禁忌幻造天楼ザ・ノーブル・イクスペリエント 作:アルキメです。
目を開けると、視界いっぱいに摩天楼が連なった世界が広がっていた。
脳内が実感を覚え、身体が実体を結んでいく。
「……いや、いやいやいや!?」
かぶりを振って、藤丸立香は眼前に広がる光景を凝視する。
そこは他の特異点とはまた違った、奇妙で、奇抜で、珍妙な場所であった。
色彩が白と黒と赤のみで構築された世界。建物も、装飾も、人も、天も、大地も。
すべてが――その色合いだけの世界だった。
――街並には見覚えがある。
かつて歴史の教科書で目撃した光景――倫敦のように、ずらりと並んだ建物。
あるいはおぼろげな夢で見たような情景――今や判然としない、幻想の大都市。
違うとすれば、建物それらが摩天楼であることと、ローマとは趣の異なる活気があるということ。
見れば路上を走る車があり、行き交う人々がいる。
聴き慣れないこの時代の――しかし懐かしいとも感じられる――エンジン音。
カツカツと整備された道を踏み鳴らす靴の音。
ガヤガヤと聞き取れない声。雑多な音。
“色が少ない”以外は、至って普通の――懐かしさを沸き起こさせてくる世界。
そして、その景観から導きだしたものは――
「シカ――ゴ?」
そう、シカゴである。シカゴなのである。
第五特異点を修復した後、少しずつ調べていたアメリカに関する資料の中で目撃したシカゴ。
ニューヨークに次ぐアメリカ第二の都市であり、摩天楼で有名な大都市。
アメリカで二番目――シカゴでは一番に高い――ウィリス・タワーが聳える場所。
(正直なところ、景観以外の詳しい歴史は、未だに覚えきれていないけど)
しかし、今の立香の脳内には、ある一つの単語が蔓延っていた。
ギャングスター。
アメリカ・シカゴと言えば、ある意味で欠かせない存在。
この特異点はロマニ曰く、「1920年以降らしい」とのことだが、もしそうならば――
「……マシュ?」
思考が落ち着いてきた頃、ようやく不在者がいることに気づいて、辺りを見やる。
「マシュ!」
周囲を睨むように見渡しながら、思わず叫んでいた。そうして――気づいた。
大声をあげたにも関わらず、周囲の人間は誰も彼も、自分を見ない。見ていない。
相変わらず環境音は聴こえているのに、人々はまるで自分を認めていない――この場にいないかのように――全員が見向きもせず通り過ぎていく。
異様な不気味さが、悪寒となって背筋を撫でた。
「
つと、声がかかった。
声の発生した方向に振り返る。
そこには――一人の男性がいた。
男性は、帽子を目深に被っていた。素顔が見えない絶妙な角度で。
唯一確認できる口元には、一本の葉巻を銜えていた。
やや小太りな――カエサルと比較すると、まるで及ばないが――恰幅のいい背格好。
白と黒のスーツ。胸ポケットには白い花。
「――誰?」
警戒を忘れず、問いかける。
「んん? 俺か?」
男性は顎を撫でて、少し思案した。
口元に悪戯っ気を含んだ笑みを浮かべて――
「さぁてな、俺はいったい、誰なんだろうな」
とぼけた風に答えた。
「だが、嬢ちゃんたちの基準で名乗るなら、俺はそうだな――」
区切り。一度、紫煙を吐く。
「ライダーっていうやつかな」
「ライダー……」
その単語に、目の前の男性が英霊であることを悟る。
マシュの不在――ライダーの言葉では立香自身が不在者である――と同様、カルデアとの通信が切れていることにも気づいたが、これは何時もの通りなので動揺することはなかった。
「それよか嬢ちゃん」
ライダーを名乗る男が声を投げた。
「ショーケースを見てみろよ」
言われて、近くにあった建物のショーケースに視線を移した。
そこに薄っすらと映った自身の姿に、立香は目を見開いた。
「色が――ある」
白と黒と赤のみで構築されたこの世界ではあまりにも不和的な、色彩に満ちた自分自身。
「ここじゃみな一様に色がない。今あるのは嬢ちゃんと、
「どうして?」
「言っただろう、
ここじゃあ、嬢ちゃんのような極彩者は、何故か人にゃ認識されないってわけだ。
いや、そもそも
詳しいことはよく知らんが、つまりはここは
「えっと、それって結界っていうやつ?」
「そんなもんじゃねぇか? まったく、守ってるんだか、閉じ込めてるんだか」
ライダーが言葉を言い終えると同時、それは訪れた。
「Ahhhhh……!」
軋むような唸り声を漏らして、人々の群を
爛々たる双眸を揺らし、全身を白いスーツで纏った存在。
顔面を覆う布めいた袋と異様に長い手足から、人ではないことを証明していた。
敵性存在。そう表現される存在だ。
特異点によっては、それは時に現地の人間/魔物であったりもするが、ここにおいてはどうやら現地人が相手になるようなことはないはず――とライダーの言葉を反芻し、推測する。
しかし、今の立香の側に、マシュはいない。代わりにいるのは――
「……ライダー!」
「おう?」
「力を貸してほしい!」
ハッキリと言い切った立香の言葉に、ライダーは一拍の間を置いてから、軽く笑った。
「ハッハッハ! マジかよ嬢ちゃん! 敵か味方かも知れない俺に、それを言うのか!」
「藤・丸・立・香!」
「あ?」
「私の、名前! 嬢ちゃんじゃない!」
「――ハハッ!」
その間にも、敵性存在は迫りくる。
もはや数秒の猶予もない。
グニャリ。
敵性存在の両腕が歪み、伸ばされる。
それは立香の身体を貫かんと、素早く、的確に。次の瞬間には彼女に到達――するはずだった。
激しい音が、鼓膜を叩いた。
「Aa,gya!?」
音は轟き、同時に敵性存在の額が砕けた。
一撃。
的中。
シュウシュウと消滅していく敵性存在を確認し、立香は振り返る。
「オーケイ。嬢ちゃん――Ms,リツカ。お前が望むのならば、俺は与えよう。力を貸してやる」
回転式拳銃――コルト・ポリスポジティブ――を構えたライダーが聞こえるように呟いた。
その顔は、やはり帽子の影に阻まれて見ることはできなかった。
「ありがとう」
「いや、いいさ。俺もあいつらとは浅からぬ縁があってね」
「浅からぬ縁?」
「ま、ちょっとな。それよりもなんだ、嬢ちゃん? さっきの、Ms.リツカでよかったか?」
「うん。すごくアメリカンな響き!」
「――いいんだな。よし、それじゃあ、すぐにここから離れるぞ。俺の家へ案内してやる」
そう言うと、ライダーは立香の言葉を待たず、背を向けて歩き出した。
立香もその後を追う。
この特異点についての様々なことを尋ねようか迷い、「すぐにここから離れるぞ」という言葉から、今は訊くべきではないと考えた。
――マシュのことも気がかりだが、今は自分ができることを優先しよう。
考え、改めてライダーを見る。
銃を扱うことから、恐らくはニコラ・テスラやビリー・ザ・キッドのような近代の英霊だろうか?
アーチャーではなくライダーと名乗ったのならば、何かに騎乗していた明確な逸話がある?
そもそも本当にライダーなのだろうか?
ここがシカゴならば、それに関連した英霊にある可能性が高い。
そこまで考えつつも、情報の少なさ故に決定的な結論は結べず、一度考えるのを止めた。
ウンウンと唸ってるのを立香を見かねてか、ライダーが声をかけた。
「ああ、そうだ。嬢ちゃん。ライダー呼びじゃあれだろうから、教えてやるよ。俺の名前」
「え、いいの? そんなあっさり」
「どうせ隠すようなもんじゃねーさ。それにライダーなんて言われてもピンとこないからな」
葉巻を口から離し、クックと喉で笑う。
「よく聞けよ。俺は――
フン、と鼻を鳴らして名乗ったライダーだが、その名前は立香にはピンとこなかった。
「――ど、どういう人でしょうか?」
「Oh、マジかよエリオット……」