【完結】これがわたしの聖杯戦争   作:冬月之雪猫

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第二十六話『忌み子』

第二十六話『忌み子』

 

 ――――それは、モードレッドからアリーシャを救う術を教えてもらった時の事。

 

「――――聖杯を使う」

 

 モードレッドは言った。

 

「聖杯……? それって、アリーシャの事?」

「違う。冬木の聖杯戦争における、正式な聖杯の方だ。アリーシャを救う為には、聖杯の奇跡に頼る以外の方法がない」

「待って! それは無理よ……」

 

 たしかに、本物の聖杯なら可能だろう。アリーシャをガイアの鎖から解き放ち、この世界で二度目の生を謳歌した後に、完全なる終わりを迎える。そうした、ハッピーエンドを迎える事も出来たかもしれない。

 だけど、聖杯は穢れている。第三次聖杯戦争の時、アインツベルンの犯した反則行為によって、大聖杯の内部にはこの世全ての悪(アンリ・マユ)と呼ばれる、ゾロアスター教の悪神が棲みついている。仮に、あの聖杯に何かを願ったとしても、その結果は災厄というカタチで具現化する。

 アリーシャを救えと願ったところで、アリーシャが殺すべき対象を先に殲滅するのが関の山だろう。その後の世界を一人で生きるなど、絶望以外の何者でもない。

 

「……ああ、今のままなら無理だ」

「何か、策があるの?」

「ある。アリーシャに、大聖杯に取り憑いている邪神を倒させるんだ」

「アンリ・マユを!? でも、そんな事が出来るの?」

「今のままでは無理だ。だが、アリーシャが第四段階まで覚醒すれば、あるいは……」

 

 モードレッドは語った。

 アリーシャの宝具《第八禁忌・人類悪(アンチ・アンリマユ)》には、五つの段階がある。

 第一段階では生前のアリーシャの能力を扱える程度であり、第二段階に入って初めて悪意に対する特攻能力が付与される。ネガ・マリスというスキルがソレだ。

 更に、第三段階に入る事でマスターが不在でも顕現し続ける事が出来る能力と、ある種の固定概念による精神汚染スキルが付与される。

 そして、第四段階で彼女は人類悪の一歩手前まで状態が進み、悪意に対する反存在として覚醒し、対象よりも強くなるという特性を付与される。

 

「でも、アンリ・マユは人類の括りに入るの?」

「入るわけないだろ。アレは神だぞ?」

「えっ、なら……」

「勘違いするなよ。アリーシャは人類を滅ぼす存在って訳じゃない。結果として、人類を滅ぼしてしまう存在なんだ」

「つまり……?」

「アリーシャの能力の対象は人類じゃなくて、《悪》なんだ。悪という概念自体は人間が創り出したモノであり、それ故に人類という種はすべからく悪を内包している。だが、アンリ・マユも……少なくとも、大聖杯に宿る邪神は人々に《悪であれ》と望まれた存在だ」

「なるほどね。だから、アリーシャの能力の対象になると……」

「……おそらくな」

「曖昧ね……」

「言っただろ。勝ち目のない賭けになるって」

「……そういう事なのね」

 

 なるほど、確かに勝ち目が薄そうだ。アリーシャの能力でアンリ・マユを倒せなければ、その時点で計画は破綻する。

 

「これだけじゃないけどな」

「他にもあるの?」

「当然だ」

 

 モードレッドは言った。

 

「そもそも、この条件を満たす為には第四段階までアリーシャの宝具を解放しないといけない。しかも、その状態だとマスターの制御を受け付けない可能性がある。令呪が効かなければ、その時点で詰みだ」

「……他には?」

「アンリ・マユを滅ぼせたと仮定するが、その後に、もう一度令呪を使ってもらう。そして、ここが大一番だ」

「どうするの?」

「オレがアイツと同化する」

「同化……?」

「ああ、オレはアリーシャが宝具を解放する度に、アイツの人格のバックアップを保存しているんだ。それで、一時的にアイツを本来のアイツに戻してやる事が出来る。その隙に令呪でアイツからサーヴァントの魂を本来の聖杯に返還させるんだ」

 

 アリーシャが生前の最期に一瞬だけ元の人格を取り戻した理由がソレだとモードレッドは言った。

 ただし、元に戻っている時間はそう長くなく、その状態で無ければ令呪を使ってもアリーシャからサーヴァントの魂を解放する事は不可能に近いと言う。

 

「まあ、その状態でも五分五分って所だけどな」

「そこでもリスクがあるのね」

「まあ、そこまで成功出来れば、後は聖杯に祈ってアリーシャを自由にする事が出来る」

「……なるほど。確かに、勝ち目なんて殆ど無さそうね」

「それでも……、他に方法が無いんだ」

 

 分の悪い賭けを何度も繰り返さなければいけない。一度でも賭けに負ければ、取り返しのつかない事態になる。

 震えそうになる体を必死に抑えつけながら、わたしは一つ気になる事を訪ねた。

 

「ねえ、同化した後の貴女はどうなるの?」

「消える。ここに居るオレは、一種の亡霊だからな。役割を終えたら、それまでだ」

「それでいいの!? だって、貴女はアリーシャの為に身を張っているんでしょ! 一緒に居たいんじゃないの!?」

 

 モードレッドは微笑んだ。

 

「一緒に居たい。当然だろ? けど、それ以上に、アイツには幸せになって欲しい」

「どうして、貴女はそこまで……?」

 

 わたしも、モードレッドという英霊の伝承はそれなりに知っていた。なにしろ、アーサー王の伝説を終わらせた存在だ。魔道に生きる者の中で、彼女を知らない者の方が稀だろう。

 叛逆の騎士という汚名で知られる彼女の伝承と、一人の女の子の為に己すら使い捨てようとしている目の前の彼女の在り方がどうにも一致しない。

 まったくの別人だと言われたら、すんなり納得出来る程だ。

 

「……アイツは、そっくりなんだよ」

「え?」

 

 まだ時間があると、彼女は己の過去を話してくれた。

 

「オレも、同じなんだ。父であるアーサー王が知らない間に、母であるモルガンがオレを孕んだ。知っての通り、アーサー王(ちちうえ)は女だけど、母上殿は魔術でどうにかしたらしい。詳しくは知らない。そんで、母上がオレに言ったわけだ。『いずれ王を倒し、その身が王となるのです』ってな。その結果、父上は魔術師の忠言で、オレと同じ日に生まれた子供を殺した。それでも生き残ったオレを父上は決して認めてくださらず、最期には……」

「それって……」

 

 同じだ。他人の都合で生み出されて、多くの命を背負わされて、勝手な理屈を押し付けられて、挙句の果てに破滅した。

 モードレッドという英雄の生涯は、アリーシャの歩んだ生涯とそっくりだ。

 だからこそ、アリーシャは彼女を召喚したのかもしれない。

 

「だから、かな。アイツの事は召喚された時から他人に思えなかった。同じ、ホムンクルス同士だったしな」

「貴女もホムンクルスなの!?」

「ああ、そうらしい」

 

 何から何までそっくりだ……。

 

「……オレには、信用出来る仲間も、信頼出来る友も居なかった。居たのはオレの立場を利用しようと企むゴミばかり。誰の事も信じられなくて、いつも俯いて、鬱屈した事ばかりを考えてたよ。積み重なっていく鬱憤や苛立ちを馬上槍試合などで晴らそうとしても、一時しのぎにしかならなかった。アイツには……、同じ思いをさせたくなくて、必要以上に近く接した」

「モードレッド……」

「気付いた時には、アイツを過去の自分と重ねていた。アイツに降りかかる理不尽が許せなくなった。アイツを生んだ親も、アイツを利用した錬金術師共も、アイツを傷つけようとする敵共も……、何もかもが許せなかった」

 

 その目がまるで燃え盛る炎のようだった。

 憎悪と憤怒が入り混じり、思わず息を呑んだ。

 

「……だから、アイツに殺される前に、聖杯(アイツ)に願った」

「その結果が、この状況ってわけ?」

「ああ、オレは本体から完全に切り離された。今のオレは、アイツが人類悪として完成する度に零れ落ちるアイツ自身を拾い上げる外部記憶領域であり、イザとなればアイツを守る剣であり、そして……、アイツの宝具でもあるわけだ」

「……辛くなかったの?」

「オレは勝手にやってるだけで、辛いのはアイツだ」

「勝手にって……」

「勝手だ。オレは勝手に、アイツを自分と重ねている。自分勝手でくだらない、救い難い愚か者だ。だから、そんな顔をするなよ」

 

 皮肉気に笑うモードレッドをわたしは睨みつけた。

 気付けば、涙が頬を伝っている。

 

「わたし、そういう言い方……、嫌いよ。貴女はあの子を救う為に頑張ってるじゃない! 自分勝手だとか、愚か者だとか、そういう言葉で貴女の頑張りを否定しないで!」

「……へいへい」

 

 呆れたように肩を竦めながら、モードレッドは微笑んだ。

 

「なあ、リン。 アイツを……、アリーシャを救ってやってくれ。それで、オレも救われるんだ」

「モードレッド……」

 

 アリーシャとモードレッドは、その終わりまで似ている。

 アリーシャは世界を滅ぼし、父親に殺された。

 モードレッドは国を滅ぼし、父親に殺された。

 そして、二人はガイアに使役されて、終わりのない地獄を彷徨っている。

 

「……わたしは」

「頼む、リン。オレの望みは、アイツが救われる事だけなんだ。お前だって、いくつも掛け持ち出来るほど、器用じゃないだろ? だから、オレの事まで救おうとするな」

「モードレッド……」

「ありがとうな、リン。お前なら、きっとアリーシャを救える筈だ。信じてるぜ」

「……必ず」

 

 わたしの返事に満足したのか、モードレッドは笑みを浮かべた。

 

「っへ、これで、お前も共犯だ。地獄の底までついて来てもらうぜ、リン」

「……ええ、わかっているわ。これで、わたしも立派な人類に対する反逆者ね」

 

 ◆

 

 彼女のためにも、わたしはアリーシャを絶対に救わなければいけない。

 だから――――、

 

「――――令呪をもって、命じる!!」

 

 ここから先は賭けだ。

 

「大聖杯に宿る、この世全ての悪(アンリ・マユ)を滅ぼしなさい!」

 

 これが第一の賭け。既に、ギルガメッシュを含めた六騎のサーヴァントの魂を取り込んでいる彼女は、人類悪としての覚醒一歩手前まで状態が進んでいる。

 この状態で令呪に従ってくれる可能性があるかどうか……。

 

「……どうにか、第一の賭けは成功だな」

 

 モードレッドの言葉通り、アリーシャは大聖杯に向かって走り出した。

 

「遠坂……、お前は何を……」

「決まってるでしょ。あの子を助けるのよ」

 

 呆けている衛宮くんを尻目に、わたしはモードレッドと並んで走り始めた。

 

「貴様、モードレッド!?」

 

 セイバーは不思議な光に守られていた。アリーシャと戦った筈なのに、傷を負った様子もない。

 

「リン! 父上は霊体化が出来ない筈だ!」

「そっか」

 

 セイバーが困惑した表情を浮かべると、モードレッドが斬り掛かった。

 

「無駄だ!」

 

 モードレッドの剣は彼女の体をすり抜けた。だけど、気にしている暇はない。

 わたしは持ち得る宝石をすべて強化に注ぎ込み、全速力で大聖堂に続く通路まで走り抜けた。

 

「モードレッド!!」

 

 叫びながら、宝石剣で天井を穿つ。崩れ落ちる天蓋を尻目に再び走り出すと、しばらくしてからモードレッドが追いついてきた。

 霊体化出来るモードレッドならば崩れた岩をすり抜ける事が出来るけれど、衛宮くんと霊体化の出来ないセイバーは別だ。

 時間稼ぎにしかならないだろうけど、今は一分一秒が惜しい。

 そうして、わたし達が大聖杯まで辿り着くと、そこには純白の光を放つ柱と、その前に立つアリーシャの背中があった。

 

「……さあ、仕上げだぜ。後は頼むぞ、リン!!」

「任せて、モードレッド!!」

 

 そして、モードレッドはアリーシャの無防備な背中に飛び込むと、その姿を一つに重ねた。

 そして……、

 

「……ああ、思い出しちゃった」

 

 後悔に塗れたアリーシャの声が響いた。




次回、第二十七話『真相』

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