やがて我が身は剣となる。   作:烏羽 黒

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  今回の一言
 戦闘シーン、しかも魔法となると難易度がべりぃはーどです……

では、どうぞ 


異常者対都市最強魔導士

「……あ、あのですね? 私が全面的に悪かったですから、()ねるのはそろそろ止めて頂けると……」

 

 というのは表面上のみで、内心今の状況を結構楽しんでいる。神たちがダンジョンに来れるのであれば、今の彼女は垂涎(すいぜん)の的であろう。

 ルームの壁際まで寄って、すっかり(うずくま)って顔も見せてくれない。普段の彼女からはとてもじゃないが想像できないすすり泣く声まで出している。

 非ッ常にそそられる。だが今はその衝動を抑えて、目的を果たさなくてはならない。

 

「うるざいっ! ぐズッ……もぅ、終わりだ……あんな恥、慕ってくれる者たちに顔向けできない……」

 

 頭を抱えて続きオカシク叫びを上げる。羞恥で完全に悶絶(もんぜつ)状態だ。

 品位も形振りも眼中にない。世にも珍しいリヴェリアさんの姿が隅に在った。

 十階層の霧のお陰で、この姿を見れているのは私のみだろう。そもそも食事時はあまりダンジョンに人はいない。魔法を撃つタイミングとしては中々好い方かもしれない。

 

「お姫様だっこなんてされた事なかった……人前で叫んだこともなかった……五分かからず十階層に来れたこともなかった……何故いきなり初体験がこれほど起きるのだ……」

 

 ぶつぶつ言っているが、さてどうしたものか。お姫様抱っこのまま突っ走ってしまった事は、いきなりだったしそれだけは悪いと思っている。だが、叫んだのもその他諸々はリヴェリアさんの自責だ。心構えを常にしていないのが悪い。まぁ亜光速には達しない超音速程の速度で走ったのだから、驚いて絶叫をあげるのは無理ないことなのだが。

 それにしてもイメージ崩壊だな。冷静沈着な『大木の心』を持つリヴェリアさんは、意外と弱々しいらしく、歳相お――――いや、見た目の年齢相応の可愛げは持ち合わせているようだ。

 だってエルフって見た目で年齢判別できんし。前にギルドで遇った黒髪長髪で金眼のエルフは歳のほど十八に見えたが、脅威の683歳と告げられた時は流石に驚いたものだ。

 

「ちょっとちょっと、そろそろ魔法勝負しましょうよ。怖気づいて長引かせているようにしか見えないのですが」

 

「――ッ? 本当に今日は面白い事ばかりをしてくれるなぁシオン~? いいだろう、そうだなここには魔法を撃つために来たのだったなっ」

 

 ちょろい。すっごい御しやすい。よくもまぁこれで誰にも(もら)われなかったものだ。婚期を逃してないといいのだが……いや、心配することはなかろう。十分綺麗だし、十年以内には結婚できるだろう。

 たぶんな。 

 それにしてもだ。魔力で髪が揺らめき、杖を珍しく高々と掲げて、まさに怒髪衝天(どはつしょうてん)のリヴェリアさんは俄然やる気を出している。(あお)りが良く効いたか。

 

「ではお好きにどうぞ。私は後から撃たせていただきます」

 

「腰を抜かすなよ―――それほどの奴だとは思っておらんがな」

 

 余裕綽々(しゃくしゃく)と勝負を吹っ掛けた時とは違い、警戒が強い。案外走ったことが影響したのだろうか。

 

「あっ、そうだ。ルール決めてない」

 

「―――そうだったな。私としたことが失念していた」

 

 まぁ失念もどうも勝負すると決まった瞬間に走ってきたのだから決めようがないだろう。さてどうした物か、無駄に凝ったものだと面倒だし、簡単すぎるのは―――別に悪くない。

 

「よし決めた。撃ち合いましょう。お互い同時詠唱開始で、先に相手を倒した方が勝ち。物理攻撃は禁止、ただし魔法によるものは可。何発でも売って良し!」

 

「ほぅ、それでいいのか。私の魔法で焼け死ぬことはあるまいな」

 

「おぅおぅ言ってくれますねぇ。私がリヴェリアさんの魔法で死ぬことがあると。なら言わせてもらいますけど、防御魔法、使っとかないと死ぬかもしれませんよ? 貴女がね」

 

「なに?」

 

 聞き返される前に背を向け離れていく。左手に階層端の壁があり、真正面にやって来た霧を風―――まぁ精霊術と言えるアリアの力で吹き飛ばす。

 リヴェリアさんと対面して、右手を差し出した。彼女は愛杖(あいじょう)を構える。

 

「んじゃあ、ダンジョンの壁面が割れたら詠唱開始です」

 

「そんなのすぐには――――」

 

 ピキッ

 

「――――――――――――【終末の前触れよ白き雪よ。黄昏を前に(うず)を巻け】」

「【全てを無に()せし劫火よ全てを有のまま(とど)めし氷河よ終焉へと向かう道を示せ】」

 

 やはり来た。そうしめしめとほくそ笑みながら超高速詠唱を行う。噛むことはもう考慮しない。

 やけに静かで、且つ昨日のようにモンスターがぽんぽん湧かないことを不自然に思っていたのだ。機を待ち構えていたのだろう。本当に良いタイミングだ。

 

「【フィーニス・マギカ】」

 

「―――ッ!」

 

 ぱっと横へ飛び退くリヴェリアさん、だが何かを撃ったわけでは無い。強いて言えば魔力弾で脅したくらいか。功を奏して遅れている詠唱を更に遅れさせる。私の魔法はただ一つこれだけ、しかし詠唱文が長い。対し短い【エアリアル】は流石にずるいだろう。それではつまらないから。  

 

「【始まりは灯火次なるは戦火】」

「【閉ざされる光凍てつく大地】」

 

 奇妙な現象に思えているだろうが、顔色一つ変えず並行詠唱と高速詠唱の合わせで仕掛ける彼女に、私はその場に留まり高速詠唱。同じことはできなくはないのだが、動き回れば彼女が私を捉える術が無くなる。それでは平等(フェア)ではない。

 

「【劫火は戦の終わりの証として(もたら)されたならば劫火を齎したまえ】」

「【吹雪け、三度の厳冬――――――――――――我が名はアールヴ】!」

 

 先に終わらせられる。此方は一次式完了まであと少し。相殺は間に合わない。

 受けるしかないだろう。痛みはあろうが、倒されることはあるまい。

 

「【ウィン・フィンブルヴェトル】!!」

「【醜き姿をさらす我にどうか慈悲の炎を貸し与えてほしい―――――――さすれば戦は終わりを告げる】」

 

 詠唱途中で、無慈悲な吹雪が私へ注がれる。それは右側から撃たれ、奥の壁までも凍らせた。

 流石、といえようが。甘い。

 凍った私は、周りごと易々と破壊した。勿論打撃は禁止だから使っていない。単なる魔力波だ。倦怠感(けんたいかん)は非常に強いが、気にするほどのモノでもない。

 流石に驚いている顔を(さら)すリヴェリアさんを差し置いて、詠唱を終えた。

 

「【終末の炎(インフェルノ)】」

 

 前の言動からして初めてかと思ったが、そう言えば一度だけ見られている。アイズから聞いたと言うのは私が使った魔法のことなのだろう。

 内心舌打ちしつつ、(かわ)されても中っても続く詠唱を紡ぐ。

 

「【終わりの劫火は放たれただが終わりは新たな始まりを呼ぶ】」

 

 私の魔法は十二分にリスクが高い。だがその分利点があり、威力と範囲、そして切り替え(スイッチ)の速度。普通の魔術師では不可能な魔法の零時間(ノンタイム)連結がこの魔法ではでき、意識と魔力を使うにしろ、詠唱の長さを補える効果だ。

 

「【ならばこの終わりを続けよう全てを(とど)める氷河の氷は劫火の炎も包み込む】」

「【舞い踊れ大気の精よ光の主よ。森の守り手と契を結び大地の歌をもって我等を包め】」

 

 切り替えられた。恐らく攻撃魔法ではなく防御魔法。立ち止まっていることからほぼ確定だろう。

 魔力量はやはりすさまじい。だが、こちらも舐めてもらっては困る。表示されないレベルまで達しているのだ、上限は無いと勝手に思い込んでいる。

 だから容赦なく、全力で解き放つ。

 

「【矛盾し合う二つの終わりはやがて一つの終わりとなった】」

 

「ガハッっ……」

 

 流石に間に合わない。詠唱中のリヴェリアさんへ牽制程度、だが加減はしない魔力弾を何発も放つ。見えない且つ音速を超すその弾はうち一発のみが、脇腹へ命中した。しめた、と思いながら詠唱の速度を速める。

 

「【その終わりとは滅び愚かなる我はそれを望んで選ぶ滅亡となる終焉を我は自ら引き起こす】」

「【我等を囲え大いなる森光(しんこう)の障壁となって我等を守れ――――――――我が名はアールヴ】!」

 

 魔力弾をある程度避けてくれたお陰で見事、炎の近くへ寄せられた。視界内に炎とリヴェリアさんを映し出し、同時に発する。

 

「【神々の黄昏(ラグナロク)】」

「【ヴィア・シルヘイム】!」

 

 発動は私の方が僅かに速かった。だが、効果への発展はリヴェリアさんの方が上。

 確実に二つの魔法は防がれている。だが、二次災害はどうなるだろうかな。

 この効果は知っていても、対応できない可能性が十分にある、鬼畜な奇襲なのだから。

 

「打撃なしって意外とめんどい!」

 

 風刃(ふうじん)で飛礫を破壊するのは案外手間がかかる。この威力は侮れないし、瞬発的な強さなら第一級武装の鋭さを上回るものまである。我ながら末恐ろしい限りだ。

 リヴェリアさんの生死は朧気(おぼろげ)だ。気配が散乱しすぎて流石に捉え難い。死人のソレとは違う気配だから死んではいないだろうが。だから私は右の平手を前へと突き出した。肘に左手を添える。それはいつぞや矯正させ無くなったある人の構えであり、完全な奇襲魔法。

 

 極度の温度変化で生じた(もや)が晴れた。先には血を流し、その美しい顔を歪めながらも、意地になっているのか、杖を支えに立ち上がろうとしていた彼女の姿が見えた。

 容赦なく、言い放つ。

 

「【ファイアボルト】」

 

 悲鳴は上げなかった。それ程の余裕が無かったのかもしれない。加減なしの全力砲撃は深々と地面を(えぐ)っているほどだ。―――まだ、生きてはいるか。

 地面に俯けで突っ伏しているリヴェリアさんへ近づく。相手を倒した、というのは中々に微妙な基準(ライン)が引かれているもので、だが確定的に言えるのが戦闘不能に追い込むと倒したことになる、ということだ。その基準こそ色々なのだが、今は大方魔力量だろう。まだ残っていそうだが。

 

「――――ッ、ガハッ、ッハッ……」

 

 真正面から諸に当たっても流石か、肉体は原型を留め、朦朧(もうろう)ながらも意識を保っている。喉に詰まりかけたのか吐き出した血もとても綺麗だ、嘗め回したい程の―――っと危ない。欲望は抑えなくては。

 あえて時間を空ける。彼女が仰向けになるまで。そして成るとすぐに動く。

 見えやすいように少しの距離を置いて、右手を彼女に(かざ)す。そして告げた。

 

「チェック。さぁどうします?」

 

「……投了(リザイン)、だッ……」

 

 仰向けのまま吐血し、服だけではなく口周りを汚す。もう(なり)など気にする余裕も無いのだろう。  

 ごくりっ、無意識に鳴らしてしまった。いや別に、彼女の唇を見ていたからではない。今か彼女の姿そのものが、非常にそそられる状態なのだ。S気があるとよく言われるが、ただ感覚がオカシイだけなのだろう。

 

「リヴェリアさん、傷って自分で治せます? 私回復薬(ポーション)等は持ち合わせない主義でして」

 

「――――――」

 

 無言のリヴェリアさんから魔力が放散されるのを感じた。回復魔同士(ヒーラー)の条件と言われる即時回復か。だが待て、リヴェリアさんは確かに回復魔法を使えるらしいが、詠唱が必要だったはずだ。何かしら省略できる方法があるのだろうか。

 

「――――ついてしまった血は、どうにもならんな……」

 

 「なら私が舐めますよ」という言葉を発さなかったのは奇跡に近い。というか今疑問に思ったのだが、何故服まで残っているのだろうか。確かに私は服ごと彼女を捉え、燃やしたはずだ。もしかしたら、張った結界が微量ながらも残っていたのかも知れない。少し残念だ。まぁもう彼女の全裸は目に焼き付いているし、数日でそれが変わることはあるまい。

 

「……惨敗だ、都市最強魔導士などと、(わら)えるな」

 

「そんなこと言わない言わない、私がちょっと変わっているだけですから。それに、私は反則級のことが可能なのですし、何なら私そのものが反則と言うまである。ですから落ち込む必要もありません。その着やせの所為で少し小さく見えるけど脱いだらかなり大きかった胸を張ってくださいな」

 

「まだ覚えていたか!? 忘れてくれぇ!」

 

 赤面してしゃがみこんでしまう。彼女にとってもあれは失態だったのだろう。ざまぁない。

 まだまだ弄り足りないが、仕方ない。そろそろ帰って用意を始めないとヘスティア様が起きる頃に出来上がらなくなる。

 

「リヴェリアさん、私はもう帰りますけど、どうします? 送りますか?」

 

「……まさかとは思うが、ここまで来たのと同じ方法ではあるまいな?」

 

「少し趣向を凝らして、楽しめるようにしますよ」

 

 例えば移動中に忙しなく揺すったり、上下運動を過剰(かじょう)に行ったり、少しくすぐってやったり……

 あっ、因みにリヴェリアさんは私の知る限りで、(わき)足底弓蓋(そくていきゅうがい)、そして耳が敏感である。耳は息を吹きかけるだけでカワイイ悲鳴を()らすのだ。

  

「……私をお姫様抱っこすることに、抵抗はないのか」

 

「何言ってるんですか? 体重のことなら気にしなくて大丈夫ですよ、私とおな―――私よりかなり軽いですし。それにリヴェリアさんは反応が非常に面白いので、することに抵抗どころか、是としてやりたいです」

 

 割とマジである。だが体重の所は、なんとなく、なんとなぁく、変えておいた。だって先程の弱々しい眼光がその時だけモンスターも殺せるほどのモノになったし。どんだけ気にしているのだか。よく筋肉がついている証拠でいいのではないだろうか? 確かに私と同くらいなのはちょっと不味いとは思わなくもなくもないのだが。

 

「……なぁ、シオン。お前はやはり、あの子のことを諦める気は無いのか」

 

「――――冗談抜かせ。たとえアイズが拒んでも、私はこの想いを貫き通しますよッ」

 

 いきなり遠い目をして、重苦しい声で、唐突に馬鹿なことを口走った。あの子は、言われずともわかる。だから鼻で笑い飛ばして、威勢よく告げた。

 ぎゅぅっ。そう音でも出そうだ。何を嘆いて切歯扼腕(やくわん)しているのだろうか。私には理解が及ばない。

 

「――すまないな、変なことを聞いてしまって。シオン、悪いが送ってもらうことにする」

 

「お? いいですけど―――」

 

 何故にして私に首に腕を巻き付けているのだろうか? というかティアの結界は切れちゃったのね、もったいない。まぁ今度教えてもらうが。

 いつになく積極的なリヴェリアさん。その光景を私はこう例えることにした。

 

「娼婦はこうやって男を(たぶら)かすのでしょうか」

 

「フンッ――――――――ッ!」

 

 バキッと聞こえた。鈍く重い音だ。それは首から解いた片腕の拳が発信源であった。息と息が交わる距離で見つめ合い、乾いた笑みを共に浮かべる。

 

「……折れてませんか?」

 

「……二本で済んだ。硬すぎはしないか?」

 

 本気で殴ったようだが、私は(あざ)一つ無い。だが彼女の指は逝ってしまった。

 心中悪いと思いつつ、だがここで思いつく。どう繋がったのかが自分でも不思議だが。

 

「リヴェリアさん、先程のアレは勝負ですよね」

 

「――? 違うのか?」

 

「にぃしっしっ……ならば、勝者には何らかの報酬があっても良いですよね」

 

「……その笑みを見ていると、裏腹に持った思いが察せて、途轍もなく嫌な予感しかしないのだが……」

 

 引きつらせている頬、それはヒクヒクッと痙攣(けいれん)しているように震えている。だが安心して欲しい、それほど鬼畜なことを言う訳では無い。

 

「では、リヴェリアさんを服従させることが出来る権利で」

 

「なっ……なァぁぁァァッぁッ!?」

 

 主従関係というのは実に素晴らしい。従者と言うのは主に逆らうことが許されないとされているが、別にそうではない。私はそこが好ましい。少し逆らうくらいが丁度良いと思うのだ。

 だから私はこの権利を選ぶ。リヴェリアさんが嫌だったら逆らうこともできるのだから。

 

 とまぁ了承など得られる前に走り出してしまったのだから、返事は聞けなかったが、律儀な彼女のことだしどうせ従ってしまうのだろう。……もしかして、結構やばい事しちゃったかな?

 面白そうだし、有効活用するに限る。さてさて、どうしてやろうかこの権利。

 

  

 

 

 

 


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