2度目の人生はワンピースで   作:恋音

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第225話 なく蝉よりもなかぬ蛍は身をこがす

 

 

「絶対実力落ちてるーーーッ! 落ちてるって言ってんだから手加減してくれよッ!」

「うるさいよ!」

 

 血と硝煙の匂いが混ざる戦場。

 びーこらびーこら喚きながら独特な仕込み金属バットを両手に海兵が応戦しており、その男を叱咤したもう1人の海兵は情けない相棒と肩を並べ、敵に向き合った。

 

 赤いスカーフを付けた、女狐隊。

 

 普通の下士官と同じ服装だが、海ではなく血の色が他と差を見せるため何かと狙われやすい。

 ちなみに同じ女狐隊でもこの戦争では別に目立ちたくないとちゃっかり普通のスカーフを付けている者が殆どなのだが残念ながらその事を2人はまだ知らない。

 

「──だっておかん! 俺たち普段机仕事ばっかだぜ!? 訓練とかの暇なく!」

 

 『おかん』と呼ばれた筋肉質な女海兵、ツキ。元はクロコダイル率いるBW(バロックワークス)と呼ばれるテロ組織の幹部で、コードネームにミス・マンデーという名を使っていた。

 ギャンギャン騒ぐ相棒にため息吐きたい気持ちを抑えて、彼女はインペルダウンからの厄介な脱獄犯相手に舌打ちをしながら相手をしていた。

 

 それでもと叱咤するつもりで相棒にちらりと視線を寄せ叫ぶ。

 

「身に染みてわかってるよナイン! けど! ここで被害抑えなきゃ後で書類に死ぬのはあたしらだってこと頭に置いて殺りあいな!」

 

 ナインと呼ばれた相棒は嫌そうにゲェと舌を出した。このナインも元BW(バロックワークス)の幹部。コードネームはMr.9であった。

 

 2人は元々コンビを組んでいた訳では無いが、海兵へと嵌めら(ひきぬか)れた際からのバディだ。

 

 

 幹部といえど、かろうじてコードネームがついているフロンティアエージェント。特出する程の実力は持ってない。

 

「ちくしょーッッ! かかって来やがれこの野郎ッ!」

 

 相手をしている敵が間違いなく厄介な能力者だと言う事は分かっている。他に被害がいかないようにある程度慣れてきた自分達が増援が来るまで持ち堪えなければならない。

 ナインは泣き喚きたい気持ちを必死に抑えてとりあえず喚くに留めた。

 

「随分とやけくそだガネ」

馬鹿(バッ)、このバッ! あんたらしつこいしねちっこいんだよこのバッ!」

「ぶ〜〜〜〜〜き〜〜〜〜〜が〜〜〜〜〜ほ〜〜〜〜〜し〜〜〜〜〜」

「あんた本当にノロマだね! このノロマ(ノッ)! ノッ!」

 

 敵の3人組はそれぞれ行動したくても全力で邪魔してくる粘り強くウザったらしい海兵に嫌気が差していた。

 

「くら……えッ!」

 

 ツキがナックルを着けた拳で木偶の坊に殴りかかった。筋力には自信があるが、どうやらその得意分野でさえ格上らしい。

 

 モグラだかぺンギンだか分からないが動物(ゾオン)系の能力者は地面に潜ろうとする。そしてそれを仕込みバットで地上に食らい止めるナイン。

 鉄程に堅い液状を固形化させ、木偶の坊に馬鹿でかい武器を渡そうとし、攻守ともにサポートに回る男。その木偶の坊は腕力こそ上回るもノロマなこともあってツキがギリギリ対処出来ていた。

 

「くっそぉ、女狐隊の先輩方はどこいったんだよォ、戦闘職のボムとレモンはどこだよォ」

「はっ、あたしらも一応戦闘職だけどね!」

「騙し討ちと人海戦術が得意な方のなッ!」

 

 ガイン、ゴイン、と白い液状で邪魔をしてくる男に段々苛立ちが募る。さっさと潰したいが攻略方法が分かっていないのに能力に飛び込むほど馬鹿ではない。考えて考えて、ふと嗅いだことのある臭い。具体的に言うと夜中の書類仕事の明かり。

 

「あ、おかん! このヒョロい男の能力わかった! 蝋だ!」

「チィッ! クソほど厄介じゃないか! これだから能力者は嫌いなんだ!」

 

 蝋の能力者、Mr.3は敵対してる格下の存在に舌打ちをした。実力は確実に下だろうに、格上の……しかも人数も多い3人とギリギリだがやりあえる存在に。

 

 

 オフィサーエージェントは重要な任務をこなす。対してフロンティアエージェントは懸賞金などで資金をかき集める為、任務が多い。

 そして元フロンティアエージェント、2人は拾われる前から色々な苦労(過小表現)を共にこなしてきた。

 

 つまり、チームワークなどはナインとツキが圧倒的に上である。

 

 格上相手にしがみつける理由はこれであった。

 

 

「(分かってるが…! 俺たち2人なら多分死なねぇだろうし負けないだろうが! 勝てる気が微塵もしない……!)」

 

 これに限る。

 

 ツッコミをする余裕すらないナインは背中にたらりと垂れる汗を感じ、苦い顔をするしか無かった。

 

 

 

 ==========

 

 

 

「あ、これ相性悪過ぎるわ」

「奇遇だな相棒、俺も同じこと考えてた所だ」

「もれなく私が死ぬ」

「間違いなくな」

 

 黄色の短髪の女海兵は相棒である男にそう宣言した。頷かれた。

 

 元BW(バロックワークス)のオフィサーエージェント、Mr.5とミス・バレンタイン。今はボムとレモンという分かりやすくて適当過ぎる名を名乗っているが、この2人も苦労を共にした為かコンビ仲は良い。だがそれ以上に、何より互いの能力の相性が良過ぎる。

 

 だからこそ即座にわかった。

 現在敵対している相手が過去最低レベルで相性が悪過ぎることに。

 

 ボムとレモンの攻撃手段といえば、ボムの爆発単体もだが身体を1キロに設定したレモンがボムの爆風を使って空中に跳び、1万キロまで体重を一気に増加させ相手を押し潰すという物だ。

 

 空中から狙いをつけるため1点しか攻撃出来ない上に目標を誤ると自分が埋まり兼ねないという弱点もあるが、それよりも注意すべき事は、肉体を使って潰す為一面の武器があるとこちらが怪我を負いかねない事だ。

 

 例えば棘の山だとか、刃物の山だとか。

 

「あらあら、それは残念ね。お嬢さん方?」

「適当に暴れろ、との命令だ。悪く思うな、海兵」

 

 敵の女は腕を棘山に。

 敵の男は腕を刃物に。

 

 対峙する2人の敵は余裕の表情でボムとレモンを補足していた。

 

「……ねェ相棒、逃げるが勝ちって言葉知ってる?」

「ははは、覆水盆に返らずって言葉知ってるか?」

「OK! 手遅れって事ね!」

 

 なんせ完全にターゲットとしてマークされている。背を向けなければ逃げられないが、背を向けたら死ぬ。

 

「ふぅ……。やるっきゃない!」

 

 書類仕事ばかりで訓練の時間は確かに少ないが、武器はいくつかある。そして自分達はまだ能力を見せていない。

 

「〝鼻空想砲(ノーズファンシーキャノン)〟!」

 

 ボムの飛ばした鼻くそがドゴォンという爆発音を立てて爆発した。

 

 それが開戦の狼煙だったようで、トゲを足に生やしたミス・ダブルフィンガーが足を長くする要領で咄嗟に避けた。

 しかし爆発を真正面から受けたMr.1はなんともない顔をしてボムへ肉迫する。

 

「くっ」

 

 ボムが身体を捻り刃に変化したその腕を避けようとした。

 

「〝強い石(フォルテストーン)〟!」

 

──ゴンッッッ!

 

「ぐがッ!」

 

 敵の肉体的な刃がボムに届く寸前、狙いを定めていた物理学を全否定する小石がMr.1の頭に追突した。それは片手で持てる程の小さな石だが、その重さは質量以上。

 Mr.1の後頭部から血が流れ、予想外の衝撃に頭が揺れ、隙が出来た。

 

「はっ、顔面から喰らえ…! 〝爆発する石(ボム・ストーン)〟!」

 

 ボムがその顔面に向けて小石を投げると、それはMr.1にぶつかり起爆した。

 

 石に能力を付与する。

 超人(パラミシア)系であれば、本来なら有り得ない能力の使い方。2人は海軍に入り新しい技を手に入れていた。

 

 深夜テンションで手にしたのだが、細かい話を思い返せるほど余裕は無い。

 

「…! 空ね!」

 

 ミス・ダブルフィンガーは最初の爆風で空に飛んだレモンを補足。腕をトゲにして伸ばす、伸ばす。銛で魚を突く様に伸びたトゲがレモンに向かった。

 空中では風任せの為身動きは取れない。

 

「──とでも思った?」

 

 レモンは伸びてくる細い針に向けて銃を構えた。

 

「〝そよ風息爆弾(ブリーズ・ブレス・ボム)〟!」

 

 カチリとリボルバー拳銃から実の無い弾丸が放たれる。

 不発と思われたソレは針に当たった瞬間、起爆した。

 

「きゃあ!?」

「うわぁッ!」

 

 その爆風で1キロほどしかない体重のレモンが弾き飛ばされる。

 

 心臓に直撃する筈だったトゲは幸いな事に爆発で体が移動したレモンの肩を掠めるだけに終わった。

 

「い゛……!」

「レモン! 目標物と近過ぎだ!」

 

 軽い為地面に落ちてもダメージはそう無いが、ボムの手の間に合う距離にあったのでレモンを拾いきる。爆風ではなく爆発をもろに受けたレモンの腕には火傷が広がっていた。

 

「これぞ肉を切らせて骨を断つ作戦! 心臓突かれて即死よりはまし!」

「涙目だぞ」

「だってボム! 爆発って熱くて痛いのよ!?」

「あー、俺爆発無効だから気持ちはわからん」

 

 弾倉にボムの息を吹き込んだリボルバーはレモンに預けられている。息すら爆発させてしまう男の究極能力だ。

 威力もそれなりにある。

 

 だが。

 

「……きゃはは、やだぁ、みてボム。敵さんとっても怒ってるみたい」

「だなぁ……。仕留められればよかったんだけど、そんなヤワじゃないよなぁ」

 

 爆発の土埃が晴れる。

 

 棘にして伸ばした腕に爆発を受け火傷を被ったミス・ダブルフィンガーと、それぞれの攻撃を受け額と後頭部から血を流したMr.1の姿があった。その表情は無。

 怒り心頭といった様子がひしひしと感じられる。

 

「(こいつら、1億程度の懸賞金はあるだろ絶対…! 海賊っぽくねェし、どこのどいつだよ…! 白ひげ海賊団じゃねェし脱獄犯だよな…!?)」

 

 攻撃が効いた様子はあまり無い。

 不意をつけた初撃。ここからどう攻めるか。

 

 いや、どう避けるか。そんなレベルでのお話だった。

 

 

 ==========

 

 

 

 

「〝カラーズトラップ〟〝なごみの緑〟」

 

 

 

 

「ッ、オカマ拳法──〝白鳥アラベスク〟!」

 

 

 

 

 誰かが「えっ」と小さく驚きの声を上げた。

 

 

 

 ==========

 

 

 

 

 蝋を自由自在に操るMr.3が突然なごみ始めた。何を言ってるのか分からないが自分もよく分からない。

 

 ナインとツキが混乱して目を見開く。

 

 りんごほっぺが特徴的な三つ編みの知った姿が敵の傍でお茶を飲んでいた。いや、敵と一緒に、なのだが。

 

「……パレット? マイペースなのは知ってるけど流石にここ戦場だしそいつ敵だし」

「そそそそそそうだぜパレット! お前戦闘能力ないんだから待機してろって俺言ったじゃん!」

 

 ズズズ、と緑茶を飲み干したパレットはゆっくり立ち上がる。キョロキョロと状況を再確認して、ナインとツキに微笑んだ。

 

「……マイペースな私に優しくしてくれた先輩達なの。失敗しても怒らなかった。今もこうして庇おうとしてくれてる」

 

 パレットはその名が示すパレットを手にし、絵を描くには大きい筆には色を着ける。そして懐かしさを孕む複雑な瞳で、だが譲らない意志を確かに宿し元同僚に厳しい視線を向けた。

 

「──手を出さないで欲しい、Mr.3。それと、Mr.4ペアだっけ」

「……ミス・ゴールデンウィーク」

 

 

 バディを組んでいたベンサムとはお互い行くべき場所がある、と別行動を取った。まぁ相方の行先は容易に想像出来るのだが、と思いながら脅すように筆で警戒と決別を顕にした。

 

「うん、久しぶり。でももうその名前要らないからパレットって呼んでね。偽名だけど」

 

 パクパクと餌を強請る金魚のように口を開閉させるナインとツキ。パレットは悲しげに笑みを浮かべた。

 

 

「私、元々犯罪者なの。BW(バロックワークス)のオフィサーエージェント。このMr.3とペアを組んでた」

 

 寛ぎつつも、表情を驚愕に染め、Mr.3がミス・ゴールデンウィークを見上げた。

 

「──バラしちゃったし、もう海軍には居られない。でも、この2人には絶対手を出させない……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ボムとレモンはすっ飛んできた頼れる後輩の姿に表情を明るくした。

 

「──2人に、何してんのよーーう!」

「「ベンサム!」」

 

 戦闘能力の高いのがきた!期待していた援軍に心強く、そして見知った顔という事もあってテンションが上がる。

 

 3対2ならいける…!

 そう考え戦闘を再開しようと構えた。

 

「この落とし前、きっちり付けさせて貰うわよォ! Mr.1とポーラ!」

「……Mr.2か。どこにいると思えば、まさか海軍に居たとはな」

「頭痛いわ、ボスへの忠義を無くしたMr.2がおめおめと私達の目の前に現れるだなんて」

 

「え、え」

「……んん?」

 

 混乱した。そりゃもうとんでもなく混乱した。

 ボムとレモンは思わず互いの顔を見た。

 

「ボムちゃんレモンちゃん、ここはあちしが蹴り付けなきゃならないとこなの。引いてくれる?」

「えっ、いや、えっ、まっ」

「混乱するのもわかるわよーう、じょ〜〜ダンじゃないものねい」

 

 Mr.2ボン・クレーは2人を背にかばいオカマ拳法の構えを取る。

 

「──かかってこいや」

「上等」

「タコパの飾りにしてあげる」

 

 

 

 

 

 

 

 場所は離れていても心は同じ。

 ウイスキーピークからずっと一緒にやってきた4人は声を揃えた。

 

 

「「「「────ふざけんな大将ッッッ!!」」」」

 

 

 必要事項はさっさと喋れ、事前相談はこの際諦める、だがせめて情報共有はしてくれ。

 

 ……お前ちょっと便所裏な。

 

 

 

 ==========

 

 

 

「やっぱり嫌な予感ぞ止まらぬのですけど……」

「何をやらかしたッチャブル」

 

 『私』を知らない将校の攻撃を掻い潜ると奇跡的にイワンコフさんと合流が出来た。

 

「無意識下でも可能性ぞ存在故……ちょっと特定不可能ですね」

 

 うーん、心当たりが多すぎて逆に無いんだよなァ。

 何に置いても言えるんだけど私は無駄に伝手が多くて色んな目論見で色んな組織で活動してるから……。

 

 

 ルフィフォローの為に電伝虫を肩に乗せて戦場をバタバタ走り回る。シキとそれに乗っているルフィは格好の的だ。私は不思議色の覇気を使って身の安全を確保しつつ電伝虫に映らない様にしてルフィと確実に相性の悪い将校をちまちま削っていっていた。

 

 

「……!」

 

──ボンボンボンボンッ!

 

 攻撃性の低い見た目だけ派手な爆発を連続的に起こし地面を破壊し土埃を煙幕代わりにする。

 なんせ現れたのは七武海のバーソロミュー・くま単独。敵対のポーズ、攻撃を向けながらだったから。

 

 くまさんは背が高く図体もあるから電伝虫に映ると目立つ。

 目立つからこそ、姿を映したくない私としては目くらましが必要だった。

 

 だって私のそばにいるの革命軍だよ?

 攻撃だってするフリで、対話を求めている事は確実。

 

「ノーランさん私の位置特定してますよね、映る?」

『リィンちゃんは土埃で見えない。電伝虫が捕らえてるのはイワンコフとくまだけだ。地面にいるんでしょ?』

「はいです、それなら良かった。これから恐らく機密会話なので…──」

『あれーリィンちゃんの声が聞こえないなぁ』

 

 ……棒読み選手権があればぶっちぎりでトップを取れると思う。

 

『画面になにか進展あれば声を掛けるけどこっちは聞かない様にしとく。5分目安にしておくね。繋いで置いてほしい』

「ありがと」

 

 戦場の全体的な様子を随時私に伝えてくれている電伝虫の先にはシャボンディ諸島でリアルタイム視聴をしてくれる元月組ノーランさん。彼のおかげで電伝虫の撮影ポイントと戦場の流れ、私が把握出来ないところ、私の存在の確認をしてくれている。とても助かってる。正気だと絶対買わない位くそ高い(潜入必須物だから必要経費で落とした)盗聴防止の装置もつけているから大丈夫だろう。

 

「くま!」

「くまさん」

「リィンにイワンコフ」

 

 一応くまさんは海軍側だから表面上だけでも敵対を保たなければならないから、イワンコフさんに攻撃を仕掛けた。簡単に殴るだけなので手を抜いてるのがわかりやすい。

 

「……くまさん、手ぞ抜きすぎでは」

「元七武海であるクロコダイルと団欒しておきながら今更繕っても意味無いだろう」

「そうですけどね。七武海は特例措置ですよ実際。世の中の例外」

「一体どういうことッチャブル!?」

 

 はぁん? とわけの分かってないイワンコフさんのキレ気味の心からの叫び。

 

 あぁそっか。

 

「くまさんが革命軍のスパイは私ご存知ですぞ?」

「むしろ大分バレてる」

「くぅまぁ!!???」

 

 七武海というポジションで海軍と政府を調べていると言うかスパイしてる事自体は七武海と私はもちろん、なんならセンゴクさんも知っている。いや、七武海会議に巻き込まれるタイプの人は知ってるだろうから大将格は間違いなく知ってるな。

 

「煙幕を」

「ハイハイ」

 

 更に土の煙幕を激しくして、くまさんの口の形から読み取れない様にさせる。この電伝虫の映像の先にいるのが民衆とは限らないから。政府だって有り得るんだ。

 だってくまさんはもうすぐ…──

 

「俺からの遺言だ」

「はァ゛!?何を言ってブルのよヴァナタ!」

 

 がしりといがみ合うポーズを保ったままくまさんがなんでもない顔をしてイワンコフさんに告げた。

 

「あとはよろしく頼む。俺が回していた情報の後任は青い鳥(ブルーバード)とサボの連携で補うから安心しろ」

「いい加減におっシブル! ヴァターシにも分かる様にきちんと説明を……!」

「いいか、俺の姿を模した"何か"が現れても手心を決して加えるな。リィンもだ」

「らじゃ」

 

 海兵の敬礼を送ると状況がまだ把握出来ずに混乱しているイワンコフさんが私とくまさんを交互に見た。

 

「──もう二度と会うことはない……。さらばだ」

「くま…!」

「リィン、お前だけでも逃げろ」

 

 くまさんの攻撃が私に向く。

 何度撫でられたか分からない肉球のついた大きな手が私の体に触れ────弾き飛ばされた。

 

 

 

 

 

 

 私は海軍本部の部屋に佇んでいた。

 くまさんの能力で戦場から本部に飛ばされて、うーん、ここは女狐の部下が使ってる部屋かな。赤いスカーフが無造作に置かれてるし書類のジャンルも見覚えがある。

 

 逃げろ、って言葉は表面上だけらしい。

 

 

「海兵になれ、って事かな」

 

 

 つまり逃げるな、って事だね。

 くまさんの目的は分からないけど、ルフィの援護より海軍大将として場に現れた方が良いと考えたんだろう。

 

 ふぅ! 瞬間移動楽だねぇ!

 島の内部なら時間もかかんないし閉ざされた空間でさえ凌駕する。

 

 

 ……。

 

 

 くまさんは、政府で行われているDr.ベガパンクを中心とした人間兵器の開発の実験体として志願していた。

 この話は七武海と将校は知っている事だ。

 

 最初は手、その後足。意識はそのままに、それこそフランキーさんみたいに改造されていた。

 

 私がその事を知ったのはモリア騒動のその後。

 麦わらの一味の完全崩壊にくまさんの手を借りたいとセンゴクさんに打診した時、知らされた。

 

 残された時間はもう少なかった。

 だから、だからこそくまさんは麦わらの一味完全崩壊に手を貸してくれた。

 

 人格が無くなるならどんなぶっ飛んだ罪でも被ろう、と。

 

 麦わらの一味完全崩壊はいつか再結成されると決められている。それが私とセンゴクさんの間で交わした取り引き。『傀儡:2代目海賊王』を成すために。

 崩壊させたと謳っておきながらの復活はある種の責任問題になってしまう。

 

 うん!今のくまさんって最強だよね!

 人格が死ぬってわかってるからなんでもやりたい放題じゃん!素晴らしいね!

 

 いやほんと麦わらの一味完全崩壊の責任、全部押し付けれるの都合良すぎて最高!独断じゃん、くまさんの完全独断!しかも麦わらの一味が崩壊してない事に発覚する頃には多分くまさんの人格は消えてるから責められないし!

 

 なんか今の間に責任押し付けれるやつ探しておこうかな。

 もしくは言質取っとこうか、都合悪くなったら元七武海のくまが実は云々〜って感じで政府に言い訳出来る様に。

 

 え、絶対便利。

 海軍大将としてならまだ会話出来るし麦わらの一味崩壊の書類手続きって名目使えれば1日くらい引き止めれるから許可取っとこうかなぁ。

 

 

 

 

「…………死んで欲しくないのに」

 

 こぼれた。

 

 

「言ってても仕方ない、かぁ」

 

 

 いそいそと女狐の格好に着替える。

 私が海軍大将女狐で居ていいのか、センゴクさんに話をつけにいかないといけない。堕天使をインペルダウンに送り込んだ意味も。

 

 ホントに、私が裏切られていたら、その時はその時だ。そのままエースかっさらって逃げよう。

 

 うん。海兵として指示を仰ぎに、海賊としてエースを助けに。なんにせよ断頭台に行くのが1番だね。

 

 

「……!…!?」

「……………〜…!…?」

「…、…。……ー!」

 

 ガヤガヤと部屋の外で話し声が聞こえる。髪をかきあげて結び、仮面を着けてフードを被る。これでいつもの女狐だ。ただ正式な姿は必要だから普段の姿プラスで将校マントを肩にかけ、正義を背負う。

 

 旧女狐でも真女狐でもどっちでもいける反応を心掛けよう。相手に渡す情報は少なめに。

 

「……とにかく!ここでいいなら話っ…──」

 

 扉を開けて入り込んできたナインが私の姿を確認した瞬間1歩下がって爆速で扉を閉めた。

 

 おい。

 

「ナイン?なんで閉めた?」

「……なんか、いた。居てはいけないものがいた」

「は?」

「でも絶対殴らなければならない相手だった」

「どういうこ…──もしかして!」

 

 揉めた声が聞こえたから私は少し呆れかえり適当な椅子に腰掛け、足を組む。

 

「タイショー!?」

 

 勢い良く扉を開けて入ってきたのはレモン。

 その後ろに続くのはナインはもちろんベンサムとかの元BWと見覚えのあるMr.1などの幹部…。

 

 は?幹部?

 

 ナンデココニイテハイケナイモノガイタ?

 

「…………はぁあぁあぁあぁぁぁ」

 

「うわっ、ふっかいため息……。きゃ、きゃはは、タイショー久しぶりね。任務どうだっ、た?」

「レモン、冷や汗止まってない」

「いやだって雰囲気から感じ取れる『部外者ならまだしも何敵を招き入れてんだコラ』って殺気が」

 

 よくわかってるじゃんレモン。

 私はもう一度ため息を吐いて地面を踏んだ。

 

 こ こ に 土 下 座 。

 

「「……」」

 

 あんまり喋りたくないんだよ、設定どこからどこまでどうするかわかってないから。

 

 まだ元BW組だけなら救いはあった。それなら素を出して指示を出来た。──だが、部外者であるBW本隊に情報漏らす訳にはいかない。そこが繋がってんのはサー・クロコダイルだ。頭脳派海賊を舐める訳にはいかない。

 

 ボム、レモン、ナイン、ツキの初期メンバーが素直に正座した。

 

 どういう行動を起こせばいいのかたじたじしているクロさんの部下。そして自分は関係ないという顔をしたパレットと、他より情報がある分下手に動けないベンサム。

 

「ええっと……ミス、み、えっと」

「大丈夫Mr.3。私が元ミス・ゴールデンウィークだって事は女狐も知ってる。私とMr.2は罪に対する償いとしてここにいるもの。多分そこの4人も同じ」

 

 パレットが3の人の不安定な呼び掛けにはっきり答えた。うん、合格。このミス・ゴールデンウィークって存在は関わりもなかったから全然人となり知らなかったんだよね。

 頭も回るし一応口も回る。矛盾点のない必要最低限の情報開示だ。

 

 パレットの評価をやや上向きに修正して正座4人組を睨みつける。ビクゥ!と肩を跳ね上げて視線を逸らされた。

 

「大体、大将が俺たち全員BW出身って情報共有してなかったのがグダグダになった原因だし……」

「あ゛?」

「なんでもないです」

 

 私はそのボム相手に向けて、仕方ないという雰囲気を纏いながら近くに来いというジェスチャーをする。素直に近寄ってきたボムの耳に口を近付け。

 

 大きく息を吸い込んだ。

 

「元いた場所に返して来いッ!!!!!!!」

「い゛ッ!あ、耳死ッ」

 

 低い声だが思いっきり叫んだので耳にダメージを被ったのだろう。耳というか頭を押さえながら呻いていた。お前が元BW組の一応責任者兼代表だ。今決めた。私の肺活量舐めるなよ。

 

「くっそ、今奴らに情報を渡すつもりは微塵もねェってのに……」

 

 普段のリィンなら決してやらない様な口調と考え方と仕草をあえてBWに埋め込む。男にしては少し高めの声。女にしては少し低めの声。中性的な声を出せれば口調で性別を固定化出来る。

 私はフェヒ爺の口調を意識してもう一度ため息を吐いた。

 

「女狐は元々ベラベラ喋るキャラじゃねーんだよ……あぁ俺の計画が……しかもあの砂小僧……」

「た、たいしょーさーん?」

「何も見なかった。以上。仏のとこ行く」

 

 クソめんどくせぇと言わんばかりの雰囲気に元BW組はたじたじになる。ほんとに中身が知ってる人物なのか疑ってるという具合か。

 

 うん、絶対『リィン』がしない雰囲気出してるもんね。

 そりゃ対応が遅れるはずだ。

 

 ただベンサムだけは微妙に事情をわかっているだけあって苦笑いを浮かべていた。

 

「待って、あなたが、女狐?」

「あ゛?」

 

 ガラ悪く、とても悪く、他人の神経逆撫でする感じで固定。ただし情報は渡すな。めちゃくちゃ警戒しろ。

 

「足りない頭で考えろガキ」

 

 リィンと正反対のキャラを。もうここで真女狐作るしかなくなってきたぞ。

 女狐は男で、それで口が悪くて、子供じゃない。大まかそんなところだろう。よし。

 

 ただし正反対にしたからこそ訝しげな視線を向けてくる元BW組がいる訳ですが!もーー!予想外の事態に弱いのなお前ら!私の演技に振り落とされないでよ!なんでもない顔をしててくださいお願いだから!

 

「はぁ……。そこの4人、覚悟しろ。パレット、ベンサム。そいつら始末しろ」

 

 『始末』という言葉にBW本隊はピリッと警戒心を高め敵対の意志を強くした。

 殺意まで飛んでくるから肌がビリビリする。

 

「……始末の方法は?」

「任せる」

 

 パレットが冷静に聞いて来たので間髪入れずに脊髄反射で答える。

 やっぱりよくやるなぁ。これは言質取りに来たな。

 

「はいはいはぁい、あんた達外行くわよーう!」

「おいMr.2!」

 

 UターンしてBW本隊を外に置いやるベンサムとそれに続くパレット。

 

 多分パレットは『始末』の具体的な方法を指導されなかった、って言い訳で逃がすに留めると思うんだよね。彼女はまだ海軍に取り込めてないから。元パートナーに情があるんだろう。

 視線が他の5人と少し違う。

 

 始末とは口封じと取れる。むしろそうとしか取れない。

 

()()()()()よ」

 

 私がそう言えば、パレットは振り返って目を見開いていた。

 

 

 黙秘をしろ、それは情報を渡すなということ。不利益になるから敵に渡すな、と。

 つまり『生かしている事』が前提条件だ。

 

「うん!」

 

 今度はとんでもなく嬉しそうに返事をしてグイグイ背中を押し始めた。あぁ、そのMr.3って蝋人間、転ぶよ。

 

 さて、と。

 どうしようかな。

 

「た、大将ごめん……?え、ほんとに大将……?」

 

 ナインが困惑気味に口を開いた。

 

「40点」

「へ?」

「決定的な情報を渡さなかったこと、途中で邪魔しなかったこと、疑惑を少なくとも敵の前で言わなかったこと、BW相手に武器を構えていたこと、それで合計40点」

 

 これはあのBW本隊と交流がなかったからこそ、だろう。ベンサムとパレットは警戒を解いていた様だけど、相手の死角に入っている手にはそれぞれ武器が握られていたり、すぐ動けるようにしていた。

 

「ただ、私にもバレる程度の警戒を見せた、相手にもバレてる事確定。それと動揺激しすぎる。私の演技に振り回されるな」

 

 そこまで言って4人は息を思いっきり吐いた。

 

「んな無茶なぁ〜……」

「はぁぁぁぁ緊張したァ、よかったタイショーだったァ」

「警戒解かなくてよかった……」

「あ、あぁうん、良かったのかねコレ。大将の不利益になってない?」

「それに関しては後で推理するから今はどうも言えない。ここでクロコダイルの部下って人種と会えたこと自体を利益にしてみせる」

 

「「「「大将不思議語は!?」」」」

 

 ……今ツッコミするところはそこなのか。

 

「潜入にそんな特徴的な欠点作るわけないでしょ。不思議語は感覚的に言うと方言」

 

 まぁ、人物名は危ういけど!

 

「ところであのBWなんでここに呼んだ?」

「戦場で全員BW出身って知ってとりあえず誰にも邪魔されずに話をしようと」

「──それ、建前だよね?」

「…………きゃはっ」

 

 レモンが誤魔化す様に冷や汗流しながら笑った。

 

 

 教育的指導入れるしかないな。元BW組の中で1番パレットが有力みたいだけど、信用って意味ではこの4人の方があるし。それ以上に心友と盲目させた義理人情厚いベンサムの方が高いけど。

 

 ポーカーフェイスと対応力が1番か。

 戦闘能力自体は知らないから実力テストを並行して行うにしろ、私ちゃんとした教育受けたこともなければ指導したこともないんだよね!……海兵として根本的に色々おかしい。

 

「嫌な予感がする」

「同意」

「女は度胸女は度胸」

「男は愛嬌?」

「よっ、プリンセス!」

「女王様とお呼び!」

 

「さて、では命乞いからどうぞ」

 

「「「「ごめんなさい!」」」」

 

 部下は上司に似てくるんだろうか。仲間内でのノリとテンションに差はあれどぶっ飛び具合は元上司クロコダイル氏にそっくりだとただひたすら思った。BW組は七武海と同類。




リィンは極々自然にブーメランを無自覚でかますのでツッコミは皆様のおてもとのハリセンで。

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