百話記念に裏物語投稿!(こじつけ)
では、どうぞ
「流石に、寝よ……」
「うん。疲れたしねぇ~」
「ベット、使う?」
「私は床で良いですよ。ベット嫌いなので」
「わかった」
一様に欠伸を浮かべながら、アイズの部屋へと何の変哲もなく入る。いや、ただ一つ。私がまだアイズに肩を支えられた状態である、という事が挙げられるか。
お風呂での一幕の後、一時は気まずくなりはしたものの、何とか上がることはでき、幸いなことにその後誰かに見つかることも無かった。それは私が保証できる。
「で、今まで見過ごしてたけど、その手は態と?」
「いえ、私の意思では無いです」
「ぁ―――ばれ、ちゃった」
思わず「バレないと思ってたのかよ……」と突っ込みたい衝動を抑えて。名残惜しくも肩に回していた右腕を解いた。ごとっと鈍い音を立てて壁へ衝突するが、元々の体の痛みに比べてば屁でも無かった。
右手の開閉を繰り返し、感触を思い出していると、ティアから手痛い手刀が一発与えられた。
「もう、夜なんだ……」
「早いですねぇ……」
暢気にそんな言葉を交わしながら、アイズはベットへ座り、ティアは強制的に連れられその横へ、距離を置き、私はドアの横で
照らし出すのは窓から射し込む月と星々の明かり。この物静かな雰囲気が、騒がしいいつもと一転した珍しさを与えてくれて、中々に心地良い。
「夜這いは禁止だからね」
「うん。シオンがおかしくなっちゃうから」
「おいちょっと待て。突然何言いだしてんだ。その事は一先ず頭から話して措けよ……」
私には無理なことだが、とりあえずボロを出しそうなこの危うい二人は意識の片隅へと贈るべき。でないと速攻ばれて、ファミリア単位での問題となりかねないから。
流石に今の内はそう言う問題は避けたい。
「では、お休みなさいなお二人さん。私は今は、寝れそうにないので」
「……大丈夫?」
「正直全然。骨の軋む音まで聞こえますよ。あぁ、怖い怖い」
疲労
無茶した代償、だがそれ以上の見返りはあったのだから全く後悔していない。
「……ねぇシオン、寝る前に、その、訊いていい?」
「構いませんよ」
「……私とシオンってさ、恋人、で、いいのかな……?」
それに私は一周廻って、きょとんとした顔を見せてしまった。その顔を見てしどろもどろになるアイズに、一言掛けて落ち着かせると、率直に告げる。
「私はそう、思いたいですね」
「……そっか、うん、恋人、だね」
それにクスクスと、小さく笑みを零した。そんな小さな仕草ですら、私を驚かせるには十分足りた。
だって、彼女はこのくらいのことすらも、随分前から今まで失っていたのだから。
「恋人、こいびと。ふふっ、ふふふっ♪」
何ともまぁ初々しい反応。ベットに倒れ込んでバタつく様は、本当に今までの彼女とは大違いだった。たった一線されど一線、超えたことによる変化は、偉大な一歩と変わりない。
温かい気持ちに包まれて、私はそのまま、滑り込むように訪れた睡魔の波に、意識をさらわれていったのだった。
だからこそ、彼には、そして悦び微笑み浮かべる彼女にも聞こえなかった。
「わたしはまだ、諦めないから……」
小さく確固として成り立った意思が、そこに実ったことに。
すらっと己すら気づくことなく、辿った頬の雫に。
* * *
揺すられる感触と、
視界は鰾膠も無く晴らされ、訪れた景色は色鮮やかに見えた。それは単に、アイズと言う昨今恋人となった、胸を張っていえる最も大切な人が視界一杯に映ったから。
「朝から最高の気分です」
「うん、私も」
そう言って二人で笑みを交わし、だが私は違和感に襲われる。
直ぐにその違和感の正体はつかめた。
「……ティアの突っ込みはない、のか。ちょっとつまらないですね……」
「今ぐっすり眠ってる。起こすのも悪いかなって」
いつもならあるはずの突っ込み役がいなかったのだ。それもそのはず、アイズの視線を辿ったそこには、小さくなって壁へ背を
か細く寝息を立てているのは、静かなこの場でよく聞こえる。
「……で、何故私を起こしたのですか?」
共に見えた窓の外、そこは星がまだ輝く雲無き夜天が
まだ陽も上がらない深夜三時十二分。体内時計も合わせてその時は正確だろう。
「痛くても、辛くても、死にそうでも、得物を握らなきゃ衰える、でしょ?」
「……アイズのお父さんが言っていたこと、ですよね」
「うん。ずっと前から不思議だったけど。シオン、当たり前のように知ってるね」
「……まぁ、夢で見ますから」
しかもそれは、先程見ていた夢と近しいものだった。
血から流された幼少期のアイズとアリアの断片的な記憶。それはしかと私に受け継がれており、夢を見る度に何度も何度も、私を奥底から苦しめていた。
だがそれについて、とやかく言うのは筋違い。これは私ではなく、アイズの過去なのだから。
「んじゃ、歯ァ食い縛っていきますかね。アイズ、少し手を」
「うん」
ぎゅっと引っ張られて、何とか立ち上がると、数歩足踏みして安定させる。感覚は長い休息である程度取り戻しているようだ。
「ゆっくりなら、歩けそうですね……」
普段より格段に遅い足取りだが、支えなしに独りで歩けるくらいには回復した。これならばなんとか振れなくも無いだろう。
壁に寄り掛かっていた二刀を腰に下げると、しっくりとした重み。だが、
これも仕方ないだろう。『一閃』をかなり酷使した所為でため込んでいた修復能力、つまりは血を多量消費してしまい、減った質量分軽くなった訳だ。
体が満足に動かせるようになったら、一狩り行こうか。階層主あたりを。
アイズに目配せをして、音なく廊下へ出ると、階段を経由して中庭へと向かう。アイズは完璧にそれをこなしたが、些か私は拙い。数歩に一度は足音を響かせ、息遣いもどうにも正常の域まで届いていなかった。
「……歩くのだけで疲れたぁ」
夜風が冷たく頬に触れる。すぅっと引いていく熱を取り戻そうと、半ば仕方なく、だがどこかやる気を持って、二刀の内一刀―――左腰は
身体が不思議と軽く感じる。振り上げるのにブレはなく、持ち替えた左手の力のみで事を成した。完全な静止、そこから瞬く間もなく天を向いていた切先が斬り終わった状態で見受けられた。
その時の幅同じく三度ほど刻み、暴風が辺りを揺らした。それは軌道の延長線上が真っ二つに掻き分けられたせいで、剣圧に押された空気が勢いを受け継いで荒れ狂ったから。
「……やべ」
「……手加減は、できなかったの?」
「も、申し訳ないです……」
無意識的に普段は加減をしているのだが、今回はどうやらストッパーが利かなかったようで見ての通り、芝生をごそっと正面部分を削り取り、壁にまで届いてしまっている。
ステイタスがあった時、これくらいは当たり前のようにできていたが、全ての能力が低下した今まさかこれほどまでとは。
―――――いや、違うのか?
身体能力が下がっていたとして、根本的
しかもそれに、技術が加わればどうだろう。私ならこれくらい容易くできる。
要するに、若干は弱くなったが、有象無象には負けない程度の『強さ』は残っている訳だ。
現状から逃避しながら、安堵に一つ息を吐く。
「……どうしよっか、これ」
「いい方法があります。ティア、よろしく頼みます」
「気づいてたんだ……ま、そんなことはいいや」
アイズに向けていた視線を、関係の無いように思える方向へ向け言い放つが、その視線の先では重要人物が窓枠から飛び出し、地に着くと即座に
「ほんと派手にやっちゃったねー。すぐ治るんだけど」
ぱぱっと飛び散った破片や削れたところに触れていくティアを見守っていると、私の下へと来て、目線で「避けて」と伝えて来る。
反論する理由も無く従い、入れ替わりの形で私が立っていた破壊の原点へとティアが立つ。天へ高々と手を
共に大地に変化が生まれる。
まず破片が集合し、続々と破壊した壁へ向かった。
無駄な物が無くなった地面から、さささっと連続した小さな音がしきりに
周りと変わらぬほどまで成長すると、、奏でられていた音は全て止んだ。その頃には、破壊前の光景と何ら遜色ない場所となっている。
「さっすが」
「えへへぇ、もっと褒めてくれてもいいんだよ?」
直ぐ近くにいるためぱっと抱き着かれてしまい、だが何故か振り払う気にはなれず、そのまま目下の彼女の髪を
「よしよし。私の不始末を補ってくれてありがとうございます」
「んふふっ♪ シオンはわたしがいないとだめなんだからぁ♪」
「はいはい」
何か勘違いをしているように見えるが、放っておいて彼女にささやかな喜びを与えたところで私に損は無いだろう。これくらいは、見過ごしてやろうか。
「もぅここで振るのは止めておきましょう。アイズは加減ができても、私は無理そうですから」
そうなればすることが無くなって、暇になるのは当然のように思えるが、そのあたりは問題ない。私はただ、彼女を眺めているだけでもいいから。
「シオン、どうするの?」
「そこで体力回復に勤しむことにしますよ。アイズは自己鍛錬でも、私はそれを眺めていますから」
「そう? わかった」
何を反対されることはなく、アイズは毎日の習慣と変わらず、己を鍛え始めた。
それを横目で見届けながら、私は壁へと寄り掛かり、どさっと音を立てて腰を落とす。
すぐ横にちょこんとさりげなく、ティアも座った。
「……ねぇシオン、ハーレム作る気ない?」
「ない」
唐突に告げられた突拍子もない発言に何の揺らぎも無く即断する。
一夫多妻制と言うのはあまり好きではない。お祖父さんやベルは羨望に輝いた眼差しで『そりゃぁ男の浪漫でしょ!』とか言ってきたし、本音を言うと『何言ってんの?』という当時の心境は今でも変わっていない。
浮気もいいところだ。純粋な一少年なら女性に囲まれることを是とするが、専ら興味がないもので、断固否定の意を示せる。
「そ、側近は?」
「私は王になるつもりもない」
「……あ、愛人は」
「言い方変えてるだけで殆ど変わらんだろ……」
しょんぼり落ち込むティアの気持ちは、何となく察せる。昨夜の会話が聞こえていたのだろう、辛い思いをさせてたのかもしれないが、私は謝辞を口にする気も思う気もなかった。
選んだことに悔いなどない。
「諦めないから」
「どうぞご自由に。揺るぎませんよ」
切りをつけて押し黙り、黙々として
何やら、この時間にも拘らず周りがやけに騒がしいのは、私の所為で間違いない。相当な音を立ててしまったから、迷惑極まりなかっただろう。そちらには、心からの謝意を送った。
「……何か、綺麗、だね。悔しいけど、シオンが選ぶ理由が嫌な程わかる」
「でしょう。……私から見ても、剣に、鈍りが無くなりました。本当に、よかった……」
「……シオン?」
「いえ、何でもないですよ」
込み上げてきた感情をどうにか落ち着かせようと俯いたのを不審に思われたか、疑念が
「ただ、眺めているだけって、つまんなくないの?」
「全然。私はあの剣を見た瞬間、彼女に
「剣は毎日変わる。だから私はずっと、彼女がどれだけ成長しているか、どれ程強く鋭い剣を
これは明かしたことのない気持ちだった。だが何故か自然と、ぽろぽろ口から零れていく。
アイズに聞こえていないかは心配になるが、だがそれは言った後に気に掛けたことだった。
「根本が、これっぽっちも変わっていなかったのです」
居たたまれずアイズから視線を逸らし、まだ暗い天を仰いだ。
先程と違って、雲が一面包んでいる。明かりが降り注ぐことはなかった。
「なんでかなぁ……そこで私は失望したのではなく、逆に想いが増したのですよ。変えてあげたいって、欲深きことに、ね。だからさぁ、その根本が変わった今、嬉しくて、堪らないのですよ……」
憎悪と
晴れやかな、輝く透き通った清流のような剣筋。それに今までの曲がった感情などない。純粋な、剣。本来殺すためだけに在るはずのそれは、矛盾したことにそれだけでは無いのだ。
「だからね、幾ら見てても
「……ご高説、どうもありがとうございましたっ。ふんっだ」
「あら、いじけちゃいましたか」
「いじけてなんかないもん」
あははと苦笑いを浮かべて、自分の行いがかなり恥ずかしい行為だと途端に思い出す。キョロキョロと忙しなくあたりを見渡してしまったが、誰かに聞かれた様子が無いことなどとっくにわかっていた。
気づけば雲は薄くなり、筋状に
それはまだ曇っている私と変わりないように思えて、そっと、目を伏せた。
そぅそぅ、裏物語って外伝的に出てるR-18のやつね。
※本編色々修正掛けてますハイ。とっても細かなところだけどね?