博麗少年、魔法科高校に落つ   作:エキシャ

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全体的につたないですがお付き合いいただけたら幸いです。


入学編
第1話 アタラクシア


 才能の上にあぐらをかいている。

 

 それが対外的に見たその少年、ひいてはその一族に対する評価だ。そしてそれは間違いではない。

 

 彼らは余りある才能によって数多のことに成功を収めてきた。

 

 特に秀でていると言われているのが幸運と直感。二択問題に対しては絶対に外すことがないため、それ以上の選択肢があろうと結局は二択問題を連続して解けばいい話だから、選択肢がある問題は決して間違えない。そして無意識領域における危機察知能力が非常に高いため、不慮の事故で外傷を負うことはない。

 そして素で高い身体能力を所持しているため、下手な格闘家よりも高い戦闘能力を有する。さらにその一族は例外なく外見が整っていることより、異性を求める闘争(?)において数々の勝利を収めている。

 

 ゆえに天然における最優の遺伝子。

 

 しかし、その遺伝子は濃く受け継ぐべきものではなかった。特に現代社会、というより産業社会において決定的な欠点があった。

 

 端的に言えば、その一族は商才が絶望的になかった。

 

 彼らは慢性的な金欠状態にあり、そのため現代的な暮らしにおいて必要な、現代における三種の神器と呼ばれるようなものを買うほどの金銭がなかった。ゆえに彼らは現代から見て二世代も三世代も前の暮らしをしている。

 彼らはいつからか時代に取り残されたというのも不思議な話ではない。

 そしていつからか──かなり昔からだが──人々からその名前を忘れ去られていた。

 

 その一族こそ博麗。

 四十年前に家業である神社運営に綻びが生じ、神社の維持ができなくなり、それを解消するために刹那的な発想による商売を始めて、結局神社を潰してしまった残念な一族だ。

 

 これはそんな一族に生まれた男子による高校生活の話である。

 

 

     ×××

 

 

 博麗夢路は自分が思うがままに生きていくことに潜在的な恐怖を抱いている。

 

 博麗の血を継ぐ者は本質的にあらゆる重圧を意に介さない。物理的な重圧ならば重力から解き放たれ、精神的な重圧ならば威圧に屈することはない。つまり人間が縛られるべき、あるいは縛られるような法則やしがらみを無視して生きているということだ。

 それが意味するところは世界からの遊離に他ならない。

 そして現実にそうなってはいない。

 

 博麗の血縁はそれを制御する術がある。

 他の人間と同じように物理法則に縛られ、世間体を気にして生きている。それは本質を制御して得られた結果である。しかし、それは意識しているからこそ()()であるため、もしそれをやめてしまえば、たちまちとはいかないまでも、ゆるやかに世界から浮いてしまうだろう。

 そして実際にそうなった博麗の者はいた。

 ここ最近でそうなったのは夢路の祖父だ。

 

 夢路はもう祖父の記憶を呼び起こすことができない。それは忘れてしまったわけではなく、あらゆるしがらみから解放された祖父につられて、記憶の中にいる祖父も夢路の頭からふわふわと浮いていってしまった結果だ。

 そしてそれは記憶に限らない。

 夢路の手元には祖父と撮った写真はあるが、祖父がうつった写真は一枚もない。端的に述べれば、記録からも祖父は浮いてしまった。

 夢路にわかるのは、祖父が存在したという客観的事実のみだ。

 

 ゆえに夢路は恐れている。

 重圧に屈したような真面目な振る舞いをしているのは、そうやって自分を保つためのことだ。

 

 だからこそ、夢路は本来なら意識の片隅に置かなかったであろうこのしがらみに自分から縛られにいった。

 

 

 そこは第一高校の入学式が行われる講堂の中だった。

 昔(?)、神職をしていたせいか、入学式のような通過儀礼的な儀式はさほど意識しなくとも無視してしまう、なんてことはないが、目の前のしがらみは危うく無視してしまうところだった。

 夢路が元来の無神経さを発揮して危うく気づかないところだったしがらみとは、新入生の座席のことだ。

 

 第一高校には入試の成績により、合格者二百名を一科生と二科生にわけている。もちろん、成績順の上位百名が一科生、下位百名が二科生だ。一科生と二科生をわけるわかりやすい象徴として、制服に八枚花弁のエンブレムがあるかどうか見ればよい。当然だが、ある方が一科生だ。

 

 そして講堂の座席配置。前半分には制服にエンブレムを持つ一科生が、後半分には持たない二科生が。

 

 実を言うと、夢路は一科・二科制度を知らなかったりする。というか、入学自体が他者による強制的なものだったので──実は入学試験のとき、初めてCADを触ったことは余談だ──第一高校としてはある意味で常識な一科生と二科生の間に差別があることも知らない。

 だから夢路はそのしがらみは差別によるものではなく、単に区別によるものだと考えていた。あるいは一科生と二科生の顔に浮かぶ表情を見比べ、その差の意味を読み取れれば気づいたかもしれないが、夢路にとってそれこそ努力しなければ意識を向けようとも思わないことだ。

 

 夢路は面倒だなと思いながらも、座ろうと思っていた入り口から近い席を諦め、()()()の席へと座った。

 彼はぼうっとしながら、入学式が始まるのを待った。

 

 

 そして初めての高校の入学式に対する感想は()()()()()()

 

 

     ×××

 

 

 入学式が終われば、IDカードの交付とともに所属するクラスがわかる。

 夢路のクラスはA組。それについて特に思うことはない。強いていうなら、小学校も中学校もA組だったなぁ程度のものだ。

 

 この後はホームルームがあるのだが、出欠は自由だったりする。このことを知った夢路はもちろん欠席しようと思った。

 しかし、と。そう思いとどまれたのは日頃の成果だった。

 

 ホームルームとは友達を作る場所らしい。そういう情報を偶然にも耳にした。

 正直、中学までの夢路なら友達などどうでもよかったというのが本音だ。しかし、最近物理的な意味で透明になってきている、友達がいないらしい叔母を見ると、友達というしがらみは自分を世界に繫ぎ止めるために必要なのではないかと思うようになってきていた。

 友達がなんなのかもわからない、そもそも他人を特別に思える精神性をしてない夢路だが、友達(しがらみ)作りに積極的になってみることにした。

 

 講堂の入り口付近にいた集団には目もくれず、夢路は一人、一年A組の教室へと向かった。

 

 

 そして案の定というべきか、抜けているというべきか、世事に疎いというべきか。

 教室には夢路を除いて誰一人としていなかった。

 

「……何故?」

 

 一人疑問をつぶやくがそれも虚しく響くのみ。

 彼に必要なのはもっと周りを見ることと、知ろうと努力することだ。そうすれば、多くの新入生がとある女子生徒に気を向けているのがわかっただろうに。

 

 夢路は自分の席を机に刻印された番号で確認し、とりあえず座る。

 

 

 そこからはぼちぼちと来始めた同級生と友達になるべく、夢路はとりあえず来た者には全員に自己紹介をした。

 

 

     ×××

 

 

 そして来たるは高校二日目。

 開門と同時に学校に入った。なお、そのとき教職員がCADの所持を確認してきた。夢路は『持っていない』と告げたが、教職員は『持ってきていない』と解釈した様子だった。もちろん、夢路の気にすることではない。

 

 そして一年A組の教室。

 当たり前のようだが、開門と同時などという早い時間に他の生徒が登校しているはずもないため、教室には夢路一人だった。

 

 誰かが来るまでぼうっと待っていたのがいけなかったのか。それとも慣れない早起きをしたのがいけなかったのか。いつの間にか夢路は机の上にうつ伏せになり、夢の世界へと旅立っていた。

 

 

 

 

 周囲が騒がしくなったことでようやく夢路は目がさめる。ぽやぽやとした頭では友達作りなんて考えに及ぶはずはなく、無関心な瞳で特定の何かに焦点を合わせることなく、ただ漠然と同級生を眺めていた。

 

 そしてある程度時間が経過したところで、そういえばと思い出す。

 

(ボクは友達を作ろうとしてたんだっけ……?)

 

 今更ながらに気づいた夢路は意識して他人へと関心を向け始める。そして近くにいた男子に声をかけようとして──

 

 予鈴にその動きを妨げられた。

 

 予鈴が鳴った程度で夢路が自分の行動をやめる理由はないが、その他の者達はそうもいかない。夢路が行動をやめたのは声をかけようとしていた男子が自分の座席に戻ってしまったためだ。

 さらに畳み掛けるように夢路の机の端末が勝手(じどうてき)に立ち上がる。その直後に教室全面のスクリーンにメッセージが映し出される。

 

『──五分後にオリエンテーションを始めますので、自席で待機してください。IDカードを端末にセットしていない生徒は、速やかにセットしてください──』

 

 そんなメッセージから五分後。

 本鈴と同時に、教師と思しき男性が教室に入ってきた。彼は教卓の前に立つと、口を開いた。

 

「皆さん、入学おめでとう。一年A組の指導教官の百舌谷(もずや)です」

 

 指導教官。同級生ひいては同じ一年生と友達になろうとしている夢路は、指導教官と聞いて瞳の中の関心が消えた。そのあとはほぼ聞き流すように、百舌谷指導教官の話を処理していた。

 

 途中、選択科目の履修登録があったが、夢路は自身の直感に従っててきとーに選んだ。

 そして選んでから思い出した。

 

(ああ、そういえば昨日、誰かと選択科目について話したような……。彼は何を選ぶって言ってたっけ。確か魔法言語学だっけ)

 

 そこで思い出していながら、その男子と同じ選択科目を履修して仲良くなろうという考えに至らないのは、夢路の友達作りの経験の少なさが垣間見える。

 

 オリエンテーションのあとは専門課程の見学だ。午前中は基礎魔法学と応用魔法学。夢路は他に興味のある授業もなかったし、そもそも見学とかどうでもいいと思っていたが、多くの同級生が先生に引率してもらうようなので、その流れに乗っかることにした。

 

 

 そして夢路の主観としては放課後まで特に()()()()()()()()()

 

 

     ×××

 

 

 そして来たるは放課後。

 

「いい加減に諦めたらどうなんですか? 深雪さんは、お兄さんと一緒に帰ると言っているんです。他人が口を挿むことじゃないでしょう」

 

 名前の知らない女子のそんな言葉が耳に入ってきた。

 何も考えずに集団の後ろを歩いていた夢路はその声にぼうっとしていた意識を現実に戻し、意識して周囲を見てみる。

 すると最近、よく見た光景があった。最近というか昼食時と午後の見学のときの話だが。

 

 目の前に繰り広げられているのは、夢路の同級生と、違うクラスの一年生が言い争っている光景だ。客観的に見れば、どちらかというと同級生の方がヒートアップしている。

 

(えーと、何が起こってるんだ?)

 

 夢路は状況を把握してみようとする。

 

 構図として夢路が理解できないほど難しいものではない。同級生の司波深雪が自身の兄とその友人と一緒に下校しようとしたら、司波深雪以外の同級生がそれを妨げようとしている、といったものだ。

 

 ここまでくれば、いくら空気が読めない夢路でも薄々と理解し始めることがある。

 一科生と二科生の間には差別がある。そしてブルームとは一科生のことで、ウィードとは二科生のことであることも理解した。

 たかが入試の成績の順位だと夢路は思っているが、どうやら彼らはそれが大事なことらしい。特にその価値観に思うところは何もないが、それが不和の元になるのはいただけない。

 夢路としては一科生とか二科生とか関係なく、同じ一年生とは友達となっておきたい。彼らが言うような、一科生(ブルーム)二科生(ウィード)と仲良くすることは推奨されない、という縛りは友達作りの弊害となる。

 

(不文律を守ることと友達作り、どちらを優先すべきか)

 

 今、世界から消えかかっている夢路の叔母は規則を守る方だったはずだ。そして人間関係のしがらみが無いも同然だったと聞いている。夢路としては人間関係のしがらみの方が自分を世界につなぐ力は強いと考えている。

 

 もう一度、周囲の様子を眺める。

 

「うるさい! ウィードなんかがブルームの俺らに口を出すな!」

「そうよ、そうよ! ウィードのくせに生意気よ!」

 

 そんな光景を瞳におさめて、

 

 夢路の瞳から一瞬で関心が消え去った。

 この高校にある不文律を守ることと、友達作りを優先すること。そんなことに悩む自分がとても面倒に見えた。

 

「……どうでもいいか」

 

 誰にも聞こえない声量でそう呟く。

 

 夢路は近くにいた男子生徒──確か名前を森崎駿と言ったか──に声をかける。

 

「じゃあボクは帰るから。また明日ね」

「──あ、ああ、うん、わかった……?」

 

 唐突なことに戸惑っていた様子だが、すぐにそんな場合ではないと思ったのか、二科生への口撃(?)を再開していた。

 そして夢路はそんな様子に目もくれなかった。同級生にも目もくれず、二科生にも目もくれず、司波深雪にも目もくれず、その全ての横を通って校門から学校に出た。

 その際、多くの人が夢路に目を向けたが、夢路の意識に残ったのは一つの()()()()()()()だけだった。その視線に一瞬だけ()()()()()()夢路だったが、それ以上は何もすることはなく帰宅へと足を進めた。

 

 

     ×××

 

 

 司波達也は驚愕により()()()()で今しがた通り過ぎた男子生徒の背中を見た。

 

(今のは何だ? 見返されたのか? いや、それよりアレはなんだ? エイドス・スキンのように自然に展開されていたが、あんなモノを常駐で纏っているのか)

 

 達也はにわかに信じられないと、思考の海にとらわれかけたが、

 

「お兄様?」

「……いや、なんでもない」

 

 妹の声に引き戻される。

 考えるにしてもそれは今考えるべきことではなかった。

 目の前の騒動が一つの変異を向けようとしていることを達也は敏感に感じ取った。

 

「同じ新入生じゃないですか。あなたたちブルームが、今の時点で一体どれだけ優れているというんですかっ?」

 

 発端、と言っては可哀想だが、事態の変異の始まりは達也の同級生の言葉だった。

 彼は意図的に先程感じた諸々を思考の外に押しやり、さてどう事態に収拾をつけるべきかを考え始めた。

 

 




中途半端ですが第1話は終わり
主人公が本格的に活動するのは多分九校戦から

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