運命の番は惹かれあうのか?   作:鼎立

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#2

 

 

 

ずっと、歌が好きだった。

歌っている間はすべてを忘れられて楽しかった。

その楽しみさえ、奪われるのだとしたら。

私は自分の生きる意味を失ってしまう。

 

 

 

#2

 

 

 

セカンドバース。

第二の性と言われる、それらα、β、Ωがいつの時代から区分されていたかはとても曖昧である。

人が記録を取り始めた頃には存在していたと言われている。

そして、人間以外には現れない。そう言われていた。

様々な種族との交配が始まるまでは。

 

「~♪」

 

声が通る。今日は調子がいい。

上る朝日を見ながら、ランカは誰にも見つからないように歌っていた。

一面が緑の丘から、見えるのは果てしない青と蒼。

特に朝日が昇る瞬間にそこで歌うことを好んでいた。

 

種族間セカンドバース研究所。

人と混血することによってセカンドバースに様々な特徴が出てしまった人たちの研究所である。

ランカ自身、いつからこの場所にいたのかは覚えていない。

気づいたらここにいて、毎日を過ごしていた。

検査が多い以外は特に同年代の子たちと同じように過ごしていた。

 

「うわ、ランカが歌ってる」

「近づくな、Ωに汚されるぞ」

 

ただ一つ、困ったことははランカがΩであり、ファーストヒートも前だというのに、常人の3倍近いフェロモンを発していることだ。

耐性のないαだと、まず間違いなくランカに惹かれてしまう。

特に歌を歌った時にその傾向が強く、年を経るごとに人前で歌うことを禁止されていた。

したがって上記のような扱いをされることも決して少なくはない。

 

「はぁ」

 

ランカも15になった。

そろそろ自分にもヒートが来るということはわかっていた。

時期が近づくにつれ、フェロモンも多くなり、歌うこと自体の禁止も考えられている。

 

――なんで。

 

自分は自由に歌えないのだろう。

こんなに不便な場所に閉じ込められているのだろう。

誰か、王子様のように助け出しに来てくれないだろうか。

 

取り留めないことが頭をめぐり、いつも何も生み出さない。

αと会うことを極端に制限されているランカは自分の危険さを自覚していなかった。

そして、何より歌うことを制限されることが嫌で仕方なかった。

下手したら死ねと言われるよりも。

 

 

「実験ですか?」

 

モニター越しに告げられた言葉にランカはきょとんとした。

αの人間と会う時は基本的にこういった形がとられていた。

研究者は上級になる程、αが多く、ランカの影響を受けやすい。

 

『この薬を飲めば、フェロモン自体を抑える効果がでる』

 

物心ついた頃から変わらぬ、上司の顔を見つつ、ランカは目の前に持ち込まれたサンプルを眺める。

昔ながらの並んだカプセルたちが1シートあった。

飲み方は簡単で朝と夜に一錠ずつ飲めばいいらしい。

これを飲めばΩから出るフェロモンの量を減らすことができる。

 

「私ヒート前なんですけど、条件は大丈夫ですか?」

 

飲んでもいい。

こんな邪魔にしかならない、フェロモンを少なくしてくれるのであればとてもありがたい。

しかしフェロモンというものは通常ヒート時に最大量だされるものであり、ランカではそのサンプルは取れない。

実験データとしては不備を残したものになる。

目の前の上司がそれを見逃しているとは思わないが、一応ランカは聞いてみた。

 

『ランカの場合、通常時でさえヒート時のΩに近い量が出る時がある。それを抑えることができたら十分ヒート時のΩの抑制剤として価値がある』

 

抑制剤とは外の世界でΩが暮らす際に飲むもの。

研究所で教えてもらった知識としてはそんなものだ。

元々周囲にαがいない生活をしていたランカには縁のないものだった。

 

通常のΩは抑制剤を飲み発情期をないものとして普通の仕事をしているものが大半だ。

フェロモンの多さは個人差があるため、同じ抑制剤では効果が均一にならない。

その微調整はヒート時のサンプルを取って少しずつ埋めていくしかない。

突発的に起こってしまったヒートに対応するため、一級強い薬が必要とされることも多い。

 

ランカは目の前にある薬を見つめた。

今までも何度かこのパターンは経験している。

最初の頃は期待も大きかったが、そのたび毎に効かない薬に落胆したのも同じ数だけある。

 

「わかりました。今日からですか?」

『ああ。採血は昨日したばかりだな?』

「そうですよ」

 

――今度こそ、ここから出られるといいのに。

そんな微かな、しかし大望を持ちながらランカはカプセルを口に含んだ。

 

飲み始めてから一週間。

初めての採血の日がやってきた。

生活自体に大きな変化は感じられない。

検査結果を待つランカの前にその結果は考えてもいない姿で現れた。

 

「おめでとう、ランカ」

 

シュッと自動扉が開く音と共に、久方ぶりに見つめる上司の顔がそこにあった。

一瞬何が起こったのかわからなくて、ランカはぽかんと間抜けな表情をさらす。

同じ空間に、αがいる。

欲情していない、通常の姿のαが。

そんな体験をするのはもう何年ぶりだろう。

ランカ自身覚えていなかった。

 

「え? あれ……うそ……?」

 

――もしかして、あの薬効いたの?

信じたい。

信じられない。

でも信じたい。

ゼントラーディーの血を引くランカの髪が喜びに沸くように舞い上がった。

 

「私が君の目の前にいることがその証拠だ。君のフェロモンは通常より少し下まで抑えられている」

 

おめでとう、二回目に言われたその言葉にランカは初めて実感が湧いた。

嬉しくて、うれしくて、ウレシクテ――今すぐにでも歌いだしたかった。

外に出たら、何をしよう。

そう考えて暇をつぶしたことも数えきれないくらいだ。

何より、外に出られたら絶対にしたいことがランカにはあった。

 

「ライブも行っていいですか?」

「ん、ああ、彼女のか」

 

詰め寄らんばかりのランカの勢いに上司は少し身を引いた。

シェリル・ノーム。

この世界で一番有名な歌姫。

彼女の歌を聞かない日はないとまで言われる人物だ。

デビュー当初からランカは彼女の大ファンであり、ライブにも行きたいとずっとお願いしていた。

だが、ここで大問題が発生する。

人数が多いためαが多数いる可能性が高かった。

また、シェリル自体もαであり、ランカは参加することを止められていたのだ。

 

「まぁ、大丈夫だろう」

「ありがとうございます!」

 

シェリルのライブ。

字面だけで嬉しくてたまらない。

全ての曲をダウンロードしていたし、お気に入りの歌も何曲もある。

彼女の映っている写真や雑誌もほぼ集めた。

――初めて、生のシェリル・ノームを見れる

行けると決まったわけでもないライブに、もはや行ける気でうずうずしてしまう。

そんなランカの様子に上司は苦笑して一言付け加えた。

 

「ただ、チケットは自分で取れよ?」

「はい、ばっちりです、任せてください!!」

 

ランカの笑顔はこの時、フェロモン関係なしに人を落とせるほどのものだった。

 

 

研究所の前にランカと上司の姿があった。

ランカの背中には小さいながらリュックが背負ってあり、服装自体も動きやすいものであることから遠出することが伺える。

 

「本当に、行くのか?」

「はい」

 

虚仮の一念という言葉がある通り、ランカは検査結果が出た後すぐにシェリルのライブへと応募していた。

ただでさえ人気の高いアーティストのプラチナチケットである。

外に出ることになるのはもっと遅くなると研究所側は予想していたのだ。

 

「検査結果も問題なかったんですし、大丈夫ですよ」

「それは、そうなんだが」

 

あれから三か月、毎日ランカはサンプルの薬を飲み続けた。

その結果、フェロモンの量はファーストヒート前のΩと同じくらいまで低下していた。

αであっても、今のランカがΩだと判断するのは難しい。

 

「興奮するとフェロモン値があがりやすい。それだけは気を付けてくれ」

「はーい」

 

興奮ならもうしている。

チケットが実際手元に届いてから、ずっと胸が痛い。

ドキドキして、期待しすぎて、眠れない時さえあったのだ。

今のランカにその言葉は無意味だろう。

 

「いってきます!」

 

大きく手を振って、ランカは外の世界へと歩き出す。

その背中は大きく弾んでいた。

 

敷地を出る。

どんどん小さくなる研究所を一度振り返って、それから後ろを見ることはなかった。

人ごみに紛れ、列車に乗って、大蛇のように連なる列に並ぶ。

 

――すごい人。この人たち皆シェリルファンなんふぁ!

 

ランカはシェリルに憧れていた。

それは歌だけではない。

彼女が何物にも縛られないαであることもそれに入っていた。

ランカのセカンドバースであるΩと違い、αに制約はほとんどない。

 

――何をしても、何を表現しても、どこで歌っても、シェリルはみんなを惹きつけてしまう。

 

Ωとして生まれたランカとは違う。天性のカリスマだ。

多くの人はαとして生まれたのだから、それくらい当然だと批判する。

しかしランカにはシェリルの輝きがαという一点により生まれるものではないことをわかっていた。

彼女の歌にも、ダンスにも、演出にも、全て煌く努力が見える。

それを打ち消してしまうなんて、やはりセカンドバースなんていらないと眉を顰めることさえあった。

 

「っと、すまん。大丈夫か?」

 

思考の海に沈んでいたランカの体に押される。

大部入場ゲートが近くなったため、人ごみが密集してきているのだ。

 

「いえっ、むしろ私こそぼんやりしてて」

 

はっとして顔を上げたランカに衝撃が走る。

そこにいたのは驚くくらい美人な顔をした男の人だった。

帽子とサングラスをしているために、同じ目線の人にはわからないだろう。

だが彼より背が小さいランカからはまるで覗き込むようにして彼の顔が見えた。

 

「人混みがすごくてな。大丈夫だったなら、よかった」

 

にこりと微笑む顔はまるで精巧な人形のようだった。

――こんな綺麗な男の人もいるんだ。

その顔に見惚れているうちに、彼の姿は人の間に消えてしまっていた。

 

「すごいなぁ」

 

シェリルも凄ければ、シェリルのファンも凄い。

ライブが始まる前から感心してしまうランカだった。

後に、あの彼が歌舞伎の天才女形アルトだと気づくのは別の話である。

 

 

一方、人ごみをどうにか抜けたアルトは呼び出されたシェリルの楽屋へと裏口を歩いていた。

 

「シェリル―、お前なぁ、なんで一般のチケット送ってくるんだよ」

「あら、いつだったか、アナタもアタシに一般のチケット送ってきたじゃない」

 

大体、アナタ来るかもわからないしね、とシェリルはアルトに向かって肩をすくめる。

つまりは仕返しだ。しかも、非常に遠い昔の。

案外根に持つ性格らしい幼馴染に、アルトは深々と息を吐いた。

 

「いつもよりいい匂いだけど、まさかヒート中?」

 

それより、と話を変えたシェリルがアルトへと近づくとそう言い放った。

鼻をアルトの体へと近づけ匂いを嗅ぐ。

部外者が見たら恋人と見まごう距離だ。

 

「はぁ? そんなわけないだろ」

 

アルトはここまで大多数のβと、もしかしたらいたかもしれないαの人波をかき分けてきた。

もし、アルトがヒート中だったらαは確実に、βもひょっとしたら襲ってくる。

そんな危険な時期に被っていたとしたら、シェリルのライブは丁重にお断りさせてもらう。

 

「そう……変なの、いつもよりドキドキするわ」

 

少しだけ頬を赤らめて、シェリルは彼から距離を取った。

不意に手を出さないような距離を開くためにも見えたし、彼への興味がなくなったようにも見えた。

 

「ライブ前で興奮してるんじゃないのか?」

 

アルトもそう言い、この話題を終わらせる。

しかし、何人もの発情したαを見てきたアルトにはわかっていた。

シェリルの瞳が発情前のαと同じような蕩け方をしていることを。

 

 

 

#2 end

 

 


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