やがて我が身は剣となる。   作:烏羽 黒

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  今回の一言
 不思議と長くなってしまった今回です。

では、どうぞ


さぁさぁ死地へと赴こう

『いい静けさだ……』

 

 心中ですら潜めた声で呟き、灯り無き部屋を移動する。

 寝ていることは大体予想していた。夜の南側が盛り上がるころ、【ヘスティア・ファミリア】のホームは静けさに包まれるのが常だ。その為沐浴(もくよく)と遅くの夕餉(ゆうげ)は『アイギス』で済ませて来た。服は致し方なく同じのを着たまま帰宅を済ませ、後から着替えるつもりでいた。

 寝息が小さく空気を震わせ、微かに耳へ届くのはそれに加えて戸が軋む音のみ。

 細心の注意を払いながら金庫を開け、着替えを取り出し使わないものを仕舞う。いつもは共に仕舞う『一閃』は、どうしてか今日はそのまま持っていようと思った。

 着替えてもすることはただ寝るだけ。直ぐに壁へ(もた)れ、うっすら目を閉じた。

 

 直後、服が擦れた気がした。違和感と危機感を感じて目を開ける。

 

「……気づくの早すぎ。まだ何もできてないじゃん」

 

「何しようとしてたんだか予想できて怖いわ……起こしたのならごめんなさいね」

 

「いいもん。シオン専用魔力探知機が発動しただけだから」

 

「今すぐそんな不気味な物消してもらおうかな? というか何時作った」

 

「八時間くらい前? 暇だったからつい適当に」

 

「気安く作れるものでも作るものでもない気がしてならない……」

 

 一体どれだけ高性能なんだかこの精霊は……変態と頭の可笑しさを除けば何処へ出しても恥じない便利屋だぞ……メイドとしての性能は今一判定不能なのだが。だって家事とかできないし。戦闘用メイドならまぁ最強クラスではあろうが。

 

「んで、目的は失敗に終わってますが、どうします? 死にます?」

 

「なんでその選択肢を出せるのか知りたい……いいもん、隣で寝られれば」

 

「あまり推奨できるものでもないのですが……どうぞご自由に」

 

 私は本当のところどこでも寝られる。ただ好き嫌いがあるだけだ。本来ベットでも寝られたりはする。最も理想的なのが敷布団であったりも。普段床で寝るのは単に敷布団がここにはないのだ。買うこともできるが、狭くて敷くことが出来ないだろうし。早いところ引っ越ししたいというのは心に秘めた願いであったりする。床も嫌な方ではあるから。

 

「じゃ、おやすみ……」

 

「あ、抱き着くのは無しで。暑苦しくて堪ったものではありません」

 

「けち……まぁいいけどね」

 

 隣に座って壁ではなく、私へ凭れる。それだとあまり変わらない気がするが、少しくらいは見逃してやろう。条件を()んでくれればだが。

  

「ティア、今度精霊術を教えていただけませんか?」

 

「え? 良いけど……かなり難しいよ? 下手すれば死ねるくらい」

 

「マジかよすげぇな精霊……あっ、私も半分精霊か。いや三分の一? ともかく、それでもお願いします」

 

「うん、わかった。その時はわたしが先生だから、何でも言う事聞いてね」

 

「嫌ですよ」

 

「すげない!?」

 

 もうすっかり慣れた馬鹿みたいな話の流れ。でも一笑くらいはついしてしまう。

 小さく驚き同じく笑みを零すティアを微笑ましく横目で見ながら、今度は遮られること無く、閉じた目を開ける前に意識は自然と失せていった。 

 

 

    * * *

 

「くっ、やはり行かなければならないのか……ティア、付いて来てくれたりは……」

 

「ゴメン無理そう……わたしも死にたくないからね。態々死ぬと判っている場所に行ったりしないもん」

 

「じゃあせめて結界を。私に触れるとバチッと軽く電気を流すアレで」

 

「正確には対象物に能動的接触だけどね。―――【雷鳴の加護(パッシング・ボルト)】」

 

 魔力波が体に纏わりついているのを感じ取り、だがそれはすぐに消える。結界が消えたのではなく。無駄な魔力放出が無くなるように制御してくれたのだ。

 これで保険は掛けた。後は生還するだけ。ただし真っ向勝負する気など殊更ない。

 ここは裏路地。そこの一角で『黄昏の館』正門へと続く道へ出られる場所。そして今現在の時刻は朝の六時半。早めに早朝鍛錬を切り上げ、ここへと来たのにはしっかりとした理由がある。

 

「おやぁ? 明日来いと言われたので来てみましたけど、誰もいませんねぇ……うん、これじゃあ仕方なぁい。帰っても問題ないでしょう―――」

 

 そう、昨日の脅しもとい命令を致し方なく果たしにきたのだ。【ロキ・ファミリア】の朝食開始時間である今に。

 私の大義名分はこうだ。明日来いと言われた通り、確かにここに来た。だが時間は指定されていないので来たのはいやらしく朝しかも朝食時。更に言うと始めに場所は指定されたが、最後に言われたことに従うと場所は言われていない。ただ日にち指定があったのみでそれ以外は自由なのだ。

 そして、来いとは言われたが、いなかったら待てとは言われていない。姑息(こそく)な考えではあるが正当なことで筋は通っている。

 成功すれば無傷での帰還。失敗すれば連れられる。その時の為に念のため保険を掛けてはいたのだが―――

 

「――そこが成功なんだよなぁ……」

 

「やっぱりこういうことしたね。セアならやりかねないと思ってた」

 

「明日としかいってなかったからな。失態だったと気づいて深夜から待ち構えていたのは正解だったぞ。随分と苦労させてくれたものだ」

 

「その手があったか。深夜も有りだったなぁ……どっちにしろ無理だったけど」

 

 結喉(けっこう)をリヴェリアさんの愛杖(あいじょう)『マグナ・アルヴス』の杖先(つえざき)が突き、アキさんの短剣、特殊武装(スペリオルズ)である『叢雲(むらくも)』の剣先が背後から肩甲骨の間を突く。どちらも鋭いのだが、刺さることはない。

 

「どう鍛えたらこんなになるの……」

 

「ちょっと人間を辞退すればこうなりますよ、というか貫いてたらどうしてたんだよ、死ぬぞ?」

 

「リヴェリアさんから死んでも生き返るって聞いてるから、大丈夫でしょ?」

 

「そう言う問題かよ……」

 

 いつから野蛮になったのやら。いや、元々そうだったのだろうか? 知り様がないしどうでもいいのだが、一先ずリヴェリアさんには後で意見しておこう。余計なことを言いふらさないで欲しい。

 

「んで、私の処遇はいかほどに?」

 

「そうだな、まずは私の部屋にでも来てもらおうか。安心しろ、一時間以内には終わらせる」

 

「地味になげぇ……私三十分以内に帰りたいのですが。朝食を作る必要があるので」

 

 実際一時間以内に帰ればいいのだが、真実を告げて長引かせる必要はない。それにリヴェリアさんで一時間とられたらその半分アキさんにとられても、帰宅は八時過ぎ。それではもうヘスティア様が強制労働(バイト)中なので後でぼやかれることとなってしまう。

 それはめんどい。非常に面倒臭い。

 

「さぁ、来てもらおうか」

 

「あ、触れないほう――――ほら、言わんこっちゃない」

 

 私に触れたことで発生した電気で指を弾かれ、全身に響いたのか膝をついてしまっているリヴェリアさん。指をわなわな震わせているのは、(しび)れか将又驚きか。痺れであってほしいが。

 

「全部言ってないのにそう言う?」

 

「我先に行動するから悪いのです。それに、(ほとん)どいっているので適語ですよ」

 

 そんなリヴェリアさんを後から付いて来るだろうとその場に措いて、アキさんに連れられ『黄昏の館』へと入っていく。言うまでもなく体にはいつしかより強まった電流がのようなものが走り、アイズとの接近を伝える。助け舟として今は捉えているアイズとの接触は状況を有利に進められる要素の一つだ。私は意識しないと正確な位置が掴めないし、何より今逃げたら後で何かしら言われることは確定。アイズから接触を試みてくれることをひたすらに願うしかない――――

 

――――のだが結局来ることはなく、追い付いたリヴェリアさんになんやかんやと言われながら、上階のある部屋へと入れられた。

 本が印象的。その分棚も多く在り、間取り的にかなり広めであろうこの部屋を狭く思わせる。自然を彷彿(ほうふつ)とさせるもので占めていて、基本的な素材は多種の木材。窓枠までそうである。窓際にはスペースがあり植物が鉢で育てられていた。執務机らしき物も奥の左端に備えられていて、奥へ進むと右手にはカーテンで隠された場所があった。隠すだけのことだ、執拗に詮索する必要はない。まぁベット等の個人的空間(プライベート・スペース)中の最重要空間(シークレット・スペース)なのだろうが。

 

「ここに座ってくれ」

 

「はいはい」

 

「返事は一度だ」 

 

「何故にそこまで説教を……これが神ロキの言う母親(ママ)というものなのでしょうか……わからん」

 

 何せ母親が存在しない。知らないのなら私にとって存在しないと同じ。

 引かれた客用と思われる椅子に座る。円形のテーブルで対面左に一つの椅子が、対面右に新たに持ってきた執務机とセットの椅子がある。左にアキさん、右にリヴェリアさんだ。

  

「一応な、これくらいは出そう」

 

「当たり前のように紅茶を出せるという優雅さ、実に素晴らしい……だがしかし紅茶はティーバックである」

 

「何故気づいた!?」

 

「匂いと音で気づけますよ……」

 

 驚きで目を()いているリヴェリアさんを横目に、目の前の紅茶を音を出さないように飲む。出したら絶対に説教されるから。

 可もなく不可もなく、これこそ普通である、という味だな。掴みどころが少なすぎて逆になんていえばいいかわからん。

 茶葉から抽出しないのは理由を聞かない方が良い気がする。多分アレだ、できないやつだ。用意できるほどの余裕はあろうが、淹れるまでいかないのだろう。案外細かいところを間違えれば、紅茶は天地程に味の差が生まれる。少し練習すれば美味く淹れられるようになれるが、多忙な彼女のことだ、恐らく練習時間すらないのだろう。

 

―――そういうことに、しておこう。

 

「因みにここで豆知識。朝に飲むのは緑茶の方が健康的であったりする」

 

 アミッドさん曰くである。何でも総合的アンケート結果の集計によって、健康的という人の大半が朝に緑茶を摂取していたそうだ。何かしらの成分が健康に良いのではないかと(にら)んでいるそう。 

 っと、そんなことは今はいいのだ。

 

「ではさっさと終わらせてしまいましょう。ほらほら、呼んだのですから目的があるのでしょう? さっさとしてくださいな。私の朝は多忙なのです」

 

 と言っても内容自体は見当がついている。話が振られたタイミングからしてもう確実なまでに。

 そもそものことを意見してやりたいが、まぁそれは相手方の意見を聞いてから。

 

「では、私から話そう。アキは少し待ってもらおうか」

 

「大丈夫ですよそれくらい。所々で介入はするかもしれませんが」

 

「それをよく平然とにこやかに言えますね……訂正、目が笑ってねぇ……」

 

 今まで(ほとん)ど閉じたような細目で笑っていたため、目を少し開かれた今真っ黒に染まっていることに気づく。うん、まさか外見だけではなく中身まで真っ黒とは、逆に面白いな。

 

「ではまず聞こうかシオン……どういうつもりだ」

 

「おっと、そう来ますか。ならば質問を質問で返させていただきます、といっても見当違いのことですけど、これは非常に大切な確認事項ですから。……何時頃から(のぞ)いてました?」 

 

 覗いていたということは会話も聴かれていたと言うことだ。アイズもティアも、あのときはかなり不味いことを言っていたし。それによって話す内容を調節する必要が―――

 

「全部だが?」

 

「私リヴェリアさんが覗き始めてから三分後~。因みにあのアストラルって子はリヴェリアさんより前に来てたみたい」

 

「なるほど良く解りましたこれ以上ないくらいに最悪だよ畜生……」

 

 あられもない光景をたっぷりニ十分以上見られていたことになる。恥じらいを覚えているのだろうか、少し顔が熱い。溜め息でその熱を雑念ごと逃がし、冷えた目で二人を見るとどうしてか、ほんのり紅を加えた顔を逸らされている気が……いやまぁそれは気にしないでおこう。

 

「で、あっ、そうそうどういうつもりかですよね。何を指しているのか曖昧ですけど、行為に対してでしょうか? それもと想いの強さ?」

 

「行為に対してだ。相応の覚悟をもってのことだろうが、本当に受精していたらどうしていたのだ。アイズにもたっぷり説教は入れておいたが、注意不足にも程がある」

 

「いやぁ、アイズにアレだけいわれちゃぁもうどうしようも無いでしょう。それに受精して妊娠して子供産んだとしても、私は別にもう構わないと思っていますよ? 所属権を言うのなら【ロキ・ファミリア】で何ら問題ありませんし。問題になるなら私脱退しますし」

 

 まぁ実際の所、私が【ヘスティア・ファミリア】所属というのはちょっと怪しいのだが。一回死んでいるのがバレれば即現在の所属ファミリアは登録破棄されてしまう。もっといえば『アイギス』の所有権もだ。

 だが今現在私は【ヘスティア・ファミリア】所属である。そしてアイズが【ロキ・ファミリア】。結婚問題と出産問題は他ファミリア間での大々的な問題だ。だがこれは片方が了承してしまえば丸く収まるのである。 

 今はこう言っているが、本音は根回しした後にどちらも半脱退。安心と安寧ときどきハプニングくらいの生活を過ごしたいと思っていたりする。つまりは完全に受け渡す気など殊更ない。

 それを言ってしまうと面倒になるから、今は裏に隠しておくが。

 

「……それってセアの主神が許すの?」 

 

「もぅ何も言い返さない私は諦めた……あ、質問についてですけど、許すでしょうね。あの()ちょろいし、何しろ今バレてないですから対策だって練れる」

 

「うっわぁ、あくどい考え」

 

「策士の策略といいたまえ」

 

 質が悪いのは承知の上だ。姑息(こそく)でいやらしいことをしてでも私は初志貫徹してやる。

 引かれていることなど知ったことか。勝手に嫌な奴だとでも思っていればいい。

 

「私の覚悟は堅いですよ。絶対に何があろうと、アイズを諦める気は無い。アイズを孤独(ひとり)にすることも、ね。私はたとえ【ロキ・ファミリア(あなたたち)】が敵となっても、容赦なく刃を向ける。そして風のお姫様を(さら)って駆け落ちでもしましょうかね」

 

 流石にそこまで不味い状況にはさせないが、最悪これほど、果てにこれ以上もやってやろうじゃないかという覚悟だ。無抵抗の状態ですら曲げることなど五十頭百手の巨人(ヘカトンケイル)ですら不可能な意志だ。

 たとえが非常に解り難いな。自分でもわからなくなった。

 しんと静まる部屋。何かとそれはいたたまれず、それに時間をそれほど食われるわけにはいかないことを思い出す。急かすのは良くないが、停滞は更によくない。

 

「リヴェリアさん、他に話したいことはあったり?」

 

「―――――」

 

 気軽に、話しかけながら目を向ける。膨よかな胸の前でぎゅっと拳を握り、何かに苛まれるかのように俯く彼女の姿が、視界内で印象的だった。顔は、見えない。

 

「……リヴェリアさん?」

 

「―――っ、すまない、(ほう)けていたようだ。もう一度頼む」

 

 そんなわけ無いだろうと思うが、まぁ気にするべきではない。余計に突っ込んで好機を逃したくないのだから。

 

「えぇ。ですが、大丈夫ですか? 疲れが溜まっているのなら休んだ方が良いかと。その為にはこの話し合いもお開きにしなくては。では私は帰りますね」

 

「待て、何故そうなる。まだ解散はせんぞ。それに疲れなら気にするほど溜まっておらん。ただ少し……そうだな、苦しくなった、だけなのだ……気にせず頼む」

 

 威厳のある彼女が、今はどこか儚げに見えた。ぐっと何かが詰まった違和感が喉元まで来たのだが、それは口に出せずして戻っていく。とても気持ち悪い、締め付けられるような気分だ。

 私情を一旦抑え、短く一呼吸入れる。

 

「……はぁ、ご自身のことは大切に。で、私の言ったことですが、他に話したいことはありますか?」

 

「……あぁ、そうだな。シオンの覚悟は解った。どれだけアイズを大切にしているかも。あの子が久々に私へ反抗した理由にも納得がいく。それでだシオン、ここからはあの話題についてではない。説教も止しておこう。私から話したいと提案するのは、コイバナ、というものについてだ」 

 

「はいはーいっ。その前に私がセアと話をしたいでーす」

 

 進めようとするのに介入し、話題への意見を態々挙手して行うアキさん。大人しくしていたが、流石に長々とした話だと予想できるものは我慢できないらしい。

 

「……まぁ、よかろう」

 

「ありがとうございます。じゃあさ聞くけど、シオンはどうやってセアになったの?」

 

「いきなりですね……」

 

 クラネルさんからいきなりシオンと呼ばれ驚いたのも束の間、後に続いた語でそれは打ち消され上回った呆れと別の驚きが洩れる。

 さてどう答えたものか。黙秘権が無いことくらい流石に察せる、だってリヴェリアさんまで興味津々だ。本当に、バレてしまったのは不覚である。おのれレフィーヤ許すまじ……

 

「あれは事故のようなものでして、一時的なものなのです」

 

「その言い方、なんか引っかかる……ねぇ、本当は知ってるんだよね?」

 

「くっ、誤魔化せないか……」

 

 微妙なところで鋭いんだよなぁ……私が応えることを的確に突いてきたり、誤魔化そうとしたことを見抜いたり、言うなれば異常者殺し(シオンキラー)とでもいおうか。失礼ですねハイ。誤りはしない。

 

「えぇそうですとも認めましょう。確かに方法は知っています、勿論秘密ですけど。でも今すぐになれと言われても無理ですからね、あれ結構苦痛を伴うのですから」

 

「ふぅーん。成れない訳では無い、てことだね。よかったなぁ……」

 

「え、はぁ? 何がですか?」

 

「え? あ、いや、何でもない……」

 

 しゅんとしているのは目に見えて判るのに尻尾があちらこちらに忙しない。非常に掴まえたい。それこそ私が猫になってしまったかのように目が引き寄せられる。

 こんっと、かなりの速度で横から衝撃を与えられた。その程度で怯むことはなく平然としてはいるが、叩かれた理由が今一分からない。

 

「何処を見ている」

 

「あの飛びつきたい衝動を駆られる毛並みが綺麗な黒の尻尾ですけど何か?」

 

猫人(キャット・ピープル)の尻尾は心を許した相手にしか接触を許さない、潔癖の部分だ。感覚が鋭敏らしくてな、それに飛びつくのは変態的行為だぞ。いつから変態になった」

 

「随分前から。それと、人の沐浴(もくよく)に侵入したお方に、変態呼ばわりされるいわれは無いかと思われますよ。リヴェリア・リヨス・アールヴさん」

 

「――――ッ?」

 

 あっ、怒った。やはりエルフは皆短気だ。そこ後自制が利くか利かないかの差があるだけで。

 笑顔はとっても美しいのだが、如何せん圧が相殺していて、何とも言えん光景だ。

 

「いやでも実際、リヴェリアさん()()で近寄って来たじゃないですか。私も全裸で、しかも【ステイタス】丸出しで個人情報見られちゃったかも……この人、なんて低度な……」

 

「ほほぅ? それは私に、喧嘩を売っているのか? 良いだろう、久しぶりにかっても構わないのだぞ?」

 

「お、やります? 上等ですよ?」

 

「よし決定だ。ならば魔法で勝負だ、アイズから聞いているがシオンも魔法を使えるのだろう。そして私は【ステイタス】を覗き見てはおらん。気を盗られてみている余裕がなかったからな」

 

 どうしてか、売り言葉に買い言葉でポンポン進んでしまい、終いには喧嘩の約束となってしまった。そしてちゃっかり弁明までされている。

 さてどうしたものか、何時やるかなんて言われて無いから一生先伸ばす方向で逃げることはできるのだが、今は私も準備万端だ。しっかり魔力制御用の黒手袋(グローブ)もはいている。本音を言うと、勝てる気しかしない。

 

「ならば今すぐやろうではないか。流石に地上ではなくダンジョンだが」

 

「ちっ……まぁいいでしょう。ではさっさと三十七階層でも行きましょうか。あそこなら誰にも邪魔をされません」

 

「ま、まて、流石にそれは行きすぎだ……というか、三十七階層まで潜ってしまったら先程言っていた朝食を作れないではないか」

 

「あ、完全に忘れてた……じゃあ、いいや、十階層で。五分で着くでしょう」

 

 リヴェリアさんの体力と走力を考慮すれば大体これくらいだろう。因みに私は全力で二分弱だ。流石に魔法特化のエルフ族にそこまでの異常性は求めない。 

 

「アキさんは、置いてきぼりになってしまいますけど、よろしいですか?」

 

「……うん、仕方ないっか。でも今度、セアの状態で結果を教えてねぇ~」

 

「それはちょっと無理そうです……リヴェリアさんに聞いてくださいな」

 

「――ちょっと待ってくれシオン。五分、と言ったな。どこまでだ?」

 

 何故かは知らんが、リヴェリアさんが頭痛でも堪えるかのように蟀谷(こめかみ)を指で押しながら、平手で私を制して尋ねる。確認だろうか。

 

「ですから、十階層までですよ」

 

「……無理だ。そんなことできるわけがないだろう。どれだけ離れていると思ってる」

 

 それこそ知らん、興味もない。ただダンジョンはダンジョンだ、必要以上に知ろうとすると馬鹿を見る破目になる。

 だが、十階層ほど広くないと、私の魔法は自爆同然となってしまう。また自分の魔法で死にかけるのは御免だ。リヴェリアさんも意味無く殺したくない。

 それに私は早く帰りたいし……忘れていたがな。

 

「んっじゃ、失礼して」

 

「な、なにっ―――」

 

 立ち上がって杖を持ったリヴェリアさんを、『お姫様抱っこ』する。この方が確実に速い。

 リヴェリアさんの反論が即座に飛んできそうだから、それよりも早く私は走り出した。だが始めは緩速、館を出たところで急速へと切り替える。

 

「いヤァぁぁっぁぁあぁぁぁぁぁぁぁッ!?!?」

 

 通り過ぎたところにこの叫び声を措いていく。それは誰でもなく、リヴェリアさんの叫び声であった。面白いくらいに普段とは違っていて、笑みを見せないようにするのが精一杯である。

 時間を然程かけずして、十階層に辿り着けたのは言うまでもない。その間絶え間なく悲鳴を出し続けたリヴェリアさんを逆に褒め称えるべきである。

 

 数時間後、『風と過ぎ去るカワイイ悲鳴』というのが噂になったのは、少し後に彼は知ることとなりこういう。

 

「やっちったっ♪」

 

 と。

 

 

 

 





ん? と思った方へ、一応解説。
ティアの魔法でシオンは護られていますが、リヴェリアに触れられているのは、条件に孔があるからです。能動的接触、これは相手方からのものであって、保護下のものが能動的接触を行った場合該当されません。つまりはそう言うことですね。

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