【完結】これがわたしの聖杯戦争   作:冬月之雪猫

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第十九話『黄金の王』

第十九話『黄金の王』

 

「……まさか、そっちから乗り込んでくるとは思わなかったわ」

 

 キャスターのサーヴァントは石段を登ってくる二人の少女を見下ろしながら言った。

 

「想定外だった? キャスターは策謀に長けたサーヴァントの筈だけど、見込み違いだったわね」

 

 挑発的な凛の言葉にキャスターは鼻を鳴らす。

 たしかに想定外だった。たしかに、バーサーカーを手懐けられていない、このタイミングで攻め込む事は悪くない選択だが――――、

 

「なら、どうして坊やと袂を分かったのかしら?」

「どうせ、聞いてたんでしょ?」

「……セイバーとアーチャーで同時に攻めてくれば、そちらの勝率は遥かに高いものになっていたわ。それなのに、貴女は自身の心情を優先したと言うの?」

「その通りよ。わたし、仲間の寝首を掻くような真似はしたくないの」

「だから、戦う前に仲間をやめる……。お嬢さん、あなたは魔術師に向いていないわ」

 

 その言葉と共に階段の上から青い陣羽織を羽織る侍が現れた。まるで、落ちるかのような速度で接近してくる侍を前に、アリーシャは己の中の時を加速させる。

 

「……固有時制御如き、この私の前では児戯にも等しくてよ」

 

 アッサリと、魔女は侍に対抗する術を授ける。

 自己の時を加速させるアリーシャに、同じく魔女の加護で時を加速させたアサシンが迫る。

 枝から外れた葉の落下すら静止した世界で、二騎のサーヴァントは己の業をぶつけ合う。

 

「――――投影開始(トレース・オン)

 

 アリーシャは《無限の剣製》より一振りの聖剣を取り出した。

 これは、彼女の父である衛宮士郎の固有結界。彼女自身のモノではないが、その能力を発揮する事が出来る。

 

「……ほう、剣を使うのか」

 

 嬉しそうに刃を振るう魔人に対して、アリーシャは剣に身を委ねる。

 彼女がまだ、彼女という個を残していた頃、彼女は剣を握った事が一度も無かった。

 彼女にとって、戦いとは相棒の背を見つめる事。彼女の命を、魂を、心を守ろうと戦い続けた英雄に守られる事こそ、彼女の戦いだった。

 

「……憑依経験、共感完了」

 

 生前、彼女が召喚したセイバーのサーヴァント、モードレッドの戦闘技術を、そのステータスごと自身に投影する。

 筋力を、敏捷を、耐久を、軒並み上昇させ、万夫不当の英雄達を一人残らず倒し切った彼女の絶技を再現する。

 

「これは――――ッ」

 

 アサシンの表情から笑みが消える。

 嘗て、騎士王の子として生まれながら、国に反旗を翻し、果てはすべてを滅ぼした叛逆の騎士。

 その力は此度の聖杯戦争で召喚されたセイバーのサーヴァントに匹敵する。

 

「……決めるよ、セイバー」

 

 まるで、彼女の言葉に答えるように聖剣が鼓動する。

 銘は燦然と輝く王剣(クラレント)。王権を示す象徴が、その輝きが増していく。

 

「させると思うか!」

「止まれ」

 

 四方八方に無数の剣が出現する。

 

「この程度!」

 

 その尽くを斬り払いながら、アサシンは宝具の発動態勢に入るアリーシャに迫る。

 

「――――我が麗しき(クラレント)

 

 その姿が掻き消えた。

 

「なっ、に!?」

 

 それは空間転移。固有時制御で時を加速させ、固有結界の派生技術によって無数の剣を撃ち出し、宝具の発動状態で空間転移を行う。それがどれほど規格外の事か、魔術に疎いアサシンにも分かった。

 

「……これが貴様の宝具か」

父への叛逆(ブラッドアーサー)――――ッ!!」

 

 赤雷が走る。剣に宿る、底知れぬ憎悪が剣の力によって極限まで増幅され、その牙はアサシンを呑み込むと、雲を裂き、天上を穿った。

 その光景を見ていたキャスターは即座に転移した。

 

 ――――まずい。まずいまずいまずいまずい!!

 

 アサシンが敗れる事は想定内だった。だが、ここまで圧倒的とは考えていなかった。少なくとも、固有時制御に対策を打てば、後はどうとでもなると高を括っていた。

 そもそも、あの女は現代の錬金術師が生み出したホムンクルスの筈だ。それがあそこまで隔絶した能力を持つなどあり得ない。

 己の技術を全て注ぎ込んだとしても、あんな怪物は生み出せない。

 

「宝具クラスの武器の投影と発動。空間転移。固有時制御。アサシンと互角の武勇。……でも、ここまでなら何とかなる」

 

 問題は、ここで終わるとは思えない事。まだ、あの女は隠しているものがある。

 

「……どんな外法を使ったのよ、あの娘を作った錬金術師は」

 

 ◇

 

 気付いた時には戦いが終わっていた。アリーシャの固有時制御にキャスターは想定通り、対策を打ってきたみたいだけど、アリーシャには傷一つない。

 

「勝ったのね」

「うん。だけど、キャスターを取り逃がした……」

「残念だけど、仕方ないわ。それより、お客さんみたいよ」

 

 階段の上。さっきまでキャスターが陣取っていた場所に一人の男が君臨していた。

 黄金の甲冑を纏い、嫌悪感に満ちた目をわたし達……、アリーシャに向けている。

 

「――――哀れな人形よ。先に言っておくが、これは誅伐ではない。これは慈悲だ」

 

 水面(みなも)の如く、空間に波紋が広がる。

 幾千、幾万もの宝具が顔を出し、主の号令を待つ。

 

「現れたわね、英雄王・ギルガメッシュ!」

 

 アリーシャがイリヤスフィールの記憶で見た男。人類最古の英雄王。間違いなく、バーサーカーを超える最強の敵。

 

「……ここで終わっておけ。さすれば、この一時を安らかなる夢のままに出来よう」

 

 腹が立つ。アイツはわたしを見ていない。

 ただ一直線にアリーシャを哀れんでいる。

 

「出来ない相談だね。わたしはずっとリンと一緒にいるんだ!」

「……ならば、その娘も連れていくがいい。案ずるな、痛みは与えぬ。それを受けるべき罪業の主は貴様等では無いからな」

「誰の事を言ってるのか知らないけど、邪魔をするなら倒すだけだよ、ギルガメッシュ!」

 

 その一秒後、わたしは信じられない光景を視た。

 血の雨を降らせたのは、アリーシャの方。ギルガメッシュは一歩も動かず、アリーシャは倒れ伏した。

 

「なにが……」

「時を止める? 無数の武器を生成する? 如何なる魔術も再現する? その程度では、この身には届かぬ」

 

 デタラメだ。キャスターでさえ、逃げの一手を打つことしか出来なかったアリーシャを一方的に痛めつけるなんて、規格外にも程がある。

 

「アリーシャ、大丈夫!?」

 

 駆け寄ると、辛うじて致命傷は避けていた。だけど、とても戦える状態とは思えない。

 

「……一旦退却する」

「それを許すと思うか?」

 

 気づかない内に接近されていた。腕を捻り上げられ、痛みで声が漏れる。

 

「リ、ン……?」

 

 起き上がろうとするアリーシャ。

 

「に、げなさい……、アリーシャ!」

「……先に黄泉路で待つがいい」

 

 ギルガメッシュは一振りの剣を振り上げる。腕を掴まれている以上、逃げる事は叶わない。

 ここまでだ。アリーシャの力があれば勝てると思い込んでいた。

 迫る死からわたしは目を逸らさなかった。せめて、最期まで笑顔を浮かべておこう。泣き顔や怒り顔で彼女を不安にさせたくない。

 

「……アリーシャ。ごめんね」

 

 そして、わたしは……、

 

 ――――悪いが、もうひと踏ん張りしてもらうぜ。


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