博麗少年、魔法科高校に落つ 作:エキシャ
「ここまで来れば大丈夫でしょう」
勧誘集団から離れた場所で握られていた手が離される。
そこである程度正気に戻った夢路はつい先ほどまでの自分自身に驚愕する。完全に自分の意思とは無関係に
おそらくその原因であろう少女を
見た目の評価は『小さい』のみ。どうしてもこの小さい少女に夢路の、ひいては博麗の特質を御する力があるようには見えない。
濁流であっても流されることなく直立できる夢路を流すことができる少女。少し心を惹かれる。
「……あの、大丈夫ですか?」
黙っていたせいか心配をされた。
「あ、あの……おーい」
反応のない夢路にどこか焦りの表情を浮かべて、夢路の顔の前で手を振る少女。
夢路は目の前で振られる手をガシッと掴む。いきなり動き出した夢路に驚きを浮かべる少女だが、それを無視して口を開く。
「──名前は?」
単刀直入とはこのことで、夢路は今一番知りたいことを聞いた。
今にも鼻先が触れ合いそうな距離に迫られた少女は顔を赤くしてパニックを起こしているが、質問にはきっちりと答えた。
「に、二年A組、せ、生徒会書記の中条あずさでしゅ⁉︎」
あぅ、と噛んだことを恥ずかしがっているらしいが夢路は別のことにほんの少し驚いた。
(年上だったのか……)
本来の夢路にとっては気にする程度のことではないが、特質に対するしがらみ制御のために、年上には敬語を使うように意識している。特に敬意を持っていない相手に対する敬語に意味があるどうかは知らないが、いや特に意味がないからこそ夢路を人間社会に縛る効果が発揮できるのか。
そして年上と聞いてしまっては面倒だが敬語を使わないわけにはいかない。
夢路はひとまず自己紹介から始める。
「どうも、ボクは博麗夢路、です」
そこから会話を発展させようとして、今更ながらに気づく。彼女はもしかして集団に囲まれていた自分を助けてくれたのではないか、と。別に助けは必要ではなかったが、結果として助けられたのは事実だ。
ならばと、夢路は感謝を示す。
「先ほどは助けてくれ──くださってありがとうございます」
「い、いえ、お仕事ですので」
色々と怪しい敬語で感謝を述べれば、あずさは可愛らしいと呼べる笑みで応える。
なるほど、こういうのが小動物系というのかと夢路はひとり納得しながら、さて何を話そうかと思案して、まるで話題が思い浮かばないことに焦る。
焦って焦って焦った。どのくらい焦ったかというと、とんでもないことを口走る程度に。
「ボクはあなたに興味を持った。あなたのことをよく知りたい。だから一緒に来て欲しい」
ナンパ、とも取れる発言をしながら、夢路は再びあずさに顔を近づける。夢路の顔は悪くないどころか、整っているせいもあって、あずさの顔は羞恥にどんどん赤くなっていく。それはもう熟れたトマトのように。
吐息が触れるほどに近い距離に、当たり前のようにあずさは耐えられない。
「あうあうあうあうぅぅぅうううううううううっ──!」
耐えられないから逃避を選んだ。
あずさは夢路に背を向けて駆けていった。
「ご、ごめんなひゃーい!」
その背中を追いかけることもできたが、
「まあ、いっか」
あっさりと、一切の執着を見せずに夢路は踵を返した。
それは別にあずさへの興味がなくなったから、ではない。もしこの出会いに運命と呼ばれるものがあるなら、必然的にまた会える。夢路はそう信じているし、自身の直感でも再会は間違いないと示している。わざわざ今にこだわる理由は、なかった。
×××
ふらふらと歩き回る夢路は勧誘の手を
そして夢路が意識を向けたのは第二小体育館。より詳しく述べるなら、そこから発せられたサイオン波。
夢路の足は自然とそちらへと向かっていた。
夢路がまだたどり着く前、第二小体育館では騒動が起きていた。
内容は一人の一年生に対して、剣術部の部員が明らかな害意をもって襲いかかるというものだ。数の差は歴然であったが、優勢であったのは一年生の方だった。
そしてその一瞬は奇跡的な偶然によって作られた。
一年生、司波達也が一人の剣術部員をいなし、転ばせる。その際に他の剣術部員はその剣術部員との接触を避けるために一度立ち止まった。達也もそもそも追撃する気はないため、その場で自然体で立っていた。
「……──」
「……──」
「……──」
一瞬の停滞。そのとき達也も剣術部員も観衆も、まるで合わせたように同時に口を閉じていた。
つまりは奇跡的に作られた一瞬の沈黙。
次の一瞬後には皆が再び口を開くはずだった。
しかし、閉じた口は開かれなかった。
沈黙と喧騒、その
──第二小体育館の扉が開いた。
本来、扉が開く音など、他の雑音に消される程度のものだった。しかし、今、この全ての音が絶えた沈黙の中では、それでも十分に人の意識を引きつけるにたる音量を持っていた。
沈黙から抜け出すタイミングを見失った彼らは、続く足音にその主へと自然と目を向けた。
そこにいたのは端正な顔立ちの中性的な男子だった。
悠然と歩く様に人々は目を奪われた。
観衆も、剣術部員も、あるいは司波達也でさえも。
その男子生徒、博麗夢路は集団から完全に
浮いていてなおそれを気にしない夢路は、皆が自分を見つめる状況に理解が及ばず首をかしげた。その上でどうでもいいかと判断した。
そして一番早くに再始動したのは司波達也だった。
始動したといっても意識して呼吸を整えただけだ。
そしてある程度練度があった剣術部員も達也の微細な変化に無意識下で気づき、再始動した。
再び達也に襲いかかる剣術部員たちだが、その動きには先ほどまでの闘争心はなかった。しかし、それとは違う自棄に近いものはあった。
夢路に一瞬のうちに奪われた意識を完全に取り戻せていない彼らは、当然のように達也の敵ではなかった。
そして観衆が意識を取り直したのは、達也が最後の一人となった剣術部員の魔法を妨害するため、キャスト・ジャミングもどきのサイオン波を放ったときだった。それによる乗り物酔いに似た吐き気を催す揺れによって、観衆は夢路からようやく意識を外すことができた。
直後には剣術部員の鎮圧は完了していた。
そして勘違いにも、達也の立ち回りをなんらかの部活動のデモンストレーションだと思った夢路は、場違いにもこのどうしようもない空間で拍手をしていた。
誰もがそうじゃないという空気を発していたが、夢路はそこまで空気を読む能力はない。そして悪乗りして夢路の拍手に続いた明るい髪色の女子生徒のせいで、なんとも微妙な空気になった。
そのとき、達也にしては珍しく少し狼狽えた表情をしていたそうな。
×××
とある神社の鳥居の前で、奇妙な身なりの巫女は苛立ちを覚えていた。
「もう! 本当に嫌になるわ!」
端正な相貌を怒りに歪め、ぴりぴりとした空気を周囲に放っている。近くにいた
そしてそんな巫女に声をかける存在はやはり普通ではない存在だった。
「あらあら、荒れているわね──霊夢」
空間の裂け目から上半身だけを出したそいつの姿に巫女は驚くことなく、怒りのままに言葉をぶつけた。
「ちょっと紫、どうなってるのよ!」
「落ち着きなさい。何がどうなってるっていうのよ?」
「結界よ、結界! 博麗大結界がここ最近全く安定しないんだけど!」
大声を出した巫女はぜぇぜぇと荒く息を吐く。
それを見ながら、紫はあからさまに驚いた様子で、
「まあ、また何かやらかしたの?」
「なんでそうなるのよ!」
巫女は一度息を整えて、どうせ目の前の妖怪は何もかも知っているんだろうなと思いながらも説明を始める。
「結界が安定しないのは昔からだったけど、ここ最近は特にひどいわ。直しても一週間くらいあとにはもう不安定になってる。これは異常よ」
怒りを抑えて話す巫女の顔には真剣さがあった。
そして紫はそれに取り合わなかった。
「さあ、あの迷惑天人が神社を壊したから結界が不安定になったんじゃない?」
「そんなわけないでしょ」
紫の
「そもそもあの時、神社は壊れても結界に問題はなかった。それに
「あらよく知ってるわね」
「あんたが私に教えたようなものじゃない」
巫女は一度まぶたを閉じて、開く。
その瞳で紫を射抜く。
「結界が不安定な原因は? もちろん知ってるんでしょ」
冗談を許さない声音だった。
そして紫は冗談は言わなかった。
「結界の境界は貴方が言う通り神社の周りの大木です。でも、それだけじゃないのよ。博麗霊夢、つまり博麗の巫女である貴方も結界には必要な存在なのよ」
そう言われて、最初に巫女が感じたのは困惑だった。
「待って。それって私に問題があるってこと?」
「いいえ、違います。貴方には問題はありません」
「じゃあどういうことよ」
少し不貞腐れた態度で巫女は聞く。
紫はその様子にくすりと笑みを浮かべて、口を開く。
「貴方が前に言っていたように、この博麗神社は幻想郷と外の世界、どちらにも属しています。というよりは幻想郷の神社と外の世界の神社、二つで一つとなっているといった方が適当かもしれないわね。……でも、そうね、今から四十年くらい前に外の世界の博麗神社は崩れました」
「…………」
「貴方のいうように、神社は重要ではありません。でも、ここと重なり合うように存在していた神社が消えたことで、外と内でズレが生じたことは否定できません」
巫女は回り道をしているように聞こえる紫の説明に、結論を急がずに答えを待つ。
「そして神社が消えたことによって、そこにいたある存在も離れてしまいました。その存在とは博麗神社を管理していた博麗の血族です」
「それって……博麗の巫女のこと?」
口を挟んだ巫女の質問に紫は首を横に振った。
「私は便宜上、博麗の
「はあ……審神者なんて聞いたことないわね」
「まあ、巫女が主観で神を語るのに対して審神者は客観で神を語る存在というところかしら。巫女がまつられる者の側なら、審神者はまつる者の側。神がかりする女人と、これを判定する男性って認識で十分よ」
そこで一拍、置いたのち、
「もうわかったと思うけど、結界の境界は神社の周りにある大木でも、その核は博麗の血族なのよ。昔は博麗の巫女と博麗の審神者で、内と外で釣り合いを持たせることによって結界を強固なものにしていたのだけど……」
「四十年前から
巫女はため息をついた。これではこちから側からは何もできないと言われたようなものだ。そして何が嫌だといえば、結界が不安定ならそれを修繕し続けなければならないことだ。
「問題が『あっち』にあるっていうのに、そのしわ寄せが『こっち』に来るっていうのは納得いかない。結局、苦労するのは私じゃない!」
またふつふつと怒りが湧いてきた巫女は声に隠しきれない怒気が含まれていた。
そんな様子の巫女に紫はくすくすと笑みを浮かべる。
「大丈夫よ、霊夢。今、あっちの博麗の末裔に神社を再建するように働きかけてるから。まあ、目的はまだ伝えてないんだけどね」
「他人事であって他人事じゃないけど、あっちのヤツにはご愁傷様ね、こんな胡散臭いヤツに付きまとわれるなんて」
「あら、ひどいわ」
ひとまず、結界が不安定になる理由がわかった巫女は幾分か気分が落ち着いた様子だ。
「でも、苦戦しそうなのよねぇ」
しかし、続いた紫の言葉にまた嫌な予感を察知した。
「何よ、あっちに何か問題があるの?」
「まあ、問題といえば問題よねぇ。あっちの子は霊夢よりも周りのことに無関心だから、まずは神社に関心を持たせることから始めないといけないから。そういう気持ちを。
「本当に……大丈夫なの? 嫌よ、毎日毎日、結界の修繕をしなきゃいけない生活なんて。それに私より周りに無関心ってどういうことなの? そいつは大丈夫なの?」
巫女の質問に紫はどこか的外れな答えを返した。
「そうね。力比べなら神降ろしができる霊夢に分があるわ。でも、直感っていうか第六感なら視野が広い彼の方が優秀かもしれないわね」
「ふーん、正直どうでもいいことね」
「あら、興味ないの、霊夢」
そう聞く紫に巫女はそっぽを向いて答える。
「……別に」
どこか微笑ましいものを見るような目で巫女を見る紫は勝手に話し始める。
「そうねぇ……顔はほとんど瓜二つね。まるで霊夢をそのまま男にしたような子よ。霊夢の生き写しって感じかしら。……まあ、釣り合いを取るために
最後の部分は聞こえなかったが、巫女は呆れ顔だ。
「別に私は容姿を説明して欲しいなんて言ってないんだけど」
「別に私は霊夢に説明しているなんて言ってませんけど?」
ふふふと紫はそんなやり取りに笑う。
そして一呼吸を入れたのちに、口を開いた。
「それじゃあ説明することも説明したので、私はお暇しますわね」
「はいはい。……ああ、そうだ。あっちのヤツに早く神社をどうにかしろって伝えといて」
「承りました。霊夢がそう言っていたと伝えますね。──それと、次の機会には、特別に貴方にもあちらの子の様子を伝えてあげるわ」
「はいはい、期待しないでおくわ」
「──それでは」
そう言って、紫の姿は空間の裂け目の中に消え去った。
残された巫女は空を見上げる。そこに神社に近づく空飛ぶ黒い人影を見つけた巫女はため息をつく。
「今日も来客が多いことで」
面倒そうな、どこか諦めがある顔をしながらも、そこに嫌悪の色はなかった。そして追い返す予定ではなく迎え入れる予定を無意識に立てていることに巫女本人はきっと気づいていない。
そしてそれは──外の博麗には
「審神者、いうこころは神明託宣を審察するの語なり」