地獄の強化合宿が始まった。
女狐隊の一斉強化というよりは私の強化のカモフラージュに女狐隊を使っているという感じ。
私にはいくつか足りない物がある。
速度はまぁいい。回避能力もそこそこある。
もちろん『悪魔の実』を除いた全ての項目で実力者とは不釣り合いな程不足しているのはわかっている。
私に1番足りてない項目。
それは──技だ。
必殺技とも言える技がない。もちろん小手先だけの技も存在しないが、海賊のリィンと海軍のションを区切るための技を作らなければならない。
人から恐れられるほどの技さえあれば印象付けには程よい。……いやまぁ印象付け云々を除いても、普通に火力が足りてないのだが。
私の戦闘スタイルは能力任せなところがある。気軽に手に入る攻撃力という意味でも使い勝手がいいし、海楼石でさえも無力化出来ない手段。集中力を高めなければいけないし、集中力が削げてしまうと使えないけど、使わなけれ勿体ない。
堕天使リィンは棍棒使い。経験として柔術や拳を使うこともある。武器は軒並み使えない。本当の実力より下位互換の能力を駆使して戦う。
これを考えるとやはり今まで使わなかった武器を使うのがいいんだろうけど短期間で強くなるには少し足りない。強力な一撃が欲しい。
圧倒的な強さで他者をねじ伏せる……
うん、肉体的な技と見せかけて能力で誤魔化すのがいいかな。嵐脚(使えない)を風系の能力で誤魔化す、みたいな。
そのためには集中力を上手く途切れさせないようにしないと。
方針、方針……。
「ぜェ……はァ……!」
「ん、ぐううううう…!」
「はっ、はっ……ふっ、はっ……」
「ぃ……ぅ……」
新規に入った部下(元BW組)の実力を把握しない事には強化の目処が立たない、ということで永遠と全力疾走させて死にそうな部下の嗚咽をBGMに考えていた。
「持続力、瞬発力、共にベンサムパイセンが1番。持久力はボムパイセン……。それで加速力はオカン」
「ぜぇ……! ぜぇ……ッ!」
「何言ってるか分かんねェよパイセン」
「ご、ェ、やる、……ぜぇ……っ! ひつよ、あっ、か」
「文句は俺に言われても……。この育成メニュー組んだの女狐大将ですから」
これやる必要あったか?って言われたようなのだが、今の私は海軍雑用のション君だ。
俺はあくまでも天使でも女狐大将の指示に従ってるだけでーす。お前じゃねぇかって視線は無視します。
「んじゃ島もう一周、全力で。タイムリミットは10分。はい、GO!」
「ああああああああぁぁぁ!」
「ううぅぅううう……!」
「むり、む、むり!」
「ぉぁ……」
「……………………………っ!」
「ジョー、ダンじゃないわ、ッッッッよーう!」
死にそうな顔をしながらも走り出した6人の背を見送って、私は後ろの存在に声を掛けた。
「──なんですか、青雉タイショー」
「いいやァ? 暇だしこれからあるお祭り見学だけどぉ?」
馴れ馴れしく肩を組んでくるクザンさんに嫌そうな顔をする。
フードを深く被っているので表情は見えにくいが絶対面白そうな顔をしているに決まってる。
クザンさんはフードの中を覗き込んでヒュウ、と口笛を吹いた。
「可愛ー顔してんね、今夜どう?」
「……誰が女顔だぶち犯すぞ坊主」
「あっ(なるほどという顔)」
ションというキャラクターで過ごしてみて、どの口調でどの表情、癖、そういう無意識下の動かし方を学ぶ。だからあえてションという人間がどういう人間なのか、は部下だろうと将校だろうと伝えてない。
「つーかション君だっけ? お前暑くねぇの?」
「……暑いに決まってるだろ」
「だよなァ」
私は首元まで隠れるタイプのジャージに黒マスク、そして帽子目元深くまで被り更にフード付きのマントを着ている。すこぶる暑い。
「しーかたねぇじゃないスか。俺の顔戦神とそっくりなんですか、ら」
ションは明言しないし自分もわかってないって設定だけど、戦神の弟辺りでいいかな。
「しかもこのマント俺見覚えしかねェんだよ。女狐のやつじゃん?」
「……裏っ返しなのによくお分かりで」
「マジだった? 当てずっぽうなんだけど」
殴った。避けられた。
「ま、俺は女狐隊一斉スカウトで見初められた雑用なんで、そんじょそこらの雑魚共とは違うんでー」
「へぇ? 大将に喧嘩でも売ってんの?」
「ハハハ、そう聞こえました?」
頭を叩かれかけた。避けた。
「──で、女狐」
耳元でボソリと単語が聞こえる。クザンさんの方が圧倒的に背が高いから腰痛みそうなほど前かがみになっていた。
「VS中将戦、どんくらいもつと思ってんの?」
「……全員持たせる。そのための指揮官、だ」
本当はもうちょっと不敬な口調にしたいけど素を知られてるからやりづらい。
「ふぅん、手助け要らねぇみたいだし、俺は精々見学でもしてようかな」
「仕事は……」
「こんな面白いことあるのにいつまでもやってられっか。後でやる」
おい、と何かしら忠告しようと振り返ればクザンさんはいつの間にか遠くで背を向けていた。今さら驚きはしないけど実力差に悔しくなるというか呆れ返ってしまう。
『VS中将戦』
これからBW組が走って戻ってきたら始まる模擬戦の事だ。その名の通り、中将達と戦う。シンプルな目的だ。
「た、だ、ま……」
「…! 意外だ。ナインパイセンがトップか」
「おうよォ………!」
「ニセキングテメェ! バット持ち出し! てぁ! ショートカットはず、りぃ、ぞ!」
「カーブで! 支えにぃ! 使っ、ただけ、だろ!」
ゼェゼェと息を切らしながらそこまでの大差は見せずBW組が戻ってきた。タイムを書き込む。
見るからに戦闘出来なさそうなパレットが大分涼しい顔をしているのが気になるな。何かしら能力で体力補助が出来るのか……。カラーズトラップ、だったかな。
「パレットパイセンなんの能力者? アトアトの芸術人間、じゃないことは確かだよな?」
「能力者じゃ……はぁ……はぁ……ない、よ……」
「……! お、おいおいまじかよ……。パイセン、今からお前は能力者だ。いいな?」
「えっ、え」
「イロイロの実の色彩人間。あーゆーおーけー?」
「お、おーけー!」
私のお仲間見つけたーーーー!!???!?
え、いや、だってこんな身近にいると思う?非能力者が生まれ持つ性質や極め上げた何かで悪魔の実と同等の能力を得るのって。
動揺を鎮める。
今はそれを無視しておこう。
「ショ、ンく、……! きゅうけ、だよね!?」
「ん?」
レモンの言葉にバインダーに挟んだ紙ををペラペラと捲る。『女狐大将から渡された育成メニュー』だ。中身はまぁ、今のとこ白紙だけど。だって雑用のポジションにいるけど結局私が女狐なんだし。
「これから中将方と対戦です♡」
仕事の隙間を縫って現れた中将に手を振り挨拶をすると、対戦する張本人である6人は絶望的な顔をした。
私? 戦闘は不参加の雑用ですので。ま、不特定多数の視線がある中の訓練なので戦闘スタイルの特定を防ぐためという理由もある。
──いやぁ! 私が直接対戦とかじゃなくて良かった!(本音)
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右足から2.3.4。下がる、→0.2秒後、左足踏み込み。その後パターン3。右手で殴るか、フェイントか、左で殴るか。左でのフェイントは無し。
蹴りは確定フェイント。腕の間合いの1.5倍の間合い。目的、リズム崩し。右手から右肘、回数正/正正。確率2分の1。切り返し速度0.1秒。その後左手抉り込む確率3分の1。
並列思考。
ナイン、仕込みバット。9割攻撃阻害腕に絡ませる。1割移動回避目的。立ち位置中距離固定。近距離、確定しゃがむ。相手視線のフェイント、気付かない。動き方違和感。
「──そこまで!」
私が声を張り上げタイムウォッチをカチリと止める。
「あり、がどございまひゅ……」
「うん、もう少し頑張れ」
今手が空いてるからと早速相手にしてもらっていた中将に息も絶え絶えなナインが肩を叩かれる。
元々体力テストと称して基礎身体能力の把握と体力消費をさせたのは、実践での心拍数と状況の再現だ。
表向きは格上との戦闘経験と回避経験を積むこと。
そして、裏向き。
センゴクさんに告げられている。──私が全ての中将の動きを覚えろ、と。
私は対戦に参加出来ない。だから全て目で見て覚えて分析して、そして動かすのだ。私の代わりに女狐隊を。
私が動くとリィンの動きになってしまう。『リィンがションという男の真似をしている』現状、その指示を出しているセンゴクさんがストップをかけるだろう。
『
「……パイセン、来て」
中将対戦の3分の1で既にヘロヘロなナインを呼び寄せる。10分回避、10分攻撃、10分総合対戦だ。まだ回避戦しか終わってない。
…………もう少し頑張れぇ?
はは、まだ育成してないから底が知れてるだろうけど。
私が人を使うことに慣れてない、部下の力を100%出し切れない、なんて舐められる訳にはいかないんだよプライド的に。
「わ、悪いション……。足うまく動かなくて」
「そこは気にしてない」
私はナインの耳に口を近付けた。口元を読まれないように。
「──あの中将、弱いぞ」
「……は?」
「ナインより弱いぞ。さァ、動いてくれるね?」
ギョッとしたナインが私の顔を見た。
私はなんの心配もしてないようにドヤ顔で笑みを深める。ナインは中将に勝てる、これ、当たり前。
「──いいか、狙い目は……!」
2戦目。ナインの攻撃ターン。
ナインは持ち前のアクロバティックな動きで中将の意表を突いて戦っていた。
回避方法、細かな殴りでの打ち消し。右手多め。割合、2.5.9.確率65%。下半身への攻撃対処、30%で片足を上げるだけ。50%蹴り、30%殴り。視線、一瞬回避先へ向ける。攻撃自体は見聞色の予測。
並列思考。
不規則な軟体行動。バク転。バット無駄な回転→土煙発生。上半身への横殴りと下半身への蹴り同時可能。指示にアレンジを加えるところ有。
……予想通りだ。ナインの動きがぎこちなかったのは緊張もだが格上との戦闘というプレッシャーだ。縋るものがない、確実に弱いと自覚出来ている。馬鹿な自覚もある。
なら自分より賢い人間が確定だと判断した事象に縋ればいい。その人間を私が演じただけだ。
体力が削れていることなど忘れてアクロバットな動きをするのが楽しそう。もって……3分かな。
「くっ、やるな…!」
中将はやりづらそうな顔を見せる。
育成学校で訓練を詰んだ確実性を求める中将相手だ。奇想天外な動きを見せる実戦で癖ができたナインの相手はやりづらかろう。
「あッ」
体力の限界でナインが膝から崩れ落ちる。カランとバットが落ち、心臓を押さえうずくまる。
「ッ! 大丈夫か…──ッ!?」
──しかし。しかし、だ。心配して駆け寄った中将の手首にナイフがあった。
……うん、及第点ってとこ。首狙えとは言ったけど流石に無理だったか。私なら迷わず金的いって首狙ってた。
「……。まいった。油断してしまったな。リ、ションの提案か」
「体力、的には、もうむり、です。から、そこはえんぎじゃな、い、ス」
「最後の一手に使えとは言った」
「だが海賊相手には通じんぞ」
「そん、時は、毒バラ、まき、ます。俺、ちょっとな、なら、耐性」
睨みとしてはいいとこついてる。ただ海賊にも毒耐性あるし、即効性だとしても武器を取り落としてしまえば傷付くので少々甘いけど。うん、流石王下七武海の元部下。元々の素質は下っ端に近いとはいえ、基本の能力値も才能も良質。かなりいい拾い物した。
「カッカッカッ! いやいや、こいつァ1本取られたな!」
フードや帽子の隙間から見える範囲に、中将がこっちを横目で見ている姿を補足した。
どうしたらいいか、ってことでしょう。
私はペンを持ってない片手で、まるでりんごを握り潰すかの様に握り締めた。
──潰してOK。
「…………それじゃあ、中将地位の意地をかけた第3戦目といこうじゃないか」
とりあえず完膚なきまでに叩きのめされたナインには罰として次の対戦30分間は腕立て伏せの刑に処した。
私の指示があれば勝ちうるという自信、だけども鼻っ柱は折る。
ナイン戦闘中に次の駒であるパレットを走らせたので、疲労度はそれなりにあるだろう。
合計6戦、計3時間。私たち女狐隊の徹夜明けの午前は身体酷使になった。
とりあえず今日の6名の中将の戦い方は覚えたと言えよう。
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午後は私の実戦訓練だ。
午前中に覚えた動きを復習しながら海軍所有地の無人島へ女狐として移動する。
海軍所有地の孤島。通称:訓練島は戦闘訓練を見られたくない者や部隊で野営訓練、サバイバル合宿などに使用する。なので鉢合わせしないように予約を入れなければならないのだ。
この島でする事は私の技の訓練。
「さァ、始めようかリィン」
……。海軍保護者相手に。
あ、いたたたたたた。プレッシャーすごい。
いやだって、小娘相手に海軍の英雄が。確かにここ海軍本部とそう遠くない島だけど元帥が本部空けてもいいのか!?
「はーーー。これも生き残るため生き残るため生き残るため」
センゴクさんが予約してくれたんです。この島の使用。
「……センゴクさん、私同じ歳に比べたらかなり戦えるですし、体も動かせるですけど、赤封筒任務そんなに実力足りませぬ?」
「さぁな。お前次第で戦闘の有り無しは変わるだろう。──だが、仮に。その任務先で戦闘を起こすとなると」
泣き言を抜かす私にセンゴクさんは厳しい目を向けてきた。
「全盛期の我々、もしくは全盛期のシキを個人で相手するような物だ」
「無理では無きですか! 今からそこまでレベル上げ無理ぞ!?」
「だから手回ししているんだろうが。戦闘経験豊富なもの達の動きを覚え、理解し、そしてはったりでもなんでもいい、女狐の虚像術を使い強者の振る舞いを見せつけろ。その為に訓練をするんだ」
理解してるんだけどォ。
いやまぁセンゴクさんも私が理解してるからこそ淡々と言ってるんだろうと思いますけど。
「んぐぅ」
理解も納得も出来るけど、やりたいやりたくないは別です。やらざるを得ないけど。
「それで、女狐の技の方針は決まったか?」
「……足技です」
「ほう、心得は?」
「黒足のサンジの足技の記憶くらいで使用経験は無いです。動くとなるとサンジ様の動き方になると思う」
「
言葉に込められた意味を読み取るのすごいスキルだと思う。
「理解出来る範疇だと、女狐は理解されてしまうです。ちゃんと人なのだと」
女狐は私の実力以上の技と能力を使わなければならない。例えば能力者なのに海楼石に触れられる、とかね。
分からないって普通に怖いよ。原理が分からない。避け方が分からない。なんの能力か分からない。
「それで、思い付いたのは?」
「──動かない蹴り」
ゆらりと私は集中力を高めた。目標物を探すとセンゴクさんが適当な岩を指さした。
「……!」
足元に熱気と冷気を一気に作り、ゆっくりと軽く蹴り上げる。その温度差を胡散させればあとは目標物。
風では威力不足。物質自体を破壊してしまうと人体には使えないから、外的要因の絶対的な破壊力。
私が選んだ能力は大気だ。
「〝割れろ〟」
白ひげさんのように大気にヒビが入り、振動がぶつかり。
岩はバキッと大きな破壊音を上げてヒビを刻んだ。
「なるほど、これは分からない。足技、と言われると足技にしか見えないが、能力と言われると納得出来る。……能力の使い方が大分自然になったな、うん、理解は出来ない」
蜃気楼がまだよくわかってないが熱気と冷気があれば出来る。目の錯覚と言えるほどの一瞬を足の動きと同時に生み出し、視界を歪ませる。そしてタイムラグを少々作って、本命の大気操作。
大気の操作の仕方はぶっちゃけわかんないけど、白ひげさんの技の再現だから絶対強い、はず!私の中の記憶で1番威力のある再現可能能力ってこれだったんだもん!
一気に3つも集中力を割ったせいで脳みそに糖分が回ってない気がした。お試し一回目でここまでいけたなら、これを極める方向に持っていってもいいだろうか。
チラリとセンゴクさんを見る。
センゴクさんはフッと鼻で笑うと私に言った。
「──技名は?」
まさかの一発合格に私のテンションは
素直に嬉しい! 深夜テンションで考えただけなのに実用的な技だと認められた!
私は笑顔で告げた。
「不可避キック!」
「それは考え直せ」
速攻不合格を貰ったけど、この後むちゃくちゃ練習した。甘い物沢山持ってきといて良かった。女狐は甘党設定にしておこう。そう心に決めた。
……泣いてないです。
純粋な戦闘訓練。
リィンは実力をつけるためにまともな、正統的な修行をすべきだけど、そのためには時間が足りなさ過ぎるので能力ありきの技を純粋な肉体技として誤魔化す方向で技を練り上げています。不可避キック。リスペクトはめりこみパンチ。このネタ知ってる人は僕と握手しよう。
ちなみにリィンが肉体技を使わないのにはいくつか理由があるんですけど、その内の2つは『傷が付いたら集中力が削がれる』と『逃亡、回避用の体力を残すため』です