2度目の人生はワンピースで   作:恋音

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第258話 三つ子の魂百まで

 

 恐らくだが、過去に来て合算1年くらいはたっただろう。

 

 俺になって半年はたっただろうという感じだ。

 

「エース、今日こそは勝ってやる」

「ハンっ、言ってろ1238敗」

「1237敗1引き分けだ!」

「どっちみち弱いじゃねぇか」

 

 旅も終盤に差し掛かり、魚人島を抜け適当な島にいくつか立ち寄った。歴史の石(ポーネグリフ)を探して、と言ってもロジャーにはあらかた目星が付いている様でサクサク進路が決まっていく。

 

 今回は補給地ということで治安が比較的いい島を選び、とりあえず海軍支部をボコボコして無力化した後、羽を伸ばすという海賊全盛期世代あるあるのやり方で停泊中だった。

 

 この支部の『将来は中将クラス』の少将・大佐達が『誰かと戦う最中を見て覚えた戦法』が使える人達だったから本当に良かったよ。おかげで先頭の癖がわかるわかる。

 お前の見聞色ヤベーなという評価は貰った。うるせえ。努力の塊だ。

 

「エース風呂入ってくるか?」

「あ?もうンな時間かよ。じゃあなバレット君、また明日だ」

「相変わらず規則正しいなテメェ」

「一緒に入ってやってもいいんだぞおいガキ。いややっぱタンマ。てめぇはデカすぎだ風呂が壊れる」

 

 勝負途中だったカードをぶん投げて宿の風呂に向かう。俺が入るのは比較的最初の方、そして絶対一人風呂だ。

 中には効率がいいからと何人かで入ったりするが、俺はごめんだね。

 

 脱衣所に鍵かけて服を脱ぐ。背中の傷が服に擦れる度にピリピリと未だに傷んでいる。フェヒターなんぞを庇わなきゃよかった。

 

 早々脱ぐことの無いシークレットブーツを脱ぐと視界が変わる。約15センチは低くなるだろう。

 靴下を脱いだら、アンクレットがチャリっ、と音を立てる。ネックレスを改良して作った、指輪が着いたチェーン。錆加工をしてあるため外すことなく浴室に向かう。

 

 シャワーを捻って冷たい水が流れる。湯が出るまで時間がかかりそうだ。

 

 だが、俺は冷水のまま頭からシャワーを被った。シャワーのうるせえ音が俺を世界から隔離させる。

 

「……ふぅ」

 

 俺は、いや、私は、私。

 

「私は……リィン……。金髪で……ツインテールで……ルフィと、エースと、サボの妹……。私は、リィン……おんなのこで……それで……」

 

 シャワーが流れる。

 温度がどんどん上がっていき、お湯が出てきた。

 

 冷えた頭がだんだん暖かくなっていく。

 

「はぁ〜〜〜〜〜〜〜〜きっつ」

 

 疑われる要素が無いとは言えど、ほんとは呟くことすら危ない『私』の言葉。

 放置したら私の人格がだんだん俺になっていってしまう。

 

 

 

 思考に言葉に変わり、言葉は行動に変わる。

 

 

 言葉は習慣に変わり、習慣は性格に変わる。

 

 

 そして性格が変われば、もはや他人だ。

 

 

 ひとつも油断出来ない強大な遺物達を目の前に、自分はエースだと思い込むことで逃げ切っている。

 その代わりに自分を見失ってしまうのが難点だけどね。難点どころの話じゃないんだが。

 

 適当にぱぱっと全身洗って夢見る幻くんが外れないことを再確認して。

 

 

 バスタオルで髪の水分を粗方拭き取ると肩にかけた。さーて、俺はエース俺はエース。

 よし、出るぞ。

 ──そんな時に悲劇が起こった。

 

 

 

「──俺が先だぜ!」

「てんっっめぇ、ロジャー!お前は後に水消し飛ばすから最後に入れって言っただろ!」

「おいフェヒター、俺船長なん……だ??」

「???」

 

──カポーン。

 

 今世紀最大でまずいエンカウントをした。

 

「カナエ……?じゃねぇな!お前エースか!なーんだエース、お前カナエより背ぇ低いんだな。いやー焦った焦った。これでカナエだったらレイリーに殺されるところだった」

「……おいロジャー」

「もしかしてエースが風呂皆と入りたがらないのって背ぇ低いのがバレな──ぶべら!!!」

 

──ガコーン!

 

 これは私が桶をぶん投げた音。

 

「よぉくわかったよロジャー」

 

 お前が私の裸を見ても女だと思わないってところがな!!

 

「…………フェヒター」

「は、はい!」

「その髭野郎をフルチンのまま海軍に放り投げとけ」

「それは流石にやりすぎなんじゃ」

「お前含め俺が直々にしてやってもいいんだが?」

「直ぐに行ってまいります」

 

 やってしまった。

 やってしまったあああ!

 

 ロジャーは性別誤魔化せる事が出来たけど、フェヒターは完全にアウトだろこれ!

 

 ダメだ、胃が、胃がキリキリ悲鳴上げてきた。ここで女バレは、全ての要素を無駄にしかねない。リィンと対極に位置する様にする為に男にしたし、未来でも過去でも男の伏線を大量に入れてきたって言うのに。

 

 ……いや逆になんでロジャーはアウトじゃないんだ?なんでセーフなんだ?分からないよセンゴクさぁん!エースぅ!

 

 

 今、エース君とリィンちゃんでキャラ設定もグラグラしている。

 

「よし、家出しよ」

 

 そうしようそうしよう。現実逃避だ!

 そうと決まればさっさと出よう!あばよロジャー海賊団!

 

 

 

 

──30分後

 

 

 見聞色には敵わなかったよ。

 

「見つけたぜエース」

「フェヒター……」

 

 寄りにもよって女バレ(そっち)の方かよ。

 

「焦って飛び出したのかと思いきや、普通に酒飲んでるじゃねぇか。心配して損した」

「いやぁ、ここの酒50年物のビンクスの酒なんだよ。飲みたくってな」

 

 ビンクスの酒ってのは漂流した酒、って意味。種類は問わず、酒蔵は年に一回『この酒を大いなる海にくれてやる!』って意味で年代を書いて樽ごと海にぶん投げるのだ。

 割れず漏れずたまたま流れ着く。

 海を航海した酒は、本当にレアリティが高いし値段も張る。

 

「俺にも寄越せよ」

「はんっ、てめぇで頼め」

 

 流石に飲みもしない酒に何千万ベリーも使う気は無いからさ。グラス一杯しか頼まなかったよね。

 

「ロジャーはクソドアホだ」

「実感してる」

「……あいつと違って、残念ながら俺はちゃんと気付いた。何が背が低いだあのクソ髭」

 

 酒、とフェヒターは適当に注文した。生ぬるいエールが間髪入れずに出される。

 

「なんで黙ってた?」

 

 フェヒターは口パクで『おんな、って』と告げた。どうやら秘密を守ってくれる意思はある様だ。

 

 ……とは言えど、正直先に死ぬロジャーならともかく現代でも元気に生きてるフェヒ爺が知ってるのはまずいんだよなぁ。

 フェヒ爺、昔と比べてなんか逆にハツラツと元気になってるし。

 

「……。俺が生まれた時代から数十年はな、男尊女卑が激しい時代だったんだよ。今でこそ、女の海に進出する可能性が高くなってるが……海軍を見りゃよく分かる。まだ強ぇよ」

「確かに、女海兵は珍しいな。それだけじゃない、政治だって殆どが男だ」

「治安だって今ほど良くねぇ。今後もっと治安が良くなるとしても、過去は酷い。女だからと舐め腐る」

 

 俺は自分の胸に手を当てた。

 

「馬鹿にされるのは向いてねぇ」

 

 フェヒターは耐えきれないと小さく笑った。

 

「そこで自衛とか言わねぇのがいいとこだ」

「かよわーく過ごしてざまあする、それも考えたさ。でも耐え症じゃねぇんだよ。無理無理、辛抱ってモンに殺すほど向いてねぇ」

 

 リィンは『言いたいやつは言わせとけ』『ネタばらししてざまあ』『トラブル回避のためか弱く過ごして舐めて貰う』がモットー。と言うから安全策。

 

 この俺は、そういうんじゃ無いんだよな。

 

「殺すほどって……っ、ハハッ」

「流石に何百年と過ごしてっと分からんなるぞ?」

「お前時々おんな抱きに行くじゃねぇか、っ、それは?」

「おうガキ。教えてやるよ。俺レベルになるとな、1枚も服を脱がずに満足させることも出来るんだぜ?」

「ハハハッ!っ、ほんとっ、変なやつだなっ!」

 

 体を折り曲げてフェヒターは小刻みに震え始めた。

 

「あ、エースいたいた!」

 

 ロジャーだ。

 笑い崩れているフェヒターを一瞥して首を傾げた後、笑いかけた。

 

「飯行くぞ飯」

「もう食ったっての」

「えー、まだ行けるだろ。ほら、2軒目2軒目」

「面白い芸でも見せてくれるんならいいぜ?おいフェヒター、いつまで笑い崩れてんだ」

「ロジャーのwwww大マヌケwwwwwww」

「なんで急に俺に飛び火来た!?」

「妥当だな」

「妥当だなぁ」

 

 仕方ないから会計だけバッと置いて店を出る。今までに見たことないくらい笑ってるフェヒターは不気味だけど放置しとこう。

 

 道端で靴磨きをしていた赤褐色の少年と目が合った。

 

「お兄さん達靴磨く?」

「おーうガキ、悪い鬼に食われちまうぞ」

「えぇ〜お兄さん達いいひとじゃないの?」

「悪〜い鬼だぜ。なぁ?」

「世界で最も」

「だろだろ」

「安心しろロジャー、お前が処刑される日は休日だ。めでてぇからな」

「言えてる」

 

 フェヒターがその度胸に免じて少年にいくつかベリーを握らせていた。

 

「もっと観察眼磨けよっ、ハハッ、気分がいい海賊で良かったな、ブククっ、気を付けないと死ぬぞ〜」

 

 未だに笑い死んでるフェヒターを蹴り飛ばして歩きを促す。

 

「蹴んなよこの馬鹿っ」

「誰が馬鹿だ」

「エースはあのアホ面と似ても似つかねぇな〜」

「……上機嫌だな、ほんと。あの能天気無鉄砲引っ掻き回しトラブルメーカー女と一緒にすんじゃねぇよ。傍から見りゃおもろいが」

 

 どうなることかと思ったけどある意味レイリーとかじゃなくてフェヒターでよかったかもしれない。

 

「ハハハッ……っとに、馬鹿(・・)だなぁ」

 

 ほら、俺って命と国の恩人だし?

 口調も態度も真似するくらい好かれてるみたいだし……。

 

 

 

 チラリと脳裏に走馬灯に似た何かが駆け巡る。

 

 

 小さい頃、ゴミ捨て場。

 

『今頃何をしてるのか知らないがどーせ馬鹿やってんだろうよ』

『………………しゅき?』

『…………は?』

 

 不自然な間と、腑抜けた返事。確かその前の会話は、変な女には気をつけろ、って忠告だった。

 

『おいおい何を言ってんだ小娘。誰が、あの、馬鹿を、好き、だって?』

『ふぇひぃじーが、へんに、おんにゃを、しゅき?』

 

 拙い言葉で、弱点を見つけたと、おちょくった。

 

 

 

 ──馬鹿を。

 

「………………なぁフェヒター。お前ってカナエのことバカじゃなくてアホつってたよな」

「ん?そりゃアホだろ。あれは馬鹿じゃなくて絶対アホだろ。抜けてるっていうか」

 

 

 ぶわっ。

 背筋から冷や汗がえげつないほど垂れてきて、血の気が引く。

 

 き、気付きたくなかったことに気付いてしまったかもしれない。

 

「………………俺、湯冷めした。もっかい風呂入ってくるわ」

「はあ!?店の前まで来て!?」

「風邪引いて移すんじゃねぇぞ」

 

 センゴクさん、胃薬手配してください。




回想は第11話より抜粋

ちなみに赤褐色の少年は土埃を被ってる赤毛の少年でした。魂の性質をちゃんと視て海賊に接客しましたよ。なんて名前だろうね。

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