博麗少年、魔法科高校に落つ 作:エキシャ
もっと長くても良かったかもしれない
何の変哲もない日常が幾日か過ぎ去った日の放課後。いつものようにさっさと帰ろうと教室から廊下へと足を踏み出したところだった。
『全校生徒の皆さん!』
スピーカーから大音量が響いた。教室や廊下にいた生徒たちは何事か慌てふためく。
それから音量を調節した声が同じように繰り返し、勢いの良い声が続く。
『僕たちは、学内の差別撤廃を目指す有志同盟です』
その言葉につい先ほど出たばかりの一年A組の教室からざわめきが起きた。いや、それは何も一年A組に限ったことではない。隣の教室でも、その隣の教室でも。
『魔法教育は実力主義、それを否定するつもりは僕たちにもありません』
初耳の情報だ。
『しかし、校内の差別は魔法実習以外にも及んでいます。例えば、魔法競技系のクラブに割り当てられる予算はそうでないクラブよりはるかに優遇されています』
これも初耳。
『僕たちは魔法師を目指して魔法を学ぶものです。──しかし同時に僕たちは高校生です。魔法だけが僕たちの全てではありません!』
しかし、関心は覚えない。
『僕たちは生徒会と部活連に対し、対等な立場における交渉を要求します』
結局、その言葉に夢路の心はさざなみ一つ起きなかった。
そしてそんな言葉を聞きながら、夢路は第一高校の校門を出た。
×××
翌日、夢路の周りでは件の有志同盟の話をしている生徒を多く見かけた。話のネタとして聞いてみれば、明日の放課後に有志同盟と生徒会が公開討論会をするらしいという情報を手に入れた。
夢路はその流れで、話し相手の男子生徒に質問をする。
「駿はその討論会に行くの?」
「ああ。行くと言っても風紀委員として、だけどな」
「風紀委員? 何かあるの?」
「万が一があるからな。連中は放送室を無断占拠するような奴らだからな、暴動が起きないとも限らない」
「へぇ、そうなんだ」
こういう話を聞くと、勧誘週間のときといい、この高校は物騒に過ぎるのではないだろうかと思う。夢路は危機感を覚えるよりも心配してしまう。
その後も同級生全員に明日の討論会をどうするかと聞いた夢路。総合するとおよそクラスの三分の一が討論会に行くようだ。そのほとんどが好奇心に似たものだったが、中には真面目に関心を寄せている生徒もいた。そのことを意外だと感じることもなく夢路はありのままを受け入れていた。
──そして公開討論会当日。
結局、夢路は討論会には行かなかった。というよりは行けなかったといった方が正しい。その理由は部活動だ。どうやら夢路は部活に入っていたようだ。
(入部届けを書いた覚えはないんだけどな……)
そのことに頭をひねりながらも、同じ部活の男子生徒に引っ張られて校舎裏の演習林という場所へ連れて行かれた。ちなみに夢路を引っ張っていたのは同じ一年生だが、クラスは違う。名前は確か五十嵐
「部長、連れてきました」
「よし、来たか」
鷹輔が声をかけたのはユニフォームを着た男子生徒だ。そして彼の手には小銃が抱えられている。もちろん、本物の小銃ではなく競技用のCADだ。そして彼の足元にはスケートボードがあった。
彼は鷹輔が所属する部活の男子部長だ。部活の名前は(男子)SSボード・バイアスロン部。夢路がいつの間にか入っていた部活だ。
男子部長は簡単な自己紹介のあと、自分が来ているものと同じユニフォームを夢路に差し出した。
「来て早々で悪いが、これに着替えてくれ。サイズはあってるはずだ」
どうやってサイズを知ったのか。そんな疑問は覚えなかった夢路だが、ユニフォームを見てどこか不審に首をかしげる。全体的にサイズが少しきつ過ぎるような。特にお尻あたりが少し……。
夢路がもう一つサイズが大きいのはないのかと聞けば、男子部長は目を泳がせた。
「い、いや、すまないがこれ以上のサイズはないんだ」
夢路はそんなものかと受け入れ、案内された準備室でさっさと着替えて、再び演習林に舞い戻る。
「よし、来たか」
ついさっき聞いたようなセリフで男子部長は夢路を迎え入れた。しかし、夢路を真剣そうな顔で見つめる目にはどこか邪なものが宿っているように感じられる。
「……あの」
いつまでも見つめられては話が進まないので、夢路は声をかける。すると、ハッと我に返ったような仕草をした男子部長は夢路に小銃形態のCADを渡す。
「これがこの競技で使用するCADだ」
渡されたCADをしげしげと眺めながら、男子部長の話に耳を傾ける。
「この競技は大雑把に言えば、林間コースをこのボードに乗りながら、設置された的を魔法で撃ち抜く競技だ。──そして今日は貴重な演習林を使える日だからな、普段は休んでいる君にも練習に参加してもらおうと思ったわけだ」
練習に参加させようと思った理由に具体性がいささか欠けているようだが、夢路は頷き納得を示した。
「よし、まずはボードに乗りながらじゃなくて、あの静止している的を撃ち抜く練習を少ししようか」
男子部長が指差す方向には規則性なく立てられた的がある。
「最初は競技用CADに慣れるところからだ。そのCADには圧縮空気弾を作って撃ち出すエア・ブリッドの起動式が格納してある。まずはそれを使ってくれ」
言われた通りに夢路は小銃形態のCADを構え、引鉄を指をかける。
サイオンを注入し、引鉄を引けば、起動式が展開され、起動式を設計図に魔法式が魔法演算領域で組み立てられる。そしてゲートから投射された魔法式が事象を改変する。
圧縮空気弾が形成され、撃ち出される。
弾丸は違わずに的を撃ち抜いた。
「おお、凄い処理能力だな」
夢路の見せた魔法式を構築する速度を賞賛する男子部長。実際、彼に処理能力を正確に評価する能力はないが、ただ速いか遅いかの二択なら間違いなく速かったゆえの特に考えのない賞賛だ。もし彼が特別な『目』を持っていたら、夢路を見る目が変わっていたかもしれないが。
「よしよし、射撃の方は特に問題ないな。じゃあ、次はボードに乗って移動する練習をしようか」
そう言ってボードを操作する方法を簡単に説明した男子部長は実際に乗って移動するところを披露する。
「まあ、こんな感じにやれば大丈夫だ」
次は夢路の番と、男子部長はボードを渡す。
夢路は特に頭の中でシミュレーションすることなく、やればわかるだろうと自分の感覚を頼りにやろうとしていた。そして彼は実際にそれでできてしまうから天才なのだ。
夢路がボードに片足を乗せる──その直後だった。
──突如響いた轟音が大地を震わせた。
「なんだっ⁉︎」
男子部長は呆然とした表情で周囲を見回す。
「あそこは……実技棟か!」
男子部長が見つめる先には煙を上げている実技棟があった。そして次に事態がわからず慌てている部員たちを視界にとらえ、すぐに集合をかけた。半ばパニックだった部員たちはいつもの癖のような感覚で男子部長の指示に従った。
「……な、何が起きたんだ……?」
夢路の隣に来た鷹輔は戸惑った声で誰に聞かせるでもなくつぶやいた。それを聞いたわけでもないだろうが、男子部長が携帯端末に落としていた目を上げ、部員たちに落ち着かせるようにゆっくりと説明を始めた。
「どうやら我が校はテロリストに襲われているようだ」
誰かが息をのんだ。隣にいた鷹輔か、それとも別の誰かか。あるいは夢路を除いた全員か。
「護身のために競技用CADの使用が許可された。落ち着いて冷静に対処しろ」
その言葉に放心状態だった部員は顔を引き締める。危機感を自覚し、集中力を高める。それは長期になれば悪手となることだったかもしれないが、第一高校には優秀な魔法師が多く存在している。彼らの集中力が切れるほど長期になることはまずない。
しかし、その集中を崩すようなことは起きた。
──甲高い悲鳴が響いた。
女の悲鳴。部員たちは声のした方に目を向ければ、女子バイアスロン部の部員が武装したテロリストに襲われるところだった。しかし、それは近くにいた他の女子部員によって退けられ、また他の女子部員によって無力化された。
「よかった……」
ふっと安堵の声をもらしたのは鷹輔だ。
先ほどテロリストを無力化した女子部員は彼の姉だった。それを自慢でもしようとしたのか、隣を向いた彼はそこで気づいた。
「あれ? 博麗は……?」
先ほどまで隣にいた博麗夢路。彼の姿はそこにはなく、そしてこの周囲のどこにもなかった。
×××
博麗夢路は憤りを感じていた。
──大切にしていたものが壊されようとしている。
ここは夢路が普段はやらないような努力をして、多くの親しい人間を作った場所だ。ここは夢路にとってこの世界で一番多くのしがらみがある場所だと言っても間違いではない。
そこが壊されようとしている。
もしも、ここが壊されたのなら、夢路は今度こそ『この世界』を見限って、『この世界』から消えてしまうだろう。
夢路はそれを許そうとは思わない。
ここは価値のある場所だ。それを失ってはいけない。
テロリストの事情は知らないし、夢路はそれ知ったところで同情も共感も、あるいは怒りすらもしないだろう。
今この瞬間において『この場所』以外のものに価値はない。それはテロリストの事情も同じだ。ならば、そんな無価値なものに価値あるものが壊されることは無視できることではない。
──
そして直感に従って歩いた夢路は当然のようにそこにたどり着いた。
図書館前。あるいは今テロリストが最も集中している場所。
そこでは生徒がテロリストに応戦していた。しかし、テロリストも数が多い。魔法力で上回っている生徒側だが、テロリストは時間稼ぎのつもりか守りを固めているせいで押しきれていない。
そしてそれこそ夢路にとってはどうでもいいことだ。
──CADは使わない。現代で魔法と呼ばれる技術は使わない。
テロリストが新しい敵性として夢路を認めたのか、こちらに対して氷塊を放つが、それは無意識に発動した防御術式にそらされ、夢路の背後に流れる。
その光景に目を見張るテロリストだが、その直後にさらに驚きに目を見開くこととなる。
瞬きの時間も必要とはしなかった。
──夢路の背後に無数の光弾が現れた。
──赤と白の人の頭ほどの光弾は壁のようにびっしりと空中に待機していた。
その光弾に当たったならば、肉体に重なる想子体に想子の衝撃波が加わり、その部位を打たれたと幻覚を作り出す。そのような魔法を現代魔法では無系統魔法
光弾が宿す赤と白の煌めき。見る人が見れば感じることができたかもしれない。これこそが
天まで覆い尽くす光弾。
その光景にテロリストたちは、いや戦闘中の生徒も目を奪われた。誰もがその煌めきに心を奪われる。心で美しいと感じ、心で恐怖を感じる。
圧倒的な物量でもって心をへし折る。
そして夢路が手を突き出すと同時に光弾は放たれた。
これは名も無き弾幕。ただ排除の意をもって作り出された光の嵐だ。
放たれた光弾は迷いなくテロリストに向かった。生徒の方には一つも向かわなかった。
誰かがそれを撃ち墜とそうとでも思ったのか石飛礫を放つがそれは光弾をすり抜けた。あるいはそのせいで光弾に物理的な力はないとでも錯覚したのか、まず石飛礫を放ったテロリストが宙を舞った。
そしてそれはたった一つの光弾が起こしたことだ。忘れてはいけない。光弾はまだ無数にある。
宙を舞うテロリストに光弾は進行方向を変え、正確に標的へと突き進む。次々と光弾に衝突し、宙で踊るテロリストの精神はもう崩壊している。
光弾のホーミング。それは全ての
避けるテロリストも、逃げるテロリストも、その全てを追い、叩きのめす。アイツも、コイツも、ソイツも。
慈悲はなく、容赦はしない。
紅白の洪水が標的を定めて襲いかかる。
夢路の顔には怒りも嘆きも悲しみも哀れみもなかった。ただ無表情に敵を殲滅する姿しかなかった。
そして紅白の光弾が消えたとき、動いているテロリストはいなかった。死んでいるわけではない。いや、心は死んでいるかもしれない。それでも死屍累々とした状態を作り上げた夢路を見る生徒の目には多分の恐怖が存在した。
そしてそれを夢路は意に介さない。だからこそ、夢路はひどく
いつの間にか夢路の瞳は元の色に戻っていた。
そしてそんな夢路の元に、(あるいはコイツも集団から浮いていた)男子生徒が近づいた。夢路が視線を向ければ、彼はにかっとした笑みを浮かべた。
「お前、すげぇじゃねえか!」
「ん、まあ……ね」
夢路と、彫りの深い顔をした彼は、まるで先ほどまでの戦闘なんてなかったかのように会話をした。そのおかげかどこか緊張感に満ちていた空気も霧散し、ある生徒は気絶したテロリストを拘束しに動き、ある生徒は戦闘の緊張を解くように地面に寝そべった。誰もが思い思いの行動をした結果、つい先ほど感じた恐怖を引きずっている生徒はもうあまりいなかった。
そして夢路にとっての『ブランシュ事件』はここで幕を閉じた。
これにて入学編は終了、廃工場には行きません!
幕間を2話くらいしたあとで九校戦編に入ります
原作キャラとの絡みが思ったよりも少ない
九校戦編の目標は原作キャラとの積極的な絡みにします