博麗少年、魔法科高校に落つ 作:エキシャ
いつもより文がぐだぐだです
達也と師匠の会話です
ちょっと達也の眼を強くしすぎた感
『ブランシュ事件』から遡ること数十日。第一高校の入学式からまだいくばくも経たない日のことだ。
登校前の早朝、司波達也は九重寺の九重八雲の元にて稽古に励んでいた。意外かもしれないが、妹の深雪は一緒ではない。別に四六時中一緒というわけではないのだ。四六時中繋がっているとは言えるかもしれないが。
朝の稽古を終え、いつもならそのまま帰宅となるところだが、今日は少し違った。達也が八雲に世間話程度の気軽さで話を持ちかけた。
「師匠、博麗夢路という生徒のことはご存知ですよね」
疑問形は使わなかった。八雲がアレについて何も調べていないという方があり得ない話だった。
そして達也の予想は半分だけ正確だ。
「知っているか知っていないの二択なら、まあ知っているよ」
その曖昧な反応に達也は少し驚いた。この曖昧な返答が達也を煙に巻くためのものではなく、八雲自身がどう答えるべきか迷っているためのものだと達也にはわかったからだ。
「珍しいですね。師匠でも調べきれなかったのですか?」
「いやあ、それは持ち上げすぎだよ。僕だって何もかもを知っているわけじゃないんだ。それに『彼』は本当の本当に無名だから、記録自体がないせいで調べようがないからね」
「無名……?」
その事実に少し意外感を達也は覚える。
「そう、無名。魔法系、非魔法系問わず、なんらかの成績を残したわけでもなく、メディアからも注目を集めたこともない。──入学試験で上位者に入る実力の持ち主なんだけどねぇ」
特に気にした様子もなく、あっけらかんと話す姿に、達也は八雲が詳細を調べられなかったという話を信じた。
少し当てが外れたといった様子の達也に八雲は薄っすらと笑みを浮かべた。
「でも、珍しいね。達也くんが深雪くんに害をなす者以外に興味を持つなんて。何か気になることでもあったのかな」
「別に彼が深雪に害をなさないと決まったわけではありませんが……個人的に興味を覚えたのは否定しません」
「へぇ」
興味深めに達也を見る八雲は、誘うようにこう話を切り出した。
「『博麗夢路』という人間についてはあまり知らないけど、『博麗』についてなら少しは知っているよ」
その言葉を聞いて、念のためもう一度自身の記憶から『博麗』という名字を探してみるが、名家のほぼ全てを記憶している達也でもやはり聞いたことはなかった。
そして達也はそれを聞かないせいで一生の恥にするつもりはなかった。
「師匠、『博麗』について教えてください」
「うん、いいよ。じゃあ、縁側で話そうか」
頭を下げる達也に八雲は気軽に応える。
八雲は達也を連れ立って歩き、そして縁側に腰掛ける。達也にも横に座るよう促し、何かを思い出すように、空を見上げながら、口を開いた。
「紙の文献に載っていたことだけど、博麗はある神社を管理していたらしい。名前は博麗神社、有名な神社ではないね」
「神社……師匠は博麗が古式魔法の家系だと言いたいのですか?」
「まあ、魔法師としてとても優れた才能があったのは確かなようだよ。その文献にも博麗のことは『才能の上にあぐらをかいている一族』と評していたらね」
そのなんとも言えない評価コメントに達也はどう反応すればよいのか迷う。褒めているのか、貶しているのか。前後の文脈がわからなければどちらかなのか達也でも推測できない。
達也が微妙な顔をしていることに気づいた八雲は笑って応える。
「褒めているようだよ。でもその文献の著者は博麗を好いてはいなかったようだ。その著者は努力家の天敵やら努力を否定する悪魔やらとも書いていたからね」
「博麗の血にそれほどの才能があるのですか?」
言外に信じられないというニュアンスを含ませて言う達也に八雲は笑った。
「疑う気持ちもわかるよ。僕もそうだった」
──だが事実だ。
八雲はそう断定した。達也は八雲がそこまで言う根拠がわからない。ゆえに聞いた。
「そうだね。今ではそういう風潮はないようだけど、昔だと『博麗の遺伝子こそ最優』なんて風潮があったらしい。表ではなく裏でね」
「それは……!」
その言葉に、即座にある可能性を達也は見出した。
「そう。そういう遺伝子があるならぜひ取り入れたいと思ったはずだよ。当時の
達也は一拍置いたのち、口を開いた。
「師匠は……ルーツが博麗にあると考えているのですか?」
「そうだね。全部とはいかないまでも……十師族、いや二十八家のいくつかに博麗の遺伝子は入っているだろうね」
達也は絶句に近い状態だった。
そして八雲は達也に気を使う気はなかった。
「特に──『四葉』には間違いなく入っているだろうねぇ」
八雲が示唆した可能性、いやそれはおそらく真実だろう。達也はそう確信していた。第一高校の生徒の中で一番最初に博麗夢路の異常性に気づいた達也だからこそ納得できた。
(アレは努力でどうにかできるものじゃなかった。あそこまで『突き抜けてユニークな魔法』は努力でどうにかできるものなんかじゃない。アレは生まれつきのものだ)
そしてそれは四葉の────。
だからこそ、そこまで考えた達也はある疑問にたどり着く。
(何故、『博麗』はここまで無名なんだ? 二十八家のいくつかには入っていると思われる血。いくら情報統制しようと、そこまで有名だったなら、表はともかく裏で何らかの情報は漏れていたはず。いや、そもそもその『博麗』が第一高校に入学しているのに、表にしても裏にしても
どこか薄ら寒いものを感じながらも、ある疑問を抱いた達也は八雲が口の端をつり上げてこちらを見ていることに気づいた。
「達也くんの疑問はもっともだと思うよ」
口にしていないのに心を読まれた。いや、八雲もかつて通った道ということか。
「『博麗』は無名にすぎる。そもそも僕が『博麗』を知ったのだって古い紙の文献だ。……いや、違うな。
「それは……どういうことですか」
達也の疑問に八雲は真面目な顔をして応える。
「そもそも僕が『博麗』について調べ始めたのは博麗夢路が第一高校に入学したから……ではないんだよ」
その言葉に達也は純粋に驚いた。八雲が最初に言った通り『博麗』とは無名だ。『博麗』というものを調べるきっかけがなければまず知らないであろうほどに。そのきっかけを達也は『博麗夢路の入学』だと思っていたが、どうやら違うらしい。
ならば、その八雲のきっかけは何なのか。
八雲は口を開いた。
「僕が『博麗』について調べたのは約二十年前だ」
「師匠、それは」
「そう。博麗夢路はまだ生まれていない。つまり僕が『博麗』を調べるに至った経緯に博麗夢路は全くの無関係なんだ」
二十年前。そのときに何があったのか。
達也は次の言葉を待った。
「二十年前、僕はある人から妖怪の討伐の命令を受けた」
一言一句聞き逃さないように集中していた達也は早速疑問が生じた。そしてそれをたずねようとした達也を八雲は制した。
「今、『ある人』や『妖怪』についての質問は受け付けていないよ。話が長くなるからね。君は今日も学校があるだろう?」
聞いておきたかったが、おそらく聞いても八雲は話さないだろう。ゆえに早々に諦めて話の続きを促した。
「そして僕に命令した人物と同じ人物から、『誰か』を妖怪退治の専門家として紹介された」
「『誰か』を……?」
「そう、『誰か』を。たった二十年前の話なのに僕はそれが誰だったかを覚えていない。もちろん、任務の記録を紙にも電子にも残したよ。でも、そのどちらにもその記録はぽっかりと消えていたんだ」
「それは誰かが消したということですか?」
「いや」
八雲は一度そこで区切り、そして再び口を開いた。
「僕は毎年そういう記録は全て整理している。そして五年前までは確かに記録はあったという記憶がある。でもその次の年に確認してみれば、記録からも記憶からも、消えてしまっていた」
「不思議な話ですね」
「奇天烈な話だよ」
八雲の話をまとめるとこうなる。
まず、二十年前に八雲は仮にAと呼ばれる人物と任務を共にした。そのときのことは正確に記録していた。
そして毎年の整理と確認のとき、五年前まではその記録に問題はなかった。けれど次の年に確認をすれば、二十年前の任務における協力者Aの記録が抜け落ちていることに気づく。それを補填するために思い出そうとするが、記憶からもすっぽりと協力者Aの情報が抜け落ちていた。
五年前までの記録に協力者Aの情報が『あった』という記憶はあるが、その協力者Aのことがわからない。まるで協力者Aという情報が記録と記憶から飛んで行ってしまったように。
「そして僕は二十年前のことについて思い出そうとした。すると、ある人から命令を受けた直後に『博麗』について調べている自分がいるわけだよ」
「なるほど。つまり師匠はその協力者が『博麗』の何某さんだと考えているわけですね」
「そういうことさ」
肯定する八雲。しかし、そうするとまた新しい疑問が浮かぶ。
「何故、協力者の情報が消えたのか……」
「厳密には協力者の情報『だけ』が消えた、だよ」
客観的に、その協力者が『博麗』の何某だということは明らかだ。しかし、八雲から消えたのはそれだけで、『博麗』について八雲が調べた記憶も記録も残っている。
「『博麗』の何某さんについて隠そうとしているにしては不自然か。それなら師匠の周囲にある『博麗』に関する情報も消さなければ完璧とはいえない」
「そしてその逆、『博麗』について隠そうとしているにしても、『博麗』の何某さんの情報だけを消すのは不自然だ」
達也と八雲は揃って黙る。これまでの情報を精査して思考する達也だが、いかんせん思考材料が足りない。
沈黙が二人の間に流れる。
そして最初に口を開いたのは八雲だった。
「僕が協力者を『博麗』の何某さんだと判断したのは、実はさっきのことだけというわけじゃないんだよ」
そう言って、身に纏う衣から一枚の札を取り出す。
「それは?」
赤く縁取られたお札には漢字が二文字、墨で書かれている。達也はそれを見ながら、八雲に問う。
「これは僕が『誰か』から貰ったものだよ。二十年前、その任務のときにね」
「つまり、それは──」
「十中八九、『博麗』の何某さんから貰ったものだね」
八雲がそのお札を裏返して達也に見せれば、そこには達筆な文字で『
「──『法城』ですか」
「法城……『水を去って土と成る』。河水氾溢、地鎮を意味する言葉だね。実は二十年前に討伐した妖怪というのは水妖の類だったんだよ」
八雲は再び衣に仕舞う。よほど大事にしたいものなのか、それとも人目にあまり触れさせたくないのか。
しかし、達也は遠慮なく
そして八雲はそれを見逃すほど甘くはない。
「どうやら視たようだね。いや、別に咎めているわけじゃないよ。……それで何が視えたのか、教えてもらえるかな?」
達也は正直に、嘘偽りなく白状した。
「
何も? と八雲が聞けば、達也は首を横に降る。
「いえ、何もというのは正確ではありませんでした。そのお札がもう効果がないことと、いつ師匠の元に渡ったかはわかりました」
達也が有する特別な眼、『
達也がその眼をもって求めた情報。それは、
「
八雲がそれを手渡されたこともわかる。八雲に渡された月日もわかる。八雲にそれを渡した理由もわかる。しかし、『誰が』渡したかがわからない。
それが意味するところは、その情報がイデアに存在しないということ。あるいは、その情報が情報の次元において達也にたどり着けないほど遠くの座標に位置しているか。
「やはりそうか……」
初めから期待していなかったのだろう。八雲に落胆の色は見られなかった。
「……やはり、この世界にはいないのか」
そして小さく呟いたその言葉を達也は聞き取れなかった。しかし、八雲の顔に小さく影が落ちていることは覚った。だからあえて聞こうとは思わなかった。
思考を切り替える。
達也はいまだに知ることができなかった情報について頭を悩ませる。
(そう簡単にたどり着けるとは思わなかったが、ここまでとは。あるいは全力を出せば……いや、この情報にそこまでする価値はないな。そもそも、知ろうと思ったのはただの好奇心だ。そこまで執着する理由もない)
つい先ほどまで確かに悩んでいた達也だが、一秒もかけないで未練を断ち切った。いや、未練と呼ぶほどの想いはなかったが。
達也は腰掛けていた縁側から立ち上がる。
「──では、そろそろ時間も時間なので」
「うん、そうだね」
八雲に挨拶をしてから、達也は妹が待つ自宅に帰る。
(それに何も収穫がなかったわけじゃない。あの一族のルーツが『博麗』にある。それだけでも収穫だ。もしかしたら、そこに
達也は帰路につきながら考える。
(それと博麗夢路。おそらく『今の』深雪では絶対にかなわないであろう才能の塊。二科生が一科生に感じるものと同じ劣等感が、一科生にも芽生えるかもしれないな。──それに博麗夢路が目立ってくれれば、深雪に向くかもしれなかった嫉妬や羨望を代わりに受けてもらえるだろう)
いや、代わりに、という表現は相応しくないなと達也は苦笑する。
(昔から『博麗』という一族は嫉妬や羨望を受けていたようだから、これは必然か。……まあ、どちらにしても深雪に向く害意が分散されれば十分だ)
そんな悪いことを考える。
(それに博麗夢路の『アレ』は厄介だが、『アレ』は結局守りの魔法だ。『
あるいはそんな物騒なことも頭の片隅で考える。
そんなことを冷静な精神で冷静に思考できる高校生、司波達也。今日も彼の人生は妹を中心に回っていた。
小ネタ
あちこちの街路樹として植えられているイチョウは、世界で一種類だけ中国に残っていたものを持ってきたものだそうで、日本列島では100万年前に絶滅したそうな。
幻想郷には日本原産のイチョウがあるのだろうか?いやないか?
「法成寺が、五条橋の東北の中島にある。安倍晴明が河水の氾溢を祈った。水はたちまち流れ去った。そこで、川べりに寺を建立して、法城寺と名づけ、地鎮とした。(法城とは)水を去って土と成るの意味である」
『雍州府志』より