運命の番は惹かれあうのか?   作:鼎立

9 / 10

大変お待たせしました。
しばらく地下に潜っていた作者です。
冬が近づくと戻ってくる、冬眠と逆の習性を持っております。
なんだろう、冬活?
ということで、シェリランの甘さに溢れる9話です。

投稿のない期間も感想ありがとうございました。



#9

 

キラキラ輝く星たちも。

止めどなく溢れる喝采も。

きっと、あなたに比べたら小さいもの。

私の中に一番強く輝いて、焼き付いて離れない存在。

それをきっと「運命」と人は呼ぶ。

 

#9

 

ふと目覚めたその瞬間ごとに人間は新しい世界へと生まれ変わっている。

そんなことを書いてあった本をランカは記憶の何処かにとどめていた。

聞こえる音も、降り注ぐ光も変わりはない。

それでもランカの世界は起きた瞬間に世変わっていた。

いつもの何倍も血の巡りが良くなったように思える身体を強く抱きしめる。

身体が餓えている。胸の鼓動がうるさいくらいに響いた。

何かを強く欲している。熱を持ち、上がる息をどうにか整えて、頭を振る。

 

「しぇり、る、さん」

 

――これは、ヒートだ。

本能が何よりも叫んでいる。ヒートになった人を見たことはあれど、自分がなるのは初めてで。

熱に浮かされ、自分を舐めるように見てきた視線を覚えている。

自分があの視線を誰かに与えるかと思うと背筋が凍るようだ。

その上で、自分が求めるのは、やはり変わらないたった一人。

浮かぶキラキラとした一人の姿にランカの心はじんわりと暖かくなる。

そのことが少しだけ誇らしいような悲しいような気持ちになって、ランカの意識は闇に途切れた。

 

――prrrrr

 

移動中の車内に鳴り響く電話。

そこに表示された名前を見た瞬間に、シェリルは耳に端末を寄せていた。

今日は仕事中であってもどこか落ち着かなかった。

アルトのところにランカを預ける切っ掛けになった事件のときのように。

シェリルはその感覚が嫌で、だけど、どこか待ち望んでいた自分も隠せず苛立っていた。

 

「はぁい、アルト。どうしたの?」

 

十中八九、ランカのことだろう。

脳裏をよぎる緑の髪と麗しい赤い瞳を思い出す。

アルトへの電話の声を明るくしたのは意地のようなものだった。

シェリルはセカンドバースと真っ向から対立している。

自分の人生を自分以外の何かに決められるのが、ずっと、生まれてから嫌だったからだ。

歌でもインタビューでも変わらず、そう発言してきた。

そんな自分が運命の番に会い、揺らいでいるのが許せなかった。

 

『ランカのファーストが来た』

「……そう」

 

予想通りの言葉にシェリルは声を少し低くした。

ついに来たかと、背もたれにもたれ掛かる。

優しい感触が背中越しに伝わる。

深呼吸しても早まりだした鼓動は落ち着きそうになかった。

 

『今、Ω以外は立入禁止にしてある』

「βも?」

『一応な』

「すぐ、行くわ」

 

目の前には車の天井が広がる。

なんてことない、いつもの色だった。

なんてことない日常の続きが、初めての経験で覆されそうとしている。

これから向かうアルトの家でシェリルは間違いなく何かを選び取る。

期待していた、恐れていた瞬間だった。シェリルは瞳を一度閉じ、自分を見つめ直す。

きっと、今から行く場所でシェリルはセカンドバースと真っ向から戦うことになる。

それはランカを「運命の番」と認識してから、いつか来るとわかっていた瞬間だった。

 

『……ランカ、ずっとお前の名前を呼んでるぞ』

 

耳の奥に残るランカの声。

自分を呼ぶ声。

そして、誰よりも響いた歌声。

 

「わかってるわよ、だって、あの子は――」

 

――アタシの運命なんだから。

 

そう答えて、すぐに通話を切る。

ふうと小さく息を吐いてから、窓の外を見つめた。

ランカのことを思えばもっと熱くなっても良いはずだが、心は不思議と凪いでいた。

ずっと待ち望んでいたのか、それとも来ないで欲しかったのか。

今でもシェリルにはわからない。

 

欲を言えば、お互いに運命の番だと納得してからファーストヒートを迎えたかった。

ランカが自分を好いてくれているのはわかる。この間なんて、思わず襲いそうになったほどだ。

しかし時間は待ってくれない。

両思いになる、というシェリルの願いは叶わぬまま、ランカを手に入れることになる。

それが怖かった。

 

「だから、セカンドバースなんて嫌いよ」

 

ぽつんとつぶやいたシェリルの言葉をグレイスだけが聞いていた。

想いを伝えあって、それから絆を結ぶ。

自然な流れがセカンドバースには全く適応されない。

強い本能がシェリルの大切にする感情を洗い流すようで嫌だった。

 

「グレイス、今から明日にかけての仕事はキャンセルしてちょうだい」

 

電話の内容を理解しているのに微動だにしないマネージャーに声をかける。

残る仕事はインタビューと撮影。

どうしても今日じゃないと駄目なものはなかったはずだ。

 

「この借りは高いわよ?」

「銀河の歌姫に運命の番ができるんだから、お釣りが来るでしょ」

「そう、そうね。そう思うことにするわ」

 

グレイスはうっすらと唇を引き上げた。

その朱さが今のシェリルには印象的だった。

いや、この夜の全てが印象的になるのだと思った。

 

 

通い慣れた正面の門へと車を横付けにする。

アルトの家はいつもとは違う物々しさに溢れていた。

閑静な住宅街にふさわしくない人数の警備員が配置されている。

シェリルは車から飛び降りるような勢いで扉を閉めると、玄関のすぐそばに立っていたアルトと合流する。

 

「どうなの?」

 

アルトと2人並んで長い板張りの廊下を歩きだす。

急ぐ歩調に合わせて、ピンクブロンドの髪の毛がふわふわと揺れた。

それがシェリルの本能を急かすように感じられた。心が追いつかなくても、身体は着々と準備を始めている。

燐光を放つような艶やかな髪をランカは好いていて、よく「触らせてください」と頼まれた。

 

「最初はまだ呼びかけると返事をしたんだが、今はもう無理だ」

「アタシ以外、触れてないでしょうね」

 

足を進めるほど甘い匂いが強くなる。

まるで虫が蜜に引き寄せられるように、シェリルの鼓動も高鳴った。

いつかの事件のときも嗅いだ匂い。それをさらに強くしたような劇薬だった。

玄関からランカの部屋に近づくほどに芳醇な甘い香りがシェリルの鼻をかすめていた。

まるで酒に酔うかのように、頭がクラクラしてきそうな刺激的な匂い。

以前にも嗅いだこの匂いをシェリルは決して忘れていない。

 

「βさえ怖くて近づけてないっつーの」

「それは上々だわ。あと一晩よろしくね」

 

もしランカの側に誰かいるとしたら、想像しただけで吐き気がした。

αとしての本能が、自分の番の側に誰かを近寄らせることを拒絶する。

シェリルから言い渡された言葉に、アルトは面倒くさそうに頭を掻く。

それからにっこりと笑うシェリルを見た。

 

「まぁ、大丈夫だとは思うが、優しくしてやれよ」

 

アルトが足を止める。

シェリルはそのまま進んだ。

離れる距離を紡ぐような優しい言葉に、シェリルは首だけ振り返る。

 

「大切にするわよ。アタシの運命なんだから」

 

アルトに言われるまでもない。おまけにウィンクを一つサービスして、あとは振り返らない。

シェリルは心を落ち着かせるために深呼吸して、それからそっと運命へ手を伸ばした。

ずっとずっと認めなかったものが、今、目の前にある。

そう考えるとなんだか不思議な気がしてならなかった。

 

「…っ…、しぇ、りる、さん」

 

月明かりが差し込むだけの暗い部屋。

そんな中でもランカの姿はすぐにシェリルの瞳へと飛び込んできた。

まるで彼女自身が光を発しているかのように、濡れた赤い宝石がシェリルを射つ。

 

「ランカちゃん、とっても扇情的な姿でお迎えありがとう」

 

いつもとは違う色っぽさがαとしての本能を掻き立てる。

シェリルと会うと大きく動いて嬉しそうにしていた緑の髪も今は頼りなさげに沈んでいる。

白い頬は赤く染まり、伝う汗がまるで甘露のようにシェリルには写った。

赤い瞳はいつもの溌剌とした光ではなく、蠱惑的な色をしている。

同じ宝石のような美しさなのに、今は何もかも飲み込んでしまいそうな紅だった。

 

(これは、すごいわね)

 

ランカと目があった瞬間に、シェリルはフェロモンに襲われた。

シェリルの自意識を全て持っていきそうなほどのαとしての欲。

目の前の存在を手に入れて、食べてしまいたいという本能が引きずり出される。

背筋を這い上がる快感を抑えることもできない。いや、抑えることさえしたくなかった。

 

「しぇりる、さん。私、からだ、あつい……です」

 

月明かりに浮かぶ運命にシェリルは一歩ずつ足を進めた。

ランカが言葉を発するたびに、甘い匂いが強くなっているように思えた。

耳に届く声が、シェリルの本能を掻き立てる。

――近づけ、襲え、食え。

――優しく、丁寧に、怖がらせずに。

相反する気持ちが天秤を不安定に揺らす。

それでも、目の前の彼女から逃げる気は少しもしなかった。

 

「そう、ね。アタシも、よ」

「しぇりるさんが、欲しくて、仕方ないん、です」

「……そう」

 

そっと震える手でランカの顔に触れる。溢れ出した熱が彼女の体温をかなり高いものにしていた。

今すぐにでも襲いたかった。番にするために、彼女の薄紅色に上気したうなじへ噛み付いてしまいた。

セカンドバース、さらにいえばαとしての抗いがたい欲求。

押しとどめたのは、ランカのヒートでありながら、シェリルだけを見つめる真摯な瞳だった。

 

Ωはαと反対の性だ。

奪うのがαだとしたら、誘うのがΩ。

その考えのせいで、Ωは襲われるものであるのに、差別されてきた。

ここで何も考えず、名前も呼ばれず、ただ欲しがられたら。

運命など何も気にせず、ただのαとしてΩを食っていてしまったかもしれない。

 

「シェリルさんを、私に、くれますかっ?」

 

そんなΩであるはずのランカの一言は魔法のようだった。

奪われるはずのΩが、αであるシェリルを「くれ」という。

そんな風に求められたことのないシェリルはその言葉を聞いた瞬間に、一瞬で落ちて、一瞬で舞い上がった。

今まではαの本能だけがΩのフェロモンによって高ぶっていた。

それなのに一瞬で本能が落ちつき、シェリル自身の気持ちを巻き込んでもっと高くへと飛び立った。

 

(ありがとう、ランカちゃん)

 

そっとぎゅっとランカを抱きしめる。顎の下に来た緑の髪がただひたすら愛しい。

セカンドバースを超えることはシェリル一人には難しかった。αとしての特徴を色濃く持つせいもある。

それをランカはたった一言で、本能を恋情へ、下手したらもっと大きなものへと変えてくれた。

シェリルはカメラの前では絶対にしない、くしゃくしゃの顔で笑った。

その瞳から涙が溢れていることにシェリル自身も気づいていない。

この世界で一番綺麗な涙を見れたのは、たった一人ランカだけだった。

 

「いいわよ、あげる。アタシの初めて、ランカちゃんにあげるわ」

「……うれしい、ですっ」

 

ふわりと微笑む姿に今までで一番大きく意識が揺さぶられる。

段階的に強くなるフェロモンに意識が飛びそうだった。

さっきまで怖かった。もう今のシェリルにとって、それは怖いことではない。

 

「あなたを番にする」

「え……」

 

不思議そうな瞳でシェリルを見上げるランカ。

その額に誓うように優しくキスをする。

ぎゅっと掴まれた腕の熱さが愛おしかった。

本能が求める関係なんてロクなことがないと思っていた。

全て自分で選んで、全て自分で掴み取りたかった。

それができないセカンドバースを嫌った。

 

「返事はしなくていいわ。だって、アタシはシェリルだもの」

 

今は感謝しても良い。

シェリルにこれ以上ないほど運命を信じさせてくれた。

ランカと引き合わせてくれた。それだけで十分だった。

 

「はい」

 

ランカの瞳から一筋の涙が溢れる。

それが番となれる幸福からなのかは、ランカしかわからないことだった。

 

end

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。