医務室では頭を下げるエースの姿があった。
部屋には隊長クラスがほぼ全員揃っている。そして己が病の身ながらも息子を心配してやって来た白ひげも。
「悪かったサッチ!」
「だから、謝んなってエース…。お前に責任は無いだろ」
ベットの上で笑いながらエースを和ませようとするも血を流しすぎた故かサッチの顔は青白く、怪我も痛むのか時々表情を歪めるので周囲は余計過保護になるばかりだ。
「エースがティーチの腕を攻撃しなかったらあいつの右手は確実に俺の心臓を貫いてた…ホントにありがとな」
泣きそうなエースを左手で撫でるとエースは更に落ち込んだ。
これはダメだと苦笑いしながらサッチは白ひげに目を向けた。
「オヤジ、エースに責任は無ェ」
「グララララ…ンなことは分かってるさ。よく助けたな、エース」
「………悪ぃ」
今は下手な慰めをしない方がいいだろう。そう察したのか未だに状況が上手く掴めて無いハルタが疑問を口にした。
「えーっと?つまりティーチはサッチを殺そうとしちゃったって事?」
「んー、正確に言うと悪魔の実を奪おうとしたって所だな〜…。アイツ、最初は交渉してきたんだ。だから最終手段だったんだろうよ」
サッチの変わらない優しさに隊長達は苦笑いしながらも続きを話し始める。
「隙を突かれて奪われちまった。そんなに欲しかったのかな〜…今まで悪魔の実に興味持たなかったのによ」
「そこは分からないけどな」
サッチは考えながら悪魔の実の名前を口に出す。
「──
「「…ッ!」」
その言葉にいち早く反応したのはマルコ、そして白ひげだ。
思わずマルコは顔を青くする。
「あ、アレがヤミヤミの実!?ッくそ…!気付かなかったなんて、不甲斐ないよい…!」
「待てマルコ……仕方ねェんだ。一旦落ち着け」
「えーっと、オヤジにマルコ。一体どうしたんだ?」
もっともな疑問をサッチが口にするとマルコは少し考えながら口を開いた。
「……リィンが前に来た時予知夢を見たって教えてくれたんだよい」
予知夢?
その言葉に反応したのはエースが1番だった。
「予知?それって戦神みてーなの、かな?」
「おいおいエース…お前どうしてその事知ってんだ」
「へ?……シャンクスに聞いて、よ。実際俺にも予知されたし…」
「「「は?」」」
状況がゴタゴタになってる気がするのは気の所為じゃないだろう。
「お、俺。ずーっと昔…10歳になる前くらいだったかな。そん時にシャンクスに会ってよ」
「お前の出身
シャンクス自身は違うが東はロジャー達の出身地。シャンクスがわざわざ寄りたまたま会うのも頷ける。
「そんで伝言頼まれたんだ『悪魔の実が来た時ティーチに気ィつけろ』って戦神に」
「ハ、ハハ、流石戦神。まさかティーチが乗ってるウチの船に入るって分かってたみてーな言い方だよい」
「それは俺もびっくりした」
過去を思い返しているのかうんうんと頷くエース。
「そもそもシャンクスってたまたま俺の所に寄っただけで会うとも思ってなかったらしくてよ〜」
「そこまで予知済みか」
「森に来た時びっくりしたんだ、リー肩に乗せてるから人攫いだとばかり…」
「四皇を人攫い扱いか、ある意味すごいな」
「そん時は四皇じゃ無かったって…。で、最初伝言って言われて親父関連でやって来たとばかり思ってたから警戒してたけどな」
そこまで話してイゾウが疑問の声を上げた。
「お前の親父って?」
「あー……あぁ……あ〜〜〜…はァ」
「それなりに警戒してたんだろ?それに森の中って事は隔離されて生活してた。お前がその親父って言うのに何かしら怨みがあるのは知ってるけど……」
きっとイゾウが言う怨みはエースがこの船に来たばかりの事だろう。オヤジオヤジと慕われる白ひげに何度も奇襲をかけ殺そうとしたのは今となってはいい思い出だ。
「………ロジャーだよ」
「は?」
「海賊王! ッ、だから嫌なんだ!」
リィンと再会して手紙を受け取り心持ちに余裕が出来たのだろう。エースは渋々と爆弾を落としていった。
思わぬ暴露に一部を除き鳩が豆鉄砲食らった様な顔になる。
「グララララ、俺ァ知ってたぞ」
「「「「「いやいやいやいや!」」」」」
ほぼ全員が首を振った。
「お前なんつータイミングでカミングアウトしてくれてんだよ!」
「は!?あのロジャーの!?嘘だろ!?」
「母親似で良かったな」
「多分イゾウの発言が1番酷い」
「まァそんなのどうでもいいだろ」
「「「「「適当に済ますな!」」」」」
エースはあまりの狼狽えっぷりにため息を吐いて軌道修正を図った。
「つまりだな!リーのお袋が予知使えるならリーも遺伝として使えんじゃねーのかって事だよ!」
「なるほどねい親子の遺伝なら1番可能性が…───は?親子?」
「おう!……ってアレ?これ言ってなかったか?」
「「「「「まてまてまてまて!」」」」」
すると古参連中は全員口を揃えストップを掛けた。
「つーとあれか!?お嬢はカナエの子だから…父親はまさか冥王か!?」
「冥王?……冥王って聞いたことが……。ッ、副船長!?な、親父の副船長!?どうしてだ!?」
「どうしてもこうしてもあるか!お前ら兄妹血は繋がってないと思ってたけどなんだその両親の異常さ!」
「その上剣帝が指南してたんだろい?」
「うっっわ……俺よく考えたらスゲェ」
「「「「「スゲェで済ますな!」」」」」
軌道修正も働かず当初の質疑と全くかけ離れた所に収まっているが全員それどころじゃないのだろう。白ひげでさえも驚いた顔をしてるのだから。
「なるほど、顔付きと好みは母親に似ちゃいるが髪と性格は父親譲りってわけか」
「うわっ、質悪ぃ」
白ひげの冷静な判断にサッチが思わず言葉をこぼした。それほど最悪なコンビだったのだ。…まァ主に恐れられているのは父親である冥王の方だが。
「俺はちょっとリーとお揃いみたいでワクワクしてきた。広げてぇ」
「頼むから広げるなよい」
ソワソワとしてきたエースの肩をガシッと掴み過去何度か被害にあってきたマルコは必死に止める。
「グララララ…!最高だな」
家族を想う白ひげとしては面白い事この上なかった。
「──て訳で。つまり、その予知でエースは動き。俺は予知夢で警戒してた。んで、予知夢ではヤミヤミの実の能力者が黒ひげと名乗ってオヤジを殺した。って事だよい」
なんだかんだと一悶着あったが予知夢の大方の流れを聞いて室内は静かになった。
ここには白ひげloveなファザコンしか居ないのだ、当然こうなるだろうとマルコは分かっていた。
「お嬢の事疑いたくねェけど」
「まるで裏付ける様な事実があるんだよい」
「『もし俺が死んでたら』欠員だったろうな、4番隊は」
隊長と名の付く者。彼らは決して頭が悪いわけでは無い。
「「「「は〜〜〜…」」」」
何人か同時にため息を吐く。気持ちを落ち着かせる様に。混乱を治める様に。
「今日は解散だよい、それぞれ隊員には広めない様に注意しといてくれ」
「ティーチの裏切りは?」
「……言った方がいい。むしろ広めろ」
サッチがマルコの代わりに伝えた。
「俺の恥を云々ーってマルコは思ってるんだと思うけどな、流石に予知夢であろうとオヤジが危険に晒される可能性は1個でも潰しておきたいんだ」
その言葉に全員が頷く。
白ひげは微笑ましく見守るが誰も気付かないくらい殺気に溢れていた。
「………それじゃあ俺は寝る。ほら、さっさと出てった出てった」
サッチはそう急かし徐々にいなくなる家族の背をじっと見つめていた。
未だ感覚が取り戻せない右手に歯痒さを感じながら。
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マルコは月が照らす中体の一部を不死鳥に変え思考にふけっていた。
「(気付く要素はいくらでもあった筈だ………)」
いくらでもヒントはあった。
もしかしたらサッチは殺され、ティーチは無傷で逃げ出していたのかもしれないと考えると思わずゾッとする。
「ティーチ…一体何を企んでるんだよい…」
しかしどうしても夢での不安が確定する。他の隊長には説明が難しいのもあり細かい所を喋ってない。
欠員の2番隊と4番隊を考えればどうしても今のエースとサッチを表している様な気がしてならないのだ。
決められた指針にそってゆっくり目的地に近付く様に。
もしもエースが捕まれば2番隊に
サッチが復帰出来なければ4番隊。
欠員が出るのは必然。ただこの船にいる限り捕まる事はほぼ皆無。
少しの安心と先の分からぬ不安感がせめぎあってる。
仲間殺しは御法度。
たったそれだけのルールを破り実を手に入れたティーチの目的がなんなのか。
恐らく夢でグラグラの実が奪われるのも計画の1部なのではないか。
「はぁー…」
考えても拉致のあかない案件だが心配症の長男はただひたすら考えていた。
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翌日、日が昇ってからの出来事だ。
まだ少し肌寒く感じる空気にマルコは息を吐いて4番隊の代理も含め今日の仕事に取り組もうと思ったその時だ。2番隊の隊員──確か元々スペード海賊団──が部屋に飛び込んで来たのは。
「マッ、マルコ、た、いちょ…!」
ゼェゼェと息を切らしながら話す隊員に訝しげに眉をひそめる。何があったのかは一目瞭然。
「助け、ッて下さい!とめ、て…」
「落ち着けよい…何があった」
「───エース隊長が…!」
「なにしてるんだよい」
不機嫌な表情のマルコは小型船『ストライカー』に荷物を乗せるエースを見た。
ストライカーとは元々スペード海賊団の副船長だったデュースが悪魔の実を食べたエースとたまたま出会い無人島から脱出する為に作られた命の恩人……恩物の様な物だ。今となればその操作は手足を動かすような物だろう。
「ケリを付けに行く」
「……なんで」
「俺は他の奴らと違って
癇癪を起こす様に叫ぶエースにマルコはポツっと呟く。
「…まだ気にしてたのかよい」
どうやらその言葉はエースにも聞こえていた様でムッとする。
マルコは心のどこかでこんな仕草が子供だと言われる原因になるんだな、と考えている自分が居ることにほとほと呆れていたが。
「お前の責任じゃないって皆言ってるだろうよ」
それなら俺も知っていたも同然だ。と心で叫びながら。
今度は諭すように。
周りの船員は心配そうに見てはいるがマルコに任せるのが得策だと理解してるのだろう、誰も口を挟まなかった。
「俺は予知でずっと知って、警戒して、ティーチがいる2番隊の隊長だ。皆がどう言おうが責任あると思ってるし」
なにより…、とエースは言葉を紡ぐ。
「家族傷付けられて黙ってられねェ」
『お前らなんで
『……。あの人が──……〝息子〟と呼んでくれるからだ』
『家族なのか…?』
『あァ…。大切な家族だよい』
「だから行くって…?俺がそれを許すと思ってる訳ねェだろい」
『なんで親父が嫌いなんだよい』
『………。ろくな思い出が無ェ』
『ヘェ』
『あいつがいるせいで俺は怨みを買う。いや、居ないから俺に怨みが出てくるんだ』
『……』
『〝鬼の子〟だとか〝生まれちゃいけねぇ〟とか、直接
「許されなくてもいい、俺はティーチから逃げる気は無い!」
『父親?マルコにだけ教えるけど海賊王なんだよ、ハハッ、笑っちまうだろ?』
「(あの海賊王と、そっくりだ)」
『愛する者』を守る為なら絶対に逃げない所はそっくりだった。
「「……」」
マルコはエースと睨み合う。
「はー…わかった」
そっくりなら、ここで折れないのは知っている。それに家族思いの
「…!」
「マルコ隊長!?」
船員の焦った声が聞こえた。
「(エースの中ではティーチも充分家族なんだねい)」
マルコは〝ただし〟と言葉を続ける。
「俺も連れてけよい」
その言葉には険しい顔をしていたエースも驚いた顔になった。
白ひげ海賊団の青い炎とオレンジの炎。長男と末っ子。
なんとも歪なコンビが結成された。
「まァついでにリーに会えればなーと」
「お前それが絶対理由の大部分占めてるだろうよい」
そんな感じの会話が航海中に繰り広げられるであろう。