GOD EATER Reincarnation   作:人ちゅら

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#006 模索

 泳ぐ、という経験も随分と久しぶりだ。シンは生前、友人らと連れ立って市民プールで泳いだ記憶を思い出す。彼は一人で黙々と泳ぎまくるのが好きだった。あの日一緒に行った幼なじみの少女は、やたらとフリルのついた、観賞用水着を着けていた。泳ぎにくくはないかと尋ねたらひどく機嫌を損ねたものだった。

 

 ぺたり。水をかき分け、ようやく水たまりの(へり)へと手をかける。そこを支点に、よっこいしょ、と身体を持ち上げる。濡れた身体が地面につくと、砂が張り付いてあまり気持ちの良いものではなかったので、方針を変更して腕の力だけで跳び上がった。大きな水音を立てたが、まあ気にすることでもあるまい。

 

 結局なんだったんだ、いったい?

 何故自分が泳ぐことになったのか。そういえば自分を突き落としたはずの犯人はどこにいるのだろうか。

 辺りを見回すと、ようよう体組織の崩壊が始まっていた、カラフルで巨大なゴリラが目についた。あれかな?

 

 だとするとあれをあんな有様にした奴がいるはずだ。軽く首を振って周囲に意識を巡らせる。周辺把握(マッパー)の真似事に過ぎないが、彼にはそれで十分だった。

 

 瓦礫の影に、なにかが潜んでいる。敵対的ではないが、警戒しているようではある。オウガテイルあたりにはそんな知能も無かったようだが、もっと知的な存在だろうか?

 

 誰か居るのか?

 

 

*   *   *

 

 

(……人間!? まさか……)

 

 リンドウは目の前の光景を、信じられずにいた。

 

 アナグラの壁の外も外、この辺りには、もはや集落すら残ってはいないはずだ。この辺りに人間がいるとすれば、それは自分のようなゴッドイーターの他にはありえない。だが水中から現れた人影には、神機らしきものは見当たらなかった。それどころかゴッドイーターの証である大きな腕輪すら見られない。

 ならば彼は、ゴッドイーターではない。

 

 ゴッドイーターではないが、しかし一見するとアラガミとも思えない。とはいえ人間とも言い切れない、それはなんとも判断に困る存在だった。体表面に見られる模様は、どこか鉄板のようなブレイド型神機を思わせる。

 

「誰か居るのか?」

 

 その人型の生物は、頭部を巡らせて辺りを見回しているようだった。と思えば次の瞬間には言葉を発していた。ありえない。

 

 リンドウは手元の神機を、それからベルトポーチの武装を確認する。スタングレネード、ホールドトラップ、回復錠・改、まだ十分な数が残っていた。

 

 逃げられるかなと考える。意味のある言葉を発していたことから、知能は有ると考えたほうが良い。敵対的なニュアンスは感じられなかったが、それは擬態かもしれない。アラガミと考えるなら異常に細身の個体ということになるが、その分、素早そうでは有る。逃がしてくれるかどうかは分からない。だが擬態ではない可能性はどうだろうか。そもそも人間を罠にかけようとするようなアラガミがいるのか。彼らは非常に貪欲な捕食者ではあるが、意思らしきものといえば怒りくらいだ。それすらも実際には生存のための威嚇や、防衛本能に根ざした攻撃性に過ぎないだろう、というのがあの変人博士(ペイラー・榊)の見解だった。つまりアラガミに今のところ、人間に類する知能らしきものは確認されていない。あるいはこれが新発見(ファーストコンタクト)かもしれない。だがそんなことがありえるだろうか。榊博士(もじゃもじゃメガネ)に確認をとりたい。だが今は特別任務中であるため、通信はできない。いや可能ではあるが、相手の知覚力が高ければマズいことになりかねない。情報がない。勝てるのか。そもそも戦って良い相手なのかどうか。

 

 アラガミとも外部集落(サテライト)の人間とも違う存在に、リンドウは対応を決められずにいた。考えれば考えるほどドツボにはまっていく。リンドウはそれらを振り払うように頭を振ると、前を向いてプランを立てる。

 

 いくらか下がって距離を取ろう。その上で正面から極力友好的な態度で挨拶をする。少しでも動きがあったら先ほど仕掛けたホールドトラップへ誘導しながら建物の影に駆け込んでやり過ごす。その後は隙を見て長距離移動用のジープまで走って、一気に離脱しよう。

 

 覚悟は決まった。

 

 

*   *   *

 

 

 その頃、シンは興味深いものを見つけていた。

 白く細長い紙と、茶色い木くずのようなもの。

 それはタバコの吸殻だった。

 

 ……人間がいるのか?

 

 ここは恐竜もどき(オウガテイル)巨大ゴリラ(コンゴウ)どものワクワク動物王国(ワンダーランド)ではなかったのか。

 これは気を引き締めなければならない。ここがボルテクス界であり、そこに人間が居るのであれば、それは高確率でコトワリを拓く者であるはずだ――シンにとって人間とはそういうものだった。

 

 かつて出遭った彼らに思いを馳せ、これから出会う彼らを想像する。そして憂鬱になった。彼らはそのコトワリを信じる強い意思のためか、相手の話を聞こうとしないことが非常に多かったのだから。またあの論理の飛躍する会話(ジャイブトーク)をしなければならないのか。

 

 せめて必要な情報を得るまでは、友好的に話し合いをしなければなるまい。それには第一印象が大事だ。相手が何者かもわからないし、下手なテクニックは逆効果になるかもしれない。まずは相手の様子を見る必要がある、か。

 

「こちらに敵対の意思はない。だが危険は積極的に排除するつもりだ。おとなしく出てくれば良し、さもなくば攻撃する」

 

 こんなところだろうか?

 

 

 ――短くも濃密な生存闘争の日々は、彼から「人との付き合い方」というものを消し去って余りあるものだったらしい。

 


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