2度目の人生はワンピースで   作:恋音

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第195話 嫌い嫌い、大嫌い

 

 これは過去の話。ほんの数日前に起こった奇怪な出来事であり、小さく動かされた歯車が大きな歯車を動かした時だ。

 

 

 

 時はルフィがロビンを奪還、そしてギリギリまで運んでくれたメリー号を燃やした後、積み重なった疲労により倒れた時の事だ。

 それはルフィの持つ限界を3度も超えた、まさに言葉通り命を削る程の疲労であり、死にかけも同然だった。否、実際死を目の前にした。

 

 薄れつつある意識の中で想ったのは……。

 

 

 

 

「…──どこだよ、ここ」

 

 疲労の重大さを理解しない張本人は目覚めると何もかもが黒い空間にいた。

 発した声は闇に消えていくだけで、それに誰も反応しない。

 

 ……事はなかった。

 

「まっっったここですかぁ!?」

「うわぁ! びっくりしたぁっ!」

 

 両方とも聞き覚えのある声だ。悲鳴にも似た馴染み深い声と、それに驚く優しい声。

 平衡感覚を失った体では辿り着くことは難しいだろう。でも仲間が傍に居ることは分かった。

 

「リー? メリー?」

 

 ルフィは名前を呼んだ。

 

「えっ、ルフィ?」

「わ、船長! ってリィンここどこォ」

 

 自分が居ることに驚かれた様だが間違いないだろう。知らず知らずの内に溜め込んだ空気をホッと吐き出した、どうやら本人(?)の様だ。

 

 そういえばリィンは『また』と言っていたな。

 

「リー、ここがどこか知ってるのか?」

「……はい」

 

 声色からぶすくれた姿が簡単に想像出来る。その頭を撫でてやれないことを少し残念に思いながらルフィは小さく笑みを零した。

 

「ここは時空の狭間、死者が次の世界に生まれる為の道から外れた者が落ちる場所、と思うです」

「……つ、つまり?」

「不思議空間」

「分かった!」

 

 小難しい表現で分かるわけが無い。

 ルフィは頼りになる妹がいると分かっているので思考を放棄した。別名押し付けだ。

 

「じゃあ俺死んだのか?」

「9割死で確定です」

「そっかァ」

 

 残念だったけど後悔は無いな。

 ルフィはそう考える。仲間が自分の為に、自分は仲間の為に一生懸命になって至った結果だ。

 

 未練はあるが、それ以上に楽しい人生を送れたでは無いか。

 

「時にメリー号! どういう事ぞどういう! 私確かにあの時任せるしますたよね!?」

「ちゃんと運んだってばぁ! 途中で壊れちゃったんだけど皆ロケットマンさんに乗ったよ!」

 

 お互いの認識がある様で驚いた。

 いや、よく考えたらあるだろう。

 

「なァリー」

「何ですルフィ」

「女狐は死んだのか?」

 

 ハッ、と喉から空気の漏れる音がルフィの耳に入り込む。

 静かに目を伏せた。

 

「知りませぬよ、その様な事」

「でもさ、女狐はエニエス・ロビーに居たし、リーがここに居るなら女狐も死んだんだと……」

 

 ルフィの説明は分かりずらい、それでもリィンが読み取れたのは、現状死んでいるという側から見て分かる『リィンの死=女狐の死』だ。

 リィンが死ねば自動的に女狐も死ぬ。

 

 女狐の中身がリィンで、リィンが『死』に居る今、女狐の姿で死んだのではないか。

 

 その憶測は確信を持っている。

 

「はぁぁあ………」

 

 リィンは深く息を吐いた。

 多分、泣きそうな顔になっているんだろうとルフィは予想する。

 姿が見えないのが残念でならない。

 

「いつ、わかるした?」

「んー……そう思ったのはルッチと戦ってる時かなぁ。でも多分それより前に気づいてたと思う」

 

 観念したのかリィンは聞く。それに対してルフィは過去を思い返しながら口を開いた。

 最初は多分ナバロンだ、女狐の姿が仮初だという事だけは分かっていた。

 

「視界がグワッて広がったみたいになって、感覚が鋭くなって、それで分かった」

 

 ルフィは微笑む。

 

「そこに居るのはリーだって」

 

 息を呑んだ音が確かに聞こえて、ルフィの笑顔は苦笑いに変わった。

 

「納得したし、ずっと助けてくれたんだって分かって、すっげー嬉しかったんだ! ……リー、俺の大事な妹。なぁ!」

 

 触れない、どこにいるのかわからない。

 視界が封じられるだけでこんなにも苦しい。

 

 だって彼女はずっと助けてくれた。

 

「俺、お前の事大好きだ!」

 

 愛しいと思う感情。

 悩みながら船に乗ってくれたんだろう、自分の進む道へと手助けをしてくれた。敵になって立ち塞がって教えてくれた。

 

 彼女は今まで利用してきたものを捨てられないと零した事がある。そんなに悩んでいながら仲間を、自分を救ってくれた。

 

 これ程心を締め付ける嬉しさがあるものか。

 こんなにも優しい敵がいるものか。

 

 感謝だけじゃ足りない、抱きしめて心から叫んで世界中に自慢したいほどの感情が沸きあがる。

 

「リー。俺、お前の兄ちゃんで良かった。仲間で良かった。もう何を言ったらいいのか分かんないくらいお前がお前でよかった。女狐がリーで本当に嬉しいんだ」

「それ、はっ。狙う、されぬ、故?」

「違う!」

 

 嗚咽混じりの声に否定の言葉を述べる。涙を吹きたい、抱きしめたい。肩を掴んで顔を見たい。

 

「女狐は俺のライバルだから! リーがいい!」

 

 俺が倒したい。

 俺が相手をしたい。

 

 せめぎ合う葛藤を、海列車の中で押し殺した。

 

 

 現実はもっと単純で簡単。

 肩を並べて背中を合わせて戦える仲間であり妹が最高の敵(ライバル)だった。

 

 嬉しすぎてどうにかなってしまいそうだ!

 

 

「ルフィッ、わた、私ずっと騙すて、酷い事言うして! でも、欲張り故にルフィも海軍も捨てる不可能でぇッ! 苦し、て! どっちつかずで!」

「うん」

「なんの為にやるしてる、と! 何度も思うた! でももう大事が多すぎるした、からッ」

「大変だったな、気付いてやれなくてごめんな」

「私、被害者では無き、なのにッ! 苦しむは自業自得で、私のエゴぞ!」

 

 兄の為に海軍を騙し、海軍の為に仲間を騙す。

 そんなどっちつかずの自己満足ではどちらも幸せに出来ないし望み通りにならない事だって分かっていた。

 

 どうしようも無い無駄な葛藤。

 

「頑張る、なんてっ。自分に、しか、分からぬのに! 自分以外の為に、がんば、て……! なんのために頑張るなんて……!」

 

 誰かの為に生きていく、命をかける。

 そんな行為が大嫌いなリィンは自分の嫌いな生き方をしていた。自分の為だと自己暗示をかけながら結局至る行動は他人の為、ルフィの為だ。

 

 秘密が多いという事は努力を誰にも知られないという運命。単純な出来事は裏で複雑化しておりそれを解くのは見えない頑張りだ。

 無駄な事だってあった。誰にも褒められないのになんでするのか。

 

「ルフィだから、ルフィが! ルフィの力になりたかった、からぁ!」

 

 共に歩んだ航海で分かった。

 耐えきれないとばかりにルフィはリィンに負けじと叫ぶ。

 

「リー大好きだ! ありがとうっ、愛してる! 俺ホントに、幸せだ……!」

 

 一つ一つは世界に溢れているありきたりな言葉だった。

 それでもリィンはルフィの言葉に救われた。

 

「にぃに……大好きぃ……ッ」

 

 子供の頃の様に泣きじゃくる妹の声を聞き、ルフィは何のしがらみの無い子供の頃に戻った錯覚をした。

 

 

 

 

「……多分、ルフィとメリー号が狭間に落ちるしたのは私が原因と推測するです」

 

 数分が経過し、落ち着きを取り戻したのかリィンが鼻を啜りながら予測を述べる。

 口を挟むことも無く、静かに仲間を見守っていたメリー号もようやく言葉を発した。

 

「どうして? 船長と僕は一緒の場所だったけどリィンは別の所に居たでしょ?」

「私はウォーターセブンにすぐ戻りますた故にその通りです」

 

 リィンはルフィやメリー号に起こった一幕を聞き自分もウォーターセブンで何が起こったのかを話す事にした。

 昔、女狐として殺した七武海の娘が復讐に来たのだと。その戦いの一幕を。そして自分でもヤバいとは思うほどの怪我を負ったことを。

 

「私はどうやらここに落ちやすいらしく、巻き込むしたのでは無いかと」

 

 ルフィの頭の中ではベルトコンベアに乗ったルフィとメリー号にドロップキックをして底に突き落としたリィンの姿が浮かんだが、首を横に振って考えるのを止めた。

 

 残念な事に大体合っている。

 

「来世、変な生まれ方をすたら確実にここに居る堕天使というクソジジイの性で…──」

『誰がクソジジイじゃ!』

 

 スパァァァンッ! と音が鳴り響く。

 まるでハリセンか何かで頭を叩いた様な鋭い音だ。

 

 痛みに悶えるリィンの声もした。

 

『残念なお知らせじゃが、お前らは死んでない』

 

 数秒の空白の時間。その後、リィンが心から叫んだ。

 

「またこのパターンですかぁぁぁあッ!」

 

 ──リーって気苦労多そうだなぁ

 

 冷静にルフィが考えた。口に出さない優しさがリィンの胃に沁みる。

 

「ねェおじいさん。それって僕も?」

『あ? 知るかそんなもん』

「堕天使テメェホントまともな神経持つしてくれぞ! いい加減な対応ダメ絶対!」

『数日ぶりに聞くが大分言語中枢が進化したの』

「はいぃ!? 数年ではなく!? あ、時間の概念が無いんですたねごめんぞりィ!」

 

 冷静にルフィは考える。堕天使の名前が嫌いな理由はここから来ていたのか、と。

 人間、自分よりも気が高ぶっている者がいれば自然と冷静になれるものだ。

 

「ねーねー! 僕って人間になれる?」

『……出来ない事はないが』

「ホント! じゃあ僕人間になりたいなぁ、したい事沢山あるんだ!」

『あーあー、分かった、分かったから。ホレ』

 

 堕天使がざっくりと返事をした途端メリー号の気配が消えたのが分かった。

 

「何すた?」

『転生作業中、じゃな。そうすぐ目覚めさせるもんじゃないわい』

「そうですか」

 

 なんとも言えない微妙な間が空間を支配する。

 

「というか堕天使、メリー号に優しくなき?」

『アレは人ではなく半神の様な妖じゃろう』

「……種族差か」

 

 しかしリィンがよしっ、と呟いた。

 

「ルフィ、私先に戻るぞ。皆には秘密ぞ願う」

「おう。ありがとな」

 

 そうして堕天使と数言やり取りを交わしてリィンは空間から消えて行った。

 残されたのはルフィと空間の主だ。

 

「なァおっさん。さっきの2人のさ、ここで起こった記憶消せれるか?」

 

 堕天使から向けられた視線が疑問に満ちている事に気付いた。

 

『……出来ないことはないが、何故そんな手間をするんじゃ』

「だって、さっきまでのリーの本音さぁ、顔みて聞きたいし。それに俺だけ知ってるってなんかわかんねえけど嬉しいし」

 

 ルフィらしい独占欲と優越感。彼らしい曖昧な感情で彼は実行に移す。

 

『我儘な……』

「知らねェのか?」

 

 呆れ返った堕天使のつぶやきにルフィはニッと歯を見せて笑った。

 

「──俺は海賊王になる男だ!」

 

 だって彼はリィンが大嫌いな海賊だから。

 

 

 

 ==========

 

 

 

「船長、ご機嫌だね」

 

 何も覚えてない船の言葉を聴きながらルフィは笑みを深めた。

 

「まぁな!」

 

 自分だけが知ってる秘密。

 自分だけが知ってる本音。

 

 自分しか知らない、裏側の話。

 

 

 

 

「…──しっしっしっ! そう簡単に俺を操れると思うなよ」

 

 何も覚えてない最愛のライバルに小さな声でメッセージを送った。

 紛うことなき宣戦布告だった。

 




まぁリィンは体調すら操れなくて船酔いで死んでるんですけどね。

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