第240話 大は小を兼ねる
遡ること……遡る?こと、1か月前。
センゴクさんと共にパンクハザードという島に来ていた。そこは静かで緑豊かな毒ガス立ち込める世界政府の研究所。
──久しぶりに来たな。
はい。毒ガスだなんて厄介なものがさも酸素ですって言いたげに蔓延っているけど、過去に何度も訪れたこの研究所。研究所、ということで機密も多く自由に出歩けなかったが大体の建物の構造は知っている。今回の訪問は研究所の見回りをするだけなのか。と、思っていたが最終的にセンゴクさんに連れられて向かったのは普段通っていた研究所ではなく、隣接する山の中に独立する研究施設だった。
はて、こんなものは見た事がないんだゾ。
そう思いながら眺めているとセンゴクさんが力技で扉を開けた。正しく言うと破壊した、だけど。
「シーザーはいなさそうだな」
果てしなく棒読みで発せられた言葉は間違いなく『建前』であることが察せられた。
「ああリィン。もう口を開いても大丈夫だ」
「どうしてセンゴクさん毒ガス平気ぞ!?」
「……開口一番でそれか」
まるでお前はどうしてそう能天気なんだと言いたげなため息が返事代わりに吐き出された。
「お前が通ってた研究所はシーザーが幅をきかせていたのは知ってるだろう」
「あ、はい。というか薬品関係はシーザーの管轄ですた故に」
ベガパンクが所長だと聞いてはいたが実際誰かを相手する時はシーザーだった。ベガパンクとは会ったこと無い。
「ベガパンクは主に悪魔の実の研究もしていてな」
「あァ、伝達条件の解明や派生利用法ですよね。確か最近だと2年前の悪魔の実による細胞劣化停止が影響する自然治癒能力、でしたっけ」
ベガパンク、脳みそどうなってんだろう。
1人で何百年もの時を箒で飛び去ってる気がする。ベガパンクが研究を始めてからこの世界の文明が一気に開花してると思うんだ。
「今回の任務はベガパンクが関わる。この研究施設はベガパンク個人の物だ」
「…………お腹痛くなってきた」
嫌な予感しかしない。皆目検討もつかないが、技術の元にベガパンクの名前が出てマトモな事件に関わったことがない。何様ジェルマ様もベガパンクの技術の影響だし。
「……派生利用法。つまりお前の身近で言うと物に悪魔の実を食べさせるという研究だが」
脱力しきったセンゴクさんが通路を進み部屋に入って行く。何をそんなに疲れてるんだろうこの人は。
「──ところで手荷物が少ない様だが任務の準備は万全か?」
「えっ待って怖きです怖きです何故ここで聞くしたのですか」
「何があっても生き延びれる様な準備はできたか」
「対人戦闘交渉とかサバイバルとかの準備はすてますけど研究云々は無理ですよ!?いやセンゴクさんですたら私に出来ない任務は振らないと思うですけど」
もしかしてベガパンク生み出してはならない物を生んだ…?それの破壊とか?いやでもそれなら戦闘訓練なんて必要ないし物理的な強さは要らないもんね……?
ぐるぐると疑問が頭を支配する。
「すまないな。お前の行動で全てが決まる。どれが必要などの指示が出せない」
「むしろ逆にそんなに未知であるのに赤封筒レベルだと判断されるしたの怖いのですけど」
「思えばはや10年。お前がまだ小さい時には想像もしなかったな」
「怖い怖い怖い怖い。回想やめるして」
そしてセンゴクさんが扉を開けた。そこにあるのは部屋全体を覆い尽くすほどコードやら何やらが繋がれたゴテゴテしいナニカ。機械なのは見ればわかるが人間の鼓動の様に規則的に脈打っている。
「これがベガパンクの……研究?」
「動物系以外の悪魔の実を食べさせた。試作品1号、らしい」
「……動物系以外を?」
悪魔の実の著書はいくつか読んでいるが、動物系の悪魔の実は特殊で。仮説として悪魔の実が意志を持っている、という見解になっていた。人間が食べれば別の意志が混ざるので理性を無くしやすく、そして物に食べさせれば意志がひとつだけなので自我が発生する。と。
その仮説のまま行くとまだ動物系以外の悪魔の実が物と融合するのは難しいはずだけど。
「いやベガパンクならするか」
「そうだ、したんだ」
何を考えていたのかすぐにバレた。
「この試作品は、はっきり言って失敗だ。稼働はしているが、悪魔の実の能力の使用は出来なかった。ちなみに悪魔の実の詳細は……わかるが、記録として残されてないほど見た事が無かった」
センゴクさんが心臓部である場所をバンと叩いても変わらない。いや、精密機械を叩くな。
「お前に判断を委ねたいのは、この失敗作を保管するか破壊するか」
「正直自然系の実装化のためにも保管しておくのが吉かと思うですけど……」
不気味な部屋の中を恐る恐る進む。ドクリドクリと脈打つ傍から見ればSAN値削れる様な物体の傍に向かった。
「──ただし」
「えっ?」
「例外的に反応する物がある」
瞬間、機械は壊れそうなほどガタガタと震え始めた。
「例えば、隕石。要するに……この星のものでは無い物質に反応する」
その声に呼応するように激しい動きになって。
「ど、えっ、は」
「はぁ〜……貴様はどうしてこうも。どういう星の元に産まれたらそうなるんだ」
「この星ですけどォ!?」
私時空の狭間での記憶はあるけど魂はリサイクル式だしその条件に合うとは到底思えないんだけど!
「待って待ってまてまてまてまて待って」
「これはただの推理だが。お前の母親は恐らくこの星の人間じゃないぞ」
「は???????予想外で覚悟ぞ出来てないですが???????どういうこと???????」
「それでは健闘を祈る」
ぐにゃりと体が引っ張られる感覚。とんでもない気持ち悪さ。浮遊感。不快感。
目の前に居たはずのセンゴクさんが一瞬で姿を消した。
いな、消えたのは私。
「──ぅ、ぁああああああああ゛ッ!」
見渡す限りの青に飲み込まれ、空中に転移した私が海へと落っこちた。能力者なら死んでたぞコラ。
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青い青い、荒れた海を眺めながら、海岸に腰掛けていた私はため息を吐く。冬の冷たい潮風が肌を突き刺す様に吹き荒れ、乾燥した空気は喉と目の潤いを奪っていく。苦手な寒さを眼前に私はもう一度ため息を吐き出した。
「お姉ちゃん、大丈夫?」
海からザブンと顔を出したのは魚人族の子供。恐らく特徴からサメの魚人だろう。私よりもいくつか歳が下の少年は心配そうな顔をしていた。
「うん、大丈夫だよ。ぼーっとしてごめんね」
「オラはいいんだ!……中々見つけれなくてごめんよォ」
しょんぼりとした少年に私はにっこりと微笑みかける。
「危ない海なのにいつもありがとう。今日はもう終わろう」
「い、いいい、いいんだよォお姉ちゃん!」
焦って水かきのついたを手振りながら、少年は青い顔に赤味を足して首が取れそうな程激しく横に振る。
ゴツゴツとした海岸のフジツボだらけの岩で体を支え、私は海に向かって手を伸ばした。
もごもごと躊躇いがちに伸ばされた手を掴んで引っ張り上げる。
「お姉ちゃんが濡れちゃうよォ」
「これくらい屁の河童よ!」
海水で濡れた黄色のゴワゴワした髪を撫でて岩に並んで座りかける。
魚人の子は海水で服まで濡れているので、寒空の中太陽に当たって服を乾かすのだ。
普段イタズラばかりする悪ガキ坊主が、こればかりは申し訳なさそうにしゅんと顔を伏せる。
──約1ヶ月。
転移能力で飛ばされた私は、漂流し、そして大切なものを無くしてしまったのだ。いつでもこの島を出る準備は出来ているのに、ソレが見つからないから動けないでいる。
「──見つからないね、お姉ちゃんのママの指輪……」
──見つからないのだ、私の『夢見る幻くん』が……!
説明しよう。
夢見る幻くんとは女狐隊の技術者ヴォルフと不思議色の使い手パレットが共同で作ってくれた髪の毛の色を切り替えるための装置である!
はい。作ってくれたばかりなのに速攻で無くしてしまった馬鹿は私です。
指輪の形にしているのはチェーンで首からぶら下げる為。昔クロさんにもらった海楼石でできた指輪もそう保管していたから慣れていた。
はぁ……ほんとにどうしよう。
ボロボロの有様で作ってくれた2人に無くしたから複製して欲しいとか言えない。
とりあえず転移したことをセンゴクさんに連絡しようと思って電伝虫をアイテムボックスから取り出した瞬間電伝虫は寿命を迎えられた。長寿種なのに。
オマケに拾ってくれた島は外部との連絡を微塵も取らないような島。監視ってほどじゃないけど人の目がありすぎるから単独の行動に移せないのもあるが、本当にいざとなれば、いざとなったらしゃぼんに入って海操りながら探す。
漂流中に髪色を黒に変える装置を無くしてしまった&濡れた服を着替えさせてもらったという点から、私は堕天使リィンだとバレることなく漂流した少女を演じることとなった。
ちなみに装置は形見という設定。装飾品として使えなくないデザインだからね。私の指のサイズには合わせてないけど。
「お、オラは絶対見つけるからな!」
「……!」
すくっと立ち上がった魚人の子の宣言に私は目を丸くする。
そして顔に喜色を浮かべて優しく微笑んだ。
「ありがとう……!」
──好感触!ミッションコンプリート!魚人の駒候補拾ったり!
こんな最低なことを思い浮かべて攻略しようとしているのにもわけがある。うん、この島でやることって好印象抱かせて伝手を増やすことしか出来ないんだ。少年はまぁ、未来への投資。成人迎えた魚人に癖がありすぎて女狐隊に引き込めないなら素直な子供を育てればいいじゃない作戦。私がまだ迎えてない全盛期を過ぎても、若さは力になる。
年上にだけ媚び売るのも未来で詰む。
私子供だいっっっっっ嫌いだけどね!
素直じゃなくても、いい子は好きよ。私に都合の『いい子』はね。
「ソッ、そういえばお姉ちゃん!冬至祭の準備は出来たの?」
「朝から沢山のお砂糖掻き混ぜて疲れちゃったけど、万端だよ」
閉鎖的なこの島には独自の文化があって、冬至祭というのもセムラを食べて断食するという地獄の様な風習なのだ。アイテムボックスからくっそまずい保存食取り出して飢えは凌いでやる、絶対に……!
「……まさかとは思うけど、お姉ちゃんの作ったセムラ一緒にしてないかな?」
「……別の場所に置いてあるよ」
「ほっ!良かった、めでたい祭りで死人が出るとこだったな!」
「一応食べれるのに、私の作るご飯ってそんなに前衛的かな……」
「そんなお姉ちゃんに必殺料理人の称号をあげるんだな!」
片手で目の前をうろちょろする頭をスパンと叩く。
海軍生活、食事当番から外され。海賊生活、食器洗いしかさせてくれない。
手作りチョコを食べたものは物言わぬ屍と化す。
これを嘆かず何を嘆くというのだ。
というかなんで私が作ると毒物が精製させるんだろう。体内に溜め込んでしまった毒が排出でもされてるのかな。
いっそ私の作った食べ物を武器にすれば……!
名付けてポイズンクッキング。泣きそう。
脳内サンジ様が食べ物を無駄にするの地雷ですって顔してバツ印出してるからやめよう。
「お姉ちゃんシスターなんてやめればいいのに」
「でも皆より少しお姉ちゃんだから、マザーのお手伝いしたいの」
魚人の少年は勢いよく立ち上がって鳴くお腹をアピールした。
拝啓、センゴクさん
ニュースクーもやってこない様な辺境に位置する島。周囲の海は荒れ、やってくる船は全くない。完全に自給自足のこの島で。……巨人の島、エルバフで。
「──セムラの時間だよ!行こ!リンお姉ちゃん!」
息を吐くように嘘をついた偽名を名乗り。
「ハイハイ」
あなたの愛する娘は今、シスターをやってます。
ちょっとした懸念があるのですが、その恨みつらみはこの冬至祭を頑張って乗り切った時に五寸釘片手にお人形さん遊びで発散しようかと思います。
「あァ……寒いなぁ……」
寒空を見上げて白い息を吐き出した。
────『羊の家』より。
リィンツインテールにしないの巻。
メリーーーーィンクルシミマース!!!!!!
年末年始はあまりにも忙しいので書き溜めを更新していきます。
さて、やって参りました過去編(物理)本誌を読んでる君たちならここで何が起こるのか大体察せたはず。