博麗少年、魔法科高校に落つ 作:エキシャ
以下ネタバレになるけど
簡単に説明すると、ほのか雫エイミィは勧誘期間中の達也への嫌がらせに憤り、その犯人として剣道部主将を突き止め、色々あって放課後、その主将を追跡して──罠にかかった感じ。
そして一週間、新入部員勧誘週間は特に何事もなく終わった。
多くの部活動から勧誘を受けた夢路は特にどこかの部活に入部したという自覚はないが、誘いを受けたとき特に断らなかったので、もしかしたらどこかに入部している、なんてことになっているかもしれない。しかし、夢路はそのときはそのときと、そのことを深くは考えていない。
そして新入部員勧誘週間が終わったということは、魔法実習がいよいよ本格化してきたことを意味している。それを言い換えるなら、博麗夢路の異常性が周囲に認知され始めていると言える。
普通なら、実習で優秀な成績を残したとしても、それはただ優秀な生徒という認識がされるだけだ。しかし、それが
司波深雪は天才的な才能を有していたが、図らずもそれを踏み台にして実力を示してしまったために、博麗夢路は周囲から異常だと認識されてしまった。あるいは博麗夢路のレベルを基準に設定してしまった者は不幸になるだろう。努力では追いつけない才能の壁を直に見て、おそらく脱落してしまうだろう。
一年A組に存在する一人の毒。それも極めて毒性の強い、精神に害を及ぼす毒だ。
毒の種類は『天才』、名前は『博麗夢路』。
解毒できない者から殺していく。
そして第一の犠牲者は実習でペアを組んだ男子生徒。彼は夏を迎えることなく自主退学することになる。
忘れてはならないのは──毒はまだ姿を見せたばかり、ということだ。
×××
(自分の中では)どの部活にも所属していないことになっている夢路は、当然のようにその日の授業を全て終えたら下校する。しかし、今日は自宅にまっすぐということはしなかった。
それを目にしたのは偶然、とは言い難いが偶然に近いものだった。
親しくなった女子生徒である明智英美が、夢路の同級生である光井ほのかと北山雫とともに、緊張した雰囲気を放っていた。彼女たちも下校途中であることはわかるが、そこに緊張を伴う理由が夢路にはわからなかった。
本来なら無視しただろう。しかし、夢路の直感は目を離さない方がいいと訴えていた。
「……人間観察も大切か」
呟いた言葉は自分の行動に対する口実ではなく本音だった。
基本的には自身の直感に従う夢路は一定の距離を保ちながら彼女たちのあとをつけることにした。
──そしてその事件に遭遇した。
一定の距離といっても、百メートル以上も離れていた夢路は当たり前のように彼女たちの姿を見失った。どうやら角をいくつか曲がったようだ。これでは彼女たちがどちらに行ったかはわからない。しかし、夢路の歩みに迷いはなかった。
そしてある曲がり角を曲がったところでその光景を目にした。
まず最初に目に付いたのはヘルメットとライダースーツを身につけた四人の人影。そしてそれと同時に視界に入ったのは倒れ伏した三人の女子生徒、エイミィとほのかと雫だ。
夢路の姿に最初に気づいたのはライダースーツの一人だった。
「第一高校の制服! お前もネズミの仲間かッ!」
そう叫んで左手をこちらに向けてくるライダースーツの一人。声から男性であろうと推測できるが、夢路はその男の行動は理解できなかった。
夢路の知識にないのは当たり前だが、男が左手につけているのはアンティナイトの指輪で、男がしているのは魔法の発動を阻害するキャスト・ジャミングだ。指輪からサイオンのノイズが放たれているが、夢路には何の効果もなかった。
それは夢路の無意識下の内に纏っている数々の発動直前の防御術式の一つがこれまた無意識に発動した結果だ。そしてこれこそが入学二日目に司波達也が驚愕した理由だ。
司波達也は夢路のそれをこう評した。
未発動のあらゆる防御術式がマーブル模様のように博麗夢路の全身に張り付いている。それは質量体の運動ベクトルを逸らすものであり、電磁波や音波を屈折させるものであり、想子の侵入を阻止するものであり、あらゆる害を防ぐものだった。それらは夢路が無意識に察知した害に対して、無意識に発動して夢路を守る。
博麗夢路に害を与えるなら、博麗夢路以上の『幸運』が必要になるだろうと、達也は呆れたように妹に語って聞かせたそうな。
そして夢路は無意識に発動した自らの『幸運』には気づくことはなく、そのまま歩みを進めた。
するとその姿を認めたエイミィが驚愕に声を発した。
「博麗くん⁉︎」
「えっ」
それに声を出して驚いたほのかに、声を出さずに驚いた雫が続いて夢路に気づく。
そして夢路はその切迫した声音に事態が緊張を要するものであると気づいた。夢路が緊張するかどうかは別の問題だが。
夢路の登場に驚いたエイミィは希望を見つけたかのように、ライダースーツの男たちを指差し叫んだ。
「博麗くん、あいつらなんとかできる⁉︎」
「なんとかって?」
「なんとかはなんとかよ! 『魔法で』やっつけちゃって!」
その言葉に了承の頷きを返してから、制服のポケットから携帯端末形態のCADを取り出す。(今日は忘れてない!)
その様子に、夢路にキャスト・ジャミングが効いてないまでも、効果が薄いと覚ったライダースーツの男が刃渡りが長いナイフを取り出し、切り掛かる。
「危ない──ッ!」
誰かがそう叫んだが、ナイフは夢路に当たることなく、その横に逸れた。
無意識に発動した夢路の防御術式だ。そして無意識に発動しているために夢路には男が自分でナイフを逸らしたようにしか見えなかった。
その様子に何がやりたいんだ? と疑問を覚えながらもCADを起動させて──動きが止まった。
(あれ? CADってどうやって使うんだっけ……?)
そういえばまだ自分のCADをまともに使ったことはなかったと思い出す。学校のCADは使ったことあるが、あれはそもそも手を置いてサイオンを流すだけで作動するので参考にはならない。というか日常生活でCADを使う機会なんて普通はない。
どうしようと、CADの画面の上で指をさまよわせながら、そこで、ああそういえばと夢路は思い出す。
(説明書をプリントアウトしたんだっけ)
その紙が確かこのポケットに……と、夢路はポケットから折り畳まれた紙を取り出し、それを広げて使い方を確認する。
その間もライダースーツの男がナイフを振り回していたが、その全ては空振っていた。
「くそッ、どうなってやがる!」
そんな悪態も聞き流しながら、夢路は説明書に目を通す。
そんな様子にしびれを切らした男の仲間が、ナイフを振るう男に向けて叫んだ。
「下がれ! コイツでしとめてやる!」
そう言って取り出したのは拳銃だ。オモチャではない。ホンモノだ。
それに高い声の悲鳴があったが、夢路は意に介さなかった。
「ちょっと博────」
エイミィが言葉を終える前に、小さな破裂音が響いた。音に遅れて弾丸が銃口から放たれた。
夢路の脳天をめがけて射出された弾丸は──しかし、夢路の頭上に逸れた。
「…………は?」
間抜けな声があったが、そこは夢路がちょうどCADの使い方の八割を理解したところだった。
「ば、化け物め!」
男は狂ったように引鉄を何度も引いた。しかし、そのどれもが夢路には当たらない。男は全弾を吐き出し切ったにもかかわらず、引鉄を引き続けた。
そして夢路には弾は当たらなかったが、エイミィたちの近くには弾が来たようだ。
「ちょっと博麗くん! ちょっと! おいっ! おい聞いてんのかッ⁉︎」
色々と口調が怪しくなっているエイミィが声を荒げる。
ライダースーツの男たちの声とか銃声は無視できるが、親しい人間の声はさすがに無視するのはいけないと思ったのか、夢路は反応した。
……反応したが、あと少しで説明書が読み終わるところなので、もう少し待っていて欲しいというのが本音だった。ゆえに、夢路はエイミィが叫んでいる原因を潰すことにした。
原因はわかっている。あのライダースーツの男たちだ。
それは
魔法師なら無傷とはいかないまでも五体満足での通過が可能だろうが、ライダースーツの男たちは非魔法師だ。もし彼らが想子体をコントロールする訓練を受けていたら結果は変わっていたかもしれないが、彼らはそんなもの受けてはいない。
男たちはまるでパントマイムのように見えない壁に阻まれている。また、夢路の結界は想子を通過させない想子の結界なので、アンティナイトから発せられたキャスト・ジャミングの想子波も結界に阻まれている。
「あれ? ノイズが消えた……?」
サイオンのノイズが消えたことによってエイミィたちも頭を押さえながらも立ち上がる。そしてそれを起こしたであろう夢路の方へ目を向ければ、CADをああでもないこうでもないと弄っている姿があった。その姿に誰からともなくため息が出た。
そしてそこへ新しい登場人物が現れた。
「これはいったいどういうことなの……?」
夢路が来た曲がり角と同じ場所から現れたのは第一高校の制服を来た女子生徒だった。
「──深雪!」
ほのかが女子生徒の名前を喜びを顔に浮かべながら呼ぶ。
「ほのか。いったいどういう状況なの?」
ほのか、雫、エイミィと女子生徒三人を見て、次に想子の箱に隔離されたライダースーツの男たちを見て、その次に何やら紙を広げてCADを弄っている夢路を見て、再びほのかに視線をやってもう一度聞く。
「どういうことなの?」
聞かれたほのかは雫やエイミィと顔を見合わせて、
「えーと、どういうことだろう……?」
困ったように首をかしげた。
そこに割と冷静だった雫が深雪に説明する。
「まず、私たち三人はあの四人に襲われた。次に博麗君が来て……来て……何かをして、最後に深雪が来た」
「えーと、雫? 博麗君は具体的に何をしたの?」
「それはわからない。博麗君が想子の箱を作るまでキャスト・ジャミングを受けてたから、そのとき何をしてたかまでは」
そう言って雫は首を横に振った。
「そう。──とりあえず、あそこにいる人達は危険人物ということでいいのね?」
「うん」
深雪は聞くまでもないことだったが一応の確認をしたあと、ちらっと夢路の方を見たのち、携帯端末形態のCADを取り出し、淀みなく操作した。それだけで四人いた男たちの意識は完全に落ちた。
そして全てが終わったときになってから、夢路はCADの操作方法を理解した。
「よし、だいたいわかった。──ってあれ? もう終わってる」
その様子に彼女たちは苦笑し、深雪が代表して話しかける。
「出番を奪ってしまったようだけど、あの人達はわたしが気絶させておきました。ごめんなさいね」
「そう? まあ、いいか」
特に深雪は申し訳なく思っていたわけではないが、あまりにもあっさりとした夢路の態度に驚いていた。
そこにエイミィたち三人が歩み寄る。
「えっと、博麗くん、一応助けもらったわけだから……ありがとうね」
エイミィが微妙な顔で感謝を述べれば、ほのかと雫もそれに続く。そしてエイミィは深雪の方にも視線を向け、
「司波深雪さん……だよね? さっきは助けてくれてありがとう」
「ええ、どういたしまして」
人を魅了する笑顔で深雪はそう応える。
そして倒れ伏した四人の男たちを見てから彼女たちと目を合わせる。
「この人達のことなんだけど……」
「やっぱり通報した方がいいかな?」
「いえ、ちょっと大事にしたくない事情があるのだけど……でも被害者であるみんなが訴えたいなら止めはしないわ」
どこか深刻そうな顔でそう言う深雪に反対意見を言うものはいなかった。
「ありがとう、みんな。──博麗君もって、あら?」
そして次に夢路にも意見を聞こうとした深雪だが、そこに夢路の姿はなかった。
「博麗君はどこに行ったのかしら……?」
「本当だ、いつの間に」
誰も夢路が去る姿を見ていなかった。それは本当に見ていなかったのか、あるいは見えていなかったのか。
そして夢路はとっとと帰路についていた。
「結局CADは使わなかったな」
そう言ってCADをポケットにしまう。
これは余談だが、夢路はCADにFLTの公式サイトから練習用の起動式をダウンロードしていた。しかし、それはあくまで練習用なので、起動式の段階で発動する魔法は人に危害を加えないレベルに制限されている。ゆえに、あのとき夢路がCADを使って魔法を発動できていたとしても、あの四人を倒せたかというと疑問が残る。まあ、結局魔法で倒せなくとも、夢路は彼らを昏倒させることはできただろうが。
結果として、夢路は女子四人に間抜けな姿を見せただけだった。しかし、それはもしかしたら幸運なことだったかもしれない。
博麗夢路にも欠点がある。それを見せられただけでも、良かったことなのかもしれない。
薬要素は(あんまり)なかったかな