博麗少年、魔法科高校に落つ   作:エキシャ

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第2話 運命の出会い

「現代の魔法は科学ってことになっているけど、その魔法を使うための魔法演算領域がブラックボックスのままじゃあ、まだまだ技術として未熟よねぇ。まあ、人間が魔法の『隠された原理(クオリタス・オックルタ)』に気づくのもきっと時間の問題でしょうけど。でも、それに気づいたとき、人間はどうなっちゃうのかしら。歓喜? 狂乱? 絶望? 楽しみね」

 

「……………………………………」

 

 この人(?)はいきなり人の家に来て何を言っているのだろうか。というか彼女は本当に同じ日本語を話しているのだろうか。唯一わかったのは、博麗夢路には到底理解できない話である、ということだ。

 

「────(ゆかり)

 

 このままではラチがあかないと、夢路は女性の話を遮る。

 

「今日はどういった用件で来たんだ? 用がないなら帰って欲しいんだけど」

 

 単刀直入に、自分の意思を伝える。

 

 この女性、八雲紫について夢路は不審を抱いている。()()()()()ことは薄々わかっている。しかし、それだけだ。彼女がどこから来て、何をやっているかは全く知らない。

 夢路が八歳のときに、ストーカー行為されてから交流が一方的に始まったわけだが、そのときだって何故自分にストーカー行為していたのかも結局ずっとはぐらかされ続けている。

 

 夢路は紫を見つめる。

 綺麗な金髪を持つ彼女が作る笑みは蠱惑的で妖しい色を秘めているが、夢路はそれを意に介さない。

 

「やあねぇ。第一高校に入学できたでしょ。入学祝いよ、入学祝い」

 

 そもそも紫が願書を勝手に出さなければ、夢路が第一高校を受験することはなかったが。

 紫は改まって姿勢を整える。

 

「ご入学おめでとうございます。これ、入学祝い」

 

 そう言って差し出したのは綺麗に包装された箱だ。大きくもなく小さくもない箱は両手に乗る程度だ。

 夢路はそれを軽く受け取る。

 

「なにこれ、食べるもの?」

 

 受け取った直後のこの感想に、紫は呆れたようにため息をついた。バカにされたことを察知した夢路はむっと怒りを表す。

 

「貴方たち博麗は全くこれだから」

 

 これ見よがしに再びついたため息に、さすがの夢路も喧嘩腰だ。

 

「文句があるならはっきり言えばいい。喧嘩がしたいなら受けて立とうじゃないか」

 

 そう言った夢路の左手には、短冊のようなものが先端に連なって付いた棒状のものが握られている。博麗の主武装、『お祓い棒』だ。正しい使い方は知らないが、色々と役に立つ武器だ。

 

 今にも立ち上がりそうな夢路に紫は大人(?)の余裕で応じる。

 

「はいはい、そういきり立たないの。──それで貴方が気になるプレゼントの中身だけど、残念ながら食べ物ではないわ。魔法科高校に入るなら持っていて損はしないものよ」

「で、結局なんなの」

「──術式補助演算機。Casting Assistant Device、つまりCADよ」

 

 そう言われてすぐには何なのか夢路にはわからなかった。それでも思い出せたのは、コレでも魔法科高校生ということか。

 

「ああ、あれね。あの腕に巻いたりしてるやつでしょ? 知ってるよ、うん」

 

 いや、それほどよくわかっていないようだ。

 紫は今にも飛び出しそうなため息を我慢する。

 

「ちゃんと勉強しておきなさい。CADは現代の魔法師にとって必須のアイテムよ。それに今回プレゼントしたのはブレスレット形態ものじゃなくて携帯端末形態のものよ」

 

 納得を示す頷きを繰り返しながら、夢路は包装を解いて中身を拝見する。

 そこには紫が言ったように、薄い携帯端末形態のCADが入ってあった。

 

「ふーん、これがCADね。なるほどなるほど……それでどうやって使うの?」

 

 今度はため息を我慢しなかった。

 

「それくらいは自分で調べなさい」

 

 そう言われてしまっては、夢路としてはもう何も言えない。しかし、紫もある意味では甘かった。

 

「そのCADはFLT、フォア・リーブス・テクノロジー製のものよ。だからFLTの公式サイトに使用ガイドが掲載されているはずだから、それ見れば使い方がわかると思うわよ。……もちろん、FLTは知っているわよね?」

「いや……知ってるよ?」

「本当かしら。まあ、今の時代、検索すればだいたいわかるわよ。真偽を問わなければ、だけど。……あとこれは余談だけど、FLTの開発本部長の息子が第一高校に通っているそうよ。その子と友達になって教えてもらえば?」

「へぇ、そうなんだ」

 

 聞く人が聞けば、ある意味爆弾発言なわけだが、夢路はさらっと軽く流した。

 

「貴方ねぇ、友達作りを頑張るんじゃなかったの? それなのにそんな体たらくでいいの?」

「大丈夫だよ。もう同級生全員の名前は覚えたからね」

 

 その発言の何が大丈夫なのかはわからないが、紫はそれ以上追及しなかった。今ここで助言しようが助言しまいがなるようにしかならない。それに紫は夢路の友達作りなどどうでもいいと思っている、ということもある。

 

「ああ、そういえば」

 

 紫は今思い出しかのように、唐突に話題を変えた。

 

「入道さんが貴方の入学に対して苦言を呈していたわよ。なんでも貴方は精神性が未熟な若人にとって毒、なんですって」

 

 いや、入道さんって誰だよという話以前に何の話だろうか。夢路は内容を理解しきれていない。そして紫は別に理解させる気はないのだろう。

 

「でも、大丈夫。毒でも薬になるって反論しておいてあげたから」

「……え? もしかしてボクは今、感謝することを求められてるの?」

 

 夢路の言葉に対して紫はにこりと微笑むだけだった。

 

 

 それからたわいもない会話をし続けたあとに紫はこう言った。

 

「じゃあ、私はこれでお暇しますわ。高校でのご活躍、楽しみにしてますね」

 

 浮かべる笑顔に邪気は見えなかったが、何らかの企みがあることは覚った。しかし、夢路は今ここでそれを確かめることはなく、紫が空間に隙間を作り出す様を見ていた。

 今、魔法と呼ばれる技術が全世界で知られるようになったが、おそらくこの領域を具現することはできないと、魔法について底の浅い知識しか持たない夢路でも理解していた。

 では、そんな魔法にとって理外の力を行使する目の前の存在は何と呼ばれるべきであろうか。

 

 神か仏か。

 八雲紫が超常的な存在であることは紛れもない事実だが、そんな高尚な存在にはどうしても思えなかった。だから夢路は、紫はもっと低俗で、それでも神にも劣らぬ力を有する存在だと推理している。

 例えば、そんな存在に名前をつけるなら、

 

 ──妖怪変化。

 

 妖しく、怪しい彼女にはぴったりの名前だ。

 

 

 そしてこれはある意味、意趣返しだった。

 紫がスキマからいずこかへ去ろうとした瞬間、その間隙を狙って夢路は言葉を放った。

 

「──紫、祝いをありがとう」

 

 身体の半分をスキマに沈めていた紫はその言葉に振り返り、くすりと笑みを浮かべた直後に姿を完全に消した。

 

 夢路は紫が消えた部屋の中で、紫から貰ったCADを掌で弄んだ。

 

 

     ×××

 

 

 入学三日目も特筆すべきことはなかった。強いてあげるなら、事務室にプレゼントされたばかりのCADを預けたのにそれを忘れて学校に置いて帰ったことくらいだろうか。

 

(ああ、そういえば仲良くなった()がいたっけ。そういえば彼女は同学年だけど同級生じゃなかったな)

 

 確か名前は明智(えい)()だったか。

 彼女とはまだ人もまばらな早朝の廊下で出会った。出会い方は、廊下の曲がり角で飛び出してきた彼女を夢路が華麗に回避。そのまま歩き去ろうとしたところを転んだ彼女に声をかけられた、というものだった。

 

(あの場合、ボクは受け止めるべきだったようだけど。おかしいな。別に()()()()()()()()()んだけどな)

 

 そんな明るい性格の、明るい髪色の少女との出会いがあったのが入学三日目だ。

 

 

 ──そして入学四日目。

 今日から一週間は新入部員勧誘週間というらしい。らしいというのはこの情報は明智英美──愛称をエイミィ──から聞いた話だからだ。

 

(エイミィは確か、狩猟部だったっけ?)

 

 ()()()()()()()()()

 

 

 夢路はその日の放課後、校舎の外にいた。もちろん、どんなクラブ活動があるのかを見物するためだ。……というのは半ば口実だが。

 

 校庭一杯に敷き詰められたテント群は夢路に在りし日の縁日を思い出させる。

 

(ま、縁日なんて行ったことないんだけど)

 

 物珍しげにキョロキョロと視線をあちこちに向ければ見覚えのある男子生徒を見つけた。険しい顔であちこちに視線を飛ばしていて、どこか近寄りがたい雰囲気をまとっているが、そんなこと夢路には関係なかった。

 夢路はその風紀委員の腕章をつけた男子生徒へと近づき、声をかける。

 

「──駿」

「ん、ああ博麗か」

 

 同じ一年A組の同級生、森崎駿。夢路が見た限り、よく二科生の生徒と衝突しているイメージがある男子生徒だ。逆にいえば、夢路にとってそれ以上の感想がない、夢路目線でこれといって特徴がない男子生徒だ。

 夢路ははっきりと作っているとわかる笑みを浮かべて、口を開く。

 

「ちょっと聞きたいことがあるんだけど……駿はどの部活に入ったんだ?」

「コンバット・シューティング部だ」

「…………」

 

 会話が終わってしまった。

 面倒ではあるが、これも友達作りの一環。夢路は苦心のすえ、会話のキャッチボールを始める。

 

「へぇ、コンバット・シューティングって何をやる部活なんだ?」

「なんだ博麗、興味があるのか?」

 

 森崎は若干、険がとれた表情で説明を始めた。

 

「まあ、簡単にいえばサバイバルゲームみたいなものだな」

「……………」

 

 おい、それだけか。

 夢路はウンザリした表情を見せないようにニッコリと笑って理解を表すために、へえそうなんだと頷く。

 そしてもう部活関係では話が発展できそうにないと諦めた夢路はまた別の話題に移る。

 

「そういえば駿は今、何をしているんだ?」

「ああ、風紀委員の活動だよ。この一週間は新入生の部活勧誘が認められてるから、毎年色々と騒動が起きるらしい。それを抑えるために風紀委員が駆り出されているんだ」

「そうなんだ」

「ああ。この期間はCADの使用がデモ用に認められてるんだ。そのせいで過激な騒動に発展することもよくあるらしい。だからそれを抑えられる俺たちが出動しているんだが……補欠の分際で、どうせ役に立たないってのに」

 

 何やら不穏なつぶやきのあと、森崎ははっと何かに気づいたように顔に焦りを浮かべた。

 

「っと、こんな場合じゃなかった。俺はもう行くから、博麗も過激な勧誘には気をつけろよ」

「……ああ、うん」

 

 それだけ言って森崎は走って行ってしまった。

 夢路は遠ざかるその背中を見ながら、思った。

 

(これが友達の会話……なのかなぁ)

 

 まあ、自分にしては十分だろうと納得して、夢路も歩き出した。

 

 

 歩き出してすぐに声をかけられた。

 

「君、博麗夢路くんだよね」

「そうだけど……?」

 

 声をかけて来たのは何かのユニフォームを着た女子生徒だ。鈍感な夢路にはわからなかったことだが、上級生、一科生の三年生である。

 

「ねえねえ、操射部っていうか操弾射撃部に興味ない! 操弾射撃っていうのはね──」

「コンバット・シューティング部はどうだ。他の部にはない爽快感があるぞ」

 

 女子生徒を遮ったのは拳銃形態のCADを胸元で構えてみせる男子生徒だ。

 会話を妨げられた女子生徒は男子生徒を睨むが、その間にまた別の上級生に夢路は声をかけられる。

 

「クロス・フィールド部はどうかな? クロス・フィールドってのは魔法を使ったサバイバルゲームって感じなんだけどさ」

 

 サバイバルゲームみたいなのはコンバット・シューティングじゃなかったのか。そういうツッコミを心の中で森崎に送り、夢路はガラス玉のような瞳で目の前の勧誘の嵐をまるで他人事のように見ていた。

 そして白熱する上級生たちはそんな夢路には気づかない。

 

 そしていつの間にか、夢路は多数の上級生に囲まれていた。

 そしてそれも仕方がないことだった。

 密かに出回っている入試の成績リスト。夢路はその上位者に入っていた。初めてCADを用いて魔法を使ったのにもかかわらず、魔法理論なんて知らないに等しいのにもかかわらず。

 その身に秘めた才能と幸運と直感。それだけで難関といわれる第一高校の、それも一科生に入った実力。もちろん、そんなことを彼らは知るはずはないが、夢路が天才といわれるそれであることは確かだった。

 そんな彼をぜひ我が部に、というのは当たり前の帰結だ。

 

 そしてあるいはこちらが本命かもしれない理由がある。

 

 博麗夢路の容姿は整っている。野性味にあふれた男らしさ、なんてものはないが、男も女も共通して魅惑する中性的な顔立ちをしている。これは遺伝子によるものが大きいが、博麗の血筋には人間も()()()()も惹きつけるなんらかの魅力がある。

 そして夢路は自分の『特性』を抑えようとしているが、それが中途半端に作用して、いわゆる集団から浮いた、目立つ存在になっている。つまり、博麗夢路は背景になれない。小さなスポットライトが当たっているような状態だ。

 そんな意図せず目立っている夢路は今や誘蛾灯のようなものだった。

 

「スピード・シューティング部に!」

「クラウド・ボール部に入って九校戦で活躍しよう!」

「ぜひ、我が部に!」

「私達の部活に!」

 

 音の洪水に呑まれる夢路だが、それは無視できるものだった。しかし、そんな夢路でも無視することができない音の響きがあった。

 

 ──弦を弾く音が響いた。

 

 ──魂を震わす幻想の音色は瞬く間に広がった。

 

 人々は次の響きを待つ。欲望よりなお純粋な気持ちでそのときを待っていた。

 そしてその状態の彼らは次の声に無意識に従ってしまう。

 

「新入生から離れてくださーい!」

 

 自然に、その行動に反抗を覚えることなく、夢路から離れていく上級生たち。その隙間から手が伸びて夢路の手を掴んだ。

 

(……小さい手)

 

 無意識にそんな感想が浮かんだ。

 

 人の囲いを抜けた先で夢路が見た、小さい手の主は小柄な一人の少女だった。


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