GOD EATER Reincarnation   作:人ちゅら

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#004 放浪

 眼前には、はるか遠くまで続く大地。

 

 あまりに巨大な世界の卵は、シンをして途方に暮れさせるだけの広大さであった。時間は無限にあり、睡眠も食事も呼吸も必要のない、もはや疲労することすらない肉体だとしても、どこか人間の精神を残しているのが間薙シンという存在であった。

 

 偵察のための召喚もできなかった。となれば、自分の身一つで行動するしかない。

 

 ここは未だカグツチ塔すらないボルテクス界だ。それはこれから建てられるのであろう。ならばまずは、それを建てるだろう人間を、コトワリを拓ける強い意思ある人間を探し出すのだ。この広大な揺籃の卵の中から。

 

 東京一帯だけですら、あれだけ方々に振り回されたというのに……!!

 

 無敵の人修羅の心が折れそうになった瞬間であった。

 

 なんでもいい、何か目標になりそうなものはないか。万里の遠眼鏡を覗きながら、ぐるり頭を巡らせると、遠くに巨大な城壁のようなものが見えた。泥中の蓮のような、割れた卵のような、ちぐはぐの継ぎ接ぎだらけのそれが、時折小さな火花を放っている。まるでマントラ軍に攻めこまれたときのニヒロ機構のようだなと、シンは懐かしい過去を思い出す。

 

 まずはそこを目指してみるとしよう。シンは三度、歩き始める。

 

 この男の真価はなにかと問われれば、多くの仲魔たちが「どこまでも歩いてゆけること」と答えるだろう。

 

 人修羅の歩みを止められるものは、彼自身の他にない。

 

 

*   *   *

 

 

 ……などと格好つけてみたが、その歩みはひどくゆっくりとしたものだった。

 

 この大地は一見するとただ荒れ果てているだけにしか見えないが、そこかしこに戦いの痕がある。獣の爪(ヘルファング)で切り裂かれたような痕や、数多の針(九十九針)を吹き付けたような痕、打ち捨てられた巨大ビルには球状に刳り抜かれた(メギドの)痕のようなものまである。それら一つ一つをつぶさに観察しながら、シンはこの世界の悪魔たちの戦力を分析していく。

 

 それらは魔法のような超常のものではなく、全てが自然科学で説明できそうな破壊痕だった。少なくともエレベーターガールの終幕の挨拶(メギドラオンでございます)のような異常は見当たらない。どうにでもなりそうなレベルだなと見当をつける。気を抜くわけにはいかないだろうが、警戒しすぎて手控えていても損するだけだろう。

 

 そんなことを考えながら歩いていると、視界の端にきらめく水面が見えた。

 どうやらクレーター跡に雨水か何かが溜まったのだろう。あるいは湧き水でもあったのか。

 水棲悪魔たちがいれば喜んだだろうか。たとえばあのイソラだ。彼らがここにいたらと考える。昔だったらじゃれ合(狩りまく)っていただろう。

 

 シンは彼らに恨みがあるわけではない。むしろ大きな恩がある。なにしろ彼らがいなければ、かの赤の魔人に勝つことなどできなかったに違いないのだ。シンは自らの中に残る、彼らのマガツヒに感謝する。どこからか空飛ぶエイの恨みがましい声が聞こえた気がしたが、気のせいに違いない。

 彼らの巣窟たる大下水道を思う。そういえばあの愉快なマネカタ、ハジキの使い方はわかったのだろうか。

 

 そこは湖と言っていいくらいには広さのある水たまりであった。クレーター跡の辺りに屈みこんで水面を覗き込み、シンは思いを馳せる。湖底は凸凹としている。爆発系魔法(マハラギ)で絨毯爆撃でもしたのだろうか。さもなくば何らかの連打系体術か。お、この辺りは特別深くなっているな。このあたりに追い込んで集中砲火にでもしたのか。

 

 特に意味などは無い。ただ湖面のきらめきや水の揺らぎに気が向いただけだ。

 

 飽くなき闘争の世界を離れ、シンはこれが癒やしというやつかとぼんやり眺める。そういえば回復の泉の巫女は、こちらにもいるのだろうか……あの際どい装束で。いつも無傷のギリメカラが粉かけようと言い寄っては素気無く流され――

 

 ドボン。

 

 

*   *   *

 

 

 ぼんやり水面を眺めていたら、背後から軽く小突かれてクレーター湖に落とされてしまった。

 

 ああ、翼を生やした赤子らが、螺旋を描いて空へと昇って……ただの気泡だった。

 

 それにしても久しぶりの水浴びは心地よいものだった。汗が流れるでなし、筋肉疲労があるでなし、代謝をとうに辞めたはずの肉体がそう感じることは不思議だが、心の持ちようとはそういったものかもしれない。そういえば前の世界では水浴びをする機会などなかった気がする。氷結系魔法(ブフ)で凍らされたことなら、数えきれないほどあるのだが。ゆらゆらと湖面に昇る気泡を眺めながら、益体もないことばかり考える。

 

 蛸壺のようにえぐれた湖底へと沈んでいくと、だいぶ薄暗くなってきた。奥はもしやダークゾーンなのかも。何度も壁にぶつかるのはゴメンだと、シンはようやく浮上することにした。

 

 くぐもった雄叫びのようなものが聞こえる。誰かが陸で戦っているようだ。




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(20181028)修正
 望遠鏡 → 遠眼鏡

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