一歩、3億2000万」

 

 ぎゅっと拳が握られるのを、筋肉の動きで理解する。苦し紛れの決断でしか、これを入手することはできない。私はもう下げる気は無い。それを彼女は察している。

 これでも優しくした方だ。破綻寸前まで追い込む額にしなかったことに感謝はしてもらいたい。 

 

「……わかり、ました」

 

「うん。よろしい」

 

 悔しそうに唇を噛みながら、彼女が代金を取りにか、外へ出た。

 彼女たちの資金が十億を超えていることなど知っている。これくらいを支払わせても何ら問題ないのだが、お金はあるに越したことはない。そこで踏ん張ったようだが、今日は勝ち越せそうだ。

  

 満足げに、紅茶を全て飲み乾す。気長に待とう、彼女は約束を違えない。

 事実、数分で彼女は金が入っているであろう膨れた袋を持ち、部屋へ戻って来た。

 

「毎度毎度、買い取り有り難うございます」

 

 試験管を渡し、同時に袋を受け取る。中身のチェックは形式上忘れてはならない。相手を不審がるようであまり気が進まないが、必要なことであるのだ。

 

「……シオン、貴方もう十分な成金といえる人ですよね。このお金、何に使おうとしているのですか?」

 

 もう呆れ果てたかのような彼女の声音に、平然と答える。別段隠すようなことでもないし、彼女に知られたところで何ら問題ない。

 

「なぁに、家でも買おうと思っているだけですよ」

 

「い、家?」

 

 これには流石に戸惑われた。それもそうだろう、私は現在一応独り身だ。そんな人が家を買うなど、明らかに可笑しい話であるし、第一にそれはファミリアのホームに住まないと言うことである。それは意外と珍しいことであるのだ。大体がファミリアで居を統一する。

 

「ではアミッドさん、頑張ってくださいな。それで(もう)けられると良いですね」

 

「えぇ、製法はもう随分と前に学んでいますから。必ず儲かってみせましょう。三億を超すものとなると何処かの貴族辺りに売るしかなくなるのですがね……」

 

「あはは、そのあたりは頑張ってくださいな。困ったときは、ギルドのミイシャ・フロットを訪ねると良いですよ。彼女は沢山情報を持っていますから」

 

 それに首を傾げられたが、すぐに首を縦に振られた。

 見届けるともう用済みの為立ち去る。流石に屋内は走らない、ぶち壊れるし。

 

 その後私は二時間ほどの走り回った。とあるものを見つけるために。

 この後の用事に、必要であるものを買い取るために。

 

 

 




 
 原作と時系列ずれずれだし、何なら設定もいろいろ違うから。この作品の設定が必ずしも原作の設定じゃないことを、一応覚えておいて欲しいです。

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