超次元ゲイムネプテューヌ Origins Interlude 作:シモツキ
私は、暗殺者として育てられた。アヴニールにとって邪魔となる企業の重役を、運営において厄介な有力者を、そして必要であれば別派閥のトップ…つまりは社長すらも始末する為の、暗殺者として。
けれど、私はそれを恨んでいない。身寄りのなかった幼い頃の私に衣食住を与えてくれて、ある程度の一般教養も教えてくれて、自由にじゃないけど娯楽や外出も許してもらえて、人によっては話し相手になってくれて……とにかく私は、ある派閥の暗殺者として育てられる事と引き換えに人並みの生活を送っていた。
でも、ある時その生活は崩壊した。女神様と教会によってアヴニールが解体される直前、暗殺者育成を隠蔽しようとした派閥トップの人の判断で切り捨てられた。育成完了前に、誰かを殺す前に、私は用済みになった。……だから私は、何者でもない。暗殺とそれに関わる技能以外は半端な常識しか知らない、人を殺した事もない私は、一般人でも、暗殺者でも……何者でも、ない。
*
ある日の夕暮れ。先日ケイとシアンに『上の者が適度に休みを取らないと、下の立場の者は休みを取り辛い』と言った手前、国の長である自分もそれを実践しなくちゃいけないと思った私は、午前中で仕事を切り上げ久し振りにシアンと二人で食事に出かけた。食事をとって、お喋りをして、街中をぶらぶらして……そんなお互い充実した時間を過ごした私達は、満足した気持ちのまま解散した。
「やっぱり気心の知れた相手と過ごすのはいいものね。ふふっ、私はぼっちじゃないって分かったでしょ?」
ここにはいる筈もないネプテューヌに向けた発言を、機嫌良く口にする私。公務中や職員の前だったらこんな姿見せられないけど…今はプライベートなんだしいいわよね。それに気難しい顔してたらシアンとの時間が楽しくなかったみたいになっちゃうもの。
そういう訳で現在私は軽い足取りのまま帰宅中。…でも、公園の前を通った瞬間目があるものに止まった。
「……あの子って…」
私が気になったのは、公園のベンチに座る一人の少女。公園に女の子がいる事は何にもおかしくなくて、時間帯的にも不自然ではないけど……その少女は、私の記憶が正しければ私がお昼にここを通った時もそこへ座っていた。…まさか、お昼からずっとあそこにいるんじゃないでしょうね…?
(…浮浪者、なのかしら……)
もし本当にずっとあそこにいるのなら、まず思い付くのは眠りこけてしまっているというパターン。でもお年頃の女の子が、公園で無防備に寝る訳がない。
次に思い付くのは、偶々同じ格好をしている時に私が通りかかったというパターン。…けど、これも現実的じゃない訳で、そうなると残るのは…彼女には帰る家がない、というパターン。
(……まさか記憶喪失で帰る方法も頼る当てもない、とかじゃないでしょうね…?)
記憶喪失なんてそうそうあるものじゃない、と前の私なら否定していただろうけど、記憶喪失者を二名程知ってる今の私はあながちあり得ない話でもないと考える。…いやそんなちょいちょい記憶喪失が現れるのもどうかと思うけど。だとしたら信次元民の海馬と大脳新皮質はどうなってるのよ。
「…どうしようかしら……」
ベンチに座る少女を見つめる事約一分。その間少女はほんの少し横に傾くだけで立ち上がる事も目も開ける事もせず、外見的には本当に寝ているよう。そんな少女に私は声をかけるべきか、それとももう少し様子を見てみるべきか思案を始めて……次の瞬間、少女の傾きは一気に加速しベンチから落ちた。
「え……ちょ、ちょっと!?」
一瞬前までどうするか考えていた私だけど、倒れ込むのを目の前で見たら女神として…いや人として無視出来る訳がない。
慌てて駆け寄り、あまり揺らさないようにしつつ少女の上半身を軽く起こす私。続いて声をかけるけど…反応は無し。
「脈は…あるわね。呼吸もしていて、顔も血の気があって……外傷も無い?…じゃあ、何が…?」
倒れても目を開けず、私の呼びかけにも応答無しな状態からして気を失っているのは間違いない。でも、その原因が分からない。ひょっとすると気絶は倒れた時の衝撃かもしれないけど、だとしても倒れた要因は別にある筈。…寝てたら倒れて、そのまま気絶…とかじゃないわよね…?
ただどちらにせよ、この少女が気を失っている事には変わりない。そう判断した私は救急車両を呼ぼうとし……「きゅるるるる…」という可愛らしい音を耳にした。それが聞こえてきたのは…少女のお腹から。……これって、まさか…。
*
公園で倒れた少女が目を覚ましたのは、それから数時間後。教会の医務室にある、ベットの上でだった。
「……っ、ん…」
「…あ、目が覚めた?」
コスプ……サブカルチャー関連の雑誌を読んでいる最中に聞こえた、それまでとは違う息遣いと衣摺れの音。それに振り返ってみると…ベットの上で、少女がゆっくりと身体を起き上がらせていた。
「…え……あ、え…?」
「大丈夫?苦しかったりどこか痛かったりしない?」
「あ…は、はい…大丈夫です…。…あの、ここは…?」
「ラステイションの教会よ。貴女、公園で倒れたんだけど…気を失う直前の事、記憶にない?」
当然と言えば当然だけど、少女は戸惑い何が何だか分からないという思いが顔に出ている。…けど、一先ず目が覚めたから安心ね。
「私が、公園で……確かに公園に来た覚えはありますけど…気絶した事には、気付きませんでした…」
「それはまぁそうでしょうね、意識が飛んでるんだから…」
「で、ですよね…でもどうして、医療施設ではなく教会に…?」
「それは私が女神だからよ」
「は、はぁ……え?……あ、あぁぁっ!の、ノワール様!?」
少女は不思議そうな顔をして、その後目を丸くして……今は目を見開いていた。私からすればそれは物凄い驚きようだけど……女神である以上こういう反応される事は時々あるし、もう慣れっこなのよね。
「えぇ、ノワールよ」
「じゃ、じゃあ私は女神様に助けられた事に…?」
「なるわね」
「……ご、ご迷惑をおかけしました!」
「いいのよ別に。元々教会に戻る道すがらだったし、放っておく訳にはいかないもの」
「すいません…先程までの無礼な態度も含めて本当にすいません…」
「だから大丈夫よ。それに貴女は確かに敬意ある態度ではなかったけど、別に礼を欠いてた訳でもないでしょ?その位で怒る程私の心は狭くないわよ」
「で、でも……」
先程までの戸惑いもあってか、とにかく少女のテンパりは凄い。宥めにも応じず更に謝ろうとする少女の様子から、私は大変そうかもと思ったけど……機を見計らったかのように、このタイミングでまたあの音が鳴った。
僅かな沈黙の後、顔を赤くしてお腹を押さえる少女。…って事は、やっぱりこれはお腹の鳴る音だったのね。
「あ、あぅ…これは、その……」
「お腹、空いてるんでしょ?ほら、お粥用意しておいたわよ。…病気とかじゃないならお粥じゃなくてもよかっただろうけどね」
「え、い、いいんですか…?」
私はお粥の入った土鍋を持ち、ベットに備え付けの机にまで運ぶ。蓋を開けると保温性のおかげでまだ冷めていなかった中のお粥から湯気が上がり、それを見た少女は分かり易く嬉しそうな顔になる。でもすぐにはっとした表情に変わり、そこから今度は私へ伺いを立てるような上目遣いに。
「…この流れで女神が『あんたにあげる訳ないじゃない、図々しいわね』…なんて言うと思う?」
「い、言わないと思います…」
「なら、そういう事よ。また倒れられても困るし、遠慮せずに食べなさい」
「じゃ、じゃあお言葉に甘えて…頂き、ます…」
元々そういう性格なのか、それとも女神を前に萎縮してしまっているのか、彼女はおずおずとした態度のまま少しずつ食べ始める。
……と、言うのは数分前までの話。胃に食べ物が入った事でより食欲に火が着いたのか、今では結構なペースでお粥を口に運んでいた。…大人しそうな子が次々食べる姿って、ちょっとシュールね…。
「こらこら、よく噛んで食べないと身体に悪いわよ?」
早食い挑戦中みたいな少女を苦笑いしながら眺める事十数分。八割方食べ終わったところで少女は一度スプーンを置き、はふぅ…と吐息を漏らした。
「取り敢えず空腹は収まったかしら?」
「は、はい。…でも食べ残すのも悪いですし、残りもちゃんと食べさせてもらいますね」
「えぇ、でも無理して食べる必要はないからね?空腹で倒れて今度は食べ過ぎで倒れるなんてなったら馬鹿馬鹿し過ぎるもの」
「分かってます。そこまで私も馬鹿じゃありませんから」
「なら大丈夫そうね。…さて、だったら幾つか質問させてもらうわ」
空腹が満たされたおかげか多少緊張も解けた様子の少女。良くも悪くも普通の女の子らしい彼女の言動に、私はほんの少し心を和まされたけど…すぐに気を引き締めて、本題へ入る。
「質問、ですか?」
「えぇ。まずは貴女の名前を教えて頂戴。じゃなきゃ色々不便だわ」
「あ、はい。私はケーシャと申します」
「ケーシャ、ね。私はノワールよ。…まぁ、私の事は説明不要みたいだけどね」
肩を竦めながらそう言うと、少女…ケーシャは当たり前ですよ、と真面目な顔で返してくる。知ってて当たり前、か…うんうん、やっぱり私はそうでなくっちゃ。
「じゃ、次の質問……をする前に、先に伝えておくわね。…ケーシャ、少し貴女の荷物を見させてもらったわ」
「え……!?」
「ごめんなさいね。…でも、倒れていたとはいえ身元不明の人間を教会の奥まで連れて行く訳にはいかないのよ。教会は国務機関で、女神の本拠地なんだから」
「…………」
「怒ってくれて構わないわ。必要な事だったとしても、勝手に私物を見られたらいい気はしないのが当たり前だもの」
「……大丈夫です、問題ありません。私は助けられた身ですから。…その上で確認ではなく質問をするって事は、私がどこの誰なのかは分からなかったんですね…」
ケーシャは驚きと焦りの表情を少しの間浮かべていたけど、それから一度目を閉じゆっくりと首を横に振った。そして目を開けた時、ケーシャの瞳からはそれまでと打って変わって落ち着きの色が感じられた。
「そういう事よ。貴女って結構理解が早いのね」
「…そんな事ないですよ、そうかなと思っただけです」
「謙虚ね。なら質問を再開させてもらうわ。…ケーシャ、貴女はあそこで何をしていたの?」
「休んでいました。…いつの間にか意識が飛んでいて、ノワール様に助けられてしまいましたが…」
「休んでた?」
「はい。…他に誰かの邪魔にならず休める場所なんて、殆どありませんから…」
「それって……」
「……そういう、事です」
気を失う程の空腹に苛まれていた時点で薄々そうだとは思っていたけど…ケーシャの目は、その通りだと言っていた。あそこにいたのは、帰る場所がないからだ、と。
「……家族は?」
「いませんし、覚えてません」
「頼れる人は?」
「それも、いません」
「なら、貴女はこれまでどうやって…?」
「…育ててくれた人達はいたんです。でも、事情で私を育てられなくなって…それから私は、一人になりました」
家族も身寄りもない。それは人にとって苦労する事で、辛い事である筈なのに……それをケーシャは、酷く淡々と答えていた。達観しているような、熱のない声音で。育ててくれた人達の話だけは、ほんの少し寂しそうな表情を浮かべていたけど…それも、諦観混じりの表情だった。
「…それは、いつの話なの?」
「一ヶ月…いえ、それ以上前の事です」
「そう……え?い、一ヶ月以上前って…まさかその間ずっと何も食べてなかったの…?」
「ま、まさか。一人になった時点では多少ながらお金がありましたから、それを切り詰めて何とか食い繋いでいたんです。最近はそれも限界で、郊外で食べられそうなものを採ったりして凌がざるを得なくなって、それで疲れてベンチに……あ…ぬ、盗みはしていませんよ…?」
「疑ってはいないから安心しなさい。でもお金がないなら日雇いの仕事なりクエストなり…ってそっか、身分証明が出来ないものね…」
完全個人経営のお店ならともかく、大概の会社や企業は身元が不明な人間を雇おうとはしない。それはギルドも同じ事で、依頼主と受注者との仲介役だからこそ余計に信用とその証明とが重要になってくる。そのルールは必要なものだと思うけど…その結果ケーシャのように複雑な経緯を持っている人間は、自力で生計を立てる事すらままならなくなってしまうというのは女神として無視しちゃいけない事。……やっぱりもっと社会のセーフティーネットを強化するべきかしら…。
「…あの、ノワール様…?」
「……頑張ってきたのね、ケーシャ。そういう事情なら盗みを働いても情状酌量の余地は十分あるのに、そうしなかったのは立派よ。…手遅れになる前に貴女を保護出来てよかったわ」
「り、立派なんてそんな…国の長を務め、他国の女神様達と共に世界を救ったノワール様の方がずっと立派ですよ。…って、目下の私が立派なんて言うのは間違ってますね、あはは…」
「大丈夫よ、いや言葉遣いとしてなら確かに適切じゃないけどね。…ともかく貴女があそこにいた理由も、身分を証明出来ない状態だって事も分かったわ。それじゃ、貴女本人への質問は終わりにするとして…取り敢えずはその育ててくれた人達の事を教えてもらえるかしら?現状身元引受人になれそうなのも貴女の話の確認が出来そうなのもその人達だけだから」
「……っ…それは…」
「…ケーシャ?」
ケーシャを育ててくれた人達の事が分かればある程度はケーシャの身分もはっきりするし、事情の内容によってはその人達も国として何らかの支援が出来るかもしれない。そういう思いで訊いた私だったけど……そう言った瞬間、ケーシャの表情は陰りを見せた。
「どうかしたの?体調悪い?」
「そ、そうじゃないんです…」
「なら、どうして?」
「…それは、その……」
「…その?」
「……ごめんなさい、育ててくれた人達の事は言えません」
俯き加減に、申し訳なさそうに、ケーシャはそう言った。覚えてないでも、分からないでもなく……言えない、と。
「…どうして言えないの?」
「それも、言えません…」
「もしかして、口止めされているの?」
「そういう訳じゃないんです…でも……」
ふるふると首を横に振るケーシャ。その後も私は切り口を変えて訊き続けたけど、どの訊き方をしてもケーシャは答えてくれなかった。それが答えたくないからなのか、隠してるだけで本当は口止めされているのかは分からないけど…今のケーシャの様子からして、素直に話してくれるのを期待するのは難しそうだった。
「……どうしても、言えない?」
「…ごめんなさい……」
「ケーシャ、さっきも言ったけど、教会に身元のはっきりしない人間を置いておく訳にはいかないの。…私一人の家なら何かあっても私が苦労するだけで済むけど、ここは教会だからそうはいかないのよ」
「…分かってます。私は見ず知らずの相手であるにも関わらず、倒れているところを助けてもらった身。…だから、これ以上ご迷惑をおかけする訳にはいきません」
「ちょ、ちょっとケーシャ…貴女まさか、もう出ていく気…?」
掛け布団を捲り、脚をベットの外へ出したケーシャに焦るのは私。な、何考えてるのよこの子は!私がこのまま出ていくのを見過ごせると思ってる訳!?しかも顔は本気だし……あーもう!
「待ちなさいよケーシャ!…はぁ…貴女って、真面目故の厄介さがあるタイプね…」
「や、厄介…ですか…?」
「多分これは私、他人の事言えないけどね…どうせ行くあてはないままでしょ?」
「……はい…」
「だったらもう数日はここに居ていいわ。っていうか居なさい」
「え……け、けど私は…」
「言わなくたっていいわ。勿論身元不明の人間を好き勝手に歩き回らせる訳にはいかないから、監視とまでは言わずとも注意はさせてもらうけど」
「ノワール様…ありがとうございます…本当にありがとうございます…!」
話してみた限り、ケーシャが何か悪い事をするような人間とは思えない。けれど、さっきも言った通り万が一の時被害を被るのは自分一人じゃないんだから、私の感性だけで自由にさせる訳にはいかない。
ただそれでも、ケーシャは私へ深く深く頭を下げてくれた。
「そんなに低姿勢にならなくてもいいのよ?女神が人を助けるのは当然の事なんだから」
「そうだとしても、助けてもらった上に寝る場所の提供までしてもらったんです。女神様が人助けを当然と言うのなら、こうして感謝するのも当然の事ですよ」
「ふふっ、ほんとに貴女みたいな良い子を助けられてよかったわ」
微笑みながら素直にそんな事を言うケーシャに、私も口元が緩むのを感じる。同年代、或いは友達や仲間として対等な人達は皆個性的だからこそ、ケーシャの様な『普通の女の子』らしい相手と話すのは新鮮な感覚だった。……一ヶ月以上家無しで生活してきた、リアルホームレス中学生みたいな人を普通と呼べるかはかなり怪しいけど…。
一先ず空腹状態は乗り切ったからか、食べる事を再開したケーシャの食事ペースは一般的なレベルに。そこへ更に私との雑談が入った事でペースは一層落ち、残り二割弱だったにも関わらず完食までは十分以上かかっていた。
「ふぅ…ご馳走様でした。ノワール様、お粥美味しかったです」
「それはよかったわ。お腹の方は大丈夫?」
「大丈夫です。結局はお腹が空いていただけですから」
「それもそうね。じゃ、私は片付けてくるから休んでなさい。…勝手にどっか行っちゃ駄目よ?」
「行きませんよ。ここに居ていいと言ってくれたノワール様の顔に泥は塗れませんから」
「もう、ほんとに貴女は良い子なんだから…」
土鍋、スプーン、それにお茶の入っていたカップをお盆に載せ、それを持って医務室を出る私。倒れるのを見た時にはどうなるかと思ったし、ここに連れてきてからもどんな人なのか若干の不安があったけど……やっぱり、助けて良かったわね。
*
「あ、お姉ちゃん…」
医務室を出てからすぐ。角を一つ曲がった所で私はユニと鉢合わせした。
「…お姉ちゃん、さっきの人の様子は?」
「目が覚めて、お粥もちゃんと食べられていたわ。私は医者じゃないから断定は出来ないけど、多分後は休めばそれで大丈夫なんじゃないかしら。後、彼女の名前はケーシャよ」
「そうなんだ…」
ケーシャを教会に運んだのは私の独断だけど、流石に黙ったまま医務室に連れていく訳にはいかなかったから、ケイと数人の職員、それに居合わせたユニへ経緯を説明した。で、その時の反応はと言えば…ケイは呆れ気味の肯定、職員は私の意思を尊重すると言いつつも心配げ、ユニは概ね肯定って感じだったわ。思った通りの反応ね。
「…………」
「…ユニ?どうかしたの?」
「……その人、どんな感じだった?」
「どんな感じ?…まぁ、普通の子って感じだったわよ。強いて言えば真面目な印象があったけど、それも常識的な範囲だし」
「本当に?何か企んでる感じはなかった?」
私に問いかけるユニの声音からは、不安の感情が感じられる。その不安は、ケーシャへの不信感から来ていると言っても差し支えないのかもしれない。
「…アタシ、あの人を保護するなら医務室よりもっと監視出来る部屋の方がいいと思う。だって、お姉ちゃん…あの人の持っていた銃は、
──そう。私はケーシャの言葉を肯定したけど、あれは些かの嘘が混じっている。具体的に言えば、特定は出来なかったものの、その手掛かりになるもの……ユニの言う、『アヴニール社製の銃』を荷物(身体)検査の際に見つけていた。
「あの銃は旧アヴニール時代に作られていたもので、市販はされてないモデルなの。それを持っていたって事は…」
「盗品か、ケーシャが旧アヴニール関係者かって事でしょ?…ユニが言うのなら、見間違いじゃないんでしょうね」
「…お姉ちゃん、あの人は刺客なんじゃないの?アヴニールが実質解体された事を恨んだ人達がお姉ちゃんの命を狙ってるって可能性は、十分あるよ…!」
きゅっと拳を握り、私の目を見上げるユニ。ユニは今私の身を案じてくれている。それは姉として凄く嬉しい事で、同時にユニの考察は(アヴニールの国営化時点ではまだ生まれていない以上、)女神としての勉学を怠っていないからこそ導けたとも言える事なんだから、それを私は誇らしく思える。…でも……
「…そうね。ケーシャが暗殺目的で倒れたフリをした可能性は、確かにあるわ」
「でしょ?だから……」
「けどそれは、まだ可能性の域を出てないわ。確定した訳でもないのに決め付けて、そうであるかのような扱いをするなんて事、指導者としてやっちゃいけない事よ。…それはユニも分かるでしょう?」
「……それは…そうかも、しれないけど…」
「かも、じゃなくてそうよ。少なくとも、私はそういう女神としてやってきたわ」
疑わしきは被告人の利益に、じゃないけど私は疑惑のある人を黒である前提で考えたくはない。100%信じる程甘くはないから、万が一の場合を考慮はするけれど、悪人である可能性ばかりを優先する気は毛頭ない。それが正しいのか、正しくないのかと言えば……私の進む女神の道においては、間違いなく正しい事よ。
…とはいえ、ユニの言葉は疑うまでもなく善意から来ているもの。だから私は笑みを浮かべる。
「…大丈夫よ、ユニ。決め付けはしないけど、刺客の可能性を捨てた訳じゃないんだから。それに女神が……ううん、この私が懐に入る程度の銃で殺されると思う?」
「…ううん、思わない…」
「でしょ?だから安心しなさい。例え刺客だったとしてもその時は捕らえるだけだし、もしも狙いが私じゃなくて貴女だったとしても、絶対に守ってあげるわ」
不安そうなユニへ、私はそう言い切った。ちゃんと勉強をしているユニなら分かってくれる筈。それにきっと、ケーシャも暗殺者なんかじゃない筈。後者は必ずとは言えないけど、私はそう信じてる。……信じる事こそ、女神にとって大切な事だものね。
そうして私はユニと別れ、お盆とその上の物を片付ける為食堂へと向かうのだった。
今回のパロディ解説
・彼女には帰る家がない
ドラマ、あなたには帰る家があるのパロディ。パロディしているのはあくまでタイトルだけです。言うまでもなく内容は一切関係ありません。
・「……大丈夫です、問題ありません。〜〜」
EI Shaddai -エルシャダイ-の主人公、イーノックの代名詞的台詞のパロディ。大丈夫と言いつつ大丈夫じゃない。作中のケーシャも一応そういう感じですね、恐らく。
・ホームレス中学生
お笑いコンビ、麒麟の田村裕さんの作品の事。ケーシャが一ヶ月以上どうやって生活していたかは…流石に描写しません。皆さんのご想像にお任せします。