「──キミが居ながら何故カナエを殺したッッ!」
襲い来る無意識の覇王色に、心臓が竦み上がった。
シャボンディ諸島12番
「は、……っ!」
今までで一番重くて苦しくて殺意の乗った覇気に浅い呼吸が漏れる。レイさんがくしゃくしゃくしゃになった顔を手で覆う。
「貴様が居ながら、カナエはっ、カナエが……!」
失望と怒りが混ざったその心からの叫び。会う度余裕そうな顔をしている姿とは思えない程の剣幕だ。
「──レイリーッ!」
命が茨で締められて、何もかもを搾り取られるような。苦しい。うまく息が、出来ない。
「……だ…!……っ、……。信じ、……」
フェヒ爺の叱咤にレイさんは抗議をするように口を開いて、ハグハグと口を開閉させると、その剣幕の激しさは次第に萎んで行った。
私も上手く呼吸が出来始めた。
「…………すまな、い。キミに当たる事じゃなかった」
「……いや。……。大丈夫です」
「…………頭を冷やしてくる」
殺したのか。と、その質問に上手く否定できないで居る。未だにじわりと殺気が漏れていた。私に直接当たるような殺気じゃないけど、当たる場所のないぐちゃぐちゃと色んな場所に飛んで、感じられる緩急にヒヤリとする。
レイさんはそのまま私を見ることなく背を向けてどこかへ去っていった。
時が止まる。
気遣いげにその場の誰もが私に視線を向けた。
──ドサッ
「リー!?」
張り詰めていた緊張が解けて膝から崩れ落ちる。レイさんを警戒してなのかそばにいたサボが地面に倒れる前に支えてくれた。
「……あ、あー、大丈夫。覇王色慣れぬ、だけぞ」
「いやまあ確かにすごい威力の覇気だったけどそうじゃなくてだな?」
バツが悪そうな顔したフェヒ爺が私に歩み寄り頭をワシワシと撫でた。
「感情を押し付けて悪かったな。あいつにも言っとく」
「んー、大丈夫。それよりレイさんはほっとくが1番。気持ちは分かる故に」
ヘラッと笑って手を押しのける。フェヒ爺は眉をしかめた。
「それよりこれからどうするか考えるなければ」
「あ、あァ……」
腫れ物を扱う様な反応。まァ私でもそうなる。わかる。
周囲を見回して確認する。ルフィ、エース、サボの3人と、ローさんとフェヒ爺。
「…………あれ? クロさんは?」
「クロコダイルのことか? なんで一緒にいるって知ってるんだ?」
「ここにいる元月組の人と電伝虫繋いでずっと中継すてた。ね、ルフィ」
「それってモグラしてる時話してたやつ?」
「そうそれ!」
「……なるほどなぁ、それでリーと連絡つかなかったわけか。マリンフォード行く前にめちゃくちゃ連絡したのに全然連絡つかないし」
「申し訳ございませんです。だから頭蓋骨は! 頭蓋骨リンゴだけは勘弁!」
「怒ってないよ、お前俺の事なんだと思ってんだ?」
「ゴリラ──いいいいいい゛!待ってごめんなさいごめんぞりっ!今脳みそはやばい今脳みそはダメ禁止!!」
なんなの、私の頭って掴むためにあったの?知らなかった。
それともあれか、この世界の人間にとって私の身長が下にあるから1番近い距離にある頭を掴みたがるのか?その身長を削るぞ。ヤスリで。
「サボとリーが仲良い!なんで!?」
「……ルフィもしかしなくても気付くない?サボはアラバスタで一緒にいた参謀総長ぞ?」
「ええええええええ!?」
その驚きの声と顔に思わず目を見開いてしまう。話題の張本人であるサボに視線を向ければ目があったので、笑ってしまった。
私の様子に周囲は見るからにほっとした表情を見せている。うーん、単純。
「それでクロコダイルだけど、あいつならフェヒ爺が」
「フェヒ爺が?」
「……悪い」
「大爆笑しながら絵本が出版されてることをチクった。お前、シャボンディ諸島着いてから出版社に行ったんだろ?」
やっぱりシャボンディ諸島に着いてからの行動、フェヒ爺見てたな。おかしいと思ってたんだよプー太郎フェヒ爺が3日も様子見せないの。絶対怒ってた私に気付いたからに決まってたんだ。
じとっと睨むとあからさまに視線を逸らされた。
「でもさ、放送ってなんのこと?」
エースが頭に手を当てて首を傾げた。
「……俺はリアルタイムで聞かなかったからな。情報は得てるけど」
「俺、リーの所業の数々の中でアレはちょっとどうかと思う」
「麦わらの説明はめちゃくちゃ過ぎるし、革命軍のやつは情報の正確さが足りないから当てにならねェんだよ」
ぞわ、と寒気が背筋を駆け抜けた。
「なァ、リィン?」
耳元で聞こえるその声に引き攣り笑いを浮かべ両手をそっと上げた。
背中取られた、気付かなかった。
「……いつから居たです?」
「お前が到着してから」
「さいっっしょからでは無きですか!」
声を荒らげると頭に手を置かれた。
人質ならぬ頭質……!
「で?」
「……で、とは?」
「冥王にこっぴどくフラれた元海兵さんの今のお気持ちは?」
「おい! クロコダイル!」
自分でも分かるくらい私の顔から表情がストンと抜け落ちた。
今の自分の感情が分からないほど、クズでもマヌケでも無い。
「──元々」
気を使われていることも知っていた。
私は口を開く。
「私と冥王と戦神の間に親子の繋がりは無いですよ」
私はレイさんに対して『ロジャー海賊団の副船長』と捉えており、カナエさんに対して『謎しかないルフィの恩人』と捉えている。
興味はあった。でもさ、こうやって、カナエさんに『利用するために生まれた』とかレイさんに『殺したのだ』と責められて、感情は確かに揺れ動いたけど私は全然悲しくなかった。
だって所詮他人だし。
だって、私の親はセンゴクさんだから。
私は辛くない、悲しくない。
……だって私は幸せだから。センゴクさんという親を手に入れたから。どれだけヘマやらかしても裏切ったとしても、信じてまだ守ってくれるセンゴクさんがいるから。
あぁダメだ、リィンはセンゴクさんにも裏切られてるんだから親は地雷にしないと。
「……私には、親は居ないけど、兄ならいるので」
嘘をつく時嘘は吐いてはいけない。私は感情をそのままにへにょっと笑った。
レイさんが私を責めた。
私が居ながらどうして『殺した』のだと。客観的な状況を見ればそこに当てはまる言葉は『殺してしまった』か『死なせてしまった』だろう。
私が手を下した、殺したこととして責められた。
事実だ。
だからこそ、浮遊する扉の上で起こった出来事は貴方が話したんだろう。どこからどこまで話したのか分からないけど。様子から見るにほとんど話してるんだろうな。
性格悪い感じに。例えば『私の体力を回復させたらそれが限界で息絶えた』とかね。……唯一状況説明できるクロさんを恨み見上げた。
「ん? 会話は話してないが行動なら話したな」
「クロさんって、性悪だよね」
「お前ほどじゃねェな」
確認で悪態をつけば堂々と返事が貰えた。遠回しだけど、性格が悪いことを訂正しなかったって事『私が嫌なところをチクった』って事。
まぁ、そういうことだ。
そもそもカナエさんは興味があったけどレイさんに対してはほぼ無関心に近い。
「……フェヒ爺はともかく、
「はっ、性悪」
「クロさんほどじゃないです」
頭に手を乗せて体重かけてくる元七武海はいい加減にして欲しい。
まだ女狐だとカミングアウトしたこと怒ってんのかな……ネチネチネチネチ女かお前は。あっ、ちょ、頭握らないで、あとなんでナチュラルに思考回路読んでるの。
「それ、で!」
腕を除けて距離を取ると私はそっとルフィの後ろに回った。
「クロさんが私を合流させた意味ぞ何です。ロリコダイル報道の真実追求じゃなきでしょう」
「おいちょっと待てお前」
「そこら辺はドフィさんが直接聞くしてたらしいですのでそいつに聞くなり世間に聞くしろ」
「絵本から見て既に嫌な予感しかしねェんだよお前ホントそれに関しては覚悟しろ」
頭が痛そうにため息を吐くクロさん。お前より私の方が苦労したので覚悟するのはお前の方だ。私は悪くない。なんならもう一手二手は加える予定。
「で?」
「……はァ、指輪貸せ」
「あげますね!」
「要らん」
海楼石の指環を笑顔で投げ捨てるも残念なことに拾われた。
「リー、あの指輪ってもしかして……」
「私がまだ正真正銘幼女の頃クロさんから貰った」
「うわぁ(ドン引き)」
聞いてきたサボがトマトでも見るような目でクロさんを見た。その視線を受けてクロさんは不機嫌そうにフンと鼻で軽く返事をする。
否定しないことにさらにドン引きした様だ。
「……というか私サボに『リー』って言うされるのゾワゾワする。違和感」
「なんでだよ、昔っから呼んでただろ」
「それ4歳までですぞ?あまり覚えてなきですし、そもそもそれ以降の方が長いです」
「……忘れようか、リー。初めまして革命軍のサボですお前の兄です」
「無茶が過ぎる」
戦争負けちまおうとか言ってた海軍も驚くほどのパワー。私じゃなきゃ受け流せないね。まァこれ以上重かったら受け流す前に潰されるんだけど。
「チッ、くそ、おいこの場の非能力者!」
「……俺だけど。多分フェヒ爺も」
「おう、非能力者だな」
舌打ちしたクロさんがサボに指輪を投げた。
つまり求婚……?
「俺に渡すとはいい度胸だなクロコダイル。──割るぞ?」
「割れるならやってみろそれは海楼石製だ」
「あァ……それで非能力者に……」
サボがジロジロ指輪を眺めるとルフィもエースもフェヒ爺も、あとついでにローさんも寄ってきた。
「飾りっけないな」
「武器だもん」
「革命軍、土台と宝石部分を回して開けろ」
今ちょっと理解し難い言葉が聞こえた。
「回して?」
「開けろ?」
非能力者同士が顔を見合せ指輪を手にかけ…。
──パキッ
「「「「…………。」」」」
なんか、動いたね。
どうしようすごく嫌な予感しかしない。
「サボ、そのまま海楼石掴んだ状態で小娘やクロコダイルに渡さず海に投げ捨てろ」
「承知」
「……。革命軍、後で雑用からリィンがもっとチビの頃の写真奪ってきてやるよ」
「ふざけるなぞクロさん、邪魔したらお前の写真コレクションの中から恥辱物をイワンコフさんに渡す。ちなみに画像加工もする。
「──愉快な脅し合いをするな〝シャンブルズ〟」
「「「「あっ」」」」
ローさんの能力厄介だな。
そこら辺にあった草とサボの手の中で封印していた指輪が入れ替わった。
「……ビブルカードか、これ」
「やっっっっっぱりな!このストーカー七武海共!ドフラミンゴ共々よくもやってくれたな!」
「クハハハ、いやぁ実に愉快だったぜ?死んだとか報告が流れておきながらそのビブルカードが移動してる様を見るのが」
「うがぁあああ!敗因はコレ!?うぎぃいいいい…っっ!」
ローさんの手からヒョイとビブルカードと海楼石を取ったクロさんは宝石を台座に戻し私に放り投げた。
「……サボ「要らない」これあげ返事が早い!」
私はぎゅっと眉を歪ませながらクロさんを睨んだ。
「………………七武海、というかクロさんは心底嫌いです」
指輪をアイテムボックスにしまい込む。もう一生この世に出さない。私の視界に入れたくない。
「火」
クロさんが懐から葉巻を取り出して私に向けた。
「……脱獄囚が何故葉巻など持って」
「スモーカーくんから奪った」
「私の親友になんてことを…!というかクロさんだけ会うしてずるい!私早々会えぬのに!」
この悔しさを私は火種に変えて全力で燃やした。
すっごいキレ気味の表情をされる。
「なァリィン、お前俺のとこ来るか」
……予想外の発言に思わず凝視する。
昔から私を自分の手札に加えようとはしてたけど、今、そう来るとは思ってもみなかった。
「だ、ダメだ!俺の仲間だ!」
「……そうじゃねぇ。ガキは黙ってろ」
ルフィが私に抱きついてクロさんを睨んだ。
「悪いがクロコダイル、小娘は俺が養子に貰っ…──」
次に口を挟んだフェヒ爺にクロさんはキッと睨みつけた。
「
「ッ」
心臓がはねる。
流石にクロさんを直視出来なくてルフィの腕の中で静かに目を伏せた。
「まァいい。だがな、無かったことにするつもりはないからな」
「じゃあ無かったことにしよう!」
「張本人の意見ガン無視すんな」
「昔から張本人である私の意見ガン無視されてますけど??」
「まるでお前に人権があるような言い方だな」
「あるわボケっカス!!!!!!!死ね!!!!!!」
中指立てギャーギャー騒ぐとルフィが私を落ち着かせようとしてくる。
「私はクロさんの存在を忘れたいぞ…………死ぬほどいや………」
「出来るもんならな」
クロさんはそう言って鼻で笑うと背を向けて去っていった。最終的に水に解けるように砂に変わると、足取りが掴めなくなってしまう。
くっそ、爆弾投げ込むだけ投げ込んで行きやがって。
「リー、もしかしてクロコダイルの騒動って人が違うだけなんじゃ……」
パンパカパーン、正解。
==========
「革命屋兄、報酬」
改めてエースの無事の確認したり、戦争の結論を現地にいたサボから教えてもらったり、クロさんに対してキレるサボを私とルフィで押さえたり。
ダラダラとルフィ達に合わせて会話をしていたら静観していたローさんが痺れを切らして口を開いた。
「報酬?」
「アァ、エース助ける時に手助けしてもらったからその報酬。──これが、俺の食客印」
「確認した」
「なにですか?ローさん革命軍に居候するのです?」
「あれは革命軍の幹部が持てる最優先の取引先って感じかな。あれ持ってると革命軍の兵も動かせるしそれこそ居候する事も出来る」
「へぇ!便利ですね!」
「本当はお前らにもやりたいけど食客印って1個しかないしな〜」
グズグズとサボがきょうだいを愛でていく。ルフィを抱き締め、エースを抱き締め、そして私に来ると思ったのでローさんところに避難した。
「ローさん食客印見せるして」
「あぁ」
金の土台に淡く青白い光を放った線でなにか模様が書かれている。
発光した線、か。これは早々真似出来ない技術だな。なんだろうそれ。私のファンクラブの人たちが持ってるカードと似てる様で……。
「ビブルカード」
「う、そだろリー。なんで分かるんだ?」
「勘」
瞬間的に判断したことを思わず口に出してしまった。理論付けがまだだったのに。
「特にエースに食客印は持たせたかったんだけど。ルフィはリーといるから行動も連絡もやりやすいし……」
「俺はいいよ」
エースはニッと笑いながらローさんを見た。
「そいつ、俺を助けるためにサボに巻き込まれてくれたんだろ?ならいい!サボの1番はそいつが持っとくべきだ!ルフィとリーの同期でもあるんだろう?」
陽の気に当てられてローさんが形容し難い表情をしていた。
「ありがとうございました。あ、あとルフィの治療もありがとう!はは、俺恩人ばっか出来てるや」
「俺もトラ男にお礼いってない!ありがとな!お前いーい奴だな!」
「お、おう……?」
未知の存在を見たような表情をしてる。ちなみに私とサボも2人の無垢な感じに目を覆いたくなっている。
純粋さ、言っちゃ悪いが、既にない。
参謀、心の一句。
「それでさァトラ男!ほんとに俺たちの兄弟になるか?」
「は!?」
「えっ、なにそれ」
ローさんが驚き私も激しく動揺を見せる。するとサボが経緯を教えてくれた。
センゴクさんの放送で勘違いする兵士が出てきて、ローさんも兄弟だと噂されてる、って。ングっ、吹いたらダメ吹いたらダメ。勘違い起こしてた中将の顔を思い出──無理です。
「アッハッハッハッハッ!んふふ、ローさん、兄弟んふふ!私ぞ代わりに、んっ、ふふ、ははは!」
耐えられなーい!
私は今まで笑えなかった分盛大に体を折り曲げて笑った。
「……クロコダイルに感謝しとかないとな」
レイさんが消えた方向を見たサボの、小さく呟いた声が聞こえてきてしまった。
あー、なるほど。そういう事か。
納得。
私の思考回路をレイさんからクロさんへと丸々変換させるためのトロールだったわけか。
「あー、お腹ぞ腹痛!ぐ、ふ、ふふ、んふ、アハハ!」
私はそれに気付かないふりをして笑った。
==========
「冥王レイリー」
「……クロコダイルか」
ビリビリと収まらない殺気を纏いレイリーは口を開いた。
「本当に、カナエをリィンが殺したのか」
クロコダイルは〝さァ〟と前置きをすると、薄ら寒い薄っぺらな笑みを浮かべる。
「俺は船の上での死に際を包み隠さず『全て』話した。それでどう捉えるかはお前の勝手だろ」
〝だがな〟
「アイツに苦しみを、トラウマを与えるなら例え実父だとしても許さねェからな」
『信じてた者に愛する者を殺された』と。レイリーの主観。
あながち間違いでもない。
それにリィンはカナエさんの想いを、『エースを救済する』という命全てを、リィンの体がその存在意義である様に、カナエの生きる理由だったソレを手から零したから。リィンはカナエを殺した。これはレイリーよりもリィンの方が認識は強い。
ちなみにリィンはレイリーのおもっくそ重たいリィンに向けてしまう殺意を理解してしまうから否定も出来ないし恨めもしない。ただし悲しまないのが親子の絆が希薄なとこ。うーん、このドS親子クソめんどくさいな。