超次元ゲイムネプテューヌ Origins Interlude 作:シモツキ
「ふぅ、いいお湯だったなぁ…」
髪と身体を拭いて濡れたタオルを乾燥室へと入れ、この部屋で何度目か分からない、『何故か』あった替えの服を着て脱衣所の扉に手をかける。
ディールちゃんとぷち追いかけっこをした後私は一人でお風呂に入ったのだった。……え、お着替えシーンと入浴シーン?いやほら、複数人ならともかく一人だと殆ど動きないでしょ?しかも活字媒体だから私の肢体なんて見えないでしょ?だから要らないかな〜って……え、見たい?サービスカット入れろ?……そういうのは作者さんに言ってよね!セクハラだよ!?
「全くもう……うん?ディールちゃん何してるの?」
大変メタい思考を切り上げて最初の部屋へと戻った私はディールちゃんへと声をかける。彼女は杖を片手に、壁伝いに部屋をうろうろしていた。……ダウジング中…?
「あ、イリゼさん…浴場は何か変な所ありましたか?」
「ううん、乾燥室やら各種シャンプーやら衣類やらがあった事以外は特に変じゃなかったよ」
「そうですか…食料といいそれといい、一体誰が用意したのでしょう…」
「それについては情報不足でなんとも言えないかな…で、何してたの?」
「魔法の探知です」
「魔法の探知?私が入浴中に何かあったの?」
首を傾げながら訊いた私に対し、ディールちゃんは首を横に振る。なら何故、どういう動機で探知を…?と思って私が首を傾げると、彼女は察してくれたのか説明を始めてくれる。
「調べておいて損はないと思ったんです。魔法による罠や結界が張られていない、とは限りませんから」
「へぇ…じゃあ、探知の結果どうだったの?何か見つかった?」
「いえ、何も」
「そっか、なら安心だね」
「…残念ながら、そうは限りません」
「え?」
再び首を傾げる私。調べた結果何もないという事が判明したのに、どうして安心とは限らないのだろうか。
「えっとですね…過不足なく言うと、『わたしの探知に引っかかるものは無かった』という事です」
「…つまり、探知に引っかからない様な魔法が存在するかもしれないって事?」
「探知に引っかからない魔法というかわたしでは探知出来ないというか…まぁ、大雑把に言えばそういう事です。高位の罠魔法や結界は隠蔽方面にも長けているものですから」
「バレない事で効果を発揮するならそれはそうだよね…逆に言えば、低位のものはほんとに無いと思っていいの?」
「はい。よっぽど特異なものでない限り、低位のものであれば探知出来る筈ですから。…これでも、魔法は得意なので」
そういうディールちゃんは、ほんのちょっぴりだけど得意げな顔をしていた…様な気がする。私よりも落ち着いてるし、魔法の知識も結構あるみたいだけど…やっぱり、根の部分は年相応(女神だけど)なのかな。
「…ごめんね、私は何もせず入浴なんてしちゃってて」
「構いませんよ、わたしもここを拠点にする以上調べない訳にはいかないし」
「そう言ってくれると助かるよ。…ディールちゃんもお風呂どう?」
「そう、ですね…わたしも疲れましたしそうします。……覗いたら怒りますよ?」
「私を何だと思ってるの……」
何だも何も、さっき一緒に入ろうとしていただろうが…と心の中で自分に突っ込む。実際一緒に入ろうとしたのは、ディールちゃんが肩の力を抜ける様にしてあげようと思ったからだけど…治癒魔法をかけてくれた時と言い、私はそういう方面での配慮が苦手な様だった。ベール辺りがそういうの得意だし、いつか機会があったら教えてもらおうかな。
そうして待つ事数十分、他に何かあるかもと思って行った部屋内探索を終えたところでディールちゃんが戻ってきた。
「……お湯、どこから出てきてるんでしょう…」
「あ、ディールちゃんも気になった?」
浴場にあるシャワーや水道からはなんの問題もなくお湯が出てきた。普通の建物ならそれが当たり前だけど…こんな場所にまで配管が通っているとなると違和感が拭えない。やろうと思えば無理矢理調べる事も出来そうだけど、壊したら使えなくなるし相当な苦労を要するだろうから、私は特にやる気は無かった。利益より不利益の方が大きいなら、やる価値はないよね。
「好都合とはいえ、引っかかりますね…って、イリゼさんまた怪我したんですか?」
「え?なんで?」
「なんでも何も…腕に包帯、巻いてるじゃないですか」
「うん、巻いてるけど…」
ディールちゃんは私の左腕の包帯を指差している。けど、私にはそれの意味が分からない。何故ならそれが普通の事(だと思ってる)から。
…と、そこで私は一つの可能性を思い当たり、ディールちゃんに『常識の』確認をする。
「…あのさディールちゃん、治癒魔法って余裕が出来次第、改めて手当てをするべきだよね?」
「…すいません、言っている意味が分かりません」
「やっぱりか…えっとね、私のいた次元では治癒魔法は一時的にしか効果がないんだよ」
合点がいった、という顔をする私。私とディールちゃんの存在を始めとして、二つの次元は同じところが多いけど中には違う部分もあるのだという事を私は認識していた。今あげた『治癒魔法』もどうやらその一つらしい。
「私はあまり魔法に詳しくないから細かい説明は出来ないんだけどさ、普通の治癒魔法は一定時間で効果が無くなるだったか無くなる様にしてあるだったかで、早かれ遅かれ改めて手当てし直す必要があるんだ。これは私の次元の事だけど…そっちは違うの?」
「そういう事ですか…はい、わたしの知ってる治癒魔法はそんな事する必要ありません」
「だから互いに意味が分からなかった訳だね。これからも何か変だと思ったらこうやって確認しようか」
「ですね、理解しておくに越した事はありませんし」
そういって一先ず会話を締めくくるディールちゃん。実のところ私は『ここでは私の次元とディールちゃんの次元のどちらの法則が成り立っているのか』についても話したいところだったけど…それについては話さなくても放っておけばその内治っている怪我が教えてくれるか、と思い直して言葉を飲み込んだ。それに、その事よりも話しておくべき事があるし。
「…で、だよディールちゃん。……どこから、いや…どうやって探索するべきだと思う?」
「探索する上での指針方針を決めておきたい、という事ですか?」
「そういう事。正しかろうが間違っていようが、指針方針があるのと無いのとじゃ精神的負担が違うからね」
「それは分かります。…けど、決められます?」
「だよねぇ、ここを見つけられたのも偶然みたいなものだし」
どんな事に対しても、情報や手がかりなしに何かを探すというのは難しく、それこそしらみ潰しに探すしか無くなってしまう。そして現状その手がかりと呼べるものは殆どゼロと言っても差し支えない。この状況で何かしら考えつく事が出来たのなら、それは名探偵に違いない。
「…あのさ、ディールちゃんって実は身体が縮んじゃった名探偵だったりしない?」
「イリゼさんこそ苗字が金田一だったりしません?」
残念、私もディールちゃんも名探偵ではない様だった。…いや、それぞれ自分が名探偵ではないって事は分かってるけどさ……。
「じゃあさ、方針と呼べる程のものじゃないけど…一つ探し物、というか拾い物していい?」
「何をですか?」
「本だよ、本。あの大広間で私が戦闘前本を持ってたの覚えてない?」
言われて思い出した、という様に私の言葉に「あぁ…」と反応するディールちゃん。別にあれは私にとって必要不可欠という訳じゃないけど…恐らくあれが私をここへ移動させた要因、或いは要因に関係するものなのだから、「もうただの白い本です」となっているとは思えない。それに本を回収する中で何か見つけられるかもしれないから、取り敢えずの方針としてはまぁまぁ良いんじゃないかと私は思っていた。
そしてその考えをディールちゃんに伝えると、彼女は二つ返事で了承してくれた。特に否定する要素もなく、代案も無いかららしい。
「じゃあ決定だね。さて、簡単に見つかれば良いけど…」
「…血痕を辿れば良いんじゃないですか?」
「あ、そっか。治癒した場所はここの近くだったもんね」
待ち伏せ以降も私の腕からは血が流れていた。だから最初にディールちゃんが辿ったのとは逆に辿る事で、私が本を手放した大広間へと辿り着く筈。…まさか、一度ならず二度も私の血が役に立ってくれるとはね。
「近いとはいえ治癒した場所までは記憶に頼るしかありません。なのですぐに回収…ふぁ、ぁ……」
「……欠伸?」
「…………」
「…あのさ、もしや眠「言わせませ「いや言わせてもらうよ!」…えぇ……」」
ディールちゃんの封殺カットインに私がカットインし返し、逆にディールちゃんの封殺を封殺する私。たった数秒の間に、謎の駆け引きが繰り広げられていた。……台詞が大分見辛い事はご愛嬌。
「…というか、言わせてもらうと言いつつ言えてないじゃないですか…」
「あ……っ」
「わたしに対抗する事が目的になってましたね?」
「うっ……はい…」
浅はかだなぁ…みたいな顔で見られる私。相変わらず私の方が年下っぽかった。
「全く…手段と目的を食い違えてどうするんですか」
「返す言葉もございません…」
「変な事で意地張っても意味ないんですよ?」
「……それはお腹の音とか欠伸とかを誤魔化そうとしてたディールちゃんもなんじゃ…」
「……さ、さて。少し仮眠しましょうか」
「誤魔化そうとした!?一瞬で手の平返したよね今!」
そそくさと寝室らしき場所へ向かうディールちゃん。前言撤回、子供っぽいのはお互い様だった。
それはさておき、ディールちゃんが睡魔を感じる事自体は仕方ないと思う。心身共にかなり疲労しているのは言うまでもない事だし、食事してお風呂入ったら眠くなるのも当然の事。それに、今は夜である可能性もあった。
「うぅん…正確な時間が分からないのは精神衛生上悪い…」
携帯を取り出してホーム画面を見てみるも、そこにある筈の時間表記は何故か表示されていない。ここで目が覚めてすぐの時にそうだった様に、タイマー機能は生きている様だけど、時計機能は壊れたか何かに阻害されてる感じだった。--------この部屋と言い水道と言い、この迷宮は明らかに何かがおかしい。
「…ま、おかしいのは百も承知だけどね」
そういうおかしいと私の感じているおかしいは違う、とは思いつつも、私だけじゃなく私の思考まで迷宮に迷い込みそうだったのでゆるゆると締める私。私も結構消耗してるし、貧血が治った訳でもないから休もうかな。
「お邪魔しまー……あら?」
寝室(というか単にベットが置いてあった部屋)へ入る私。すると意外な事に、ディールちゃんはもう横になっていた。と、いうか……
「すぅ…くぅ……」
「…わ、もう寝てる……」
規則的な寝息を立てるディールちゃん。余程眠かったのか、敷き布団ではなく掛け布団の上に乗ってしまっている。食事といい睡眠といい、どうやらディールちゃんは良い子の様だった。
…………。
……ぷに。
「…すぅ…ん……」
……ぷにぷに。
「うぅ…くすぅ……」
……むにむに。
「んんっ……」
……むに〜…はっ!?
「あ、危ない…危うく幼女の頬の虜になるところだった……」
ぷにぷにむにむにの罠に戦慄し恐れおののく私。ある意味大岩の罠や矢の罠よりもよっぽど恐ろしかった。流石魔法使い…頬にまで魔導が込められているなんて……!
「…ロムちゃん…ラムちゃん……エスちゃん……」
そんなしょうもない事を考えていた私を我に帰らせたのは、ディールちゃんの声だった。一瞬起こしてしまったかと思ったけど…違う。これは寝言だった。そして、同時に私は気付く。この子は見た目に反して大人びてるだとか、私よりも精神年齢が上だとか思っていたけど…それは恐らく違う。外見がかなり似ているロムちゃんラムちゃんよりは落ち着いているんだろうけど…少なくとも、私よりも大人だとか成熟した大人と大差無いなんて事はない。ちょっと冷めてるだけの、歳相応の子なんだと私はやっと気付いた。私とディールちゃんは少し似ている、なんて思ってたくせに寝言を聞くまでそれに気付かなかったなんて……凄く、凄く情けない。
「…私がちゃんと元の場所に帰してあげるからね、ディールちゃん」
私はこの子が頼れる様な人であろう。そう、心に決めたのだった。
*
「ふぁぁ……」
目を擦りながらむくりと起き上がる。んと、わたしはどうして寝てるんだっけ……。
「……そっ、か…そうだった…」
周りを見回して、周りが見慣れぬ光景だった事で寝るまでにあった事を思い出す。そしてそれは同時に、ここでの出来事は夢だった……なんて事はないという裏付けになっていた。
「…どうして、こんな事になったのかな……」
寝た事で気が緩んだからか、つい弱音の様な事を口にしてしまうわたし。こんな事を言ったって分かる訳でも誰かが教えてくれる訳でもないし、それを自分で知る為に仮眠を取っていたんだからこの言葉を言う意味も必要も全くなかったけど…それでも、口に出てしまった。……やっぱり、不安なのかな…。
「……あれ?」
一先ず顔を洗おうとして…気付く。今わたしは何の気なしに掛け布団を捲ったけど、記憶が正しければわたしは掛け布団を捲る事すらせずに寝てしまった筈。なのに掛け布団がかかっていたという事は……
「……イリゼさん?」
先程周りを見回した時、ちらりと見えたイリゼさんの方へと首を回す。わたしに掛け布団をかけてくれたであろう彼女は、まだ寝ていた。
「この人はどれ位寝てるんだろう……」
わたしはもう目が覚めているし、この迷宮でゆっくりまったりしたいなんて気持ちは欠片もないから出来ればすぐに起こしたいところだけど…まだイリゼさんは寝て然程時間が経っていないのかもしれない。寝たばっかりのところで起こされたら…温和そうなイリゼさんでも機嫌悪くなるよね…。
「どうしよう…すぐ起きてきてくれるといいんだけど…」
そう言いながらわたしは部屋を出て顔を洗う。顔を洗って、出来る限り普段の朝のルーチンをこなし、寝てるうちに何か変化が起きていないかと各部屋を確認する。その内に起きてきてくれれば好都合…と思っていたけど、残念ながら確認が終了しても起きてはこなかった。
そしてそこから十数分後。段々焦れったくなってきたわたしは寝室へ戻る。
「さてと…イリゼさん、そろそろ起きないとザメハで起こしますよ?」
使えるかどうかはさておき、取り敢えず声をかけてみるわたし。だけど返ってくるのは寝息ばかり。「後五分……」という定番の台詞すら返ってこない。結構ノリの良いイリゼさんも、流石に寝てる時は普通の人の様だった。
「……うぅん…睡眠中に、何を期待…してるの…」
「はい!?」
驚いて持っていたグリモワールを落っことしかけるわたし。恐る恐る顔を確認してみると…やはり寝息を立てている。どうやら今のは寝言の様だった。
「……っていやいや…地の文に対して寝言で返してくるって何者なんですか貴女……」
一般人は勿論女神ですらそうそう出来そうにない謎の高等技術を見せてくれたイリゼさん。彼女は全然寝てる時も普通の人ではなかった。
そして、驚いてバクバクしていた心臓が落ち着いてくると同時に、『驚かされたんだからわたしも何かしてやれ』といういたずら心が目覚めてしまう。
「……むにぃー」
「ぅ…すぅ……」
「ふにふに……」
「うにゅ……」
「ぺちぺち…むにゅ…」
「ん、ふ……」
「ふふっ、何だか楽しくなって……は…っ!?」
思ったより柔らかかったせいで触れるだけに留まらず、突いたり揉んだりした挙句、軽く叩いて引っ張ったところでやっと正気に戻るわたし。最初はすぐ止めるつもりだったのに、途中からイリゼさんが時々嫌そうに首を振る様子が面白くてついついやってしまった。このまま続けていたらわたしは変な性癖の扉を開いていたかもしれない。……恐るべし、イリゼさん。
「…普通に起こそう……」
変な事を考えず、ゆさゆさと肩を揺する。すると数十秒後、「うぅ…もう朝……?」という今度こそ割と普通な声をあげながらイリゼさんが起きてくれた。
「あ…おはようディールちゃん…」
「おはようございます、調子はどうですか?」
「んー…よいしょ。うん、結構良いよ」
伸びをして身体を掛け布団から出すイリゼさん。顔はすっきりしているし、昨日に比べると血の気もあるから結構良いというのは本心の様だった。
私と同じ様にまず顔を洗いに行くイリゼさん。その間にわたしは段ボールから食べ物と水を取り出す。
「うーん、味は豊富っぽいけど…選択肢少ないよね…」
「水でふやかしたら多少印象が変わるのでは?」
「不味くなるだけな気がするから止めとくよ…」
もぐもぐサクサクと保存のよく効く食事を頂くわたし達。誰かと一緒に食べるのが最高のスパイスらしいけど…最高のスパイスがあっても満足出来るとは限らない、という事をその日わたしは知るのだった。
そうして食事を終えたわたし達は簡単に身支度を終え、迷宮探索を再開する。手始めはイリゼさんの言う本。わたしはその本が何なのかよく知らないし、その本が役に立つかどうかも分からないけれど…闇雲に探し回る事の非効率さはよく分かってるし、何もせずここにいるのなんて耐えられないから、本が…そして探索が意味のある事だと信じて、わたし達は部屋を後にした。
「…ところで、わたし何故か頬が変な感じなんですか…知りませんか?」
「さぁ、実は私も何だよね。何かあったのかなぁ…」
今回のパロディ解説
・身体が縮んじゃった名探偵
名探偵コナンの主人公、江戸川コナン(工藤新一)の事。見た目は幼女、中身は女神、その名もブルーハート、ディール!…え、それも本名じゃない?えぇ、分かってますよ。
・苗字が金田一
金田一少年の事件簿シリーズの主人公、金田一一の事。イリゼにじっちゃんはいないので、イリゼの苗字が金田一だったのならきっと原初の女神の名にかけるでしょう。
・ザメハ
ドラゴンクエストシリーズに登場する魔法の一つ。魔法で寝かされた訳ではないので、わざわざ魔法を使わなくとも作中の様にすれば簡単に起きるでしょうね。