ドキドキ Experience!!   作:トップハムハット卿

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第16話

千紘さんが蘭と紗南を連れて病室を出ると、必然的に病室内は俺と沙綾の2人きりになる

 

「そこ座ってもいい?」

 

さっきまでずっと黙っていた沙綾がやっと喋ってくれた

 

「あぁ、立ちっぱなしも疲れるだろうしな」

「んじゃ、失礼します」

 

てっきり椅子に座るのかと思っていたら……

沙綾が座ったのはベッドだった…

それには少し驚いたけど、特に気にはしなかった

 

「心配かけてごめんな」

「ううん、無事で良かったよ」

 

そう言うと手を握ってくれた

 

沙綾に手を握られると、彼女の温かさみたいなのが伝わってきて、凄く安心できる

そういうとこは母親である千紘さんに似てる

 

「拓弥ってさ……」

「ん?」

 

「蘭のことめっちゃ好きだよね」

「まぁ、なんだかんだでそうなんだろうな」

 

「なにそれ、ふふっ、そこはちゃんと『めっちゃ好き』って言うとこじゃない?」

「それはさすがに恥ずかしい…」

 

「私さ、意外だったんだよね。拓弥が彼女を作ることが」

「そうか?」

 

「うん、昔から女の子と一緒にいる時間が長いのに、"誰かが好き"っていう素振りを全く見せなかったからかな」

 

言われてみれば、蘭に告白されるまでは、誰かを好きになったことは無かったと思う

べつに恋愛感情が無かったわけではないけど、いつも一緒にいた幼馴染みの蘭や巴やひまり、つぐにモカ、そして沙綾。みんなのことが凄く大切だから、みんなに同じように接したいって思ってた

 

「言われてみればそうかもな。でも、沙綾だってそれは同じだろ?」

「そう?」

 

「おう。沙綾が誰かを好きになったとか、誰かに恋してるとか今まで聞いたことないぞ?」

「確かにねー。でも、私は好きな人いるよ?」

 

 

「………は?」

「信じられないって顔だね」

 

そりゃそうだ

沙綾は小学校の時、告白されたりしていたけど片っ端から断ってたし、それに中学に上がってからも"好きな人ができた"とか"彼氏ができた"とかそういう類いの色恋話を全く聞かなかったからだ

 

「ちなみに、誰だ?俺の知ってる人?」

「ん~、内緒」

 

いたずらっぽくウインクをしながらそう言う沙綾

まぁ、しつこく聞いて教えてくれるような性格じゃないし、それ以上は聞かないことにした

 

 

 

そんな感じで2人で喋っていると、ドアをノックする音が聞こえた。

 

返事をすると千紘さんと検査をしてくれた医師さんだった。

 

「では、山崎拓弥君の検査結果ですが……

右腕の骨折以外は体は無事でした」

 

「良かった…!なら、すぐ治るんですね?」

 

安堵した表情で尋ねる千紘さん

 

「はい、今のようにギプスで固定しておけば大丈夫です。

何か部活動などはしておられますか?」

「はい、野球を」

「野球ですか………」

 

医師の表情が"野球"というワードを聞いて曇ったのが分かった

 

「なにかまずいことでもあるんですか?」

「このまま順調に治れば私生活に支障が出ることはまずありません。ですが、もし野球をされるのであれば手術が必要になります」

 

そう言って、医師さんはレントゲンの写真や色々な検査結果を見せてくれた

 

「右肘の筋の部分に傷がついてしまっていて、野球やソフトボールなどの肘を消耗するスポーツをされるのであれば手術が必要となってくるんです。左投げだったら話は別なんですけど…」

 

生憎、俺は右投げだ

 

「手術をすれば野球は続けれられるんですか!?」

 

さっきとは一転、動揺を隠せない様子の千紘さんが医師さんにそう尋ねた

 

「えぇ、100%続けられるとは言いきれませんが、それほど難しくない手術なので続けられるかと」

 

「良かった、それなら手術を「い、いいです!」……え?」

 

咄嗟に口から出た言葉だった

 

「俺、実は高校では野球じゃなくて文化系の部活に入ろうかなぁとか考えてるんだ。だから、手術しなくても私生活に支障が無いなら平気だよ!」

 

「で、でも、拓弥…。あなたの夢は…」

「気づいたんだ。俺はプロ野球選手にはなれないって!

全国には俺くらいの実力の人はゴロゴロいるし、俺より実力がある人だって沢山いる。そんな中で一握りの人しかプロには入れないんだ!

それに気づいたから、そろそろ現実を見ようって思ってたんだ…。

だから、俺は手術は必要ないよ」

 

 

もちろん、そんなの嘘だ

プロ野球選手になれなくとも、甲子園に出たい

そんな夢を持って練習に明け暮れてきたんだから

 

でも、親代わりに面倒を見てもらっている上に朝練がある時はいつも以上に早起きして弁当を作ってもらっている

 

でも、千紘さんは体が弱い

千紘さんが倒れた時に、自分は野球に明け暮れるんじゃなくて、お店の手伝いとかをして千紘さんの負担を減らすべきなんだと気づいた

 

高校の野球部に入れば、毎日朝練があるかもしれない

そうすれば今よりもっと負担をかけることになる

そんなの以ての外だ

 

正直な理由を話すと、きっと千紘さんは"母さんは大丈夫だから"とか言って野球を続けさせてくれる

でも、それは自分の中では許されない

もし、自分が野球を続けたせいでまた千紘さんが倒れたら……

そう思うと野球は続けれるわけがなかった

 

大切な人を失うなんて、もう二度とごめんだ…

 

だから、今回の怪我は辞めるにはいい機会だったと思う

 

 

「では、もう少し日を置いてからもう1度手術をするかしないか尋ねます。よく話し合われてください」

 

そう言って、医師さんは病室から出ていった

 

 

それから、いろいろ家族内で話し合ったけど俺の答えは変わらなかった

 

 

手術はしなかったが、その1週間後に無事退院した

 

 

 

 

少し余計なことも挟んだから長くなったけど、これが右腕を骨折した理由と野球を辞めるに至った理由

 

今は痛みも支障も無いけど、投げる真似とかをしたらきっと痛いんだと思う

あと、右腕は不自由なく動くけど殴られると左腕よりもダメージがなぜか大きい

 

 

 

 

 

「蘭~?どしたの~?たっくんに何かされた?」

「されてないけど……、拓弥の右腕をパンチしちゃったから…」

 

「そ、そんなことしたらダメだよ蘭ちゃん!」

「落ち着けつぐ、俺はもう完治してる。少しオーバーリアクションだっただけだよ」

「それならいいけど……」

 

つぐみは心配性ゆえに、今でも右腕を気遣ってくれる

ホント良いヤツだ(涙)

 

「そっか~。たっくんが骨折したのも半年前になるんだね~」

「懐かしいな!しばらくは右手を吊りっぱなしだったからなぁ

左手で字もかけなきゃ箸もろくに持てなくて、あの時は隣の席だった私が書いたノートを拓弥に見せてやったり、昼飯食わしてあげたよな」

 

「そうそう!拓弥は最初は恥ずかしがって『自分で食べれるからいい!』とか言って左手で箸を持って食べようとしてたのに、大好物の唐揚げを落として『巴……、いや巴様。私にどうかお昼ご飯を食べさせてください』とか言ってたよね!」

「その次の日からは弁当にパンを持ってくるようになったから食べさせるのはその日だけだったけどなー」

 

「黙って聞いてれば……人の恥ずかしい過去を掘り返すんじゃねぇよ!」

「わー!たっくんが怒った~!」

 

 

「巴とひまり、後で覚えてろよ……」

「え?な、なんのこと~?巴は分かる?」

「い、いや、私もよく分かんないなぁ」

 

「このヤロー……」

「お、落ち着いて拓弥!ケンカは良くないよ!」

 

ふざけて怒ってみたら、つぐみに本気でなだめられた…

 

「大丈夫だよ、つぐ。拓弥は本気で怒ってるわけじゃないから」

「蘭の言う通りだ。勘違いさせてごめんな」

 

「え?えぇ!?私、本気で……」

 

顔を真っ赤にしてあたふたするつぐみ

それを見てみんなが和む

 

これが俺達のいつもの流れ

ダチョ●倶楽部で例えると、リーダーが怒って最終的に誰かとキスする、あの十八番ネタみたいな存在だ

つぐみには何か申し訳ない気もするけど……

 

 

「つぐはいっつも真に受けるからなぁ」

「そうだよ~。つぐはすぐつぐっちゃうから~」

「も、もう!そ、それより!そろそろ練習再開しようよ!」

 

「それもそうだな!じゃぁ、休憩終わりってことで!」

 

巴の掛け声で準備をそれぞれに始める

 

 

ピコン♪

 

 

音の発生源は俺のスマホ

誰かからメッセージが届いたらしい

 

 

 

通知を見ると、メッセージの送り主は

 

 

"市ヶ谷有咲"

 

 

へ?

 

 

いきなりどうしたのかと思い、すぐにメッセージの内容を確認する

 

 

『遅くなってごめんなさい。読み終わったから連絡しました。

いつ頃渡せばいいかな?』

 

 

なにを渡すんだ………

有咲と知り合ったきっかけ……………

 

 

あ!月刊盆栽!!

 

 

『いつでも大丈夫だよ!有咲の予定に合わせます!』

 

すっかり忘れていた

 

 

そして送ったメッセージにすぐに既読が付き、メッセージが返ってくる

 

『今からでも大丈夫かな?』

 

すぐに既読が付いて、そしてすぐにメッセージが返ってくるって素晴らしい!

悲しいかな、そんな些細なことに感動を覚えてしまった…

 

だって、ちゃんとメッセージを返してくれる人が俺の連絡相手にはなかなかいないから……

 

 

蘭は既読を付ける早さは有咲と同じくらい早いが、いつまで経っても返信してこない。つまりスルー

 

ひまりとつぐみはちゃんと返してくれるが、直接話すことが多いからメッセージのやり取りをほとんどやってない

沙綾も同じ理由

 

巴は太鼓やドラムの練習やら妹のあこの面倒をみるのやらと忙しいからか、既読が付くまでに時間がかかる。

これは仕方ないと思うけどね

 

モカに関しては、向こうからメッセージを送ってこない限り、俺が送ったメッセージを見ない。

 

 

なんか考えるだけで目に汗が……

 

『大丈夫だよ。俺が受け取りに行った方がいいかな?』

 

悲しみの涙を堪えながら、メッセージをしっかりと返す(泣いてません)

 

『じゃぁお願いします!流星堂に来てください!』

 

 

蘭たち練習の途中だけどしかたない、流星堂へ向かおう!

 

「すまん、ちょっと用事ができたから抜けるわ」

 

「かのじょー?」

 

ちょっと用事=彼女

この発想に結びつくモカは逆に凄い

 

「違う。じゃ、また今度!」

 

そう言ってスタジオを飛び出る

 

「あ、待ってよ!たっく~ん!!」

 

後ろから呼び止める声が聞こえるけど、気にしない。

だって待っても、たぶんろくなことが無いから……

 

 

「用事があるならメッセージを送っといてくれ!あばよっ!(柳沢●吾風)」

 

これ、1度言ってみたかったんだよなぁ




16話でした!
前話から引き続きの少し長めの回想でしたね

16話の主役は沙綾。
少し拓弥の過去を深く語ってみました。

「工事現場の足場が崩れたなら手術代は工事をした会社が負担するもんやろ!」そんな声は無し!(汗)

まぁ、法律も作者の思い通りのガバガバ世界なのでw


そして、気付けばお気に入りが約400件!
ホントにありがとうございます!!


☆10 邪竜さん、悪魔っぽい堕天使さん、イチゴ侍さん、落花狼藉さん、ダスキンさん、ほのもちさん

☆9 ke-iさん、EsiRさん、ペンケースさん、コープさん、あるぶふさん、フファ☆シルバーさん、山の子さん、天草シノさん、S_nobleさん、椿姫さん、Kyttoさん

☆8 karman0925さん、迦遊羅さん、ノリピーさん、KATU58さん、ねむネコさん

☆7 ルカンさん

こんなに高評価を頂いて……
ありがとうございます!


感想もお待ちしてます!

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